第十話 ちょっとしたハプニング。
祝日明け。騒がしい三日間を過ごして、拍子抜けするくらいに静かな日常風景。
気分はいつも通り、静かに沈んでいる。ただ段々、俺にとってそれがデフォルトになって来た気がする。
気分が盛り上がる出来事何て、そういえば最近出会って無いな。それは別に良いけど、そんな出来事が都合よくポンポン起きたら疲れてしまう。
それに、感情は揺れないに越したことはない。平然と、冷静に、物事を観察し、行動を起こし、的確に対処する。
それが、大体の人間に求められていることではないだろうか。
「おはよう。史郎」
「あぁ」
改札を出たところで、俺の心をあっさりと揺らす黒髪。
友人連れで話しかけてきた朝倉。こいつ、何を考えている。俺の精神を削る気だな。
「志保っちの友達?」
「うん。今はそんなところ」
スカートは膝上、髪は茶髪。肩まで伸ばし、それを一つに結っていた。口調から何とも軽そうな印象を受ける。
ここまでなら、朝倉の友達とは思えん。
「あたし三上瑠衣。よろ」
「……よろしく」
「いや、名乗れよ!」
「ほう、的確なツッコミ。ボケた覚えは無いが、良い反射神経だ」
お互い、漫才をしたつもりは無いが。まぁ良いだろう。
「志保っち、何こいつ、ムカつく」
「やはは。九重史郎だよ。覚えてあげてね」
「史郎っちね。あたしの事は好きに呼んで。志保っちの友達なら、悪い奴では無いと思うし」
「やかましい。俺を善人扱いするな。だが、俺も同意見だ、こいつの友達なら、悪い奴って事は無いだろうよ」
この軽薄に見える女、意外と人のことを見ているようだ。
だが俺は決して善人ではない。そこだけは譲る気はない。善人扱いされるなんて勘弁してほしい。
駄目だな。行くか。
「じゃあな」
歩くペースを上げる。俺の高校生活を始める時の誓いを思い出せ。
「なによ、どうせ目的地同じでしょ」
何故か引き留めて来る三上。その行動に少しだけ戸惑う。
「女同士積もる話もあるだろ。ゆっくり来ると良いさ。まだ朝は長いぞ」
「そんな話毎日死ぬほどやってるわ! 根暗一人と話す時間くらい余ってるっての!」
「やかましい! 誰が根暗だ」
「やはは、仲良いね」
「どこがだ!」
「どこがよ!」
静かな通学路が、あっという間にやかましいものに変わった。俺はどこで選択を間違えた。
「おはよう、九重君」
「久遠。お前まで俺の静かな朝を邪魔する気か?」
読書でもしようかと思っていたところに、久遠が俺の席の前に立った。
「邪魔も何も、一応クラス委員な君はちゃんと仕事があるんだよ」
「あぁ、任せた、好きに決めてくれ」
「じゃあ九重君は、そうだなぁ……うーん」
腕を組んでうんうん唸り始める。その反応、俺の全くなかった興味をそそるには十分だった。厄介事の匂いがした。
「何だよ、さっさとしろよ」
「いやね、最初は嫌がらせで今日のクラス親睦会の司会でもしてもらおうかと思ったの。でも、多分君は真面目にやらないし。ちょっと悩んじゃった」
「ふーん。よくわかっているじゃないか。お前が司会すれば解決だな」
「良いけど、九重君、黒板の装飾とかできる?」
「無理だな。解決法はあるぞ、どっちもお前がやれ」
完璧な案。できる奴ができることをすれば良い。できない奴が無理にやろうとするから、噛み合ってた歯車がずれるのだ。
「じゃあ九重君は、私の横にいてね」
まぁ、それくらいは良いか。
「あぁ、横にだけはいてやるよ」
「……知ってる? 司会の横にいるのに喋らない、そんな人に注がれる『何こいつ?』という視線の鋭さを」
「知らんがな」
どうでも良い。勝手に見ていれば良いと思う。そんなものを今更気にするようなら、仕事をしないクラス委員なんかやっていない。
「ふぅ」
やることをやった、そう言いたげに久遠は息を吐く。
「なんでお前そんな顔が赤いんだ?」
「んー? ちょっと寝坊しちゃって、慌てて家出たからかな。駅までダッシュだよ」
「そのわりにはマスクか、高地トレーニングの真似事か?」
「そうそう、そんなところ」
「そうかい」
別に一本遅らせれば良いだけの話だというのに。律儀で真面目でストイックな、我らが委員長様である。
「自分で聞いておいて、なんで興味無さげなのかな?」
「へっ」
「もうっ」
わかりやすく頬を膨らませて怒っているアピールを始める久遠。
何というか、どう反応するのが正解なのか。正解がわかれば間違いもわかるわけで。よし。
「大変可愛らしいが、俺以外の奴に見せるのをお勧めするよ、そういうの」
「……本当? 可愛いと思う?」
「なんで嬉しそうなんんだ?」
どうやら、正解の方を引いてしまったらしい。迂闊に可愛いとか言って褒めると、セクハラにあたると聞いているのだが。
わからねぇ、人の心。
「それじゃあ、今日も張り切って行こう! たまには授業の挨拶する?」
「やらねぇ」
「残念」
にへら、と笑って自分の席に戻っていく。それと同時に先生が入って来た。
いつも通り、久遠の「起立、気を付け」の声が響く。
でもまぁ、案外世の中ってうまく回らないもので。
三時間目終わりの昼休み、久遠奏が早退したと知った。
さて……。どうやら、世界は俺に仕事をしろと言っているらしい。
追い込まれたな。やるしかないようだ。
「起立、気を付け」
初めてだが、よく考えれば、小中と日直としてやったことがある。そもそも、授業前後の号令に簡単とか難しいとか、ある筈が無かった。
幸いにも今日ある面倒な仕事は、クラス親睦会の司会進行くらいだ。
そして、直前の休み時間になって気づく。どういう流れでやるつもりだったんだと。そのことについて何も聞いたいないと。
あいつの事だ、メモくらいは残しているはずだが、机を漁る勇気はない。
飲み物とお菓子は用意できた。黒板の装飾は諦めた。くそっ、何でメモくらい置いて行かなかったんだ、あいつは。
いや、俺は人には頼らない。そう決めたんだ。頭を回せ。考えろ、考えるのをやめた奴から、この世界は死んでいくのだ。
「史郎!」
「何の用だ。今は忙しい」
「いや、多分君が今一番困っていることだと思うんだけど、やはは」
朝倉は俺にメモ紙を差し出している。
「こういうことがあるから、連絡先頂戴って言ってるのに。今日の進行内容です。だってさ、やはは、怒られてやんの」
そんな、ちょっとしたお小言と共に、確かに今日の進行内容が書かれたメモ紙が渡される。
「お前が学校内でもスマホを弄ると確信してるんだな」
「やはは。私だってそこまで良い子ちゃんじゃないからね」
「よく言う。私が言うまで、志保っちチャットに全然気づいてなかったからね。しかも無警戒にも机の上に放置していたのに」
ひょっこりと朝倉の後ろから顔を覗かせた三上はニヤニヤしながらそう言う。
「それは言わないでよ。瑠衣ちゃん」
珍しく不満げな朝倉。本当に珍しい。
「なるほどな」
「何が?」
「いや」
三上は、朝倉のこういう表情も引き出せるのか。凄いな。
「……ありがとな」
俺はそう言って、準備に戻った。
礼を言って、意外そうな顔をされたのは、結構不服である。
頼らないとは言ったが、目の前に降って来た救難物資を使わないほど、阿保ではない。
明日から、十一時か十六時、どちらかに投稿します。どちらが良いかは要検討で。希望があれば感想欄にでも。