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第一話 バイト先に後輩あり。

新連載です。楽しく行こう!

 「九重史郎です。よろしくお願いします」


 自己紹介は簡潔に終わらせた。

 あまりの簡潔さに、いくつかの視線がこちらに向いたが、これ以上話す気はないので、俺は突っ伏した。


 入学式だけで疲れたんだ。特に意味の無い話を聞かされるこっちの身にもなって欲しい。いや、みんなそうか。みんな元気だなぁ。元気なのは良い事だ。

 連絡事項を先に済ませてくれるのは、このクラスの良い所かもしれない。効率的なのは、良い事だ。


「あ、あの」

「ん?」


 気がつけばホームルームは終わっていたらしい。三々五々、それぞれがそれぞれの初めての放課後と言うものを始めようとしていた。


「クラスのグルチャに入って欲しいんだけど、持ってる?」

「あぁ」


 高校に入る時に買ってもらったスマホに、一応入れておいたのだが、遂に役に立つ時が来たのか。感慨深い。

 スマホを取り出そうとした手が止まる。冷静になった。少し浮かれていたのかもしれない。


「悪い、持ってないわ。どんな風に使う予定なんだ?」

「えっ、あぁ、時間割の共有とか、連絡事項とか、色々」

「そっか。じゃあ良いわ。自分で確認するから」

「えっ、ちょっと!」


 思い直した。誰にも頼らないなら、こんなアプリも必要ないなと。

 俺のスマホから、チャットアプリが消えた。



 高校に入る直前の春休み、俺は失恋をした。付き合っていた彼女に振られた。


 一週間、部屋に籠った。それからお腹が空いたことを思い出して部屋を出た。

 この出来事を飲み込めたら、強くなれる気がした。

 そして、誰の事も好きにならず、誰とも深く関わらないことに決めた。誰にも頼らないことを決めた。


 ある時、高校生になったら何をしようかと考えた時、目的を失った状態であることを思い出した。


 考える。勉強だけでは時間が余るなと。でも部活は怠いなと。

 結論はアルバイトだ。勤労に励む。経験を積む、金を得る。参考書を買う。何と合理的か。


 そういうわけで、制服の学ランだけ脱いで、持ってきたジャケットに袖を通す。高校から帰るその足で、春休みに始めたバイト先へ向かう。

 校則違反だが、高校から二駅も離れた所ならバレないだろう。自宅からも近い。


 レストラン、ミート&ベジタブルの従業員用の出入り口から入って、更衣室で素早く店の制服に着替える。

 個人経営故に、どこか自由な雰囲気がある労働環境は、居心地の良さがある。


「あれ、マスター、それは?」


 更衣室から出たところでばったりと会ったマスターが持っているもの。どう見ても女性用の服だ。落ち着きはあるが、少し可愛らしい印象も受ける、そんな。


「今日から女の子が入ることになってね。ほら、うちの店にも、一人は欲しいじゃん、男ばかりじゃーね?」

「はぁ。セクハラとかしないですよね?」

「しないしない。いや、そんな目で見ないでよ。絶対しないってば」


 このマスター、少しだけ警戒しておこう。


「あっ、そうそう、丁度良いや、料理長がなんか食器洗い手伝ってほしいって」

「はい。すぐに行きます」


 頭を切り替える。今から俺は高校生ではなく、一人の社会人である。



 「萩野結愛です。よろしくお願いします」


 俺が働き始めて三十分後、その子はやって来た。

 その子はどう見ても中学生である。労基法、どこに行った。まぁ、俺も三月から働いていたからアウトと言われればアウトなのだが。まぁ今はセーフだから良し。何かあったとしても、オーナーが適当なのが悪い。


 目の前にいる子は、雰囲気とか体つきとか、高校生には見えない。幼く見える高校生や大学生もいるとは思うから、確信は持てないが。履歴書とか出してるだろうし……どうなんだろう。


 背は俺より頭一つ低い。肩まで伸びた髪を二つに結っている、可愛らしい印象である。

かく言う俺も、ほんのふた月前までは中学生だし、人の事は言えないだろう。

 大人びているとかよく言われるが、見る人が見れば、俺も所詮はガキだ。


「どうかしましたか?」

「あぁ、いや。そうだな。俺は九重史郎。君の教育係だ。まぁ、よろしく」

「よろしくお願いします。九重さん」


 少し考え込み過ぎたか。まぁ良い。そこら辺のリスクの管理は俺の仕事じゃない。

 俺の仕事は別にある。とりあえず萩野には早々に仕事を覚えてもらおう。

 緊張しているのか、肩に余計な力が入っているな。

 でもまぁ、結局は慣れてもらわなければ。


「よし、行くぞ。付いてきてくれ」

「はい」


 それから一時間、注文の取り方とか、どこに何があるかとか、そこら辺を中心に教える。


「まぁ、メニューはもちろん覚えてもらうけど、どうせやっていれば覚えるから、気張らなくて良いよ」

「ありがとうございます」


 さて、そろそろ一人で現場に放り込んでも良さそうだな。


「あの、九重さん。何でずっと死にそうな顔しているのですか?」

「あ?」

「ひぃ、凄まないでください」

「ふん」

「まったくもう。というか、鏡見てないのですか? 寝癖ですかそれ?」


 ポンポンと自分の右側頭部を手で抑えて見せてくる。寝癖なんて、気にしたことが無い。


「接客業ですよ、ほら、にっこり~」

「にっこり」

「九重さん、何ですか? その気持ちの悪い笑い方は」

「失礼な」


 この後輩、急に距離を縮めてきたな。

 まぁ確かに。寝癖はマズいか。注意されたことが無いとはいえ、飲食業でもある。長すぎるとか、跳ねまくってるとか、良い印象を持たれないか。


「……いっそ固めるか」

「ワックスですか?」

「まぁ。使った事無いけど、どうにでもなるだろ」

「何だい九重君、女の子が来たから急にお洒落でもしたくなったのかい?」


 厨房から出てきたマスターが、ポケットから取り出したものを差し出してくる。


「使ってみるかい?」

「……今日は良いです。借りると言っても、消耗品ですから」

「気にしなくても良いのに、変な所で遠慮するなぁ、君は」


 ドアベルの音が聞こえる。さてさて、仕事仕事。



 休み明けで、今日は週明けという事もあり、特にこれと言って混むなんてことは無かった。むしろ、さっさと閉めても良いのではと思うくらい。

 まぁ、俺と萩野が帰った後の夜中の方が混むだろう。バーとしても営業しているから、酒を飲みに来る人で少しだけ賑わうはずだ。と言っても、来るのは常連さんくらいだが。

 休み中は俺もその時間まで働いていたからわかる。


「九重さん」

「ん?」


 裏口から出た俺を呼び留める声。萩野だ。


「もう帰りますか?」

「帰る以外にあるのか?」

「あー、いえ。少しお茶でもと……親睦を深めたいというか」

「どうせこれからうんざりするほど会うんだ。必要あるまいて。それに、女の子が出歩くにはもうそろそろ遅い時間になるぞ。さっさと帰れ」

「優しいんですね」

「今の言い方のどこをどう取ったらそうなる?」

「それが聞きたかったらお茶しましょ」


 うむ。付き合いきれん。

 俺はさっさと家に向かって歩き始めた。


「あっ……」


 道の向こう。これから、俺が行く方向。揺れる長い黒髪、どこか頼りない細いシルエット。あちらは気づいていない。俺はすぐに踵を返した。


「あれ、お茶する気になったのですか?」

「あぁ。良いよ。三十分くらいなら付き合ってやる」


 心臓が、痛みを思い出す。キリキリと締め付けるような。


気に入って頂けたらどうぞ、追いかけてくださいまし。評価もポポンと入れてくださいまし。


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