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後夜祭(その5)


 黒衣の吸血鬼が祈るように天を見上げた。


「これも運命か。全ては偶然のなせる業──遠いあの日、あの青空の下であやつが私の柩を開けたのも。巡り巡ってあやつの『腕』をおまえが継承したことも。全てはただの運命。結局どうしようもないことなのか」

「運命うんめいって、占い好きの霊感乙女かあんたは」


 足を開き腰を落とす久保。

 手にした〈マトック〉は誤たず吸血鬼少女を指向して動かない。


 ぼくは息を詰めて思わず一歩足を引く。

 やばい久保は完全に実戦モードだ。


「運命なんて知ったことか。今わたしと慎人のいるこの世界を、大切な人たちと一緒にいられる場所をわたしは守りたいだけ」

「私もそれを求め欲している」

「やっぱり堂々巡り?」

「何度やっても同じことか」


 二人、にらみ合いながらも口元を上げてにやり。


 うわ何だそのわかってるライバル同士の共感みたいなやつは。

 こっちはすっかり置いてきぼりなんですけど! 


 そして二人はもう一触即発──と思いきや。


「渡すのが嫌だというなら仕方ない。言うことは言ったし、こう見えて私は待つのは得意なんだ。あとはおまえが死ぬまでじっくり待つとしよう」


 あっさり引く黒装束吸血鬼少女。


「それはさせない」

 食い下がる久保(……おいおい)。


「ならばどうする? 私を殺すか?」

「殺せないのはわかってる。灰にして封印するだけよ」

「ひどい扱いだな」

「永遠にそうするわけじゃない。みんなが上手くいく方法が見つかるまでの辛抱よ」

「そんなもの、あるわけない」

「わかるもんか」

「私がどれだけの時間をかけてこの世界にドラゴンを落としたと思っている? 一〇〇年二〇〇年の話ではないぞ。その間ただぼんやり待っていたと思うのか?」


 ずっと探していた。それを。その方法を。

 こんな力押しではない、世界の全てに受け入れられる方法を──だけど。


 言葉にならない彼女の想いが、無音の歌となってヘッドホンから流れてくる。


 それは絶望。

 底なしの悲哀。

 限りない慙愧。


 静かに、優しく、淡々と、でも全ての希望も夢も費えた何もないまったくないそれは無さえもない、遥か遥か、遥か昔に滅んで壊れて弾けて消えた悲しい世界の大切な、大切な思い出──


「ヘッドホンを外せバカ!」

 言葉と同時、久保の指先から飛んできた雪玉がヘッドホンを弾き飛ばした。


「……何だったんだ、今の?」

「フィセの心に共鳴しちゃだめ。持ってかれたら二度と戻れなくなるわよ」


 われ知らずに大ピンチだったらしい。

 魔法使いの戦いってのはこれだから。

 ほんと怖い。


 と、何やら頭上がうるさい。

 状況を察したらしいヘリがぐんと高度を下げてくる。風がすごい。


「私を封じて時間稼ぎしたところで、そのわずかな時間だけでおまえたちに何ができる?」

「全部が無駄だっていうのなら、じゃああんたはどうして、こうまでしてあんたの望む世界を求め続けてるの?」


「……どうしても、あやつの『腕』は返さないつもりか」


 あ、逃げた(痛いところを突かれたらしい)。

 ギロリ。

 うわ睨まれた。


「力尽くで奪いたくはないのだか。強引に腕をもがれるのは痛いぞ?」

「上等! あんたこそ覚悟はいい? ――ウェイク!」


 黒装束の吸血鬼少女に向かって突き出された久保の〈マトック〉へ猛烈な勢いで周囲の雪が吸い寄せられ、あっという間に巨大な「雪の結晶」が形作られてゆく。


 久保の半身ほどの直径を持つ、複雑な模様で編み上げられた淡く光る氷の円環。


 それは、ぼくが初めて見る彼女の本気モードの実戦用戦術魔法だった。


「やる気か? ――コーティ!」


 吸血鬼少女が呼ぶと、三人娘のうちの一人が無言で少女の前に進み出た。

 ぺこりと丁寧にお辞儀をしてからその場でくるっと回転する。


 次の瞬間、女の子の体が平べったい縦長の「板」へと入れ替わった──ように見えた。


 下半分を引き延ばした細長い六角形に大きな十字架が光っているそれは、どう見ても柩の蓋だった。

 漆黒の蓋は地面に落ちることなく、吸血鬼少女を守るように宙に浮いている。


「なんだあれ……久保、あれもやっぱり魔法なのか?」

「黙って! ――我が命に従いその身を劫火で焼き尽くせ! ブレイク!」


 叫ぶと同時に久保が〈マトック〉を振り下ろす。


 正確に中心を穿たれた魔法の円環の中で、牙をむいた狼のような魔物の幻影が苦悶の咆吼を上げたように見えた――直後、円環は一気に砕け散り、その破片が氷ならぬ炎の矢となって吸血鬼少女たちへと向かい爆ぜ飛んでゆく。


 だかそれは、待ちかねたように立ちはだかる柩の楯によってことごとく弾かれてしまった。


「まだまだ! ウェイク――!」

「待てカノイちょっとタイム! 上だ上、上を見ろ!」

「そんな手に乗るかボケ!」


 違う!

「危ない久保! 逃げ──!」


 突風に煽られたらしい二機のヘリが頭上で衝突するのと、ぼくがそう叫ぶのとは果たしてどちらが早かったか。


 ぶん回るローターが絡まり耳障りな金属音の断末魔を上げてお互いを切り刻み、弾き飛ばす。

 おそらくは爆薬を満載した戦闘用のヘリが落ちてくる。


 真っ直ぐに。ぼくらの上に。


 逃げろと言ったくせに自分がその場から動けなかった。

 どのみち上下合わせて四車線程度の道路では逃げ場がない。

 バカみたいに口をあけて空を見上げながら、じっとその様子を眺めていた。


 操縦席の風防越しに同じような顔をしたパイロットや、おそらく魔法少女の一人と思われる女の子と目が合ったような気さえする。


「バカバカバカ早く退け! ウェイ──ちくしょう!」


 久保の呪文が飛ぶ。いや飛んできたのは彼女の〈マトック〉だった。

 狙い違わずぼくの腹にヒット。

 とても細い棒切れが当たったとは思えない力で吹き飛ばされる。


 視界が途切れる寸前、久保が反対方向へ──学校のほうへ走るのが見えた。

 直後どん! と何かにぶつかって止まる。


 息が詰まってむせる。

 ほとんど本能で顔を上げて久保を追う。


 その小柄な体が校門を飾る歓迎門を飛び越えその向こうへ消える。

 吸い寄せられるように絡まったヘリが続く。

 魔法で校庭へ誘導する気か。


「目を閉じろ!」

 黒少装束少女の声。


 直後猛烈な光の突風。

 続いてヘッドホンの最大音量を遥かに越える轟音。

 内臓が全部スピーカーになったみたいに体が四方八方へ揺さぶられる。


 ヘリが落ちた、と体では理解したけれど頭が追いつかない。

 何もできない。

 頭上を横を火の玉と化した破片が散り散りになって飛んでいく。

 でも一つとして体には当たらない。

 目の前で何かが盾になって破片を防いでいた。

 久保の魔法を弾いたあの柩の蓋だった。

 

 久保の──? そうだ!


「久保は! 久保!」

「動くな! まだ危ない!」


 立ち上がろうとしたその肩を黒装束の吸血鬼少女に掴まれる。

 振りほどいて立ち上がる。

 あっけないほどあっさりとその手が離れる。

 下手をすれば久保よりも華奢な女の子の手だった。


 柩の盾から出る。

 猛烈な熱風。焦げ臭い匂い。

 頬が焼けそう。目を開けるのも辛い。


 ひしゃげた校門になぜか健在の歓迎門(久保が守ったか)。

 その向こうで吹き上がる炎。その中に。


「久保!」


 歓迎門の向こう──まとわりつく炎をものともせず立ち上がる小さな人影。

 一人じゃない。肩で誰かを支えている。

 もしかしたらヘリに乗っていたもう一人の魔法少女だろうか。

 なんてやつだ。


「久保!」

 炎を背にシルエットになった黒い顔がこちらを向いたような気がする。


「こっちだ久保! こっちへ来い!」

 ずるずるっと人影が動き出す。

 こっちへ。ぼくのほうへ。

 そうだ。その調子、いいぞ!


 あと数歩で炎から出る──とその直前。

 ちくしょう! さらなる大爆発が起こった。

 

 何か大物の爆弾だかミサイルだかに引火したらしい。


 赤を越えて真っ白の光と化した炎が歓迎門ごと今度こそ久保たちを消し飛ばす。


 それを見届ける間もなく体を吹き飛ばされる。

 もうあの柩の盾はない。

 正面から焼けた鉄塊の体当たりを食らって、あとはもう何もわからなくなる。


 猛烈な爆風。

 粉々に砕け散る歓迎門。

 むちゃくちゃに転がり続ける自分の体。


 痛み。

 厚い雪雲。

 舞い踊る魔法の雪。

 千切れた布切れのように吹っ飛んでいく久保の、幼なじみの少女の体。


 叫び声──自分の声。

 

 けれどそれすらも遠くなり……そして。

 ぼくは。

 

 ぼくは──

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