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後夜祭(その4)


 まさかまだプレーヤーの電源を入れっ放しだったかと文字通り背骨が凍った。

 正確には背中に吹き出た汗が冷気にあたって一瞬で凍りついた。

 そんな感じ。


 ここで失敗したら今度こそ間違いなく久保に殺される。

 撲殺惨殺魔法で爆殺される。


 一〇年前のあの日のように──


 まだ生きてますけども。

 けれど恐怖で引きつる目に久保の手がしっかりと〈マトック〉を握り締めるのが見えた。

 もうだめだ死ぬ。

 次の瞬間には〈あれ〉が頭に降ってきてぼくは死ぬんだ。


 しかし久保は、自転車のホルダーから〈マトック〉を引き抜くやスカートを翻して校門とは逆の方向へ吹っ飛んで行った。


 黒のタイツに包まれた細い足が三倍にも伸びたように見える。

 遅れて半ば蒸発した雪煙がぶわっと上がる。


 弾き飛ばされた自転車が校門へ叩きつけられて激しい衝突音が上がる中、顔を向けたときには彼女はもう上下合わせて四車線ある道路の向こう側に到達、そこにいた黒装束の人影へ〈マトック〉を振り降ろしていた。


 人の体術では到底不可能なその行動はもちろん魔法のなせる業で。


 そんな久保の初撃を掲げた腕一本で止めた相手もまた、ふつうの人であるはずがなかった。


「観客を気取るなら最後まで黙って見てなさいよ」

「世界の崩壊を前に最後のアドバイスをしてやろうというんだ。むしろ感謝してほしいな」


 久保の問いに、先にヘッドホンから聞こえてきたのと同じ声が応える。


「人の恋路を邪魔するなんてあんたらしくもない」

「人の分際で世界を賭けた愛を語るなど三〇〇年早い」


 十数メートルの距離を隔てて聞こえる二人の会話は、その態度とは違ってどこか親しげだった。


 改めて見ると、久保と対峙する人影は全部で四つ。 

 ぼくらと同じくらいの年格好に見える少女が一人に、あとはずっと小さな女の子が三人。

 全員が揃いの黒衣を身にまとっている。

 頭には白いベール。


 さらに久保とやり合っている年長の少女だけは、胸の下から腰のあたりを覆う銀色のコルセットみたいなものを身につけていた。


 その服装をぼくはよく知っていた。

 それは〈竜灰教会〉の正式なシスターズドレス──魔法修道者用の礼式装束だった。


 ぼくは一応左右を確認してから、溶けたアイスのように形のなくなったガードレールを越えて車道へ出た。


 向こう側にいる彼女たちのところまで、うっすらと湯気の上がる雪のないむき出しのアスファルトが一直線に続いている。

 歩きやすくていいけどね。怖いわ。


 その間も久保と謎少女との会話は、ぼく抜きで勝手に進行していた。


「──あやつの『腕』を返してもらいに来た」

「それ意味分かって言ってる?」

「もちろん」

「どうして今なの?」

「おまえはいいのか?」


 久保の〈マトック〉を腕一本で支えている黒装束少女が、ぼくの方を見た。

 道路のど真ん中で思わず足が止まる──え、ぼく?


「これ以上あの少年を深入りさせたら、待っているのは永遠に続く最悪の後悔だぞ」

「誰のことやら」


 鼻で笑う久保。


「わたしはあんたとは違う」

「もちろん。けれど別の意味では、もうおまえは私と同じ立場にいる」

「巻き込んだのはそっちでしょ」

「私にそこまでの裁量も技能も経験もない。全ては運命のなせる業だ」


 その間も黒装束の謎少女は、なおもぼくの方を見つめたまま、まるでぼくへ語るように、


「この世界は遠からず崩壊する。ここで止めてやったのは私の慈悲だぞ」

「いらないお世話。この世界はわたしが守る──あの男の『腕』を使ってでもね」


 決して誇張ではなく豪語する久保に、けれど黒装束少女も笑みを崩すことなく、


「だがおまえもいずれは老いて死ぬ。そして結局世界は滅びる──それがこの世界の理だ」

「わたしたちが死んだあとで世界がどうなろうと知ったことかっての」

「おまえたちの子どもは? 子孫たちは?」


 ぶわっと吹いたぼくに、女の子たちの死線──いや視線が集中する。


「……世界はおまえたち二人だけのものじゃない。それに続く者たちのものでもある」

 どうにか表情を引き締めて語り続ける黒装束少女。

 でもすみません、口元が半分笑ってます。


 久保の横顔もほんのりピンクがかって見えた。

 元が白いのですごく目立つ。


 何かホント、ごめんなさい。


「だったらいっそう、終わらせるわけにはいかない!」

 自ら〈マトック〉を戻しつつ後方へ飛んで距離をとる久保。


 恥ずかし紛れかいつもよりアクションの振りが大きい。

 おだまり! と一瞬ぼくへ言葉を投げつけて再び黒装束たちと対峙する。


 久保が離れたことで気がついたけれど、向こう側の彼女はどうやら片方の腕がないらしい。

 もしかして、返せというのはその腕のこと?


「違う」

 まるでその心の声が聞こえたかのように黒装束少女が答える。

 だから魔法使いってのは。


「それからもう一つ、私は魔法使いでもない。私は吸血鬼だ」


 怖いことをさらりと言って、さらに笑みを広げる。

 その口の端に、この距離からでも分かるほどはみ出た鋭い歯──牙があった。


「慎人くん、離れて──ううん帰って。何も言わず何も聞かずに。お願い」


 ぼくはその場で立ち止まったまま、わざとらしくヘッドホンをする。

「え、何? 何か言った?」


 できればBGMが欲しいところだ。

 でも二人の声が聞こえなくなるのはまずいから我慢する。


「慎人くん、慎人。これは冗談じゃないの。本気で命がけなのよ」

「だったらなおさら、ぼくはここを動けないな」

 震える両手を隠すようにヘッドホンにやって、しっかりと掴む。

「慎人、慎人おいコラてめえ──!」


「だめだカノイ──おまえがどれだけ頑張ろうと、所詮は時間稼ぎでしかない」


 遅ればせながらシリアスに戻った黒装束少女の声は、一転して教会の説教のように厳かだった。


 白い闇の中、沈黙して佇むビルや学校の校舎たちは、頭を垂れてじっと聞き入る巨人の群れか。


「残念だが、この世界に対する私の『修正』は失敗に終わった」

「……ふん、あっさり認めたわね」

「私は謙虚なんだ。失敗はちゃんと認めるし、できる限りのフォローもする」

「それで『腕』の力を使ってまでドラゴンを落っことしたってわけ?」


 ……え? なんだって? 

 ドラゴンを──落っことした?


「上手くいけばこの世界に『あやつ』を呼び寄せることができたんだ」

「でも『彼』はやってこなかった。逆に肝心のドラゴンには牙をむかれるし」

「ちゃんとやっつけただろう」

「いろいろ巻き込んでくれたけどね。主にわたしを。ついでに慎人も」


 ついでにぼくのことを思い出してくれてありがとう。


「ふん。そのどさくさで『腕』を掠め取っていったのは誰だ」

「言いがかりはやめて。こっちこそ死にゆくドラゴンから押し付けられたのよ」


 何やら一般人のぼくが聞いちゃいけない世界の裏事情が全力で暴露されてるような気がする。

 知らないぞ。


「いらんのなら返せ」

「代わりにあなたがこの世界を守ってくれるの?」

「同じことを何度も言わせるな。『あやつ』のいない世界など──この役立たずな瀕死の世界などにもう用はない」

「そっちになくても、わたしにある。大ありよ!」


 きっぱり断言する久保。

 それからちらりとぼくを見る。

 はい何でしょう?


 とそこで、意外に近くからヘリの音が聞こえてくるのに気がついた。

 雪混じりの風も心なしか強まっていく。

 見上げると、雲の下で自衛隊の戦闘ヘリが二機編隊で旋回していた。

 さらに二機が距離を取って待機している。


「あんなもの、いくら呼んでも無駄だぞ」

「わたしが呼んだわけじゃない。あんたを追ってきたんでしょ」


 久保は制服のポケットからウォークマンサイズの機器を出して耳に当てた。

 携帯電話だ。

 かつてはとてつもなく多機能で人々の必需品だったらしいけど、今は持ってる方が珍しい。

 通話できる相手も時間もかなり制限された非常用無線通信機といったところ。


「上のヘリは誰? マヤカ? いいから帰るように言って。邪魔よ! ──えいうっさい!」


 怒鳴りざま携帯電話をこちらへ投げつけてくる。

 どうにかキャッチして、ヘッドホン越しに恐る恐る耳に近づけてみる。


「まだ何か言ってるようだけど? かなり怒ってるっぽいし」

「バカメと言ってやれ!」

「は?」


 けれどもう久保は黒装束少女の方へ向き直っていた。

 黒装束少女も大きく肩で息をして(でも白い吐息は出ない。さすが吸血鬼)、


「もう一度だけ言うぞ、カノイ──おとなしく『腕』を返せ。そうすれば、せめておまえとその少年が天寿を全うするまで、この世界を終わらせるのを待ってやる」

「それが何の慈悲にもならないことは、さっきあんた自身が言った通りでしょ」

「むう」


 歳相応(?)に唇を突き出して顔をしかめる黒装束の少女──吸血鬼。


「失敗作だろうと崩壊間近だろうと、ここがわたしの、わたしと慎人くんの生まれた世界。たとえ邪神の伴侶であっても好き勝手にはさせない」


 久保が言い放つ。──って、え?


 いきなりとんでもないことをさらっと言わなかったか今。

 ドラゴンの次は邪神ですか?


 いくら世界が終わりかけてるからってそんな、でたらめにもほどがあるぞ。

 おいおい。


 けれどもう誰もぼくの脳内突っ込みにはボケてくれなかった。


「はっは。『あやつ』が邪神などであるものか。確かにその腕一本でも世界を変える力を秘めてはいたが、それ以外は私の魅力におぼれて焼かれて死んだ哀れな異界の神父にすぎん」

「そんな男のために何百年も柩の中で待ち続けるあんたもね。お似合いだわ!」

「その言葉そっくりおまえに返してやる! 三〇〇年後あたりに」


 やけに自信たっぷりに宣言する吸血鬼だった。


「だったらせいぜい長生きしないとね」

「気をつけろ。やりすぎると永遠に死ねなくなるぞ」


 そんな吸血鬼へ、久保は自分の腕をさっと上げて、


「その前にこんな『腕』、さっさと切り落として捨ててやる」

「どうせ捨てるなら今よこせ。代わりに私の腕をやる」

「どっちも左腕じゃ困るでしょ。わたし右利きだし」

「どうしても渡さないつもりか。人には過ぎたる力だぞ」


 久保が一瞬ぼくのほうを見た。

 でもすぐに顔を戻して、


「この世界を──大事な人たちを守るためには必要な力よ」


「人の分際で。後悔するぞ」

「意地でも笑って死んでやる」


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