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少年の街(その6)


          ☆

 

『じゃあ結局、神父もフィセラの娘たちも取り逃がしちまったってわけか』

「神社の魔導結界は消滅、近衛騎士団の魔導騎士が四人揃って倒されちゃった上、竜灰魔法エクスアッシュを使っても倒せなかった相手に、たかだか学生一人でどうしろっていうんですか!」


 巫女スーツ姿から魔導学校の制服へと着替えたヘルゼが怒鳴り返す。


 対して、彼女の前に浮かんだ掌サイズの魔導円環メイスリング──携帯通信環ケータイの中に囚われている、小さなメガネを鼻先にちょこんと載せた熊顔の幻影が、そのかわいい見た目とは裏腹に渋みの効いた声音で、


『竜灰魔法を使っただと? よっぽどの緊急事態でもなきゃ使うもんじゃねえぞ、あれは』

「だからよっぽどの緊急事態だったんです! フィセラの柩が勝手に開いたんですよ! これ以上の緊急事態がありますか!」 


『だがあの魔導鎚メイスにあった灰炉アークの中身は、何よりも陛下のためにと、クルガー宰相が文字通り自ら我が身を削ってだな――』

「いざというとき役に立たなきゃただのアカです! ホコリです!」


『……そこまで言うかよ。相変わらず遠慮がねえな』

「実戦で使用した者の素直な感想です! 実感です!」


『人のおれが言うのもなんだが、人に己の灰を託す吸血鬼の気持ちなんて、おまえにはわからんだろうなあ――で、今度は何をぶち壊した? 拝殿はまだ残ってるか?』

「失礼な! もちろんですとも! 残ってますとも! ……………………半分は」


『あーおれも歳かな? 最後の方はよく聞こえなかったが?』


 ヘルゼは、自分の背後で半壊した拝殿の後始末におわれている警察官や救急隊員たちをちらりと見て、


「とにかく! 守護対象の柩はもうないんだし、上姉うえねえさまも無事だったし! だったら拝殿がどうなろうと大した問題じゃありません!」


 鼻先でくるくる回る魔法仕掛けの通信環へ、その鼻がくっつくほど肉薄しつつ、ヘルゼは言い切った。


「だいたい駐留軍の方こそ何をしてたんです! 帝国魔導軍の最精鋭を揃えたとか豪語しておいて、結局魔獣対策にはうちの学校の生徒まで動員させてるし!」


災厄大戦レアル・ウォーの休戦五〇周年を祝おうって矢先に、たかが魔獣退治程度のことで陛下直属の親衛隊を動かせってか? しかもその「柩の町」で。例年になく列強各国の注目を浴びる一大イベントになるな』

「そ、それは──」

     

『学校の連中やおまえさんにしたって、いい実地訓練になったろうが?』

「ええもう二度と巫女姿では戦いません! ──そんなことよりこれからのことですけど」


『ああそうだったな。まあ目を覚ましちまったものは仕方がない。学園都市全域での非常警報が解除され次第、可及的速やかにその少年を捜し出して引き続き神社にて保護しろ。以上だ』

「以上だ――って、それだけですか!?」


『事情はどうあれ、かの少年を町の中へ放り出したのはおまえだ。おまけにおまえが陛下から下賜された魔導鎚まで持ってるんだろ? だったら最後までおまえが面倒を見ろ』

「じゃなくって! 母さ──陛下は! シントと会わない気ですか!?」


『これはその女皇陛下からの勅命だ』

「そんなバカな! 何考えてんですかおじさま!」


 小さな魔導円環の中の熊顔が、メガネを載せた鼻先をふん! と突き出す。


『おじさんじゃねえ! 今のおれはレアル=ダナグ連合帝国総軍元帥ルース・クラム・タイアーであーる! ──それと文句は直接陛下に言え。おれは知らん』

「あんなわからず屋こっちも知りません! とにかくあたし一人じゃ無理ですってば! 上姉さまはまだ動けないし、第一あの神父がまた襲ってきたらどうするんです!」


『巫女長ナージアも近衛たちも、単に眠らされていただけなんだろ? 魔獣の侵入も、神社の結界が突破されたのも、直接の原因はやつが言っていた通り、フィセラの柩が開いたことによる余剰魔力の放出と干渉のせいだ。やつ自身が積極的に手を出したわけじゃねえよ』

「だからって次はわからないじゃないですか!」


 そこでヘルゼはふと思い出して、


「……そういえばあいつ、自分のことを偽物とか言ってましたけど、どういうことですか?」


『じゃあ僧服の色が微妙に違うとか、こーんな感じで目がつり上がったりしてたとか?』


 淡く輝く通信円環の中で、メガネ熊の目がコミカルにつり上がる。

 ヘルゼは思わず吹き出してしまってから、


「もう何バカやってんですかおじさま! あー! ひょっとして何か隠してますね!?」


『ルース元帥閣下と呼べ──おうとも! それがおれの仕事だからな!』

「そうですかわかりました! どうせあたしも一度帝都へ行くことになってますし、ついでに彼を帝都まで連れて行きます。でもって何がなんでも陛下に引き会わせてやります!」


『いいさ、好きにやれ。受け入れの準備くらいはしておいてやる』


 余裕ありげな元帥閣下──老ルースの声に、ヘルゼははめられた! と思ったものの、素早く頭を切り替えて、


「ではとりあえず、帝都までの適当な軍用高速列車を手配してもらって──」


『甘えんな。帝都行きの列車なんぞ、いくらでもあるだろうが』

「シントを――伝説の柩の少年を、一般人の中で連れ回せっていうんですか!?」


『そいつはあれか、一目見れば誰もが「フィセラの柩のシントさまだ!」とか大騒ぎするような存在感とか迫力とか――ぶっちゃけいい男だったりするのか?』

「それはない……と思いますけど」


 くやしいが、それがヘルゼの慎人に対する偽らざる第一印象だった。


 立場上、彼の本当の顔を知っていたからこそ一目でそうとわかったものの、一般向けの物語や伝承の中で美化されまくっている彼のそれとは、お世辞にも似ているとは言い難い。


『さっきも言ったが、今は時期的にも対外的にも微妙な状況でな。たかが死に損ないの神父崩れ一人に大げさな軍事行動は取りにくい。だったら逆に、最小限の人数で一般客に紛れてこっそり連れて来た方が安全だとは思わねえか?』

「ここから帝都まで何時間かかると思ってるんです! 夜行寝台ですよ! 若い男とうら若き乙女ですよ! 一般学生の身分で行くなら専用個室も使えないし、列車の予約だって──!」


『開放寝台でもベッドは別だろうが。切符にしても、今なら式典見物用の臨時便もある。うまく列車を乗り継いで、最後は地球横断特急アーシアン・エクスプレスにでも飛び乗ってやりゃあ、少年だって絶対喜ぶぜ?』


 夏季休暇なつやすみの学生旅行か!


「もういいです! おじさまこそ、あたしが行くまで陛下を絶対逃がさないように!」


『そいつはクルガー宰相閣下の役目だがな。まあ努力しよう。ああそれと、陛下の勅命を無視したのはおまえの独断で、おれは何も知らねえからそのつもりで』

「きったねー!」


『乙女のセリフじゃねえな――それより少年の居所はわかってるのか? 陛下の存在をちらつかせて帝都へ行くよう言ったんだろ? もう帝都行きの列車に乗ってるかもしれねえぞ?』

「そんなに機転がきくようには見えませんでした。フィセラの柩娘が一人くっついてるみたいですけど、二人とも土地勘やお金はないはずだし。あれならトラムにだって乗れませんよ!」


 余裕です! と大見得を切るヘルゼに、鼻メガネの熊顔がふっとため息をつく。


『――おまえ、学校で男友達いねえだろ?』

「あんな連中、魔法修練に邪魔なだけです! 無用です! 願ったりです! じゃあまた!」


 懐から出したミニサイズの魔導鎚で携帯通信環をつついて砕く。


「よし待ってなさいシント! 絶対あたしの目の前で感動の再会をさせてやるんだから!」


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