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少年の街(その5)


「くそ、回り込まれたか!」


 敵意むき出しの女の子を、とりあえず手を引いて黙らせる。


「落ち着けって。おれは味方だよ」


 降参といった風に上げられた少年の手には、慎人しんとの手にあるそれと同じような形の杖──〈マトック〉が握られていた。


 少年は、こちらもまた日本人離れした彫りの深い浅黒の顔に、どこか人懐っこい笑みを浮かべて、


「合図のチャイムが鳴ったろ。町に出た魔物レイヴンはあらかた片付いた。もう大丈夫さ!」

「……チャイム? れいぶん?」


 混乱する慎人の肩を、しかし少年はポンポンと叩いて、


「気持ちはわかるぜ。お互い初の実戦だもんな。おれだって、まさか帝国最強の魔導学園都市で魔獣退治するはめになるとは思わなかったし──って、なあおい、その子は? 逃げ遅れか?」

「え? ああっと……うん、そんなとこ、かな」


 相変わらず状況のつかめない慎人は、もうとにかくうなずくしかない。


「なら早いとこ保護してやらなきゃ。さっさと戻ろうぜ!」


 どうやら少年は、慎人を自分の仲間の一人と勘違いしているようだった。


 ここで下手に逃げても余計面倒になりそうだし、どうせ行くあてもない。

 だったら行ける所まで行ってやれと、慎人は少年についてゆくことにした。


 黒衣の女の子も、慎人と手を繋いだまま黙ってついて来る。


 先行する少年にくっついて、見知らぬ町をゆく。


 慎人はできるだけきょろきょろしないよう注意しようとしたが、でもどうしてもあちこち気になって、歩くのが遅れ気味になる。


 早朝に加えて避難指示でも出ているのか、自分たち以外に人の姿はない。


 いずれにせよ、生まれ育った自分の町しか知らない慎人にとっては、文字通り初めて見る「異世界」だった。


 何もかもが珍しくて仕方がない。

 足が止まりそうになる度に、手を繋いでいる女の子にぐいと引っ張られて、また転びそうになる。


 やがて少し広い通りに出た。


 けれど周囲は相変わらず閑散としていて誰もない。


 除雪が行き届いているのか、ほとんど雪のない路上を横切る時、道の中央付近で平行に続く二本の鉄路があるのに気がついた。


 でも少し先をゆく少年の「早く来いよ」の声にはっとして顔を上げ、女の子と一緒に急いで道を渡る。


 道沿いに並ぶ、パステル調の色鮮やかな建物が切れたあたりに、ちょっとした駐車場くらいの大きさの広場があった。


 その場所を囲むようにして、学校のイベントでよく見かける仮設テントのような天蓋が張られていた。


 少年に続いて、慎人も女の子と一緒にその広場へと入る。


 そこそこの規模を持つ広場にはかなりの人数の男女がいた。


 彼らのほとんどは、慎人と同い年くらいの少年少女たちだった。


 基本的に男子は濃紺のブレザー姿。

 女子は胸当てのついたジャンパースカート風で、加えて胸元から下を覆うように銀色の防具らしいものをつけている。


 さらに全員が例外なく〈マトック〉を手にしていた。


 それぞれ男女数人づつのグループになって、声高に話をしている。

 みんな自分たちの話に夢中らしく、新たに広場へ入って来た慎人たちを気にする様子はない。


 胸元のエンブレムなど細かい違いはあるものの、同じような紺のブレザー制服姿で、さらに〈マトック〉まで持っている慎人は、どうやらうまい具合にその中へ紛れ込めたらしい。


 ひとまずほっと息をつく。


 先を行く少年と一緒に、ひときわ大きな天蓋の前まで行く。


 そこではいかにも教師然とした大人たちが、

「神社での爆発を目撃した者は報告に来るように!」

 とか、

「追って指示があるまでこの場で待機!」

 とか怒鳴っていた。


「──そうだ、神社は!?」


 はっとなる慎人に、けれど少年の方は大きく笑って、


「さあな。ヘルゼのやつが、張り切りすぎてまた魔法を暴発させたんだろ」


 周りの男子たちが同意したように笑い声を上げた。

 みんな異様にテンションが高い。


「しっかしまあ、おまえもずいぶん張り切ったようだな!」


 少年が言って、〈マトック〉の先でちょこんと慎人をつついた。


 確かに慎人の姿は散々だった。


 巫女少女の魔法に巻き込まれ、階段を転げ落ち、おまけに怪力の女の子に引っ張られてブレザーは肩口が破れかけ、胸のエンブレムもすっかり汚れていた。

 加えて髪はあちこち逆立ち、顔や手も擦り傷だらけ。


 なるほどひどい格好だ。

 でもそのおかけで、服装の細かい違いが目立たなくなっている。


 ざっと見渡せば、同じようにボロボロの格好をした連中はけっこういた。


 漏れ聞こえてくる会話からすると、みんな「レイブン」と呼ばれる魔物と戦っていたらしい。


 どうやらここに集まっているのは、町の中に出現した魔物退治に借り出された、魔法学校か何かの生徒たちのようだった。


 慎人は、先の少年からその学校の生徒と勘違いされたらしい。


 そんな彼の方はといえば、やはり西欧風の顔つきをした赤毛の少年と、自分たちの成果を自慢し合っていた。


 ぼんやりと二人の話を聞いていた慎人は、改めてそれが「日本語」であることに気がついた。


 この場にいる連中は、目の前の少年たちを筆頭に、むしろ異国人風の人間の方が多い。なのに交わされている言葉は、慎人の耳にも自然に聞こえる純然たる日本語だった。


 そういえば神社で会ったあの金髪ツインテの魔法少女も、ふつうに日本語で話をしていた。


 慎人は、今もしっかりと手を繋いでいる漆黒のワンピース姿の女の子を見た。


 なんだとばかりにこちらを見上げる女の子。


 さっきからずっと黙っているけれど、この子との会話も日本語だった。

 道で見かけた標識や広告なども、そういえば漢字やかなが基本だった気がする。


 あまりに当たり前すぎて、今の今まで気づかなかった。


 あの神社も間違いなく慎人の町にあった神社だったし。


 だとすると、やっぱりここは日本なのか。


 世界は滅んではいなかったのか。


 多少の時間的誤差はあっても、ここは自分たちがいた元の世界とは地続きの世界なのか。


 でも町の様子は全然違う。

 あの金髪巫女少女が口にした地名にも、まったく聞き覚えはなかった。


 もし同じ世界だとしても、どうやら吸血鬼の柩で眠っていたのは五年や一〇年のレベルではないらしい。


 要するに何がどうなっているのかさっぱりわけがわからない。


「おい、おいって!」


 強く肩を揺すられて、慎人はやっと自分が呼ばれていることに気がついた。


「え──あ? な、何?」

「だからいつまでも突っ立ってないでさ。早くそのちびっ子、教員に引き渡してこいよ」


 慎人が自分の考えに沈んでいる間に、二人の少年の関心がこちらに移っていた。


 一難去ってまた一難。


 不意打ちに固まった口元からとっさに上手い言い訳が出るわけもなく、といって本当のことが言えるわけもない。


「どうしたんだよ。ていうかおまえの魔導鎚メイス、なんか変わってるよな。どこのクラス?」


 何を今さら!


 引っ張ってきたのはそっちだろ! ──と心の中で怒鳴ってみても始まらない。


 他の連中もなんだなんだと集まってくる。

 それでもだんまりを続ける慎人に、温厚だった少年の顔もさすがに険しくなってゆく。


 女の子と繋いだ掌が燃えるように熱い。


 とにかく何でもいい。早く何か言わないと余計に怪しまれる。


「この子は──」


 だがその先が続かない。


「もういい、おまえなんか変だ。こいつおれが連れて行くからその手を離せよ」

「いや違うんだ! この子は、この子はえっとその」


 自分の隣に立つ黒衣の女の子をちらりと見て、慎人は、


「この子は──そ、そう妹! 妹だよ!」


 わあ言っちまったあ!


 言うに事欠いて、さらに大きな墓穴を掘ってしまった。


 内心パニックの慎人を、女の子の青く冷めた瞳がじっと見上げていた。

 

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