執事さん
しばらく二人で会場を見て回る。
決してデートではない。今日はあくまでも手伝いだ。ただ逸れると面倒だし、周りに知り合いも居ないので、必然的に魔女さんの後をくっついて回るしかない。
「あの、退屈じゃないですか?良かったら、時間と集合場所決めて、一人で見てきても良いですよ。」
「うーん、退屈じゃないですよ。一人で見るって言っても、特に見たいものがある訳じゃないし…あ、ずっと俺と一緒じゃ、普段通り出来ないですよね?じゃあ、ちょっとウロウロしてこようかな…」
「いえ、あの、退屈じゃないならいいんです。それに、その…二人で居る方が、キャラも立ちますし…突然無理なお願いを聞いて貰って、退屈だったら悪いなぁと思って…」
「あぁ、気を使ってくれたんですね。大丈夫です。結構楽しいですよ。」
「良かった…」
いつの間にか、俺達の後ろにゾロゾロとついてくる人達がいた。そのうちの数人が声を掛けてくる。
「あの、すいません、写真いいですか?」
「はい。いいですよ。」
俺は少し距離を置く。写真を撮られている魔女さんは、マンガのワンシーンのようなポーズをとる。
(絵になるなぁ…)
カメラ小僧の目的は、あくまでも魔女さんだろう。俺は引率するマネージャーみたいなもんだ。「邪魔だ!どけよ!」なんて言われるくらいなら、最初から離れた方がマシだ。
「あの、写真いいですか?」
「どうぞ。撮ってください。」
女の子が来た。俺は魔女さんの方に手を向ける。
「じゃなくて、執事さんの。」
「え?俺?」
「はい!」
俺はぎこちなくポーズをとる。少しオドオドした感じが、かえって良かったらしい。キャラに合ってると…
「執事さん、一緒に…」
魔女さんが俺を呼ぶ。カメコ達から注文が入る。
「執事さん、お嬢様の手をとって。」
「見つめ合ってください。」
「お姫様抱っこ出来ますか?」
「執事さん…」
「…」
注文がえげつない。魔女さんが耳元で囁く。
「キャラになり切ってください。」
女の子耐性がない俺だが、妄想力には自信がある。マンガの内容を頭で反芻し、気持ちを切り替えた。スイッチが入ったとでも言えばいいか、俺はカメコ達の注文に全力で答えた。
「「ありがとうございました。」」
カメコ達が散って行く。俺は「お嬢様、参りましょう。」と、魔女さんの手を取り、その場を離れた。
会場の外には、出店が出ている。もう昼過ぎだ。俺は腹が減っているのに気付き、我に返った。魔女さんと手を繋いでいることに動揺し、慌てて手を離す。
「す、すいません!あ、あの、お腹すきましたね。何か食べませんか?」
「なり切ってましたね。フフッ…食べましょう!」
二人で階段の端に座り、ホットドックを食べた。
「あの、今更なんですけど、名前、聞いていいですか。ずっと執事さんって訳には…なんて呼べばいいですか?」
「あぁ、そうですよね。そう言えばお互い、名前も知らないや…たかしです。なんか、普通でしょ。」
「たかし、さん。わたし、ひろこです。普通でしょ。」
「ひろこ、さん。普通って、いいですよね。」
「はい。普通が一番です。」
二人でクスクスと笑った。普通じゃない生活を普通にしている二人で。