9話
ちゅんちゅんちゅん。
鳥のさえずりが聞こえる。もう朝なのか。
僕はアラームの音が聞こえる前に目を覚まし、夢ノートを書きに行った。今日の夢を思い出しながら、ベットを出る。少し離れた勉強机に向かっていた。眠気を抑えながらも机に向かっていると、
コンッ
何かが足に当たった。僕は何が当たったのかを確かめてみる。教科書だ、でもどうして。ふとあたりを見てみると、
「なんじゃこりゃ」
僕の部屋が荒らされていた。服、教科書、カバンなどなど、どう見ても足の踏み場がないほどに。僕は自分でも思っているほど几帳面なので、大抵のものは地面には置かないのである。置いてあるものといえばせいぜい、学校用のカバン程度だ。それなのにいたるところに物が散乱しているのは奇妙である。
「何が起こってるんだ」
昨夜の自分の行動を思い出してみる。昨日、橋本から彩音のことが好きと暴露された。その後も、小一時間ほど会話をして疲れて家に帰ってきたのも覚えている。夜ご飯を食べ、お風呂に入り、今日出すための宿題をやって寝た。そのはずだ。
正直、昨日の出来事がインパクトがありすぎて、宿題に全く手をつけられなかったのは今はどうでもいい。
だけど、もしかしたら、僕自身の記憶が間違っているのかもしれない。
「確かに昨日は色々とあったけど、そんな記憶を間違えるほど疲れていたのか?」
正直納得いかないこともあったが、朝の支度をするために一階へと向かった。
「(ふーん、やっと目を覚ましたんだ。あの男の子。さて、この子はどんな子だろう)」
今僕の部屋から声が聞こえたような気がした。だが、自分の部屋に誰かがいることなんてありえないので僕は部屋を後にした。
ちなみに、僕が夢ノートを書き忘れたことに明日の朝、気がつくのだがそんなことは今は気がつかなかった。
※ ※ ※
「それにしても、あの荒れ方は凄かったな」
一階に降りた後、母に「どうしたの?」と尋ねられた。どうやら、昨夜部屋で結構な物音がしていたらしい。それほどの物音がしていたのに全然気付かないなんて、僕はどんだけ疲れていたんだと思った。
「確かに昨日の出来事はインパクトはあったけど」
朝の支度を終わらせ、今は学校に向かっているところだ。
いつもなら家を右に出て、ほぼ一直線で学校に着くのだが、今日は時間もあるし考え事もしたかったので、家を左に出た。この時間帯なら、翔也に会えるはずだけど、今は会いたい気分ではなかった。
「橋本からあんなこと言われて、もしも翔也からも言われたら僕はどうなっちゃうんだよ」
そんなことはありえない、でも可能性としては翔也ならありえる。そんな感じがして、ままならなかった。
「これがフィクションであれは、完全に僕の立ち位置は友達Aってところだな」
恋を叶えるキューピット、、、にはなりたくないが、決して橋本を応援していないわけではない。むしろ、幸せになってほしいくらいだ。だけど、この胸の中にあるモヤモヤは一体なんなのだろう。
夏の暑さ、ギンギラギンと照りつける太陽さえ今は全く感じていなかった。
※ ※ ※
僕は今何をしてるんだろう?
全く体が動かない。目を開けようと思っても開かないし、何にも音が聞こえない。
まるで、五感が誰かに奪われてしまったような、そんな感覚だった。
思考もまとまらない。僕はこの状態で一体どれくらいの時間を過ごしたのだろう。1時間と言われても、1年と言われても納得してしまう。そんな感じだった。
「・・・たの?」
すると、どこかから声が聞こえた。まるで僕の頭の中に直接呼びかけているようだ。
幼い声なのか、大人びてる声なのか、わからない。
ジジジ・・・
周りに聞こえてくる雑音がうるさい。さっきの声が誰のものなのかわからないのは、この雑音のせいだ。
雑音といっても、テレビの砂嵐のような、いや、違う。この音は何かが崩れる音だ。
僕は今どこにいるのか必死に模索してみる。だが、何をしても視界は真っ暗なままだ。
ここはどこなのであろう、学校か家か、または映画を見ているときにでも寝てしまったのだろうか。
寝てしまった?てことは、夢でも見ているのか。
「大丈夫?」
そう思った瞬間にまた声が聞こえた。しかも、さっきよりも鮮明に。
「ねえ、起きなよ」
また聞こえた。今度は起きてと。よし、なら目を開けてみよう。
僕は目を開けてみる。すると、
さっきまで言うことを聞かなかった体が言うことを聞いたのだ。
目を開けた僕は早速あたりを見回してみる。
目の前には、廃ビルがずらりと並んでいた。
廃ビルにはどこかから生えたのかわからないほどの大きなツタも絡まっていた。
しかも、僕が倒れていた場所は道の真ん中のようだった。この道もところどころ地割れが起こっていて、いつ崩壊してもおかしくないようだった。
「ここは?」
僕は一瞬困惑した。でも、ここが現実ではないことは、すぐにわかった。
思考を巡らせる。
僕はあのあと、いろいろと考えながら歩いていたんだ。確かその時にトラックにはねられそうになっていた子猫を助けようと思って。そこからは記憶が無くて気がついたらここにいた。
「それにしてもなんつー、ベタな展開なんだよ。これってあれか異世界に飛ばされるってやつか」
異世界という非現実的なものにさえ、この状況のなかでは違和感を生まなかった。
「そしてここは、どこだ?」
そう問題はそこなのである。トラックにはねられたのはとりあえずいいとしても、ここはどこかわからない。ただ、何度も来たことがある、そんな感じがした。
「いつだ、いつだったかここに来たことがある。こんな非現実的なこと現実世界にあるとすれば」
…夢。夢ならこの状況にも説明がつく。つまり僕は夢を見ているのか。
「ただ何でこれが夢だと認識できている?ここが夢にできた世界とかなら話は別だけど、、、」
その時ふと思い出した。こんな状態が1週間前にも起こったことを。
1分経った頃には情報整理をし終わっていた。
「つまり、ここはあの時見た夢世界ってことだ」
「そうだよ、ここは君らの言うところの夢世界だよ」
僕の独り言に呼応するかのように、声がした。
あたりを見渡してみる。
しかし、右を見ても左を見ても廃ビルが並んでいるだけで、前や後ろはどこまでも道が続いていた。
なら、この声はどこからするのだろうか?
最初に頭の中に直接呼びかけてるように感じた。
頭の中に直接声が聞こえたのなら、一種のテレパス能力なのかもしれない。いつもなら、そんな非現実的なことはありえないと、割り切るのだがこの夢の中ならありえてしまう。
なぜなら僕は、まだこの夢について何も知らないのだから。
どれだけ考えても、これだと思う答えは見るからなかった。
僕は考え疲れて、その場に寝転がった。
目を開け空を見てみる。
空は雲だらけで全く見えなかったが、おそらく月みたいなものがうっすらと見えている。あと、そのちょっと下の15cmくらいの羽の生えた人間がいた。
「月と人間、ちょっと風情があるな」
目を閉じ、感慨深い感情に入り浸っていると、何か違和感を感じた。
羽の生えた人間?まじでよくわからない。
僕はまた閉じた目を開いてみる。そこには、やはり羽の生えた人間がいた。それも1m先の目の前に。
「うわっ」
驚いた僕は後ずさりした。
人間が空を飛んでいることは、まずありえない。人間に羽は生えてないし、例え羽が生えたとしても、今の現状扱えるわけがない。
そもそも、15cmの人間なんて存在するはずがない。
「おーい、話聞いてる?」
羽の生えた人間が僕に話しかけている。どうやら、女性みたいだ。さらに、彼女がの発している言語は日本語っぽいので、会話はできそうだ。
「ああ、目の前で起こってる出来事に驚いてるだけだ」
僕は率直な感想を口にした。僕の言ったことを不思議そうに思っているように彼女は首を傾げた。
「驚くことなんて、ないじゃん。人が普通に話しかけてるだけじゃん」
「まぁ、確かにな」
驚いているのはお前の容姿だよ!と言うツッコミを飲み込み僕はとりあえず、誰なのかを聞いてみる。
「率直にだけと、ちなみに、君誰なの?」
「人にだれかを訪ねる時はまず自分から名乗るもんだよね?そういうの、お母さんとかに教えてもらわなかったワケ?」
・・・うぜー。まじで、こういう女が一番嫌いなんだよね。正論ばっか並べられるから、言い返しできないやつね。
僕は不満をぐっとこらえて続けた。
「ごめん、僕は長谷祐音。現実では高校生、趣味はゲームをすることと、最近は小説を書くことかな」
「キャハハ、ウケるんですけど。ご丁寧に、趣味まで語っちゃってるんですケド、ちょーウケる」
やっぱり、うぜー。人がせっかく親身になって答えてるってのに。
僕は拳を固く握った。
「まぁ一応、自己紹介してくれたワケだし、アタシの自己紹介しとくよ。アタシはラピス・アーラルド、あっちの世界の人は妖精?とか呼んでる。友達からはラピちゃんとかラピスって呼ばれてる。アンタも好きな風に呼んでくれて構わないから」
「じゃあ、よろしく、ラピス」
なんだ、いいやつじゃん。
僕は固く握った拳を緩め、ラピスと握手をした。握手といっても、彼女の五指が僕の人差し指を握っただけになってしまったが。
「で、君、ユウくんはなんでここにいるの?」
「なんでか知らないけど、1週間ペースくらいでこっちの世界に飛ばされるんだって」
「てことは、この世界初めてじゃないの?」
「うん」
そう、実際初めてじゃない。この間来た時は、何が何だかわからなくて鮮明には覚えてないけど。
「じゃあ、この世界について何を知ってる?」
ラピスが優しく質問した。
「夢喰いって敵がいて、それを武器で倒す。あとは、色が振り分けられた人が何人かいるってくらいかな」
僕はさらに、紫の人に教えてもらったことも説明した。しかし、改めて情報を列挙してみてもわかっていることは、こんなもんだ。あと、自分の武器はいまだにわかっていない。
「そう、そんなもんなんだ」
ラピスがドヤっという顔を向けてくる。やはり性格に少し難ありのような気がする。
「ユウくんの言っていることは大体合ってる、でも君は重大なことをまだわかっていない」
「重大なこと?」
ラピスは人差し指を立てた。そして、その人差し指を自分の顔へと持っていった。
「アタシたち、妖精とこの世界の関係性について、だよ!」
僕はきょとんとして彼女を見た。僕のその表情を見た彼女はまたしてもドヤっとして、語り始めた。
「この世界はユウくんの知っている通り、夢世界という概念でいいと思う。ただ、少しだけ違うのは、実際に魂がこの世界にやってきているというのが正解」
確かにその解釈は納得のいくものだった。しかし、ならなぜこの世界で死んでしまったら、実際には死なないのだろうか。
ラピスはまるで僕の考えを見透かしているかのように続けた。
「ただ、この世界はあやふやなものだから、ホントに夢みたいなものなワケ。ここでダメージを受けても、向こうでは外傷はない、でも痛いという感覚だけ残っているって感じ。まぁ、魂に直接刻まれてるんだから当然っちゃ当然なんだケド」
僕は今までこんなことを考えたことはなかった。ただ、この世界は夢だ、感覚的に痛みを感じても現実に帰ればなんとでもない、と。
だが、実際には違ったようだ。
さらにこんなことも聞いたことがある。魂と体の関係は所詮グラスと水の関係でしかないのだと。傾ければ簡単に溢れてしまう。そんな関係性だ。
なら、この夢世界で死んでしまったのなら本当に、現実世界には痛覚しか影響がないのだろうか。
いくら考えても、僕の考えはまとまらなかった。
「おーい!聞いてるの?」
ラピスが顔を覗き込むようにして聞いていた。
「その様子じゃ、全然聞いてなかったみたいだね。しかたないな〜。もう一回だけ話すヨ」
そう言ってラピスは自分たちの過去とこの夢世界について語り始めるのであった。