7話 6月17日月曜日
ラブ要素?
木村くん…?
木村くんが如く……?
ひ魔人さんのターン!!!
朝から酷い夢を見た。
橋本が彩音と付き合って、翔也が姫野さんと付き合って、僕が凄い落ち込んでた。もうそれはこの世の終わりみたいに。
そもそも、僕は姫野さんの事が好きなのだろうか。
「夢は深層心理とか聞くけど、あるいは……?」
たぶん十中八九金曜日に借りた傘が原因だろうと思う。
元々僕は女子との友好関係が少ないので、姫野さんに白羽の矢が立ってしまったのだろう。
僕は心の中で姫野さんに謝っておく。「ごめんね」
そして、これもそれも全て橋本が悪いのだ。
人生初めて受けた恋愛相談で、まさか好きな人がかぶるなんてことがあるのだろうか。
「いや、まあ、あったんだけどね? あってしまったんだけどね?」
橋本の恋愛相談はなんとかやり過ごした、と思う。
幼馴染が彩音だという事は言わなかった。
最終的に今度、僕と幼馴染、彩音、橋本とで遊びに行くって話になったのだが、吹部の幼馴染=彩音なのだ。
悩み相談を了承した時点で何かしらのアドバイスなりフォローなりしないといけなくなっていたし、吹部に幼馴染がいると言ってしまった時点でこの結果は避けられなかった気だする。
「はぁ」
朝からため息とは、今日一日が思いやられる。
「朝ご飯よ」
食卓から母の声が聞こえた。
僕は夢ノートを閉じ、制服に着替えて鞄を持って食卓へ向かった。
朝ご飯のアジの開きとみそ汁、ご飯と納豆を食べ終え、歯を磨き、トイレに行ってすっきりして家を出る。
金曜日とは打って変わって良く晴れていた。暑い。
いつもより早く出たせいか、翔也には合わなかった。
吹奏楽部の朝練の音に妙に反応してしまう。
教室はまだ登校している生徒は少なく、静かだった。
僕は窓側の自分の席へ向かう。隣の席の姫野さんはもう登校していて、席で本を読んでいた。本は本屋のカバーがしてあって表紙が見えない。何を読んでいるのだろうか。
姫野さんがふと視線をあげて、ばっちり僕と目が合った。
ほぼ毎日のように姫野さんの方が早く登校してきているのに、こんなことは一度も無かった。
今朝見た夢のせいで無意識のうちに気にしてしまっていたのだろうか。きっとそうだ。つまり橋本が悪いのだ。
「あ、えっと、おはよう姫野さん」
「ぁ、ぅん。おはよう長谷くん」
にっこりと笑ってくれた。
なんか凄くほっとした。心の中で姫野さんに感謝しておく。「ありがとう姫野さん」
「あ、金曜日はありがとね。傘貸してくれて」
「!?」
僕はそう言いながら鞄をガサゴソとあさる。
しかし、見当たらない。どこら辺に入れたかなと、昨日の夜の記憶を辿っていく。
「ん? あれ?」
昨日の夜折り畳み傘を鞄の中に入れた覚えがない。
家に忘れて来た。
「ああ、ごめん。家に置いて――」
言いながら鞄から目を離して顔をあげると、真っ赤な顔をした姫野さんがいた。
姫野さんの目は、せわしなく教室の中をいったりきたりしている。
少しデリカシーが無かったかもしれない。金曜日、傘を貸してくれたときの姫野さんの顔を思い出して僕はそう思った。
「ごめん。家に置いてきちゃった」
僕は姫野さんだけに聞こえるくらいまで声のボリュームを落として言う。
姫野さんはブンブンと首を振っている。ノープロブレムと言う事で良いのだろうか。
ここで会話を終わらせておけば良かったのだが、僕は挽回しようと謎の心理が働いて余計な一言を付け加えてしまった。
「あ、そうだ。家まで取りに来る?」
真っ赤な顔で首を振っていた姫野さんがぽかんと僕を見る。
僕はその姫野さんの反応を見て、自分がたった今した発言の意味不明さを理解する。
「あ、や、ほら、家だったら誰かに見られる事も無いし、僕の家学校の近くだし、姫野さんが良ければで全然そんなんじゃなくて……」
小声でごにょごにょと言い訳を言う。たぶん半分くらいしか聞き取れていないと思う。
姫野さんはうつむいている。
「借りて忘れてさらに取りに来いって凄い自分勝手だよね、うん。いや、ホント、もし姫野さんがそっちの方が良いならって話で……」
「……ぅん」
姫野さんがコクリと頷いた。
え? それは詰まり、僕の家まで取りに来るという事だろうか。
「えぇっと、詰まり、僕の家まで取りに来てくれるって……こと……?」
姫野さんは顔を真っ赤にしてもう一度頷く。
どうやらそう言う事らしい。
「えぇっと、じゃぁそう言う事で、放課後……ってそういえば姫野さん部活は?」
僕は帰宅部だけど、姫野さんはどうなのだろうと思って訊いたけど、思えば金曜日に昇降口で会った時点で同じ帰宅部だと判る。
この学校は、金曜日は部活動の日で毎日部活ではない部活(翔也の美術部とか)も、金曜日は必ず活動するのだ。その日に帰宅部と同じ時間帯に昇降口にいたという事は、体調不良怪我家の用事などによる休みか、同じ帰宅部という事になる。
姫野さんはブンブンと首を振った。
大丈夫らしい。
「じゃぁまた放課後」
姫野さんは机に向き直って読書を再開した。
僕も鞄の中の教科書類を机の中にしまう。
なんか凄くいずらい雰囲気になってしまった。しかし、ここで席を立つと姫野さんを避けている様で出来ない。
橋本、早く来てくれ。
結局橋本はチャイムの後に教室に入ってきて、先生と仲良く廊下でお話をしていた。
僕の中で橋本の株がだだ下がりである。
そして、姫野さんの本はあのあと一ページも進んでいなかった。
心の中で姫野さんに土下座する。「本当に申し訳ないです」
※ ※ ※
落ち着け僕、一体これはどういう状況なんだ?
先程から僕はキッチンにて同じことをひたすら頭の中で自問している。
流石に家に寄ってもらったのに、傘を渡してはい帰っても申し訳ないと思い、そういえば土曜日に映画館で家族に買ったお土産のお菓子がまだ残っていたはずとか考え、気が付けば姫野さんを自分の部屋に待たせて家のキッチンにて悶絶しているナウである。
もう一度。一体これはどういう状況だ?
「はあ」
ため息が漏れてしまった。
これも全部橋本のせいだ。そういうことにしておこう。土曜日から僕の日常は狂いだしたのだ。
あまり待たせるのもあれなので、冷たい緑茶とお土産のお菓子をお盆に載せて部屋へ向かう。
部屋に入ると、姫野さんが僕の机の前で一冊のノートを、頬を染めながら読んでいた。
――え? 姫野さん? あなた何をお読みになっているのです?
そのノートには見覚えがある。そう、ちょうど今朝も見た。
今朝の夢を、姫野さんと翔也が付き合ったという内容を、書いて、母に呼ばれて、そして、その夢ノートは、そう、机の上に置きっぱなし――
「あ、」
姫野さんが部屋に入って来た僕に気が付いた。
みるみるうちに顔が赤くなっていく。
「あ、あの、これはちが……――」
僕はそっとお盆を机の上に置いて――鮮やかなジャンピング土下座をきめる。それはもう鮮やかな。どこぞのロクでなし講師の様に(イメージです)。そして、
「ホント! 誠に! 申し訳、ございませぇぇん!!!」
叫んだ。
母親にエロ本を見ているところを見られるより(未経験)、妹に中二病設定ノートを見られるより(未経験)、友達にポエムノートを見られるより(未経験)恥ずかしいし、今日犯した失態を総和して二乗したよりも申し訳ない。
もう穴があったら光よりも速く入る自信があるし、取り敢えずタイムマシンを探さないとなどと思ってひたすらおでこを床にスリスリさせて、そろそろ床もおでこもピカピカになりそうだなというところで、ようやく僕の耳に姫野さんの声が届いた。
「あ、あの、本当に。頭を、上げてください。勝手に、その、見てしまった私も悪いですし……」
不思議なことに目頭が熱くなって視界がにじんできた。
姫野さんってなんでこんなにも良い子なのだろうか。今度姫野さんの親御さんに会ったら感謝を告げ無ければならない。
僕は顔をあげて、立ちっぱなしの姫野さんをベッドに座らせる。
そしてその前に正座して、僕の“夢”に関する説明をした。
小学校四年生の頃毎日同じ夢を見ていたこと。それをきっかけに夢ノートと言う物を書き始めたこと。今朝見た夢がたまたまそういう夢であったこと。決して、姫野さんに対していかがわしい気持ちがあったわけではないこと。ましてや、翔也が姫野さんに対してそういう気持ちを持っているかどうかは全く知らないということ。
「あの、この、翔也さんと言うのは……?」
「えぇっと、僕の幼馴染で、中村翔也って言うんだけど。金曜日たまたま一緒に登校したからたぶん夢に出て来たんだと……」
「中村くん……?」
「あれ? 姫野さん知ってる? 四組の中村翔也」
「はい。同じ、美術部です」
翔也と姫野さんにそんな接点があったとは知らなかった。
なんだろうか。こう、世間は狭いなてきなあれを感じる。
けど、それなら、どうして金曜日昇降口で会ったのだろうか。
もしかして用事でもあったのだろうか。そればらば余計に迷惑をかけてしまっていたのかもしれない。
「あ、そう、傘傘! ホントにありがとね! すごく助かった」
僕は姫野さんに貸してもらった可愛らしいカエルさんの折り畳み傘を渡す。
姫野さんは恥ずかしそうに、受け取った折り畳み傘を素早く鞄の中にしまった。
「それで、土曜日無事に映画見に行けて。そこで買ったお菓子、です」
僕はそう言って、お茶とお菓子が載ってるお盆を床に置く。
「あ、」
姫野さんは僕が出したお菓子を見て小さな驚きの反応を見せた。
そして鞄から一冊の本を取り出す。今朝読んでいた本だろうか。
姫野さんは本のカバーを外して、僕に表紙を見せてくれる。そこには“I love you 〜101回目の恋〜”と書かれていた。
土曜日に橋本と見に行った映画のタイトルで、このお菓子の袋にも書かれている。
「え? 姫野さんも見たの?」
「はい。とても面白くて、原作の小説を読み直しているんです」
「そうなんだ! なんか凄い偶然だね」
「はい……!」
その後、姫野さんとお菓子を食べながら映画について話し合った。
橋本さんは元々原作を書いている人の小説が好きだったようで、今度その人の小説を貸してもらえることになった。
「やっぱ、最後花瓶に刺されていた花、あれが最初の武士の奥さんが育てていた花と一緒だったっていうのが趣があるよね」
「はい!」
姫野さんがコクコクと頷く。
思いのほか盛り上がって、橋本も捨てたもんじゃないなと失礼なことを思ったりした。
気が付くと結構時間が経っていた。
「そろそろ、時間大丈夫……?」
「はっ、そうですね。すみません、盛り上がってしまいました」
「いやいや、こっちこそ。凄い楽しかったよ」
僕は姫野さんを玄関まで送る。
「姫野さん、ホントに色々ありがとね」
「はい」
そう言ってドアに手をかけた姫野さんは、その手を離して再び僕の方に向き直る。
しかし俯いたままで、顔を上げてもすぐに俯いてしまう。
どうしたのだろう。何か言いたそうに見える。
「姫野さん……?」
「あの……!」
姫野さんは決心したように僕の顔を見つめる。
大きな瞳に、小さく可愛らしい鼻と少し桃色に染まった頬。そして艶やかな唇が開いて――
「名前……」
「え?」
「その、名前で、呼んで、ください……」
最後の方は消え入りそうだったが、真っ直ぐと目を見て姫野さ――ひなたさんはそう言った。
「ひなた……さん」
「はい!」
たぶんこの時のひなたさんの笑顔は、決して忘れないだろう。
それほど、可愛らしく弾けた笑顔だった。
ふふふ。
気付いたら結構な文字数になってた(-_-;)
彩音よりも多いだと(;゜Д゜)