5話 6月14日金曜日
ひ魔人さんのターン!
僕は目覚ましのアラームを止めた。
スヌーズ機能も忘れずに切る。これを忘れるとなかなかに大変なことになるのだ。
僕は今朝の夢をノートに書くながら日付を確認した。
6月14日、金曜日。
あの夢を見てからもうすぐ二日が経つが、いまだ変わりはない。
一週間に一回程度だと言っていたし、もしかしたらあれも普段見る夢の一つなのかもしれない。僕は意識し過ぎなのだろうか。
しかしあの夢の世界がどうにも気になってしまう。
「本当に偶然で済ませても良いのかな?」
昨日から僕の頭の中ではずっと同じ疑問が回っている。
朝食を食べ、歯を磨き、トイレに行って、着替えていつもと同じ時間に家を出る。
「佑、おはよう」
「ん、翔也? どうしたんだ? 家の前で待ってるなんて」
確かに翔也とはたまに一緒に登校しているが、今日のように待ち合わせしているわけではない。いつも偶然通学路で会うのだ。
朝でしかもいると思っていなかった翔也にあったからだろう、完全に気を抜いていたその時を狙いすましたかのように彼女は後ろから奇襲を仕掛けてきた。
「おっはよう! 佑くん」
「うわぁあっ!!!」
朝とは思えない元気いっぱいの声と共に僕は左肩をバシッっと勢いよく叩かれ、朝とは思えない元気いっぱいの驚き声をあげる。
「あ、彩音!? え? なん? え?」
翔也と同じく幼稚園からの幼馴染である彩音は、吹奏楽部の活動とクラスが違うことで最近は学校でたまに顔を合わせる程度だった。ちなみに、翔也と彩音は同じクラスだ。
「朝練は?」
「ふっふ~ん。少年よ、乙女には語れない秘密の十や百はあるのだよ」
「いや、それはありすぎじゃ……」
「寝坊したんだとさ」
「翔くん!? それは言わない約束でしょ!」
「それで、せっかくだから前みたいに3人で学校行こうぜってはなしになったんだよ」
「あ~、なるほど」
「ちょっと無視しないでよ~。てか、佑くんも納得しないでよ~」
3人で朝とは思えないほど元気に笑う。
やっぱり、この3人集まると最強だと思う。さっきまでの暗さが嘘のように吹き飛んだ。三人寄れば文殊の知恵てきなアレだろうか。たぶん、いや絶対に違う。三本の矢的なアレだろう。
「ホント、最高」
「ん? 佑なんか言った?」
「ううん、何でもない」
夢の事もそんなに深く考えることはないのかもしれない。
どうせ次に来るのは一週間後だろうし、自分の武器に関してもなんとかなるだろう。
2人と会ってそんな気分になれた。
「ちょっと、佑くん聞いてる?」
彩音が僕の顔を覗き込んで、その可愛らしい顔を近づけて来た。
「あ、ごめん。考え事してた」
「佑くんにとって、私はその程度の女だったのね。シクシク」
彩音がわざとらしく泣く。
「ほら、佑にもいろいろあるんだよ」
「そうよね、私だって分かって――って、そういえば佑くん大丈夫なの?」
彩音が大根も大根な演技を止めて真剣な顔で僕に訊いてきた。
しかしいきなりで何のことだか分からない。
「え? 何が?」
「ほら、水曜日の朝会で倒れたの佑くんだったんでしょ?」
「ああ、うん。大丈夫。ちょっと寝不足で」
そのことかと僕は納得する。
昨日色々な人、それこそ全然話したことのないクラスの子からも訊かれまくって、返答は慣れた。
「佑、ずっとこの一点張りでさあ。彩が訊いてもダメか~」
「もう、そんな倒れるまで無理しないでよ」
頬を膨らませ腰に手を当てる彩音を見ると、本当に僕のことを心配してくれていることが分かる。
僕は気持ちを込めて謝った。
「以後気を付けます」
「なんかあったら倒れる前に私たちに言ってよね。幼稚園からの幼馴染でしょ?」
「うん、そうする」
「佑くんのママも知らない佑くんのお宝の場所まで知ってるんだから」
「うん。……うん? え? ちょっと待って? 今なんて言った!?」
「もう佑くんの家族よりも佑くんのこと知ってるんだから。え、なに? 私、翔くんの部屋に隠してあるだなんて言ってないよ」
「ちょ、彩!? なんで知ってんだよ!」
「まさか友達の内に隠すとは考えたよね。そりゃ、いくら探されても自分の部屋からは出てきませんし、部屋に鍵ついてる翔くん家は適してるよね~」
「翔也! どうゆうこと!?」
「知らん! お前、彩。なんでそのこと知ってんだよ!?」
「確かに見つかんないだろうけど、その隠し方だといざ使いたいってなった時に使えなくない?」
「どうゆうことだよ翔也~!!!」
「おい彩、ひとの話を聞け!」
「佑くんがショートで小さめの妹派で、翔くんがロングで大きめのお姉さん派なんて正反対だよね」
「なんで区別までついてんの!?」
「知らん! 名前も書いてなければ分けて置いてすらないぞ!?」
「エスパーかよ!?」
「ふっふ~ん。私に隠し事とは百光年早いわ!」
「それ距離だし!」
本当に、この3人は無敵だと思う。
「そういえば彩音って吹部だよね?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
僕は学校が見えてきたところで、彩音に例の思い付きについて訊いてみた。
「音楽関係者的な視点からさ、“音の武器”って言われたらどんなの想像する?」
「え、どゆことん?」
「いや、なんとなく直感的なもので」
「ん~、楽器を武器として振り回すとか?」
彩音はその場で素振りをする。
「あとは、セイレーンみたいに歌で攻撃するとか?」
今度は半人半鳥のセイレーンのマネだろうか。腕を翼のようにバサバサさせ、唇を尖らせている。
「彩、それセイレーンのマネかよ! 全然似てねぇし!」
「なにおう! じゃあ翔くんがやってみてよ」
翔也のモノマネを見て笑っている彩音の横顔を見ながら、僕は自分が彩音の事を好ましく思っていることを自覚する。
いつ頃からだろうか。
これが恋なのか僕には判らないけど、この何気ない彼女の笑顔をずっと見ていたいと思う。
「あ、そうそう。佑くんは傘大丈夫なの?」
「え?」
突然僕に話を振られて戸惑う。
「ほら、今日雲行き怪しいでしょ?」
言われてみれば二人とも傘を持っている。
「今日、午後から雨らしいぜ」
「え、ちょ、なんでもっと早く言ってくれないんだよ!」
「その話してた時、佑くん考え事してて聞いてなかったじゃん」
「いや、なおさら、そのことを早く教えてよ!」
「忘れてた、テヘペロ」
彩音はおどけて器用に下を出す。
「どうすんだよ帰り~」
「雨にも負けず風にも負けずだね佑くん!」
「むちゃを……。翔也も、今日は美術部あるんだっけ?」
「金曜日だからな」
「マジかよ……」
「ふっふ~ん。私の傘に入れてあげても良いのだぞん」
「それは――」
魅力的だと言うのを僕は飲み込む。
「いや吹部、部活終わるの何時よ」
「七時半とか?」
「それまでなにしてろと……?」
「図書館で勉強でもしなさい少年」
「マジか~。晴れてることを祈ろう!」
「佑、それフラグじゃね?」
※ ※ ※
往々にしてこういう儚い望みは叶わないのだと、昇降口から普通に降っている外の雨を眺めて僕は思った。
「あの、傘」
僕が濡れて帰るか、3時間待って彩音の傘に入れてもらうか、けどそれはなんか色々とまずい気がする様な、だって他の吹部のメンバーもいるんだよね? そんなかで相合傘は厳しくない? さらに待つ? いや、さすがにそれはなどと悩んでいると、後ろから声が聞こえた。
振り返って見ると隣の席の姫野さんがいた。
「ん?」
「あの、傘。忘れたんですか? 良かったら貸しましょうか? 私、折りたたみ傘持っているので……」
どうやら立ち止まって外を睨んでいた僕を見て、傘を貸そうかと声をかけてくれたらしい。
「え? 良いの?」
こくりと頷く姫野さんを見て、「神様…、女神…、結婚したい…」なんて言うとある漫画の一コマを思い出した。
「じゃぁ、これ」
「え? いや、僕が折り畳み使うよ。折り畳みの方が小っちゃいでしょ? 姫野さんが多き方だよ」
「ううん、いいの」
「いやいや、流石に傘借りる立場で持ち主よりも大きな傘差しては帰れないよ」
「けど、ほんとに……」
「いやいやいや!」
「……うん。……っ」
「うおっ!」
姫野さんはうつむいて鞄から折り畳み傘を取り出すと、ドンと僕に渡してそのまま駆けて帰ってしまった。
手の中には、カエルさんの可愛い黄緑色の折り畳み傘がいた。
「あ~」
これは素直に普通の傘を借りた方が姫野さん的に良かったのかもしれない。
ただ、これを差して帰るのもなかなかに勇気が必要そうだけど、そこらへんはどうなんだろうか。
鞄の中に入れてたってことは、それはありなのだろうか。
「取り敢えず、感謝だな」
僕はカエルさんの折り畳み傘を差して帰った。
去り際にちらりと見えた姫野さんの真っ赤な顔なんか僕は見ていない。
ヒロイン誰だろう?