【7-4】梅に鶯
梅吉から意識と身体が戻された。
身体の怠さ、筋肉痛、眠気……
どうやら、俺の身体は一睡もしてないらしい。
一体、一晩中何してたんだ?
浴衣ちゃんと着てるし。ベッドは綺麗だし……
「……おはよう」
俺より体調がヤバそうな健一さんが、洗面所から戻ってきた。
「……大丈夫ですか?」
「……大丈夫。徹夜したねこれ。ちょっとでいいから、疲れ取りたい。お風呂入ろ」
「はい」
朝風呂は最高だった。
「あー……」
「気持ちいい。疲れが取れる……」
「ほんと何やったんだろね、この疲労感……」
健一さんもわからないか……
「梅吉、爆睡してるんで、教えてくれそうに無いですね……」
「こっちも同じく」
……後で起きたら、教えてくれるかな?
二人で並んで景色をぼんやり眺める。
「景色いいねー」
「秋の紅葉とか、最高ですね」
「だね、季節変えて来たいなー」
健一さんが次に来る時は、当たり前だけど百合子さんとだ。
俺はその頃どこにいるのか、何してるのか……
考えたくなくなった俺は、話を逸らせた。
「……てかいつの間にそんなにムキムキになってんですか?」
去年の温泉で見た時もいい身体だったけど、あれ以上にすごい身体だ。
「翔太だって……」
「……嫌味ですか?」
腹筋まだ割れないし、胸板厚くないし……
「怒らなくてもいいじゃん! 翔太すぐ怒る!」
健一さんは俺の脇腹をくすぐり始めた。
「やだ! やめて!」
でも、俺の腹に残る傷痕に触れた途端、手が止まり顔が凍りついた。
「……健一さん?」
「……ごめん」
俺を残して風呂から出て行った。
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お宿から、撮影所に直行した。
永之助さんへ挨拶もそこそこに、撮影の支度へ。
健一さんと別々の部屋へ連れて行かれた。
浴衣に着替えて鏡の前に向かう。
「お兄さん、鬘したことあります?」
撮影所のお姉様に鏡越しに聞かれる。
「はい。一度」
「ならええね。始めさせてもらいます」
身体が徹夜したせいでものすごく眠い。
寝てていいと言う言葉に甘えた。
あっという間だった気がする。
「はい、出来ました」
声をかけられ目を開けると、鏡の中に梅吉がいた。
CMの時より若い気がするのは気のせいか?
「後で少し直させてもらいます。次は衣装」
貫禄のある男性が、俺に着物を着せる。
紺色の着物に、黒の角帯。
「どっかで見たことある思たら、カズちゃんのCMに出てた子とちがう?」
「あ、はいそうです……」
化粧してくれたお姉様にも言われた。
「そうや! その子や! 思い出したわ!」
改めてテレビの威力を感じた。
着付けが終わり、化粧も直してもらうと手代の梅吉が完成。
控室に通され、呼ばれるまで待機。
本物の梅吉を起こす。
(おはよう)
『……おはようございます』
(どう?)
『……あれ? 前よりちょっと若い?』
(やっぱりそう思う?)
『ええ着物着せてもろたんですね』
(いいねー)
お姉様方がやってきた。
「おはよう。翔くん」
「おはよう、梅村くん」
「おはようございます」
二人が黄色い声をあげた。
「きゃー。梅ちゃんめっちゃ可愛い!」
結子さん、梅ちゃんって、いま俺なんだけど……
「やばい。梅吉くん、超可愛い!」
百合子さんって、やばいとか超とか言うような人だったんだ。
ちょっと意外。
お姉様方はキャーキャー言いながら俺をスマホで連写。
「あ、あの、健一さんは?」
梅吉が楽しみにしてる。俺も早く会いたい。
「あ、準備終わってたよ。あれはあれで可愛いかった」
百合子さん、言い方……
やっぱり弟でしかないみたいだ。
「そうだね。やっぱり梅ちゃんの方が可愛い」
「ごめん、会いたいよね。ちょっと待ってて。呼んできてあげるから」
「お二人でごゆっくりー また後でね」
お姉様方は嵐のように来て嵐のように去っていった。
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俺の控室に健一さんがやってきた。
目の前に立っていたのは、髷に着物、羽織を羽織った旦那さん。
不思議な感覚に囚われた。
胸が締め付けられ、目に涙が溢れた。
口をついて出たのは、
「……お帰りなさい、旦那さん」
旦那さんは俺に微笑んでくれた。
「……ただいま、梅吉」
胸に飛び込むとしっかり抱き止めてぎゅっとしてくれた。
「正太……」
「嘉太郎さん……」
やっと帰ってきてくれた。
やっとまた会えた。
もうどこにも行って欲しくない。
少し身体を離されたと思うと、嘉太郎さんの顔が近づいて来た。
目を瞑ると、唇に温かい柔らかいものが触れた。
部屋のドアが開く音と、慌てた声が聞こえた。
「お疲れ、梅…… おっと。失礼しました」
あの声は永之助さん?
確認しようとすると、両手で顔をホールドされた。
「正太、よそ見しないで。俺だけを見て」
俺を強く見つめる目に、少しの焦りが見えた。
「……永之助さんに嫉妬してます?」
少し意地悪く聞いてみる。
「正太、あいつ見る時目が違うもん……」
可愛い人だ。
俺も嘉太郎さんの男前で可愛い顔を両手でしっかり包み込む。
「安心してください、嘉太郎さん。俺は貴方しか見てません」
言葉の代わりに、深いキスをされた。俺もそれに応える。
ドアがコンコンとノックされた。部屋の外から声がする。
「……すみません。お二人さん、そろそろよろしいですか?」
その声でお互い離れた。
「……また後で」
名残惜しそうに俺の頬を撫でる。
「……はい、また」
その手に手を重ねる。離れて欲しくない。
もっとしたい……
もっと、もっと、もっと……
……あれ?
俺は梅村翔太だ。
あの人は、蓮見健一だ。
あれ?
……俺ら、さっき何してた?
急に恥ずかしさがこみあげてきた。
顔から火が出るって、こういうことだ。
健一さんも一緒らしい。耳まで真っ赤。
恐る恐る梅吉に確認。
(……今の、はじめてじゃないよね?)
『……この格好では、はじめてだす』
……この格好では? じゃあ……
『……昨晩、一生分させてもらいました。おおきに。
せやけど、まだ足りん。もっと欲しい、もっとしたい思うのは、男の性だす。
すんまへん』
俺の魂と梅吉の魂が、完全に混ざり合っていたんだ。
だから……
健一さんと嘉太郎さんも、きっとおんなじだ……
キスの感触が、消えない……
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「カズ。ごめん! どうぞ!」
健一さんが入室を許可すると、永之助さんがそーっと入ってきた。
『あ、カッコええ……』
永之助さんは武士の髷に、着流し姿。
嘉太郎さんとガッツリキスしたすぐ後に、他の男にかっこいいとかよく言えるな。
怖いぞ梅吉!
「おー! 健ちゃん。すごい似合うじゃん。さすが」
着物の袖の下で腕組んでる永之助さんは、衣装を着こなしててやっぱカッコいい。
……ごめん梅吉。
「ありがとう。カズは何の役なの? お侍さん?」
「ストーリーの根幹だから言えないんだよ、これが」
「情報解禁前だもんね……」
かなり厳しいみたいなのに、よく俺らをねじ込んだもんだ……
「健ちゃん、せっかくだから写真撮ろうよ。梅村君、お願いできる?」
「はい」
ツーショットをいくつか撮った後、俺も声を掛けられた。
健一さんに頼むかとおもいきや、また前みたいに抱き寄せられて自撮り。
そして前と同じように、健一さんは眉間に皺を寄せる。
「こないだの翔太の投稿はイイネどれくらい来たの?
あの後ハーブガーデン、売上は増えたんだけど」
すっかり忘れてた。あの後いろいろありすぎて……
「三千超えた。イケメンとかお弟子さんですか?とかコメントもかなりきたよ。
そうだ、梅村君、俺の弟子になる?」
健一さんの機嫌がさらに悪くなって俺を永之助さんから引き離した。
「俺の手代に手を出すな」
……嘉太郎さんと混ざってる。
永之助さんはふざけると思いきや、ものすごくまじめに謝った。
「……申し訳ありませんでした」
一体どこまでこの方はご存知なんだろう……
「真面目に投稿して、御社を宣伝しますので、どうか……」
敬語だし、かなり腰が低いし……
健一さんの機嫌が途端に良くなった。いや、違う、仕事の顔だ。
嘉太郎さんだった時と同じ……
「引き続き宣伝をよろしくお願いします」
「……かしこまりました。……ごめん、梅村君も」
スタッフさんから、俺らの役割、場面の説明があった。
健一さんは薬種問屋の主人、俺は手代。店に来た永之助さんが番頭に話を聞く場面。
番頭さんは本物の俳優さん。俺らのセリフは永之助さんが来る時の「いらっしゃいませ」だけ。
永之助さんとスタッフさんの後について向かった先は、オープンセット。
カメラを構えた人、照明器具を持った人、メイク道具持った人、刀持った人……
いろんな人がいる。
永之助さんの別の場面の撮影が始まった。
刀を持った殺陣師の先生が熱心に指導してる。チャンバラシーンがあるドラマみたいだ。
面白いけど……
「寒っ……」
寒い。京都は寒いって聞いてたけど、マジで寒い。
ベンチコートとマフラー、靴下、手袋、考えつく限りの防寒してるけど、めちゃくちゃ寒い。
「大丈夫? 昔から体温低いもんね、翔太」
健一さんの衣装は羽織と足袋がある。俺よりは厚着だ。寒くなさそう。
「健一さんは高いですもんね」
健一さんは暖かい手で、俺の耳を包み込んで暖めてくれた。
「冷たい」
「あったかい」
健一さんがニヤニヤし始めた。
「なんですか?」
「……俺の正太は世界一可愛いなーって」
……また嘉太郎さんと混ざってる。
「……嘉太郎さんはこの世で一番カッコいいです」
梅吉、いや、俺、何言ってんだ? 俺も梅吉と混ざってる。
一旦落ち着こう。
「……健一さん。離れましょう」
「……ごめん。そうしよう」
梅吉に何度も謝られた。
『ほんまに、すんまへん……』
(いいよ、謝らなくて)
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スタッフの男性に声を掛けられた。
「兄ちゃんら寒いやろ? ここ座って当たり」
火のついた炭が入っている一斗缶の前に、演者の皆さんが座って暖を取っている。
「ありがとうございます」
手をかざすと、暖かい。
昔の火鉢を思い出し、懐かしくなった。
思い出がやたら出てきたり、梅吉の魂と混ざり合ったり……
この格好のせいなんだろうか……
「兄ちゃん、えらい着物と鬘似合ってるけど、本当に素人さん?」
健一さんが切られ役の俳優さんたちに絡まれてるのを横で見て楽しむ。
「ありがとうございます。普通の会社員です。でもこの子はCM出演経験ありますよ」
……巻き込まれた。
「あ。見たことあるわ!」
「兄ちゃんも男前やな」
「カズちゃんとこのお弟子さん?」
「ちゃう。友達や言うてたで」
褒められてるから、よしとしよう。
俺らの出る番が来た。
スタッフさんに案内されて入ったのは、薬種問屋の内装にした建物のセット。雰囲気は十分だ。
このセットの中で、俺は健一さんと仕事してるようにしてればいい。
がっつり画面には映り込むけど、カメラをみてはダメ。大きな声を出してはダメ。
かなり楽だ。
健一さんは算盤、俺は帳面と筆を手にすると、時が戻った感じがした。
でも周りに他の手代仲間はいない。
代わりにいるのは照明器具やモニター、大勢のスタッフさん。
「……復帰おめでとうございます。百数十年ぶりですね」
「……ありがとう。でもついこの前の気もする」
いろんな想いが、感情が溢れそうになったけど、梅吉がぐっと抑えた。
でも、前世の記憶が、楽しかった思い出が、何度も浮かんでは消えた。
「おー。様になってるね。御両人!」
永之助さんが面白そうに俺らを見て言った。
「……さすが、蓮見屋のご主人と手代ですな」
永之助さんはどこまで俺らのこと知ってるんだろう……
リハーサルの最中、健一さんに聞くと教えてくれた。
永之助さんは、旦那さんの友達だった吉治郎さんの直系の子孫。
見た目も声も、似てるところがいっぱいあるらしい。
旦那さんがどうしても直接言葉を交わしたくなった。健一さんが事の次第を打ち明けると、永之助さんはすんなり信じたそうだ。
永之助さんは旦那さんから先祖の話を聞き、江戸時代の上方歌舞伎について教わった。
仲が良くなったのはいいけれど、梅吉を巡り旦那さんのヤキモチが酷くなった。
梅吉を取られたくない一心で、梅吉との関係、想いを正直に打ち明けたらしい。
そして永之助さんは旦那さんを応援してくれてたらしい。たまにああやって旦那さんを煽って揶揄うけど……
永之助さんの正体不明のお侍さんをチラッと見て、健一さんがしみじみと呟いた。
「……やっぱかっこいいわ。梨園の御曹司は。張り合っても勝てないわ」
吹き出しそうになったのを必死に堪えた。
「……好きな人と、好きな俳優さんは、別腹ですよ」
「……別腹なら、メインディッシュがいいよね、やっぱ」
どうでもいい話しながら、撮影は進んでいった。
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撮影が無事終わった。少し早めのお昼は、撮影所の食堂で永之助さん、健一さんと三人で。
「……なんか変ですね」
「何が?」
「格好は江戸時代なのに、洋食食べてて……」
永之助さんが笑った。
「これで驚いてたらダメだよ。強者の先生方は、丁髷姿で撮影所の外に行くからね。自転車乗ったりパチンコしたり」
「……先生?」
「浪人の用心棒を「先生!」って呼ぶでしょ。だから、先生。大ベテランさんだし」
「ああ。そういうことですね。え!? 自転車!? パチンコ?」
あの格好でやるか普通!?
「さすが時代劇の聖地ですな」
のんびりカレーを食べてる旦那さんの格好の健一さん。
「ねー。すっごい面白い」
カツ丼を頬張るお侍さんの永之助さん。
頭が混乱する。
そういう俺も手代の格好で、スプーンでオムライス。
隣のテーブルでは、お武家の奥様の格好した女優さんが、マネージャーさんらしいスーツ姿の男性とコーヒー飲みながらタブレット使って打ち合わせ……
『今何時代や? わけがわからんわ……』
梅吉が俺の気持ちを代弁してくれた。
楽屋に招かれて、食後のお茶。
永之助さんが俺に切り出した話に驚いて声を出せなかった。
旦那さんと梅吉の話を、『仇討ちと男同士の純愛モノ』として歌舞伎でやりたい。
そう言われたから。
すぐに健一さんと永之助さんとの応酬が始まった。
「まだ諦めて無かったの? 前も言ったけどさ、男同士の話だと絶対に却下されるって」
「歌舞伎の歴史をもう一回勉強してくださいな、蓮見社長」
「分かってます。前世の記憶あるしー。とにかく、歌舞伎の世界は頭が硬いから無理だって」
「そんなことない。父に説明したらOKが出た。父が座頭の時に外箱で掛けてもいいって」
「……マジ? でもやっぱり歌舞伎座は無理か」
「新作を歌舞伎座で掛けるのは、俺みたいな若手じゃ難しいの!兄さん方だってやっと来年、どうにかってくらいなんだから」
「俺はさ、そういう姿勢に対して頭が硬いって言ってるの。四十代でも若手でしょ? いつ中堅になるの? それにさ、家は確かでもお父さん早くに亡くすと役が付かなくなるし、どこまで行ってもやっぱり血だし……」
「健ちゃんごめん、全く反論できない。でもね、論点がズレてきた。その話はまたにしよう」
「……ごめん。言いすぎた」
唐突に言い合いが終わった。
判断は俺と梅吉に任せるって言われたから、俺は梅吉に任せることにして身体を渡した。
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「……梅吉と申します。挨拶が遅れて申し訳ありまへん」
丁寧に畳に手を三つ指ついてお辞儀する梅吉に、永之助さんも丁寧に挨拶を返してくれた。
なぜ歌舞伎にしたいのか理由を聞くと真剣に答えてくれた。
「歌舞伎をもっと若い人に見てもらいたいから。
今この時代に残ってる仇討ちものの演目は武士ばっかり。
忠義、お家の為、名を残すため…… 正直、取っ付き難いみたい。
歌舞伎だと独参湯のはずの忠臣蔵も、ウケないからなのか、テレビからは消え始めた……」
「確かに……」
健一さんが頷く。
「商人や町人の方が身近だから、想像しやすい。言葉も難しくないから、理解しやすい。
それと、お店の為、会社のためっていう忠誠心のレベルなら、現代人にも納得出来る」
考えてらっしゃる……
「でも、最大の理由は、嘉太郎さんと梅吉君の強い愛に心打たれたから。
健ちゃんと梅村君の絆に感動したから。
だから、愛には性別も身分も年齢も立場もなにも関係ない。
俺のできる歌舞伎っていう手段でそれを表現したい。世界に訴えたい」
熱い思いは痛いほど伝わってきた。
梅吉は少し考えると、永之助さんに考えを伝えた。
「おおきに、ありがとうございます。旦那さん、蓮見のお家、会社、社長さんに迷惑がかからんようにしてくれはったら、わてらは構いません」
いつの間に代わったのか、旦那さんに手を取られた。
「……もう家も店も気にしな。おまはんの気持ちだけ考え」
「……わての気持ち?」
「そうや。梅吉としてやない。正太としての気持ちや。……正太はどないしたい?」
梅吉は旦那さんを見つめて言った。
「……正直に言っても、怒りまへんか?」
「なんでわてが怒る?」
「せやかて……」
「ええから、言うてみ」
よくわかってないっていう顔が可愛い。
その表情をクスッと笑った後、梅吉は永之助さんに正直に言った。
「わてをどんな役者さんがどないして演じるのか、見てみたい」
旦那さんが口を挟む。
「……誰もほんまもんの梅吉に敵うわけないやろけどな」
永之助さんが笑いを堪えてる。
「それと…… 永之助さんのやらはる旦那さんが、どれくらい男前か見てみたい。そう思います」
旦那さんはなんとも言えない妙な表情を浮かべている。
永之助さんが吹き出した。
「……ごめん。すみません。嘉太郎さん。精一杯、梅吉君に合格点貰えるよう、真剣に努めます」
「よろしゅうお願いします」
梅吉も丁寧に頭を下げた。
「お願いします」
「では、謹んでこのプロジェクト。進めさせてもらいます。健ちゃん、また連絡する。
では嘉太郎さん。メインイベント、行きますか? 準備できたみたいなんで」
「あ。せやった。いこいこ」
……メインイベント? なんだ?
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「痛い……」
梅吉が眉間に皺を寄せた。
鬘をつける時、頭を締め付ける。そのせいで皮膚が引っ張られる。だからシワが伸びて若く見えるらしい。今回は前回よりキツく締められたから、そう感じたのかもしれない。
でもデメリットもある。頭が痛くなる。
慣れるとなんともなくなるらしいけど、たったの二回じゃ無理だ。
地毛で髷を結ってた梅吉にはあり得ない理不尽な頭痛だろう……
「すまん。あと少しだけ、付き合ってほしい」
「構しまへん。せやけど、なにしはるんだす?」
「写真、撮りたいんや」
「ほんならさっき撮れば…‥」
さっき一緒にツーショット撮ってくれなかったじゃん!
梅吉がっかりしてたし!
「ちゃんとした写真がとりたかったんや」
「何のために?」
スマホじゃダメってことか。
「蓮見屋の歴史と記録を、正しく残しておきたいんや」
デジカメや一眼レフ?
予想ははずれた。古い方法での撮影だった。
ガラス板に焼き付ける、撮ってる間身動きできないやつ。
旦那さんを椅子に座らせ、俺は傍に正座。
いかにも江戸時代……
旦那さんはカメラを見たまま言った。
「……さっきの理由は表向きや」
「え?」
「……わては、おまはんとの娑婆での思い出を残したい。
……健一はんは、前世からの縁で会えた大事な人との思い出を残したい」
梅吉はカメラを見たまま柔らかく微笑み、俺は泣いた。
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数時間ぶりに元の現代人の姿に戻り、撮影所を後にした。
お宿までの時間は結子さんと二人きりの時間。
「やっと蓮見さんから翔くん取り戻せた」
冗談を言う結子さんに冗談で返す。
「取り返してくれてありがとうございます」
京都タワーへ行った。
京都の街を一望してみたい俺と、一度も行ったことないという地元民ならではの結子さんと、意見が一致したから。
「へぇー 。案外見えるんだね……」
感心してる結子さんを笑う。
「ほんとに来たこと無いんだ……」
「来る必要が無いでしょ? でも、上から見るのって、新鮮」
いろんな観光地の方角を確認。北野天満宮、祇園、東山……
どんなところか、楽しみだ。
「……ご実家はどの辺りです?」
「あっち」
めちゃくちゃ適当に結子さんは答えた。
「今回、連絡は……」
「するわけないでしょ。従姉妹にも言ってない」
やっぱりご実家との確執が根深い。黒い結子さんが表に出てきた。
「……大丈夫。あの計画は温存してるから」
遠くを眺めながら続けた。
「でも、よく考えなさいね。資格がないとか、できるわけないとか決めつけるんじゃなくて、
自分が結局どうしたいか……」
予定通りヘブンスに戻るか。LOTUSに自分の意思だけで残るか。結子さんの実家利用計画に乗るか。それとも他の道を探すか……
「わかりました……」
帰ったら真剣にもう一度考えよう。俺は何をどうしたいのか。
「ごめん。旅行中に暗い気分にさせて」
結子さんの手が、俺の手に重なった。
「……冷たい」
「……翔くんは暖かい」
俺よりずっと冷たい手だ。だから俺が暖かく感じるのかもしれない。
「暖かいとこで、スイーツでも食べようか」
結子さんの提案に乗った。
「はい……」
抹茶パフェを食べながら、昨日健一さんと話してたこと結子さんに聞いてみた。
「閻魔さまは、お寺だね」
「そうなんだ」
「東京にも大阪にもあると思うけど、京都でいい?」
結構あるんだ。でも、気付いたのが京都に入ってからだった。京都で探したい。
「はい」
結子さんは二箇所あげてくれた。両方今回の旅行の旅程に入れられる位置。
行ってみることに決めた。
「会えるかな?」
「会えたらどうするの?」
「考えておきます」
梅吉と今夜、相談しよう。
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次の日の朝早くホテルを出て向かったのは、北野天満宮。
まだ人もまばらな中お詣りを終え、梅林へ。
ここもほぼ貸切状態だった。
俺は結子さんと、健一さんは百合子さんと散策を楽しむ。
赤、ピンク、白……
色とりどり。種類もたくさん。
梅にこんなに種類があったのかって、正直驚いた。
「儚い桜より、強い感じのする梅の方が好き」
去年会社の庭で白梅を見た時もそう言っていた。
「太宰府天満宮の飛梅知ってる?」
梅吉が呟いた。
『東風吹かば匂い起こせよ梅の花……』
旦那さんが梅吉に最初に告白した時に……
「主人無しとて春を忘るな……」
「それ。左遷された菅原道真を、ご主人様を追って、御屋敷に植えられてた梅が太宰府まで飛んでったの」
そういうことか……
梅吉は旦那さんのために、俺は健一さんのために命を掛けた……
ほんのり漂う梅の香り。
のんびりゆっくり二人で歩いてると、百合子さんがやってきた。
「梅村くん。結子借りるね。健一とごゆっくり……」
健一さんと二人で散策を続けた。
健一さんがボソッと口にした言葉に俺は吹き出した。
「梅干どれくらいつくれるかな?」
「いっぱい、作れそうですね」
「翔太は甘い梅干の方が好きでしょ?」
「両方好きですよ、酸っぱいのも、甘いのも」
「ほんと?」
たわいもない話をしながら歩いていると、健一さんが立ち止まった。
「嘉太郎と梅吉君に変わってあげようか」
「そうですね」
身体と意識を手放そうとすると、
「……なんか、俺ら寝たらダメだって」
「え? わかりました」
遠慮せずに二人きりになればいいのに。
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身体を譲ってもろた途端、梅の香りをさっきより強く感じた。
「ええ香りやな」
嘉太郎さんの梅を見る顔が、何でかわからんけど強ばってはる。
……どないしたんやろ。
「……嘉太郎さん?」
深呼吸しはると、わてをじっと見つめはった。
緊張してはる……
なんやろ……
「正太…… あのな……」
「へえ。なんでっしゃろ」
何かを言おうと仕掛けたとたん、わてらのそばに人が来た。
「……あっち行こか」
「へえ……」
白梅の木の下で、嘉太郎さんは歩みを止めて振り向かはった。
さっきよりももっと緊張してはるみたいや。
「どないしはったんだす?」
嘉太郎さんはわての質問に答えず、わての両の手を取らはった。
「……正太。……わてと、一緒になってくれへんか?」
へ?
一緒になるって?
ぽかんとしてると、翔太はんに怒られた。
『プロポーズだよ!!!』
ぷろぽーず?
確か、ぷろぽーずは、結婚の申込の英語版や。
……は?
嘘やろ。嘉太郎さんが、わてにぷろぽーずて……
「……一緒になりたい」
えっと……
「……ほんまに、わてでええんだすか?」
少し怖い顔になってはる嘉太郎さんは、さっきより強い力でわての手を握らはった。
「わての恋人、伴侶は、正太ただ一人や。
……未来永劫、一緒にいたいんや」
声が震えてる。
可愛そうなくらい緊張してはる。
……今までわてがお誘いを拒否し続けたせいや。
どこでどないしたらこの人と一緒になれるかは、わからへん。
せやけど、わてはこの人と一緒にいてたい。
「おおきに。謹んでお受けします」
嘉太郎さんの顔がパッと明るくなった。柔らかい優しいいつもの嘉太郎さんに戻った。
わての掌にそっときすしはると、わてを引き寄せ強く抱き締めてくれはった。
「……正太。愛してる」
わてを、男の正太として、愛する人として受け入れてくれはった。
叶うはずがないて思い込んでた願いが叶った。
「……愛してます。嘉太郎さん」
耳元で優しい声で囁かれた。
「……ずーっと一緒にいよな」
「……へえ」
翔太はんの涙声が聞こえた。
『……おめでとう。正太。よかったね』
(おおきに、翔太はん)
嘉太郎さんと初めて逢うたあの日あの時と同じ梅の香りがした。




