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葉を見ず、花を見ず  作者: 喜世
第7章 愛慕
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【7-3】高いも低いも色の道?

 健一さんとはじめての大阪観光。

 まずは王道の道頓堀で写真撮って、食べ歩き。


「初めてなのに、懐かしい感じがするのは、なんですかね」


 道頓堀を行く観光船を眺めながらそう健一さんに言うと、


「わかる。前世のせいだよね。はい」


 俺の口にたこ焼きを放り込んだ。


「あ。塩も美味しいですね」


「ねー」


 梅吉に棒読みで言われた。


『よう真昼間に平気で出来ますなぁ!』


 そういえば旦那さんと梅吉もおんなじようなことしてた……


(いいじゃん、別に)


「はい。ラスト。食べて」


 また、健一さんに口の中に入れられた。




 新世界で写真撮ったり、通天閣を見たり、また食べ歩いたり……

これぞ大阪!を満喫した後、動物園へ。


 男同士楽しんだ後、もう一人の俺らに身体を譲った。

 動物園デートさせてあげたいっていう俺と健一さんの意見が一致したから。


 朝、身体を返してもらった時に昨日の首尾を梅吉に聞いたら、

『内緒』と言われ記憶の共有さえも許否された。

 二人がどこまでいったのか、わからない。


 今もせっかくのデートなのに、手も繋がない。

 でも、旦那さんの隣を歩いて、感情を全く押さえつけずに自然に旦那さんと会話してる梅吉を見ると、だいぶ進歩したと思う。




 大阪最後の目的地は大阪城。天守閣に登った。


 目の前に広がる大阪の街。

俺が梅吉だった時、あの街で生きてたんだ。

 旦那さんのそばで。


「見晴らしいいね」


「すごい! 晴れてよかった!」


 健一さんがドヤ顔した。


「晴れ男だから、俺」


 そういえば、健一さんとの思い出に雨の記憶がない。旦那さんの時もだ。


「じゃ、明日も明後日も、晴れさせてくださいね」


 そうお願いすると、快諾してくれたあと、突然ふふっと笑った。


「……あー。最高だわ」


「なにがです?」

 

「翔太の大阪と京都の初めてが全部俺と一緒でしょ。すっごい嬉しい」


 こういう発言を平気でする。やっぱり旦那さんのせいだろうか。

 でも、どうしようもなく嬉しく思うのは、梅吉のせいだろうか。


「重っ! 健一、マジ重っ!」


 ふざけると、健一さんがふざけて俺の背に覆い被さった。


「俺の翔太に対する重さ、舐めたらダメだよー翔太くん!」


 健一さんは物理的にも重かった。


「重っ!」


-------------------------------------------------------------------------

 日が傾いてきた。大阪をはなれ、次の土地京都へ。

 新幹線だとあっという間だけど、ゆっくり行こうってことで、在来線の各駅停車で向かう。


 電車に揺られてるうち、心地よさにうとうとし始め、とうとう寝てしまった。


 どれくらい眠っただろう。

 窓の外はもうほとんど日が沈みかけていた。


 肩に重みを感じて見れば、健一さんも完全に寝てた、俺に頭をもたれ掛けて。

俺の左手は健一さんの右手と恋人繋ぎで繋がっていた。


 梅吉の気が緩んだのか、記憶の一部が流れてきた。

 夜の庭での散歩、朝の散歩。

 旦那さんは梅吉と手をしっかり繋いでいる。


 よかった……

 昼間の心配は取り越し苦労だった。

 嬉しくて、その手をキュッと握ると、健一さんが目を覚ました。

 

「……あ、ごめん。嘉太郎が勝手に」


 健一さんは慌てて手を解いた。

そんなに急いで解かなくてもいいのに。


「え、今どこだろ」


 はぐらかす為なのか、本当に慌ててるのか、キョロキョロしてる。


「どこで降りるんです?」


「伏見桃山。あ、あと三つだ」


「了解です」


 今からの予定は、伏見で日本酒を飲む。前世からの約束だ。


「お酒の飲み比べできるお店にした。いいでしょ?」


「あんまり酔っぱらわないでくださいね。

健一さん体重増えたみたいなんで、病み上がりの俺には絶対担げません」


 嘘だ。

 ホテル詰めと入院で落ちた筋肉を戻すため、退院してから筋トレしまくった。

 梅吉にゴツいのは嫌だと散々言われたけど、無視してやり続けた。結子さんのために!


「酷っ! 太ったわけじゃないからね、脂肪じゃなくて筋肉だからね!」


「ほんとですか?」


「ほんとほんと」


 そんなことやってるうちに降車駅に着いた。


「さ、呑みに行くぞ!」


「はい!」


-------------------------------------------------------------------------

 健一さんと、本当に久しぶりのサシ飲み。

そして、きっと最後のサシ飲み。


 賑やかな居酒屋。カウンター席で隣同士腰掛けて、伏見の蔵全てのお酒が一度に楽しめる冷酒セットを頼んだ。

 出てきたのは、俺にはなんともない量。でも弱い健一さんには厳しい。


「一人分をシェアでちょうどいいですね」


 多分、いや、間違いなく俺が半分以上飲むことになるけど。

 とにかく、健一さんと乾杯。


「お疲れ様。退院おめでとう」


「ありがとうございます。政権完全掌握、おめでとうございます」


「蓮見の名に恥じぬように精進します」


「頑張ってください」


 本当は傍にいて手伝いたい。でも、俺がそんなこと言えるわけがない。

 この旅行が終わったら、俺は恐らくヘブンスに返される。

 そこから俺はどうなるんだろう。

 ふっと過ぎる不安な気持ち。


 健一さんとの時間が楽しければ楽しいほど、それがどんどん大きくなる。

 でも、今は忘れて飲みたい。楽しい時間を純粋に過ごしたい。


 利き酒セットのお酒に全て口を付けた後、感想を言いあった。


「これは、喉ごしが好き。これは俺には強すぎたかな。この甘めのが一番好き。どう?」


「これは香りが好きです。こっちはいまいち…… この辛めのが一番好きですね」


 健一さんが笑った。


「なんでこの子は甘いお菓子大好きなのに、コーヒーはブラックだし、酒は辛口かなぁ……」


「なんででしょうね」


「昔からお酒強いもんね、翔太は。俺は最初に飲んだ時倒れたもん」


 あれは、俺が十で、健一さんが十五の時だ。


「俺は大丈夫でしたね」


「そう。顔色ひとつ変わらなかったから、びっくりしたわ」


 俺が十五で、健一さんが二十の時だった。


 そして、俺が二十、旦那さんが二十五の時に死に別れた。

 

 再会したのは、俺が二十六、健一さんが三十一の時。


 今俺は二十八、健一さんはもうすぐ三十三。

 一緒にいたのは、二年たらず。

 もっともっと、一緒に年を重ねたかった……


「……健一さん。もっと飲みましょ」


 お猪口にお酒を注いだ。


 今は何も考えたくない。ただ隣にいる人との時間を楽しみたい。


「……うん。飲も」


-------------------------------------------------------------------------

 結構飲んだ後、お店を出て酔い覚ましに伏見の街を少しぶらぶら。

 運河の横の道を歩く。


「あ、寺田屋だ」


「これですか? あ、泊まれるんですかここ?」


「そうみたい。そういえばさ、俺らが生きてたのって幕末に近いけど、戊辰戦争より前だよね」


「はい。確か」


「なんで俺らが生まれ変わったの、明治とかじゃなくて昭和や平成だったんだろ」


「一応は平和な時代でよかったじゃないですか」


「そっか。そうだね」


 明治に生まれても、昭和の初期に生まれても、戦争に巻き込まれていたに違いない。

 たとえ再会できたとしても、辛い別れをしたかもしれない。

 同じことを、繰り返したくない。


「でも一番の理由は、閻魔様が忙しかったからじゃないですか?」


「そうだきっと。今何してるんだろ。番頭のこと聞きたいんだけど」


 それは気になる。番頭がまた俺らの前に現れたら怖い……

 どうやったら会えるんだろう。

 神様だから……


「閻魔様を祀ってる神社って、あるんですか?」


「ある。京都で探してみよっか」


「はい。結子さんにも聞いてみます」


「了解」


「……さて、そろそろお宿に行きますか?」


「はい」




 伏見から北上し、京都駅へ着いた後、電車を乗り換えて嵐山まで。


「紅葉の時期や旧正月中だと大混雑だけど、今はちょうど閑散期」


「年中混んでるイメージでした」


「人気だからね、京都は日本でも海外でも」


 健一さんにいろいろ京都のこと聞いていると、突然クイズを出してきた。


「明日の朝はここの駅で降ります。さて、なんて読むでしょう?」


「え? (たい)……(しん)?」


 クイズにするくらいだ。絶対違う。


「残念。正解は、太秦(うずまさ)です」


 は? なんでそんな読み方?

超難解だよ。わかんないよ。


「映画と時代劇、サスペンスの聖地です」


 あ。それなら聞いたことある。


「明日の我々の朝からの予定は、永之助主演の連ドラの撮影見学と参加です。

百合子さんと赤城さんも見に来るので、撮影所集合です」


 情報過多。整理しよう。


「永之助さんの出演されるドラマのジャンルはなんですか?」


 サスペンス? 時代劇?


「時代劇。江戸時代。ごめん、情報解禁前らしいから、それしか教えてもらえてない」


 健一さんは悪くない。


「今回の参加っていうのは、仕事ですか? プライベートですか? CMは出されますか?」


「民放じゃなくて公共だからCM出せない。永之助の好意で、完全プライベート」


「了解です。エキストラですね? セリフはなしですね?」


 CM撮影で永之助さんに迷惑掛けた。役付のセリフありは勘弁してほしい。


「……多分」


 目が泳いでる。怪しいな……


「でも、今回は翔太一人じゃないから。俺も一緒だから。大丈夫」


 また追加情報が。二人参加か……


「今の年齢の『手代の梅吉』を見たいんだ……」


 ということは、俺も今の歳の『旦那さん』がみられるってこと。

 これは物凄く魅力的。


 梅吉が喜んで受け入れた。断る理由はもうない。


「わかりました。よろしくお願いします」


-------------------------------------------------------------------------

 嵐山の駅で電車を降りた後、少し歩いて辿り着いたのはどう見ても超高級旅館だった。


「嘉太郎が、百合子さんにデートで使える良いお宿無いか相談したんだ。

そしたら最終的に赤城さんと繋がって、赤城さんの叔母さんの、娘さんの、嫁ぎ先だって紹介してくれた」


 回りくどいこと言ってるけど……


「結子さんの従姉妹ですか?」


「……あ。そっか。で、かなりお安くしてくれた」


 手配してくれた百合子さんと結子さんに感謝しても仕切れない。


 若女将の結子さんの従姉妹の方、結子さんと雰囲気と顔立ちが似ていた。

 しっかり挨拶した。近い将来、きっと親戚になる人だ。

 向こうからも頼まれた。結子さんをよろしくって。


「すごっ……」


 案内された部屋に驚いた。

 広い部屋、眺めがいいだろう広い窓と、ベランダ。

 そこに備え付けられてる檜の大きな露天のプライベートバス。

 そして、部屋に鎮座するキングサイズのダブルベッド。


「へー。ここ男二人のダブルOKなんだね」


 え?


「アメリカの友達がさ、日本は断られることがよくあるって残念がってたんだ。理解が無いって。

みんなにおススメしとこ」


 多様性と言っておきながら、差別や偏見がまだまだあるんだ……

 いつか綺麗に無くなって欲しい。




 部屋の隅で荷物を整理してると、健一さんに声をかけられた。


「翔太、先にお風呂入ってもらっていい?」


「いいんですか?」


「うん。やることあるからさ。出来るだけゆっくりでお願い」


「お仕事でしたら手伝いますが……」


「大丈夫。完全プライベート」


「わかりました」


 なんだろう?


「それと、今夜の梅吉君の寝間着はその浴衣でお願いします」


 備え付けの浴衣を指差した。

 梅吉がドキッとした。


「じゃ、お先に失礼します」




 梅吉がそわそわしてる。不安と期待とでぐちゃぐちゃになってる。


(旦那さんと何か今晩約束したの?)


 梅吉は答えない。


(……昨日の晩は、どこまでいったの?)


 恥ずかしがって教えてくれない。


(……今、幸せ?)


『……へえ。おおきに。ほんまに幸せだす』


 幸せだという感情がしっかり伝わってきた。


(よかった)


 でも、俺はもっと幸せになってもらいたい。




 ゆっくり目の入浴を終えて部屋に戻ると、健一さんは部屋の隅で筋トレの真っ最中だった。


「お風呂先にいただきました……」


「あ、翔太はんもう!? あぁ。きっつ……」


 旦那さんだ。肩で息してる。


「なんでそんなにハードな筋トレしてるんですか、わざわざ旅行中に?」


「……ぱんぷあっぷです」


 ……え?

 もしかしたら……


 いつのまにか健一さんに戻ってた。汗だくのまま、俺を見て言った。


「今からお風呂に行くけど、戻ってきたら嘉太郎に代わってます。

俺は朝まで起きませんので、よろしくお願いします」


「分かりました。こちらも梅吉に代わります。では、おやすみなさい」


「おやすみ。また明日ね」


 健一さんは、お風呂へ。

俺は明日の支度と、梅吉に代わる準備。


 嬉しさと期待とでドキドキしてる梅吉。


(旦那さんとお幸せに)


『おおきに』


 梅吉に身体を譲った。


-------------------------------------------------------------------------

 現在、夜十時。


 旦那さんとお茶でも飲も。

そう思い立って、ぽっとに水を入れた。

 沸くのを持ってると、旦那さんが風呂から帰ってきはった。


「旦那さん、お帰りなさい。湯がもう少しで湧きますよって、お茶飲みまひょ」


 急須と湯呑みを準備した。


「おおきに。濃いお茶にしてほしいわ」


「え? 寝られんようになりますよ」


 茶筒に伸ばした手を旦那さんに取られ、抱き寄せられたと思うと、耳元で囁かれた。


「……朝まで寝かすつもりないで」


 そないなこといきなり言われたら、わて……

 腰が砕けてしもた。


「……すまん! 大丈夫か? 立てるか?」


 慌てる旦那さんはいつもの旦那さんや。可愛いらしい。

 甘えてもええやろか。立てんいうたら抱っことかしてくれるやろか?

 ずるいわては首を横に振った。

 旦那さんはわての脚と腰の下に手を差し込んだ。


「わての首に手、回し」


 大人しく言われた通りにすると、旦那さんはわてを軽々と抱き抱えはった。


「……べっど行くで」


 また、かっこええ旦那さんになってはる!

 あかん。どないしよ……


「おおきに……」


 それを言うんが、精一杯や。

 旦那さんはわてを見て微笑んでくれはった。


「正太は大事なわての宝や。大切に扱わんとな」


 恥ずかしい……




 べっどにわてを座らせた後、旦那さんは少し離れたところで浴衣の帯を解きはった。


「……昨日の約束や。この身体見てほしい」


 浴衣が床に落ちる音がした。


 目の前には、下着姿の旦那さん。

 盛り上がった胸、六つに割れた腹筋、しっかりとした筋肉に覆われた、腕と脚……

 去年温泉で見た時より、凄い。


 思わず唾を飲み込んだ。


「……どや?」


「……綺麗だす」


 微笑んだあと、べっどのわての傍に座りはった。

 近くで見ても綺麗や。


「……触ってほしい」


 その言葉に甘えて、まずは腕の筋肉を触らせてもろた。


「……太い。カチカチや」


「なんやその感想」


 旦那さんが笑った。

こんな男っぽい逞しい身体やのに、笑った顔はやっぱり可愛いらしい。


 割れた腹筋に手を這わす。


「どないしたらこない綺麗に割れるんだす?」


 翔太はんも割ろうと頑張ってはるけどまだまだや。


「おまはんのことだけ考えて筋とれしたからや」


 思わず吹いた。


「ほんまだすか?」


「何笑うてんや? ほんまやで」


 旦那さんの盛り上がった胸筋に手をそっと乗せた。


「こない立派な身体、すーつに入りますか?」


「正直、今月入ってからぱつぱつや。健一はんに怒られてる。これ以上筋肉つけるなて」


 あの服の下に、こんなすごい身体があるやなんて誰も思わへんわ……

 

「正太、遠慮せんと、おまはんの好きにしてええで」


 こうして触らせてもらえるだけでも有り難いのに……


「……無理してまへんか?」


「してへん」


 ……信じてみよ。


「ほな、お言葉に甘えて……」


 旦那さんの胸に顔を埋めると、逞しい腕で抱き締めてくれはった。

 男らしい筋肉に包まれてる。

 幸せや……


-------------------------------------------------------------------------

 筋肉に酔いしれてると、旦那さんがわての耳元で囁きはった。


「……去年の夏、おまはんに浴衣贈ったやろ」


 翔太はんに大事に手入れして、保管してもろてる。


「おおきに。すんまへん。ちゃんとお礼言うてませんでした」


「あれ贈った意味、わかるか?」


「一緒に、花火……」


 最後まで見れんかった、わてのせいで。


「そや。せやけど、それ以上の意味あったんやで」


「どんなだす?」


 旦那さんがわての耳元で色っぽく囁きはった。


「……脱がせたい」


 心臓が跳ねた。


「正太が見たい」


 まっすぐ見つめてくる旦那さん。


「……無理してへんですか?」


 にっこり笑って言わはった。


「無理なんかしてへん。わては正太が見たいんや」


 この身体見て、目を覚まさはったら、それまでのことや……


「部屋、もう少し暗くしとくれやす……」


「わかった……」




 現在、夜十一時。

 覚悟を決めて、旦那さんに身を委ねた。


 旦那さんは器用にわての帯を解いたあと、わての身体から浴衣を剥いだ。

 肌が空気に触れ、少しヒヤリとした。


 じっくり、じっとり、舐めるように何も言わずにわてを見た。


 無言の時間が怖い。

 やっぱり恥ずかしい。

 目覚ますなら、早よしてほしい……


 耐えきれず思わず旦那さんから顔を背けた時、旦那さんが口を開きはった。


「大人に、男になったんやな……」


 ……やっぱりあかんかった。


 部屋からは逃げられん。

 せめて浴衣で身体隠したい。


 急いで浴衣を取り戻そうとしたのに、旦那さんに奪われた。


「見んといとくなはれ……」


「正太」


 腕を掴まれた。


「離しとくなはれ!」


「正太!」


 旦那さんがわての両腕を掴んだ。

 逃げられへん……


「正太、落ち着け!」


 あかん。また先走って、思い込んで、突っ走った……


「すんまへん……」


「わては嬉しいんや。立派な大人の男になったおまはんが見られて……」


 ほんまにそう思うてはるんやろか……

 ゴツいて、男やて、無理やて、思うてはるんやないか?


「正太が好きや。だから見たいて言うたんや」


 怖くて顔が見られへん……


「……お願いや。わてのこと、この気持ち、信じて欲しい」


 旦那さんに気付かれてた。

わての中にいつまでも残りつづける、小さな不安と疑いに。


「すんまへん……」


 旦那さんはわての顔を両手で挟んで上げさせると、そのまま引き寄せて唇を重ねはった。

 今日初めてのきすや……


「……論より証拠や」


 え?


 長い指で、わての鎖骨をスッとなぞると、大きな手でわての腕を撫でた。

 わての手を取ると、温かい唇がわての指に、手のひらに、手首に、押し当てられた。

 強めに抱き寄せられると、旦那さんは今度はわての鎖骨、咽喉、首筋にきすしはった。

 くすぐったいわ……


「やっと笑うてくれた」


 安心したように目を細めはった。


「すんまへん……」


「すんまへんは、朝まで禁止や……」


 耳の裏にきすされた途端、思わず声を出してしもた。

 旦那さんは子どもみたいにニッと笑わはった。


「……ええとこ見つけた」


 また唇を押し付けられた。


「……あぁっ」


 また変な声が出た。なんでや!?


「他にもないかな? 正太のええとこ」


 のんびりとした可愛いらしい口調と違うて、旦那さんの目は完全に男の目やった……


-------------------------------------------------------------------------

 現在、深夜零時。

わての身体で旦那さんの手と唇が触れてないとこは、残すところ下半身だけ……


「……やっぱり、あかんか?」


 旦那さんは、さっきからしきりにわてに聞かはる。

 ……触りたいて。


 上は触ってもろた。きすしてもろた。

 流石に下半身までは欲張りすぎや……

 それにこの身体は翔太はんの身体やし、旦那さんのは社長さんの身体やし……


「さっき抱っこした時、脚、触らせてくれたやないか」


 あれは浴衣着てた。今は……

下着しか着けてない。


「あかんもんはあかんのだす」


「……生殺しやないか」


 そう言いながら、また旦那さんが手を伸ばす。

 その手をすかさず掴んで止めさせる。


「あきまへん」


「……赤城さんには見せて、触らせるんやろ?」


 なんちゅうこと聞くんや、この人は。


「……知りまへん」


 旦那さんは、わての衿足を撫でた。

 ここも触られると、変な声が出そうになる。


「……きすまーく、付けてもええか?」


「もっとあきまへん!」


 旦那さんは唇を尖らせた。


「怒らんでもええやないか」


 自由気まますぎる旦那さんを諌めた。


「この二日、翔太はんと社長さんが一緒にいてたことはみなさん知ってはります。

もしも見られたら、社長さんのお立場が危うくなります」


「……脱いでもなかなか見えへんとこなら、どや?」


 旦那さんはとうとうわての隙を突いて、太腿の内側を触って、ゆっくりと撫でてはる。

 あかん、おかしな気分になりそうや……


「……この身体は、あくまでも翔太はんのもの。嬢はんに見つかったら、なんて思われるか」


 わての頬をむにむにと摘まはった。


「……そないな顔すな」


 わて、どないな顔してんのやろ……


 旦那さんの手は予測不可能な動きをする。

いつのまにか、わての腹の傷痕を撫ではる。


「大丈夫や。わては大事な人の身体に、傷や痕を付けて喜ぶ趣味はない」


 わての唇に唇を重ねはった後、額をわての額にこつりと当てた。


「……せやけど、正太は嘉太郎の恋人やて、翔太はんは健一はんのもんやて、世界中に言いふらしたい」


 やっぱり所有欲が強いお人や。

 せやけど、嬉しい。


「……おおきに」


 旦那さんの指がわての唇を弄る。


「……もっときすしたい。ええか?」


「……へえ」


 旦那さんの優しいきすしか知らんわては、深く考えず返事をした。


-------------------------------------------------------------------------

 部屋の電気を全部消すと、旦那さんはわてをべっどに寝かせ、わてを覗き込みはった。


「……怖ないか?」


 いっちゃん好きな人や。怖くない。

それどこかものすごく興奮してる。


「……へえ」


 月の光が、部屋に差し込んできた。

 照らされた旦那さんの身体は恐ろしく綺麗やった。


「彫刻みたいや……」


「生身の身体や……」


 わての手を取って、胸に当てさせた。

 暖かい……

 硬い筋肉の下から、早い心臓の音が伝わってくる。


「……正太」


 旦那さんの手のひらが、わての頬をゆっくりと撫でる。

 きすを待つため、目を瞑った。


 そのきすは、今までのとは別物やった。


 驚いて目を開けると、笑われた。


「……今からは、大人のきすしたい」


「……へえ」


 熱い唇を受け入れた。


 最初は旦那さんにされるがままになってたけど、いつの間にか首に手を回し旦那さんに食らいついていた。


「……積極的になってきたな。嬉しいわ」


 旦那さんが笑うてはる。


「……わてかて男だす」


 「男やから」ていう後ろめたさ、怖さがいつの間にか、消えてる。


「……ほな、そのおまはんの男の本能、全部わてにぶつけてんか?

……男の正太をもっと知りたい」


 その言葉で、箍が外れた。






 旦那さんの唇を貪る。舌に舌を絡める。

 少し意地悪して逃げようとするのを、しつこく追う。

 逆にわてが拗ねて遠ざかろうとすると、旦那さんが焦って追ってくる。


 激しいやり取りの末、先に音を上げたのは旦那さんやった。


「正太、少し休も……」


 息がだいぶあがってはる……

 せやけど、まだやめてほしない。


「嫌だす!」


 べっどに寝転がった旦那さんの上に跨って強請った。


「もっとして欲しい……」


 旦那さんは少し困ったように笑わはった。


「この子は、可愛いらしい顔してからに……」


 身体を入れ替え、わてを組み敷いた。


「まだできるやないですか、旦那さん」


「覚悟しや、正太」


 わてのおねだりに応えてくれはった。


-------------------------------------------------------------------------

 頭がぼーっとしてきた。

 酸欠やろか?それとも旦那さんに酔うてるんやろか?


「……正太。正太、すまん。ほんまに今度こそ、少し休憩させてんか?」


 また旦那さんが先に白旗をあげはった。

 せやけどわても疲れた。休憩や。


 旦那さんがわての身体をばすたおるで包む。

 浴衣を着せる気は無いみたいや。


「身体冷やして、風邪引かんといてな」


「へえ」


 旦那さんの顔が近づいて来た。

 意地が悪いけど、ぎりぎりの所で手で阻止。


「……休憩や言うたんは、どこのどなたさんだすか?」


「……せやった。……わてや」


 そう言いながらまだ手を伸ばして来はった。

 その手からすり抜けて、べっどから飛び降りた。


「お茶、淹れてきます」


 旦那さんに笑われた。


「元気やなぁ……」




 深夜一時を回った。旦那さんとお茶してる。


「京都のお茶は美味いわ」


「ほんに」


 旦那さんがわての名を呼ばはった。


「正太」


「なんだす?」


「なんでもない。呼んだだけや」


 ほんまの名を呼んでくれはる。こんな嬉しい事はない。


 社長さんも翔太はんが呼んだらえらい喜んではった。

 わても呼んだら、旦那さん喜んでくれるやろか?


 二人きりやし。誰もいてないし。

 もう手代と主人やないて、言わはるし……


 ええやろか。ほんまの名を呼んでも。


「……どないした? 流石に疲れたか?」


 優しい目が少し心配そうにわてをじっと見つめてくる。


 呼んでみたい。この人の名を。

 どないな反応するか、知りたい。


「嘉太郎さん」


 呼ばれたその人は、目を大きく見開きはった。


 その両目から、涙が溢れて、こぼれ落ちた。泣きだしてしもた。

 嗚咽が漏れるほど……


 まさか、喜んでくれはるどこか、泣かれるやなんて……


「……すんまへん。旦那さん。泣かんといとくれやす」


 首を振って、拒まれた。


「『旦那さん』はもう嫌や。名で呼んで欲しい」


「せやけど……」


「……ずっと名を呼んでもらいたかったんや。他の誰でもない、おまはんに。

せやから、嬉しゅうて、涙が止まらへんのや……」


 もしかして、これがこの人の未練やったんやろか?


「泣かんといとくれやす。嘉太郎さん」


 涙を拭って抱き寄せると、わての腕の中でまた泣きはった。


「おおきに……」


 ほんまに、泣くほど嬉しいて思うてくれるんなら、わては呼ぶ。

 この人の名前を。


「嘉太郎さん」


-------------------------------------------------------------------------

 深夜二時。


 やっと嘉太郎さんは泣き止んでくれた。

 汗やら涙やら、もうグチャグチャや……


「……風呂、いかへんか?」


 手を握られた。


「……へえ」


 その手を引かれ、二人で風呂へ……


「絶景かな。絶景かな。こん眺めは価千金……」


 嘉太郎さんにとうとう全部見られてしもた。


「……そない見んといとくなはれ。恥ずかしい」


「ええやん。減るもんやないし」


 ……わても嘉太郎さんの全部を見てしもた。


 急いで身体を洗った後、逃げるように先に湯船に浸かった。


 暖かい湯が、気持ちええ……


 嘉太郎さんも少しすると、湯船に入って来はった。

 檜風呂は男二人でもゆったりやのに、わてを背中から抱き寄せて囁きはった。


「……想像以上やったわ」


「……え?」


 嘉太郎さんの手が、わてを掴んだ。


「っ……」


 大きな手が…… わてに……


「……立派な男になったな、正太」


 ついこの前まで、この人に髭面を見られるのを、触られるのを怖がってた。


「おおきに……」


 せやけど今、それどこやないとこを触られてる。


「……抱きたい」


 夢みたいや。


 もう拒まん。いけるとこまでいこ……


 せやけど、苛立った嘉太郎さんの声で我に返った。


「なんで、わてのこん身体は……」


 嘉太郎さんの強い欲望に、社長さんの身体はついてこんかった。

 この翔太はんの身体も一緒。狂いそうなくらい興奮してるのに、無反応……


「やっぱり対価はこれか……」


 お互いわかってたはずや。


「お気持ちだけで、十分だす……」


 男が好きなわけやない嘉太郎さんが、わてが好きやて、わてを抱きたいて言うてくれた。

 それだけでほんに嬉しい。


「……ほんまやで。ほんまにおまはんのこと、抱きたいと思うてる」


 焦ってはる……


 嘉太郎さんに向き合った。目を見た。


「正太、わてを信じ」


 唇で黙らせた。


「……信じてます」


 わてらはなんにも出来んわけやない。


「……今、出来ること、してほしい」


 笑ってくれはった。


「わかった…… いっぱいしよな……」


 わての濡れた髪の毛を、嘉太郎さんが掻きあげはった。


-------------------------------------------------------------------------

 朝といった方がええ時間になった。まだ外は真っ暗やけど。

 べっどのうえで、浴衣をちゃんと着て、手は嘉太郎さんとしっかり繋いでる。


「嘉太郎さん。ずっと黙ってた事、言うてもええでえすか?」


 わてらは順番がおかしい。

 せやけど、逆にこの方がよかったのかもしれへん。

 嘉太郎さんと身体を重ねた事で、わての中の怖さ、疑いは消えた。


「……怖いことは堪忍やで」


 少し怯えた顔が可愛いらしい。


「ちゃいます」


「ほな、なんやろな……」


 期待と不安でわての言葉を待つ嘉太郎さん。


 深呼吸して、真っ直ぐ目を見て、言うた。


「嘉太郎さんのこと、生きてたときから今もずっと、心からお慕いしとります。

あの時、大嫌いやなんて言うて、すんまへん」


 ほっとした顔や。

 いける。全部言う。


「嘉太郎さんが好きや。これが、わてのほんまの気持ちだす」


 嘉太郎さんがわての顔を両手で挟んで微笑みはった。


「……おおきに、死ぬほど嬉しい」


 その手に手を重ねた。


「わてらはこれ以上死にまへん」




 明日の話したり、きすしたり、大人な話したり、戯れあったり……

 そんなことしてると、とうとう窓の外が白けてきた。


「朝なんか、永遠に来んとけばええのに……」


 嘉太郎さんがわてを抱き寄せ、首筋に鼻をうずめはった。


「……嫌や。離れたない。別れたない。ずっと一緒にいてたい」


 間違いない。

 嘉太郎さんの心がこない乱れるのは、そういう事や。

 翔太はんは間違いなく、元の会社に戻される。

 この旅行のすぐ後に。


「わてもだす……」


 逞しい身体を抱き締め返す。


 わてかて、嘉太郎さんとずっと一緒にいてたい。

 二人きりの時だけ、夜だけ、手を繋いで抱きしめ合って触れ合ってきすするんやなし、

 明るいところで、人目を気にせんと、手を繋いでみたい。

 一日中のでぇともしてみたい。


 それに…… やっぱり……

 

 恋人として、男として、この人に抱いてもらいたい。

 永遠に嘉太郎さんだけのものになりたい。


 とうとう、日が登り、部屋に日の光が差し込み始めた。

 もう時間や……


「……正太、行く前にきすして欲しい」


 嘉太郎さんからねだられた。


 明るい部屋で、日の光の中で、想いを込めて長い長いきすをした。


「大好きだす。嘉太郎さん……」

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