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葉を見ず、花を見ず  作者: 喜世
第5章 開戦
48/68

【5-7】大敵と見て恐れず小敵と見て侮らず!

 社長室の秘書デスクが、社長デスクの左手直角の位置に置かれた。

社長がよく見えるし、社長からも俺がよく見える。

 『見張り』だ。社長が俺を見張り、俺が社長を見張る。社長と専務の互いの思惑を形にした。


『昔もこうやったんだす。旦那さんの座る場所がそこにあって、わてら手代が書物や算盤する時は、この位置やった』


 記憶が流れてきた。旦那さんも算盤弾いたり、何やら本読んだり……

 それを思い出して、社長は俺の机をこの位置に置かせたんだろうか……


(昔はもっといたのにね、手代も丁稚も女子衆も……)


『へえ。たくさん。今はわてだけだす』


 少し嬉しそうに、でもかなり寂しそうに梅吉はそう言った。


 パソコンのセッティングをしている間、社長はずっと電話していた。


「I need to fight to end that trouble. Yes. Uh, so… So I don’t have enough time and…what? Oh, Toni, I say that many many times…… But... uh, so… I’m so sorry but I can’t leave so long time. Uh, yeah. Yes. Yes, So, so you want to meet me, please come to Japan to see me, ok?」


『社長さん、何話してはるんだす?』


(英語苦手。ほとんどわかんない)


『基本はわかってはるやろ? 勉強し直す気は』


(ある。あるけど……)


 社長がペラペラなのに秘書が全くできないのはマズいだろう。

 でも、いつか俺は社長から離れる。だからやっても……


『意味はあります。やりまひょ。自分の為に』


 どうなろうと、英語が出来て損はない。

 梅吉とならできるかも。やってみようかな。


(じゃあ、一緒にやってみる?)


『へえ!』




 電話を終えてひと息ついてる社長に、温めの麦茶を差し出した。


「ありがとう……」


「お疲れさまです」


 誰と何の話してたのか少し教えてくれた。


「アメリカに居た時の同期。俺と共同で研究開発したいってよく言ってくるんだ『夢を忘れたのか!』って」


「夢……」


「薬屋なら誰でも懐く、難病の特効薬の開発」


 社長はそれを諦めて日本に帰って来たのか……


「今は研究から退いて経営側だって、時間も余裕も無いって何度言っても聞かないんだ。

夢は忘れて無いよもちろん。だから白石学園と共同研究するんだ」


 白衣姿見たい…… っていうどうでもいい欲望が一瞬俺らに過ぎった。すぐ様追いやったけど。


「自分でやるのは余裕が出来たら。今は無理。いろいろたてこみすぎてる」


 俺のせいだ……

 俺さえいなければ、こんな面倒はなかった……

 やっぱり、かたがついたらここから出ていこう……

 社長の迷惑になりたくない。


「梅村」


 ため息混じりに呼ばれた。


「はい」


 でもいつもの注意じゃなかった。


「少し色つけて久田さんに報告を。社長は古巣とつるんで、費用が莫大にかかる見込みのない新薬の研究開発すること考えてるって」


「かしこまりました」


「パソコン設定は終わった?」


「はい」


「今週のスケジュールの件、いい?」


「はい」


 急いで手帳とボールペンを取り出しメモの用意。社長がチラッと俺の手元を見た。

 ちゃんと使ってます。頂いたボールペン。

 普段と違うのは、俺はデスクで座ってメモを取ってる事。


「明後日、白石学園訪問は、朝10時に現地校門前集合。関係各位に連絡を」


「かしこまりました」


「会議と校内見学の予定は午前一杯。昼は学食ランチ。午後、俺は百合子さんと商談」


「私の同行は」


「不要。先にみんなと帰社で」


「かしこまりました」


「で、久田さんには……」


 毎回社長の指示通りじゃいけない。


「白石学園御令嬢と御結婚前提の交際中。業務中にデート。それ故に秘書の同席は拒否られた。と言っておきます」


「いい感じだね。よろしく。で、木曜の永之助と梨奈さんとの打ち合わせ、お昼一緒にってなった。菊池さんに指示を」


「かしこまりました。食事店の手配は?」


「大丈夫。先方がやってくれる」


「かしこまりました」


「それと…… 急で悪いんだけど、金曜日の定時後空いてる?」


「はい。大丈夫です」


「ありがとう。原君と原君の友達の探偵事務所の子と、軽く飲みに行こう」


 原の盗聴に手を貸してくれた人だきっと。

 お礼言わないと。


「はい」


「現地集合。お店は後で連絡するね。とりあえずこれくらいかな。戻っていいよ」


 ん? ……戻れって?


「あ!ごめん! 今日から週3午後はここじゃん。何言ってんだ俺」


 笑い出した社長に少し悪戯心が湧いた。


「じゃ、戻りますね」


 席を立つと、社長は笑いながら俺を止めた。


「ダメー! 定時までここに居て!」


 相変わらず、素の健一さんは可愛い。


-------------------------------------------------------------------

 忙しい1週間がほぼ終わった。残るは社長主催の原と原の友達との飲み。

 社長と退社時間をずらし、今は指定されたお店へ向かう途中。


 久田さんから、探れと再三言われてた社長の女性関係。

のらりくらりとかわして様子見していたけど、ついに報告してみた。

 そうしたら、今度は『付き合ってる以外の女も忘れずに探れ』だって。

 女性関係で揚げ足取る気だ、ハニートラップとか。


 ちゃんと全て社長に報告し、念のために現状確認。

だって昔は、遊郭、芸者遊び、芝居見物、物見遊山…… いろいろしてた。それにお供もしたし、迎えにも行ったし……

 今はお客様にお呼ばれする高級クラブ止まり。接待でも自主的にお客様を招待することもない。

 業務後に連れて行ってもらったお店も、そういうお店は一切なかった。


 行かない理由は、第一に経費削減、第二に久田さんへの警戒、第三にトラウマと反省、らしい。

 一二の理由はもっともな理由だと俺も思う。第三の理由はなぜかはぐらかされた。

 こっちも触れて欲しくないことはいっぱいある。突っ込んで聞けなかった。




(社長が反省って言ってたけどさ、旦那さんなにかやったの?)


 梅吉が起きてから、通勤路でスマホを無駄にいじる時間が大幅に減った。

ほとんどを梅吉との会話に充てている。


『旦那さんは汚い遊び方はせえへんかったさかい、特に心当たりはありまへん』


(そっか、じゃあ、トラウマは?心当たりある?)


『特定の遊女に入れあげてたわけでもなし、こっぴどくフラれたわけでもなし……

わてらの『やめる!』『出てく!』の方がとらうまな気しますけど』


(だよね……)




 もうすぐ到着だ。


『今日の飲み会、社長さんは仕事言うてましたけど、将輝さんのお友達に御用だすか?』


(探偵事務所の子って言ってたからね。久田さんの件じゃないかな)


『その人にやってもらうんは……』


(俺らが久田さんにやらされてる事。プロの方が正確だからね)


『久田さんも使ってはるんや?』


(そう思う。俺らにも気づかれないようにしないとね)


『気をつけまひょ』


(うん。……あ、そうだ、原とふたりで話したい?)


『……時間があれば』


(わかった。先に聞いておくね…… てかもう返事来た。早っ。良いってさ)


『おおきに!』


 原の友達、どんな子だろう……


-------------------------------------------------------------------

「はじめまして。池辺優希と申します」


 社長指定の中華料理のお店に現れたのは、柔らかな物腰の原と同じくらいの若い男の子だった。

 眼鏡が知的な感じを醸し出している。


『あっ』


(ん?どうした?)


 池辺君は所謂アイドル系。梅吉のタイプじゃない。


(誰かに似てるの?)


『なんもありまへん。気にせんといとくなはれ』


(そう?)


 社長は妙なことでしょげていた。


「俺だけじゃん三十路…… みんなイケメンだし……」


 何言ってんだろこの人。


「社長もイケメンじゃないですか」


 社長は無反応。

 しまった……


「申し訳ありません、出過ぎた事を……」


「違う!そうじゃない!」


 あ、顔が赤い。照れてるだけか。


 池辺君がクスリと笑った。


「仲がよろしいんですね」


「うん。社長と秘書以上の関係?」


 まぁ、前世からの付き合いですから。




 社長が仕事モードに切り替えると、商談が始まった。


 久田さんの素行調査。

 久田さん側も同様のことを社長に対して既にやってないかの調査。

 盗聴や隠し撮り対策について……


「私生活でも気を抜かないようにしてください。どこで張ってるかわかりません。このような個室での会でも同様です」


「分かりました」


 この場で見積もり作成までさらっとこなしてしまったのには驚いた。


「すごいね、池辺君」


「いえ。まだまだ見習いです」


 恥ずかしそうに謙遜してるけど、やっぱりすごい。


「例の件ではありがとうございました」


 いろいろ迷惑をかけただろうきっと。


「何かお礼を改めて……」


「では……」


 遠慮しない彼を、原が焦って止めに入った。


「おい!」


「原、いいって。何がご希望?」


 池辺君は俺に頭を下げた。


「原の事、これからもどうかよろしくお願いします」


 本当に原と池辺君、仲が良いんだな……


 羨ましい……

『羨ましい……』


 梅吉も俺とおんなじこと考えてたらしい。


「もう二度と迷惑掛けさせないので、安心してください」


 池辺君は安心したように微笑んだ。

 原は目頭を押さえてる。

 この二人を悲しませないように、俺は今できることを必死にやるしか無い……


「はい!仕事おしまい!どんどん飲んで食べて!お兄さん奢ってあげるから!」


 黙って見守ってくれてた社長が、みんなにビールを注いでくれた。


「ありがとうございます!」


-------------------------------------------------------------------

 社長の『軽く飲もう』との宣言通り、お食事メインで早めにお開きとなった。

 原に用事があるからちょうどいい。


「じゃ、支払いは梅吉にさせて、終電までには返して」


 今週は疲れた!完全に梅吉に引き渡して俺は明日の昼まで寝る!

 絶対に起きない!


「了解です! 今日はありがとうございました。先輩、また飲みに行きましょ」


「うん。じゃ、また」


 またしばらくは『原君』『梅村さん』の関係になる。少し後ろ髪を引かれたけど、気持ちを切り替えて梅吉に主導権を渡した。






 将輝さんについて向かった先は、地下にある小さなばーやった。

 入るなり、ますたーに声をかけられてた。


「おぉ、将輝、久しぶり!転職おめでとう」


「ありがとうございます!こちら、会社の友達です」


 軽く会釈すると、頭を下げはった。


「よろしくお願いします。根は真面目なんで」


 ここは翔太はんのつもりで……


「はい。お任せください」


 奥の静かな席に通され、はいぼーるを飲んだ。

 香りがええ。


「よっしーとは最近どう?」


「週に一日は、昼ごはんのお供することになりました」


 今週は外出やったさかい、来週からや。


「そうなんだ。二人きり?」


「ちゃいます。翔太はんも社長はんも起きてはる状態だす」


 ほんまは昔みたいに、旦那さんと二人っきりになりたい。

 せやけど……


「……よっしーと居て辛い?」


 旦那さんの声が聞ける、顔が見られる。

 楽しいし、嬉しい、幸せや。

 せやけど……


「辛くない言うたら、嘘になります」


 苦しい。


「旦那さんを騙し続けてる気がしてならんのだす」


 従順な働き者の手代を演じてるだけや。

 ほんまはちゃう……


「たまに思うんだす。いっそ全部旦那さんにぶつけて、嫌われて、お払い箱になった方が楽やないかって」


 せやけどそれが出来ひん。意気地が無いからや。

 優しい旦那さんをまだもう少し眺めていたい。


「すんまへん。せっかくのお酒の席で辛気臭い話を……」


 もっと楽しいこと話つもりやった。せや、将輝さんに聞きたいことがあったんや。


「ううん。そんなことないよ。梅ちゃんさ……」


 何か言いかけた将輝さん。せやけど、突然固まった。

 視線の先に居たのは、わてが聞きたかったコトやった。


-------------------------------------------------------------------

「え?なんで?」


 目線の先に、池辺さんが立ってはった。


「なんでって。僕の職業と得意案件忘れたのかな?」


 眼鏡をくいっと片手であげた。

 池辺さんは探偵さんや。得意なのは、浮気調査って事やろか……


「優! 違う!」


「逢いたかったんだー。梅吉くんに」


 池辺さんはそう言わはると、わてと将輝さんの間に座りはった。

 綺麗な顔で微笑んではるけど、眼鏡の奥の眼が全然笑ってへん……

 どないしたらええんやろか……


 ますたーがびーるを持ってきはったついでに、助けてくれはった。


「すみませんね、こいつ本当に嫉妬深くて…… 将輝は浮気してない。俺が保証する」


 びーるをひと口飲むと


「先輩が言うなら信じます」


「やれやれ……」


 ますたーが仕事に戻ると、池辺さんは将輝さんの弁解を無視して眼鏡を外した。


「改めまして。将輝の『彼氏』の池辺優希です」


 やっぱり前に写真で見せてもろた将輝さんの彼氏さんはこの人や!

 将輝さん、彼氏さんはわてと会うてること『信じてくれてる』言うてはったけど、ほんまはちゃうやないか……

 謝らんと。わてもわてと将輝さんの潔白を証明せんと!


「梅吉と申します。先日はいんふるえんざの時に、将輝さんに付き切りで看病していただき、おおきにありがとうございました。ほんまにご迷惑をおかけしてすんまへんでした。感染るかもしれへんのに、親切に看病してもろて、ほんまに感謝しとります。わてと将輝さんやましいことはなにひとつもありまへん。気に触るようやったら、もう二人で会うことはしません……」


 これでダメやったらどないしよ……


「まーくん、冗談だって。浮気なんて思ってない」


 良かった、一安心や。


「ごめんねー怖がらせて。第一こんなにピュアな子がまーくん誘惑なんかするわけないじゃん!」


 突然池辺さんに抱き寄せられ、頬擦りされた。


「梅村さんはイケメンだったけど、梅吉くんはすっごいかわいい!」


 今度は将輝さんの機嫌が悪なった。


「優。やめろ」


「まーくんは誰にやきもち焼いてんのかなー。梅村先輩?梅吉くん?僕?」


「優だよ!」


 池辺さんはやっと離してくれはったけど、将輝さんを無視してわてに話しかけてきはった。


「悩み事聞いてもらってたの?」


「へえ。愚痴いうたほうが正しいかもしれまへん」


「そっか」


 もうやめや、それよりもせっかくや。


「辛気臭い話もなんだす。お二人の話、聞かせてもらえませんやろか?」


 聞きたい。どうやって出会ったのが、どうやってお付き合いするようになったんか。




 池辺さんから話し始めた。


「僕たちは、高校入学式の日に出会ったの」


 将輝さんが後に続いた。


「最初はクラスが一緒の気の合う友達だったけど、高2の夏に優が俺に告ってきた」


「お互い隠してたけど、なんとなーく、おんなじ側の人間だろなーって感じてたんだよね。勘を信じて、当たって砕けろーで」


「すっげー思いつめた顔だった。でも俺もおんなじ気持ちだったから即OK」


「ずっと周りには必死に隠してきたね、今でもだけど……」


 高校生、大学、社会人……


「長いお付き合いなんだすな」


 わてが旦那さんにお仕えしたのは、十五年……

 一方通行の片思いは十年…… またそれにもうすぐで一年足される……


「でもね、梅吉くん。僕、一回振られたんだ」


「え?」


 どういうことやろか……


-------------------------------------------------------------------

「大学は別々だったけど、お互い一人暮らし始めたから一緒に住んでたんだ僕たち」


「でも、3ヶ月で疲れて俺が出て行った。浮気だなんだって優がうるさくなってさ……」


 池辺さん、嫉妬深いて言うてはった。

 そのせいやろか……


「2年くらい会わなかったかな。俺たち」


「正確には、1年11ヶ月と13日」


 細かい……


「で、同窓会で久しぶりに会って……」


「お互い付き合ってた相手がいたけど、なんだかんだで分かれて、また……」


 池辺さんが将輝さんの手を握らはった。


「まーくんが一番て気付いたんだ」


「俺もそう」


 将輝さんも握り返しはった。


「また一緒に住んで、歳とってもずーっと一緒にいるのが僕の夢」


「俺も、家族になりたいなって」


 お二人とも幸せなんやな。羨ましい。


「おおきに。ありがとうございました。ええ話聞かせてもろて、幸せな気分だす」



 仕方ない。好きになったらあかん人を好きになったからや。

 覚悟したやないか。旦那さんの手となり足となるて。恩返しするて。

 そのために、この気持ちと想い押さえつけて、殺して、隠し続けるて。

 ちゃんとできてへんけど……


「梅吉くん。辛かったら、まーくんがいくらでも相談に乗るからね。僕も居るから」


「おおきに……」


「でもね、ほんの少しでも望みが有りそうなら、勇気が出たら好きな人に想いは伝えた方がいいよ」


 ……望み? なんやろ?


「ストップ!まだ話してない」


 将輝さん止めはったけど、なんやろ?


「あ。ごめん。ちゃんと話してあげて。僕は先輩のとこ行ってるから」


 池辺さんに、頭ポンポンてされた……

 完全に弟扱いやな……


「本当ごめんね。あいつ超絶焼きもち焼きなんだよ……」


「それだけ将輝さんのことがお好きなんだすな」


「感謝しないとね。あ、大事な話今度こそしないと」


 将輝さんは、声を小さくして話し始めた。


「……この前、社長が英語で電話しててさ、誰ですかって何気なく聞いたらいろいろ話してくれた。

その人大学の時からの男友達らしいんだけど、その男性の結婚式…… 相手も男性ね、行ったんだって。自分も幸せになる式だったって話してくれた」


 どういうことやろ……

 わてみたいなの、気持ち悪がらへんてことやろか……


「アメリカにいた時、周りに結構いたんだって俺たちや姉さんみたいな人が」


 ん?


 ……あれ。わて、口滑らせて嬢はんのこと言うたやろか?

 ちゃう。言うわけがない。

 嬢はんが社長さんに言うとは思えん。


 あかん、よそごと考えてちゃんと聞いてへんかった。


「……お付き合いしてる方が知識が豊富な人だから、勉強やボランティア始めたんだって」


 もしかして、百合子さんが社長さんに、もしかしたら旦那さんにも言うたんやろか……

せやけど、百合子さん、約束してくれはったし……


「……あ。ごめん梅ちゃん。言い方が悪かった。俺と姉さん、初対面からお互い気付いてたんだ。

誰かが、社長やよっしーにアウティングしたわけじゃないから、大丈夫」


「あ、そうやったんですか…… びっくりした……」


 やっぱり、わては鈍いからこないなことがわからへんのやろか……


「姉さんさ、ものすっごい梅ちゃんの事心配してた。だからじっくり二人で腹割って話し合った」


「そやったんだすか……」


「梅ちゃんのサポート、姉さんにOKもらえた。優もいるからどんどん頼って」


「おおきに」


 将輝さん、松田せんぱい、池辺さん……

 頼れるあに()さんがいっぱいや……


「俺、勇気が出たら、先輩に優を彼氏だって胸張って紹介したいって、姉さんと話して思った」


 嬢はんから聞いたんやな。

 絶対大丈夫や、翔太はんは。


「梅ちゃんも我慢しすぎずに勇気が出たらその気持ち、よっしーに伝えて見ること、少しずつ考えてみなよ」


「へえ」


 初めて、ほんの少しだけ、旦那さんにこの気持ち打ち明けてみよかなて、前向きに思えた瞬間やった。


-------------------------------------------------------------------

 池辺さんの指示で、わてから先に順順に店を出ることになった。

 別れ際、また池辺さんにギュって、頬擦りされた。やっぱり弟扱いや。


 家に着いたんは、十一時近くやった。

 しゃわー浴びてはよ寝よ……


「…‥ん?」


 仕事用のすまほに、何か来てる……


『社長が今日の夜どこに行ったか調べて報告しろ』


 久田さんや……

 やっぱり見張ってるんやな、社長さんの行動を……

 勝手に返事はあかん。翔太はんに任せよ。


 すまほを鞄に戻した時、嫌な症状に襲われた。


 耳に響く男を誘う女の声。

 鼻に届く血の匂い。

 口に広がる苦いような甘いような妙な味……


「……なんや、これ」


 酔いすぎちゃうか?

 ちゃう、これは……


「うっ……」


 猛烈な吐き気に襲われた。

 急いでといれに逃げ込んだ。


『お前が旦那さん殺したんや!』


 番頭さんの声や……


『恩を仇で返した最悪な手代やお前は!』


 ちゃう、わては……


『お前は穀潰しの蓮見屋の疫病神や!』


 わては……!




 胃の腑の中のもん出し切って、ゆっくり湯船に浸かって暖まってるうちに気分はすっかり良うなった。


「ぴーてぃーえすでぃー、ちゅうやつやろか…… やっぱり……」


 明日、翔太はんにちゃんと言うた方がええ。この身体は翔太はんのものや。何かあったらあかん。

 嬢はんのため、社長さんと並んでも見劣りせんため、翔太はんは筋とれと竹刀の素振りを始めた。そのせいで筋肉が前より確実に付きはじめた。

『大学の時はもっと付いてた!戻す!』って言うてはるけど……

 あんま硬くゴツくなると、旦那さんはわてをもう擽ってくれんくなるかもしれへん……


「あかんな、 変なこと考えたら……」


 顔に触れた手に、ザラッとした感触がした。

 これは……

 髭以外の何でもないけど、鏡で確認した。


「頬擦りしたら痛いやろこれ……」


 翔太はんが朝にちゃんと綺麗に剃ったのに、もう生え始めてる。

せやのに、池辺さん平気で二回も……

 池辺さん、翔太はんより若いから肌もスベスベやったな……


「どこが可愛いねん……」


 髭の濃い、ゴツくて男っぽい手代なんか……


 現実を見たない。


 鏡からも目を逸らして、風呂から出た。






 翔太はんのすまほにめっせーじ来てる。

 こんな夜に誰やろか……


 あ……


 わかってるはずなのに、胸が猛烈に締め付けられた。


『梅吉!ゆりちゃんに教えてもろてプリン作った!』


 旦那さんと百合子さんの自撮りつーしょっとや。

 今日の食事のあと、社長さんは百合子さんと過ごすためにまっすぐ家に帰りはったんや……

 旦那さんも、百合子さんと……


『来週、一人で作って持ってくよって、一緒に食べよ!

昼ごはんは何食べたい? 健一はん奢ってくれるて!』


 せやった、一緒にお昼食べるんやった……

 既読するーはあかんな、返事せんと。


『ありがとうございます。百合子さんと仲良しなご様子、何よりです。旦那さんにお任せします』


 すぐに返事があった。


『わかった。またな。おやすみ梅吉』


『おやすみなさい』


 将輝さんの言うてはったみたいに、旦那さんにわての気持ち打ち明けても、拒絶されたり、気持ち悪がられることはないかも分からへん。


 せやけど、要らん気遣いと迷惑かけるだけや。

 旦那さんに、社長さんに、翔太はんに……


「言えるわけないわ…‥」


 ベッドに寝転がって、目を閉じた。

 じきに眠気が……


「けえへんな……」


 気がたってるんやろか。


「そうや……」


 ええもんがある。

 今、こういう時にアレ見れば、心が落ち着くかもしれへん。


 この前旦那さんにもろた桜の花びら。嬢はんが押花にした後、れじんとかいうもんで閉じ込めて、小さなぺんだんととっぷにしてくれはった。


『好きな時に見ていいよ』て翔太はん言うてはったし。


 枕元の引き出しから取り出して手のひらに載せると、旦那さんの笑顔を思い出せた。

 昔の楽しかった思い出もいっぱい……

 幸せや。 


 そうや、今は誰もおらん。ここで翔太はんの身体借りて、この桜にむかって吐き出せばええんや。


「……旦那さん。……お慕いしとります」


 こうすれば苦しさが和らぐ。誰にも迷惑もかけへんで済む。


「いままでも、これからも、大好きだす。旦那さん……」


 これがいちばんや……


-------------------------------------------------------------------

 目が覚めて、右手に何か握ってるのに気づいた。

 手を開いてみると、結子さんが梅吉に作ってあげた、桜の花びらのペンダントトップだった。

 旦那さんはこれを梅吉の髪から取って渡したことなんかもう忘れてるだろう。

 こんな些細な物で我慢せず、もっともっと欲を出せばいいのに。


 でも、梅吉には大事な宝物。元の場所にしっかりしまった。


『それで十分だす。旦那さんは忘れてたほうがええ。気持ち悪がられたない』


「またそういうこと言って……」


『そないなことより、目が醒めてるなら、もう起きたらどうだす?今日は嬢はんへの誕生日ぷれぜんと考える言うてたやないですか』


「そうだった! 昼まで寝ててもしょうがない!」


 といっても、まだ8時前だった。早起きの習慣は治らない……


『さっそくですんまへん、翔太はんに報告が……』


 梅吉から、久田さんからのメールの件、夜中に体調が悪くなった報告をもらった。


「……久田さん面倒だな。社長はお相手とデート、詳細不明にしとこ。それより、身体はもう大丈夫?」


『翔太はんの身体や。どうだすか?体調』


「えっと…… おなか減った以外は…… 胃が荒れてるかもだから、おじやにしとこうか」


『へえ』


 冷凍ご飯に卵と野菜の残りを入れたおじや。空っぽの胃にはちょうど良かった。

 洗濯物を干して、少し片付けと掃除して、今日の目標に取り掛かった。




「何にしよう。誕生日プレゼント」


『今までの彼女さんに何渡したんやっけ?』


「アクセサリーかな。ピアスとか、ネックレスとか……」


『で、結局、全員と別れましたな?』


「……うるさい。いいんだ。結子さんに会えたんだから」


『とりあえず、文明の利器で何がええか、調べまひょ』



 ネットサーフィンしていたら、面白いサイトを見つけた。


「へぇ…… プレゼントに意味があるんだね」


『面白いなぁ。今までもろたもんやあげたもん、調べてみとくなはれ!』


「わかった」




 健一さんにもらったのはボールペン。

 

「『仕事頑張って』かー。流石社長」


『すぐ出てこうとしてますけどな』


「しょうがないね、俺たちは」


『あくせさりーは?』


「げっ。『独占』『束縛』だって……」


 梅吉は溜息をついた。


『わてが我慢しすぎたせいやろか。それともわての旦那さんへの執着のせいやろか……』


「両方だよ。俺たちの焼きもち焼きの性格は」


『わてはちゃいます』


「……どうだか。ということで、アクセサリーは今回無し!婚約指輪までとっておく!」


『そうだすな。それまでに稼いで貯めまひょ、軍資金』


「頑張ろう。……えっと、あとはネクタイと、ネクタイピン。意味は…… え……」


『あ……』


 束縛、あなたはわたしのもの……


『ほ、ほら、翔太はん、他にも意味があります!尊敬だす!』


「そうだよね!」


 結子さん、絶対わかっててこの案を押し通したんだな……


『……念のために、百合子さんの言うてた、小銭入れも調べておきまひょ』


「だね。あー……」


『え? あー……』


 いつもそばに置いて欲しい、離れたくない、一緒に居たい……


「百合子さんも結子さんと似た者同士か……」


 二人してかなり攻めてる。怖っ。


『せやけど百合子さん、へたれな社長さん引っ張ってくれはる、ええお方と思います。ほら『年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ』言いますし』


「うん、死語だねー。おじいちゃん」


『おじいちゃんやない! で、どないするんだす? ぷれぜんと!』


「これはどうかな?」


 素敵な意味を持つプレゼント。


『あぁ。これなら大丈夫だすな。嬢はん持ってはらへんし』


「着物でも洋服でもOKな、結子さんに似合うもの、探しに行こう!」


『へえ!』


 身支度、火の元確認、戸締り、OK!

あとは、外モードに切り替えないと。

 口に出して梅吉と会話したらだめ!


(お昼外で食べよっか。何がいい?)


『うどん!』


(即答。ほんと好きだね。前もうどんって……)


『嫌いだすか?』


(ううん。好き)


 ああだこうだ話しながら、買い物に出かけた。


-------------------------------------------------------------------

 清水さんが突然社長室にいらっしゃった。


『近くを通ったから』という建前。来社を事前に把握してるのは社長だけ。

 これも久田さん対策の一環だけど、俺は後で久田さんに怒られるに違いない。


 コーヒーをお出しすると、清水さんはすぐに飲んでくれた。


「上手いね、コーヒーの淹れ方」


 少しずつ勉強を始めたコーヒー。初めて褒めてもらえた。やっぱりうれしい。


「ありがとうございます」


 でも社長は口を少しつけるだけ。評価も無し。好きじゃないから。

 すぐにテーブルに置くと、切り出した。


「ヘブンスが弊社の調査に着手したそうです」


「ようやく始まったか。それで?」


「お義兄さんに内々に教えて貰いました。どうやら竹内さんは、連休明けに田舎の下請工場へ工場長として飛ばされるそうです。ほとぼりが冷めたら、本社に戻すんじゃないかという噂も」


 嘘だろ? 戦犯なのに……

 ありえない……


「利用された若い子達は?」


「謹慎の後、一律、退職勧告の予定だとか……」


 やっぱり。で、俺もその中に入れられるんだ。


「自覚、無自覚、関係なしに?」


「はい……」


 社長がした脅しは効かないだろう……


「しかし、お義兄さんはそれに対して疑問と不満があるようで……」


 あれ?

 親子共々って思ってたけど、専務はお父さんに従うしかない息子ってことか……


「そうか……」


 清水さんはコーヒーで喉を潤した後、呟いた。


「『老兵は死なず、消え去るのみ』」


 そして軽い口調で恐ろしいことを口にした。


「登君が社長になるときが来たんじゃないかな」


 現社長を引退させるってことだろうか。


「えっ」


「健一、いくつになった?」


「32になりました」


「そうか。なら、登君も大丈夫だ。早いほうがいい。じゃあ、この足で舞と話してくる」


 コーヒーを飲み干すと、清水さんは腰を上げた。


「え!? 本気ですか!?」


「もちろん。思い立ったが吉日だ」


 マジか……

 行動力がありすぎる。


「いいか、健一。このままヘブンスをほっておけば、あの会社も、この会社も、私の会社も不利になる。……良くも悪くも、家族なんだ」


「はい……」


「梅村君、コーヒーありがとう。後は健一からこの情報をどう使うか指示をもらいなさい」


「かしこまりました」


「じゃあ…… あ、いけない。大事な話がまだあった」


 何だろう。


「健一。付き合ってる子が居るのなら、お義姉さんに紹介しなさい。家にも寄り付かない、見合いも全部断るとは何事だって、かなりご立腹だ」


 そっちの話か……


「わかりました。お盆ぐらいに、報告がてら……」


 あ、行くんだ。百合子さんと一緒に。

 胸が締め付けられた。梅吉だ。


「そうか。だったら本気だな?親戚一同で楽しみにしてる!じゃあ。見送りは要らない」


 百合子さんに本気なのは健一さんだ。旦那さんはまだはっきりとはわからない。

 ヤケになったのか、梅吉は気になる事を呟いた。


『……はよ社長さんも翔太はんも、ぷろぽーずしはればええんだす。そしたらきっぱりと諦めがつく』


(旦那さんとの事、諦めて無いじゃん。だったら……)


 反応が無い。寝たらしい。


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「ヘブンスが社長交代?」


 久田さんの頭の中の計画表にはやっぱり無かったらしい。


「清水様が近いうちにそうすべきだと、社長とお話しされてました」


「……あのおっさん、どうする気だ?」


 鈍感な俺ですらわかるくらい動揺してる。

 久田さんは、ヘブンス社長が交代すると困る。と言う証拠。


「ヘブンスとLOTUSの社長が義理の兄弟になれば、面倒ですよね?」


「そうだ。後が面倒だ。グダグダしてる暇はないな…… 清水側にも何か手を打った方がいいな」


 ついに本格的に動きを見せるか?


 突然、冷めた目でフッと笑った久田さん。

 虫唾が走った。


「社長がだいぶ気を許してきたようだな」


「……はい」


「どうだ? 例の件は?」


「白石学園のご令嬢とは本気と言っています。破談になると今進めている白石学園とのビジネスにも支障が出るので、浮いた話が出ないように、だいぶ慎重になっているようです」


「そうか」


 泳がせてみよう。探ってみよう。


「……ただ。どうも、他にも仲良くしている女性は居るようです。まだ調査中ですが」


 どう出るか。


「わかった。今は気を張ってるだろうが、気を抜いた時が勝負だな。しばらくは見張れ。難しそうなら途中でプロに引き渡す」


 やっぱり使ってるんだ、探偵。


「はい…… あの!」


 聞きたいことがある。


「なんだ?」


「俺が運んだ偽情報って、結局、なんだったんですか?」


「心配するな。竹内は焼却処分してるはずだ。出てきはしない。証拠にはならない」


「そうですか……」


 やっぱり教えてくれないんだ。


「心配するな。俺に任せておけ」


 ニヤリと笑ったその顔に、番頭の久兵衛さんの顔がふと重なり、寒気がした。


「失礼します……」


 急いで久田さんから離れたけど、身体の調子がおかしくなった。


 耳に響く、男を誘う女の声。

 鼻に届く血の匂い。

 口に広がる苦いような甘いような妙な味……


『……翔太はん? 翔太はん!』


 目を覚ました梅吉に声をかけられ、我に帰った。

 

(……これ?この前梅吉が言ってたやつ)


『そうやと思います』


(なんの記憶だろうね、これ……)


 閻魔様がいっそ全部教えてくれればいいのに……

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