【5-5】創業は易く守成は難し?
もうそろそろ春かと思ったのに、突然雪が降ったその日、寺田部長が社長室に呼ばれた。
目的は原の業務状況報告と、営業関係の打ち合わせ。
「どうですか、原君の様子は」
そろそろ原が入社して1ヶ月になる。
『梅村さん』て呼ばれることに、『原君』て呼ぶことに少しずつ慣れてきた。
でも原は営業でほとんどデスクに居ない。メッセージや電話で少しは様子をうかがえたけど、正直心配だ。
「井川君が熱心に教育してくれています。筋が良いです。お客様とのコミュニケーションも問題ありません。今は井川君と一緒に外回りですが、もう少ししたら一人で飛び込み営業に行かせて見ようかと思います」
「そうですか。安心しました。引き続きよろしくお願いします。……よかったな、梅村」
社長に振られてちょっとびっくりしたけど、嬉しいものはうれしい。
「はい!」
喜んだのも束の間、
「しかし、久田が原君に近づこうとしています」
結子さんも言ってたな、総務部部長が怪しいって多分久田さんの指示だろうって。
「小池部長から、梅村君にも近づこうとしてるようだと言われました」
「え」
自覚はない。二人きりになるなと禁止令出てたから、注意はしてたけど。
途端に社長が小さなため息を漏らした。
「松田君が、うまいことやって梅村君と久田の接触を回避してるようです」
寺田部長は笑った。
「気付いて無かったですか?」
「はい……」
社長は今度は大きなため息。
「さすが鈍感……」
言い返せない。事実だから。
「十分気をつけるように」
ピシッと注意された。
「かしこまりました」
寺田部長は営業報告に移った。
「こちらはハーブガーデンの売り上げデータです。ドラマ自体が好評なことと、CMとSNSのおかげで売れ行きは好調です」
「すごいですね」
「はい。久田にドヤ顔で報告してやりましたよ」
いつも基本的に穏やかで優しい寺田部長。ドヤ顔がどんな物かわからない。一度見てみたい。
「CMは今後も続けられますか?」
「はい。基本的に永之助のテレビ出演時に、出したいと思っています」
「直近の御予定は?」
「未確定ですが、連ドラ、特別ドラマ、密着ドキュメンタリーの打診がいくつかあるそうです。実現したらスポンサー契約をしてCMを出そうと思います」
ドラマ放送直後にオファーが来たらしい。テレビは違うって永之助さんが驚いているって社長に聞かされた。でも永之助さんの本業は歌舞伎。歌舞伎の舞台を優先したいらしい。
「ハーブガーデンは今後の商品展開拡大に向け、CMを女性向けと男性向けに分割しようと思っています。女性向け商品は、引き続き蒼月えりなさんにお頼みしようと思っています。今根回し中ですが、次回の全社会議で正式発表しようかと思っています」
梨奈さんを起用するのは、菊池さんと百合子さんのコネ。
すでに菊池さんに内々にCM案を考えておけと指示が出された。
でも菊池さんはその次の日に20案も社長に提出した。驚きすぎて社長は素になっていた。
『マジで?これ全部たった数時間で考えたの?』
『常日頃の妄想の蓄積がありますので。これでも厳選した方ですよ』
『すげぇ……』
寺田部長は社長派でCM推進派。社長の意向に賛同し協力を申し出た。
「対久田の援護射撃はお任せください。こっちにはこの売上実績データの武器がありますので」
「ありがとうございます」
でも良い報告ばかりじゃなかった。
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「胃腸薬の売上げがあまりよろしくありません。CM直後はかなり伸びたのですが……」
「原因は?」
「営業部員の報告から見ると、錠剤形状変更が祟ったようです」
直接的じゃないけど俺のせいだ。
上から指示されてやった仕事だけど、俺が進行した案件だ。
「そうですか……」
「また、改めてマーケティングを行ったところ、やはりユーザーは中高年に留まっています。匂いと味が若年層にウケが悪いそうで。40代以下の購買を高めていかないことには、将来この胃腸薬は危ういかと......」
創業以来の大事な主軸製品。それの危機……
サッと血の気が引くような感覚がした。
梅吉も黙ってるけど間違いなく同じことを感じている。
「この件、小池部長には?」
「伝えたところ対策を考えると言っていました」
「了解です」
やっぱり俺は傍に居るだけで迷惑なんじゃないのか?
旦那さんを牢に追いやり、蓮見屋の暖簾に泥塗って『蓮見屋』を危機に追いやった。
今はスパイに使われ、社長に迷惑掛けて社長に余分な気苦労と仕事をさせている。
俺が直接手掛けた新商品は好調だけど、間接的に手掛けた主軸製品の売り上げを下げさせた。
やっぱり俺は……
報告を終えた寺田部長と一緒に事務室に戻ろうとしたら。社長に引き止められた。
「待て、ネガティブ翔太」
いつもは松田先輩に言われる。今日初めてだ、社長に言われるのは。
「また、自分が店潰した、俺を殺した、スパイに利用された、自分のせいで胃腸薬が……って考えてる」
キリッとした仕事モードの社長に、ズバッと言い当てられた。図星だ。
「……しかし、全部私の!」
左の頬っぺたをムニっと引っ張られ次の言葉は言えなかった。
「自分のせいってもう言わないって約束したはずだ。あんまり言うようだったら、社長命令で禁止にするぞ」
微笑みながら『社長命令』って……
クールモードは怖いから嫌い。でも、キリッとした社長はほんとカッコいい……
「はい。すみません……」
今度は笑われた。
「前世から『すみません』ばっかりだな……」
また出そうになった『すみません』を飲み込んだ。
謝ってばかりじゃダメだ。
動かないと。何かやらないと。
自分の存在意義を示さないと。
でも俺になにができる?
悔しさと歯痒さが最後に残った。
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自分ができることは何か。
自分は何をしたいのか。
今何をすべきなのか。
なんで就活でヘブンス社を受けた?
なんで商品開発部を志望した?
なんでLOTUSに来ても新商品開発に携わった?
全てが全て、閻魔様の差し金?
いや、小さい時から、人が喜ぶ事が好きだった。
作りたかった。人の為になる物、人に喜んでもらえる物を。
その『人』が前世では旦那さんだったかもしれない、
でも今は社長も含めた多くの人。
思い立ったらすぐ行動!
事務室に戻り、デスクで頭を抱えている小池部長に声を掛けた。
「あの」
「おう、どうした?」
頭を上げた部長の眉間にシワが寄っていた。
「胃腸薬の件、俺にも考えさせてください」
「寺田に聞いたか?」
「はい」
「形状を元に戻すのが最優先事項だ。その次に打つ手に何かいいアイディアあるか?」
まだわからない。でもやりたい。
「今から考えたいです。チャンスもらえますか?」
「わかった。1週間で提案書を出せ。アウトラインでいい。他のやつにも指示は出してるから、浮田と俺が全部確認して、良さそうなやつを全社会議で出す」
「わかりました。やります」
全力でやってみたい。
「期待してるぞ」
「はい!」
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『よう読んどき』
大旦那さんに渡された書き付け。そこにはミミズがのたうち回ったような字がいっぱい。
よくこんなの読めるもんだ。
『へえ!』
高い子どもの声。昔の記憶だ。
(なんやろな、この文字……)
あ。梅吉でも全部は読めないし理解出来ないか。まだ子どもだし……
梅吉が四苦八苦してるところへ、まだ子どもの旦那さんがやってきた。
(あ!若旦那さんや!)
『お父はんも無茶やなぁ…… 梅吉、読めるか?』
『わかりまへん……』
旦那さんは俺の横に座り、書き付けの最初の字を指差した。
『教えたる。いのふの……』
『いのふ?』
『胃袋や。胃袋はここや!』
旦那さんにお腹を擽られた。
俺の笑い声は完全に子ども。
『いのふ!』
『次行くで』
『へえ!』
旦那さんは丁寧にゆっくり優しく、時に面白可笑しく読み方と意味を教えてくれた。
そこには胃薬の効能、使われている薬草が全部書いてあった。
『おおきに!若旦那さん!』
『気張り。わからんことあったらわてに聞き。ええな?』
旦那さんに頭をポンポンされた。
『へえ!』
旦那さんが梅吉に教えたことが、今の俺に共有され、同期され、上書きされた。
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場面が変わった。
井戸端だ。俺は井戸から水を汲んでいる。
何をするんだろう。
胃がキリキリ痛い。吐き気がする。変な汗が出る。
……これは、たまになるストレス性の胃痛だ。
汲んだ水を胃に流し込み、その痛みと不快感を誤魔化す。
『……どないした?』
旦那さんに顔を覗き込まれ、心臓が跳ねた。
『……なんもありまへん』
必死に気持ちを押さえつけ、顔に出さないようにする。でも旦那さんにはすべては誤魔化せなかった。
『嘘つくんやない。顔色が悪い』
俺の顔色の変化にすぐ気付くのは、社長と一緒。
『……胃の腑が少し』
正直にそう告げると、旦那さんは袖に手を入れ何やらゴソゴソ……
『手ぇ出し』
差し出した俺の手に、小さな丸薬が3つ転がった。
『……なんだすかこれ?』
『胃薬や』
(うちの店のもんやない。伊津屋さんのもんでも、木野屋さんのもんともちゃう。それとも……)
かなりの量の薬の知識の蓄積がある。それでもこれがどの店のものか分析できない。
諦めて旦那さんに聞いた。
『どこの店のもんだす? 見たことおまへん。色も大きさも、匂いも……』
何でなんだか嬉しそうなんだろ、旦那さん。
『よう分かったな。さすがや。これはわてが調合したやつや』
そっか。そりゃ梅吉の頭のデータベースには登録されてないわ。
『飲んでみ』
期待でいっぱいって感じの眼差し。この薬、何か特別なんだろうか?
『頂きます』
(苦っ…… )
『苦いか。あかんかったか……』
『すんまへん。わての口がいつまで経っても子供やから……』
死んで生まれ変わっても苦いのは苦手だ。コーヒー以外。
『酒の味はわかるんやから、大人やないか』
旦那さんに右の頬っぺたをムニムニと摘まれた。
これ、健一さんにもよくやられる。
『せやけど……』
嬉しく思ってるのに、梅吉はやっぱりその気持ちを抑えつける。
『苦く無い薬絶対作る。絶対売れるからな』
(さすが旦那さんや。わても……)
『いくらでも実験台になります。どんどん使っとくなはれ』
(店の為、効かんでも、強すぎても、毒でも、なんでも飲みます)
すごい忠誠心。
『さっきの薬、わてが飲んでから渡してるからな!おまはん実験台になんかしてへんからな!』
すっごい慌てたようすの旦那さんが可愛い。
(可愛いらしいなぁ。優しいなぁ。この旦那さんの為なら死んでもええ……)
死んでもいいと思えるくらい、梅吉は旦那さんを愛していた。
やっぱり最期は自害だろうか。後追い自殺?
いまだに分からない梅吉の最期が改めて気になった。
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蓮見屋の胃薬についての知識と記憶を共有してもらった。
量が多すぎて、ちょっと眩暈がする。
俺は薬学部じゃなくて経営学部出身。薬の知識の基礎はない。
人の為になるもの作りに携わりたくて志望したヘブンス。でも俺が薬に関わることはなかった。
LOTUSに来て、薬の工場にも行ったし、形状変更に携わった。それでも薬の勉強を一切しなかった。
……もしかしたら、薬の調合に失敗して旦那さんを牢に追いやったと思い込んでた前世のトラウマが、無意識に働いていたのかもしれない。
『……すんまへん一気に共有しすぎたんやろか』
『大丈夫。俺が勉強しなさすぎただけだから』
薬の知識と同じくらい、旦那さんとの思い出も入ってきてる。
『めっちゃ旦那さんに可愛がられてたんだね』
『……都合の良いこと、楽しかったことしか覚えてへんからだす』
顔を真っ赤にしてる。
自分で言うのもなんだけど、可愛い。
梅吉ははぐらかすように話題を変えた。
『翔太はん。ところで、ろーたすの胃腸薬飲んだことありまっか?』
俺は言葉に窮した。
『え? えっと……』
すっごい冷めた目で見つめてくる梅吉。
『……まさか、無いんでっか?』
『うん。まあ…… だってヘブンスの飲んでるし……』
売り上げ業界1位。胃薬と言ったらヘブンスのもの……
それに腐っても一応自分の会社だ。
『ま。自分の会社の薬、ちゃんと飲んではるのはええこっちゃ。
せやけど、すとれす性の胃の腑の痛みはどっちが効きますか?』
俺を試すように聞かれて、俺はスラスラと答えた。
『…… LOTUS。ちなみに、慢性胃炎にも、胃弱にも LOTUSの胃薬の方が効く』
努力してないのに、蓮見屋の胃腸薬の薬の基礎知識が自分のモノになってる。
だいぶ後ろめたさを感じた。
『「彼を知り己を知れば百戦殆からず」や。基本知識は大丈夫だす。あとは翔太はんの努力次第や』
『了解です……』
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年度末の全社会議が始まった。
「えー。ということで、この業務システムの……」
毎度恒例、総務部部長のよくわからない、的を得ない報告が午前中の大トリ。
堂々と寝始めた小池部長を浮田課長がどうにか起こそうとしている。
我慢強く聞いている社長の眉間に、若干のしわが寄り始めた。
その時突然、原が茶々を入れた。
「すみませーん。磯村ぶちょー!ちょーっとなに言ってるかわっかんないっす!」
笑いとため息が混ざり合う事務室。
鉄壁クールモードな社長も流石にフッと笑った。
「ねぇ健ちゃん。トイレ行っていい?」
「もうすぐ昼休憩だ、我慢しろ」
「はーい」
原とのやり取りで社長は少し気が晴れたらしい。
冷えた笑みを浮かべて言い放った。
「すみませんが、磯村部長。要点を整理してわかりやすく手短にお願いできますか?」
途端、寝てたはずの小池部長が目を開けた。
「よーし!よく言った。健一」
久田さんは小池部長の態度に相当ムカついたらしい。眼鏡をぐっとあげた。
「小池部長、狸寝入りはお止めください」
「本当に寝てたんだ。俺に怒るより、まどろっこしい眠くなる説明する磯村に注意しろよ」
まぁまぁと寺田部長が仲裁に入り、どうにかその場は収まった。
磯村総務部長のやっぱりよくわからない報告に耐えると、お昼が来た。
「梅村さーん!お昼一緒に食べましょーよ!」
チャラい原が俺に抱きついてきた。
『へえ!食べまひょ。将輝さん!』
梅吉めっちゃ喜んでる。
俺も嬉しいけど、ここは演技しないと。
「あー。はい……」
原を少し迷惑そうにわざとらしく引き剥がすと、久田さんに声を掛けられた。
「仲良くしとけ、歳が近いんだから」
……こういうこと?
俺らに近づこうとしてるっていうの。
「はい……」
引き剥がしたはずの原はまた抱きついてきた。
何が正解だろ。
「健ちゃん。お昼は梅村さんと食べていい?」
ダメって言われるかな?
原との接触、解禁されないかな
期待半分、演技半分で社長の言葉を待った。
「わかった。食事は夜に行こう」
「うん!」
クールな社長に爽やかにお願いされた。
「梅村。将輝と仲良くしてやってくれ」
解禁だ。
やっと原とぎこちなく喋らなくて良くなる。
でもここは手放しで喜んだらダメだ。
「かしこまりました……」
「じゃ!行きましょ!梅村さん!」
グイグイ来る原に戸惑った振りをしながら、事務室を出た。
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二人で屋上へ。
二人きりになるにはここが一番。
原は途端に真面目になった。
「……すみません。ちょっとやりすぎました」
「いいよ。俺こそごめん。引き剥がして」
また原が抱きついてきた。
これは演技じゃない。
「梅村先輩!」
しっかり抱きとめた。
原の方が背が高いしガタイが良いせいで、俺はすっぽりと腕の中に収まってしまった。
でもなんだか安心する。
「……どうした?仕事辛いか?」
今まで会社ではチャラく振る舞い続けて来た。そのせいで怒られてるのも何度か見た。
元気に見えても辛かったのかもしれない。
「……いいえ。井川先輩すっごいよく面倒みてくれるし、寺田部長すっごい優しいです。仕事ほんと楽しくて、やりがい感じてます。……全部先輩のおかげです。ありがとうございます」
「……良かった」
「……久田専務やっつけたら、一緒にご飯行きましょ。俺が奢ります」
「楽しみにしてる」
「……久田専務やっつけたら、みんなの前でもまた梅村先輩って呼んでもいいですか?」
ろくに面倒みてやれず、人生を狂わせた。
なのに、こんな不甲斐ない俺のことを一応先輩として慕ってくれていた。
「ありがとう。こんな不甲斐ない奴のこと、先輩だと思ってくれて」
「梅村先輩は一生、俺の大事な先輩です……」
原が可愛くて仕方がない。
頭を撫でた。
「原はずっと、俺の可愛い後輩だ」
「……ありがとうございます」
『よかったなぁ。将輝さん』
梅吉が嬉しそうに言った。
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午後の会議が始まった。
女性向けハーブガーデンシリーズのCM化の概要を、社長指示で菊池さんが発表。
ここで社長と久田さんがまた一悶着。宣言通り寺田部長が援護射撃。午前の営業報告ではわざと発表しなかったCMによる売り上げの増大の実績を本当にどや顔で見せつけていた。
結局CM自体は梨奈さんが女優活動始めてから再考という結論で折り合いをつけた。
最後はうちの部の番。小池部長がネクタイを締め直し話し始めた。
「えー。営業部から午前中に報告があったように、わが社主力製品、胃腸薬の売上が芳しくありません。形状を元すのが先決と進めていましたが、部内からの提案書で少々考えを改めました。提案はお手元の資料の通りです」
・苦味と匂いを抑えるカプセル版の製造販売。
・形を元に戻しパッケージも古めかしいものにした復刻版の限定製造販売。
・従来のパッケージを改め、保存性、携帯性を改善。
「社長の掲げる今年の目標『温故知新』を元にまとめました」
俺の提案は『復刻版』古いものをそのまま。じゃなくて今の時代にあったものを売る場所や売り方も含めて提案書を書いたら部長OKが出た。
胃薬のCMを、イメージキャラクターの永之助さんをより効果的に活用する方法も考えてる。
パッケージ改良は松田先輩の案。最有力案。社長OKが出たら先輩の補佐に入り詳細を詰めていく。
苦味と匂いを抑えるカプセル案のは、新居さんの提案。
俺が、なんで江戸時代から一度も苦くない薬を考えなかったのか、質問しに行ったのが発端。
提案書に目を通す社長の様子を盗み見た。
良かった悪くなさそう。
「良いと思います。ブラッシュアップ版の提出を早々にお願いします」
社長OKだ。でも久田さんNGが怖い。眉間にシワを寄せている。
「毎度のことですが、コスト試算、利益予想の試算を最初にお願いします。費用対効果で検討しますので」
案外普通の指摘。
苦手な計算をしないといけないけど、やりたいこと実現するためには頑張らないと。
会議は15時過ぎにようやくお開きになった。
「では、引き続き来年度もよろしくお願いします」
各々仕事に戻る。自席に戻ると、小池部長に肩を叩かれた。
「第二関門突破だ。頑張れよ!」
「はい!ありがとうございます!」
ふと小池部長の言葉を思い出した。
『秘書として健一を死ぬ気で助けろ。うちの部員として売れる商品を考えろ』
やりたい。
自分のために。
この会社のために。
社長のために。