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葉を見ず、花を見ず  作者: 喜世
第5章 開戦
45/68

【5-4】焼き餅焼くとも手を焼くな!?

 俺が秘書としてLOTUSに派遣されると話が出た時、社長派の幹部の一部は反対したらしい。

最終的に久田さんが押し切った。そして社長もヘブンスとの関係を考慮して受け入れた。


 今それを思えば、それこそ久田さんの手口だったんだ。

 社長が断れないことを知っていて……


 社長がスパイ派遣の事実を社長派の幹部に話した時、俺を警察に突き出せ、即刻ヘブンスに返せと声が多数上がったらしい。

 でもその声を小池部長が笑って跳ね返したらしい。


『梅村がものすごい鈍感なの忘れたのか?

毎日一緒にいる松田の嫁が小宮だって気づくのに、3ヶ月かかった。

井川と菊池が付き合ってることに、結婚報告があるまで全く気付かなかった。

他にも山とあるぞ。鈍感すぎて呆れる事例が。そんな奴にスパイができるか?

ヘブンスの竹内と、うちの久田の野郎に騙されて使われたに決まってる。

梅村をどうこうするって考えてる暇があったら、今度こそ久田を引き摺り下ろすんだ。

このまま何考えてるかわからんあいつをのさばらせておいたら、間違いなく社長とこの会社の危機になる』


 守ってくれた小池部長に謝罪とお礼に行ったら、仕事で返せと怒られた。


『秘書として健一を死ぬ気で助けろ。うちの部員として売れる商品を考えろ。いいな?』


 もう後には引けない。


-------------------------------------------------------------------

 定時後、社長から諸々の報告があった。


「スパイ内容の調査は、大企業分はゆっくりだけど進んでるらしい。うちの番は最後だからまだかかりそう」


「マスコミにも出したくないらしい。必死に隠してる。こちらも脅しに使ったけど出すつもりはない」


「竹内部長は自宅謹慎扱いで相変わらず事情聴取中。警察沙汰にはしたくないらしい」


「山川課長に指示してる件は進展なし。赤城さんに総務部でできる範囲の調査の指示を出した。報告待ちだ」


 一気に報告をもらい頭で整理した。メモに残してはいけない内容だ。


「これくらいかな。……あ、大事なもの忘れてた」


 なんだろう。問題発生かな?


「本当にごめん。嘉太郎と梅吉君が約束してた日、接待になった。付いてきてほしい」


 だめになったか。


「かしこまりました」


 手帳を取り出し、『飲み』を消し『接待』に書き換えた。


「直接梅吉君と話したい。代わってくれる?」


 社長に頼まれた俺は梅吉を起こし、主導権を譲った。




「約束してたのに、ほんとごめんね」


 なんだか社長がすごくお兄さんっぽく感じる。梅吉はそう思っていないけど。


「お気遣い無用だす。わてなんかより、仕事の方が大事だす」


 思いっきり感情を押し殺してるけど、ほんの少しだけホッとして、あとはかなりがっかりしてる。


「ありがとう。今度こそ、嘉太郎と長く過ごせる時間作ってあげるから」


 梅吉は社長に頭を下げた。


「おおきに。では、失礼します」


 でも引き止められた。


「もうちょっといい?まだ話がある。お茶煎れるね」


「……へえ」


 旦那さんには会わせずに社長が会う。なんでだろ。

 社長が淹れてくれたのは、リラックス効果があるハーブティー。

 きっと梅吉の為だ。


「……嘉太郎に会わせられなくてごめん。すごい文句言ってて、巻き込まれたら困るだろうから朝からずっと寝かせてる」


 旦那さん、かわいそうに……


「嘉太郎の代わりに中間報告するね。沙田家のあの古文書、関係ありそうなところを全部読ませた。やっぱり違うこと書いてあったから、他の古文書捜索してもらってる」


「見つかりそうだすか?」


「難しそう。どこ探せばいいかな?心当たりある?」


「蓮見の御家には無いんだすか?」


「明治時代に立てた屋敷を関東大震災の時に火事でだいぶ無くしてね。その後昭和の戦争の空襲で全部灰になっちゃったらしくて……」


「そうだすか…… あ、せやけど、大阪のあの御屋敷は燃え残たて翔太はんが」


 江戸、明治、大正、昭和…… 会話がすごいことになってる……


「そうか。そうだよね。ありがとう。調べてみる」


「お役に立ててなによりだす」




 社長は梅吉にチョコレートを勧めた。

箱の中に形も色もいろんなチョコレートが入っている。


「……綺麗や」


「残りものでごめんね。バレンタインに母にもらった分」


 まだお会いしたことないけど、お母様の扱いが相変わらずだいぶ雑だな社長……


「百合子さんにはもらいましたか?」


「うん。お陰様で。嘉太郎は義理チョコもらってた」


「わても嬢はんにもらいました」


 二人で仕事に関係のない雑談。

 梅吉はハーブティーと、甘いチョコレートと、社長の優しい対応のお陰か、かなりリラックスしている。


「ドラマ見てるよね」


「へえ。毎週見てます」


「永之助って、嘉太郎の友達だった役者さんの子孫らしいんだけど、知ってる?」


「もしかして、吉治郎さんだすか……」


 一回夢で見た。梅吉が旦那さんに誘われていた。


「そう!襲名して名前が2回くらい変わってたけど、家系図を辿ったら居たその人!会ったことある?」


「お客様としてお会いしたことは二、三回有ります。ただ、芝居はいっぺんも見たことありまへん」


 断っていたからな。仕事以外のお供をした記憶はない。


「そっか……」


「不遇なお人やて、旦那さんよう気に掛けてはりました。江戸でええお話があったそうで、大坂を出ていかれて。江戸に行ってからも、胃薬を定期的に送ってはったのは覚えてます」


「そっか。だから今でも藤屋さん、うちの胃腸薬使ってくれてるんだ……」


 社長は感慨深げに、部屋の隅に飾ってあるLOTUSの主力製品の見本を眺めた。

 梅吉は違うことで感慨深げだ。


「吉治郎さんちゃんと江戸で出世しはったんだすな。旦那さん、喜んではりますか?」


「うん。すごく喜んでた。それでね……」


 社長が何かいいかけた時、社長室をノックする音が響いた。


「……すんまへん。これにて失礼します」


「あ。うん。ありがと。またね」


 梅吉から主導権を受け取り、ノックした相手の入室に備えた。


-------------------------------------------------------------------

 原が家に来て一緒に飲む日。定時ですぐにあがった。


 全部買ってきたものじゃ嫌だから、自分でも作る。

 結子さんにも原にも平気で作ったものを出せるのに、社長には無理。

 でもしょうがない。


 家の近くのスーパーに寄った。


『将輝さん、鶏肉が好きて言うてはりました』

『ちょこれーとのあいすくりーむ食べたい』

『きゅうりがあんま好きやないそうだす、将輝さん』

『そのたこわさは辛すぎや!あっちのがええ!』


 買い物する時、あれが食べたいこれは嫌だとよく言うようになってたけど、今日はいつも以上に多い。

 原に会えるのが楽しみでしょうがないんだろう。感情を全く抑えつけてない。


(めっちゃ嬉しそうだね)


『そないなことありまへん』


(原と二人きりで会わせてあげるよ)


『ええんだすか?』


(うんいいよ。しばらく話せなくなるから)


『おおきに!』


(……で、アイスはチョコがいいの?)


『へえ! あと、ばにらも!』


(ダメ!どっちかひとつ!)


 梅吉のリクエストを聞きながら買い物を終えて家に帰った。




 サラダに唐揚げ、フライドポテト、たこわさに、買った惣菜……

一通り準備を終えた頃、原がやってきた。


「お邪魔しまーす!」


「お疲れ、上がって」


 梅吉がウキウキしてる。


「ありがとうございます。あ、これどうぞ。彼女の手作りぬか漬けっす」


 綺麗な漬物がタッパーに入っていた。


「ありがとう。すごいね彼女。俺もやろうかな」


 前からやりたいって思いつつ、手が出せていない。

こんな綺麗で美味しそうなもの見せられたら、やりたくなる!


(……好きやな、翔太はん)


『いいじゃん。食べたいでしょ?』


(食べたい!嬢はんも喜びますし)


「簡単で面白いっすよ。ぜひ。……すげぇ、先輩全部ひとりでこれ作ったんすか?」


「半分は買ったやつだよ」


「手伝いますよ」


「いいから座ってて。もう終わるから。まずはビールでいい?」


「はい。ありがとうございます」


 もらった漬物をお皿に乗せる。ちゃっかり摘み食い。


(うまい!)


『すごいなぁ、将輝さんの「彼女」さん』


(結子さんに言うなよ。料理が好きじゃないのには理由があるんだから……)


『わかってます!』




 ビールで乾杯。


「入社おめでとう!」


「ありがとうございます!また一緒の職場で本当に嬉しいです!」


 やっぱり原は可愛い後輩だ。


「会社でしばらく話せないから、今日は話そう!」


「はい!あ、先輩、唐揚げめっちゃ美味いです!」


「良かった。口に合って」


『よかった!喜んでもらえた!』




 他に大手の会社の面接を受けていた原、LOTUSの内定が出た時に他を蹴ったらしい。


「なんでLOTUSにしたの?」


 理由を話してくれた。


「LOTUSの人がみんないい人だったんですよ。いっしょに仕事したいなって思って。でも一番の決め手は先輩ですね。LOTUSに行ってから生き生きと仕事してるの見て、ここなら間違いないなって」


 そうだ、仕事が楽しかった。環境が、人が良かった。だからヘブンスに帰りたいって思わなくなった。

 でもいつも心の奥で不安を感じていた。スパイ容疑の黒い影を感じながら、逃れようとも無視しようともしていた。


「先輩はLOTUSの専務やっつけたら、残るんすよね。好きな職場選べるんだから」


 そうやって一筆専務に書かせてたけど、それは成功したら……

 出来るならLOTUSに残りたい。でもおこがましすぎる。

 それよりも、失敗したら……

 間違いなく地獄が待っている。


「どうなるんかな……」


 今考えたくなかった。




 ビールを2缶開けた。

 そろそろかな、梅吉の事切り出すの。


「梅吉が原に逢いたがってるんだけど、いい?」


 少し驚いたみたいだけど、原は快く受け入れてくれた。


「えー。嬉しい!もちろんです。俺も会いたいです」


「じゃ。俺は寝てるから。どうぞごゆっくり」


「ありがとうございます!」


 梅吉に主導権を譲り、意識を手放した。


-------------------------------------------------------------------

 原の入社日。朝から梅吉がウキウキしてる。

 俺もなんだか明るい楽しい気分だ。


 朝礼の後、社長に連れられて原がやってきた。


「今日から我が社に迎える事になりました。私の遠い親戚の原将輝です。将輝、挨拶」


 ……は?


 なんで皆の前で下の名前の呼び捨て?

 俺はいつもみんなの前だと『梅村』なのに。

 なんで?


 梅吉にクスクス笑われた。


『やきもち妬いてはる』


 これは焼き餅?


『将輝さん、挨拶しはりますよ。集中して!』


(わかってる!)


 原の挨拶は酷かった。


「初めまして!原将輝でーす!営業部にお世話になります!精一杯頑張りますのでお願いしまーす!」


 チャラい……

 ひたすらチャラい。


『演技だす。我慢や我慢!』


 一部からクスクス笑いが起きている。

 久田さんの眉間には大きなシワが寄った。


 どこからか俺の時と同じように質問が飛んできた。


「いくつですか?」


「24でーす!今年25 でーす!」


「梅村より若いのがきたぞ。松田!お前今度こそ最年少男性社員脱却じゃないか!」


「そうっすね!やった!」


 社長はクールモードのまま、にこりともせずに話を続けた。


「営業部配属とします。教育係は井川君に任せます。よろしくお願いします」


「はい。お任せ下さい」


「では。皆さんよろしくお願いします」


 各々仕事に取り掛かる。俺は社長に声を掛けられた。


「梅村、今すぐ上に来てくれ」


 これが普通。これが当たり前……


「はい。かしこまりました」


 社長は原にも声を掛けた。


「将輝。いいか?ちゃんと仕事するんだぞ」


 ……くっ。

 やっぱり、社長の口から『将輝』って言葉が出るとムカッとする。


「了解!頑張るー。健ちゃんも頑張って!」


 なんなんだよ!

『将輝』に『健ちゃん』って!

 なんだよその馴れ馴れしさは!


 笑い声と溜息が混じる事務室。

久田さんは完全にお怒りモード。

 社長の策は成功……


 でも俺の心は荒れている。

 これは梅吉の言う通り嫉妬なんだろう。


 名前を呼べて羨ましい。

 本当は健一さんって呼びたい。

 名前で呼んでもらえて羨ましい。

 いつでもどこでも翔太って呼んでもらいたい。


 ふと思い出した。

 あの日の別れ際に、百合子さんにお願いされたことを。


『健一のこと名前で呼んであげて。最近『社長』でしか呼んでもらえないってかなり凹んでるから』


 社長も俺と似たような気持ちなのかな?

 でもまた呼んでいいんだろうか。こんな俺が……


-------------------------------------------------------------------

 社長がチラチラ俺の手元を見てくる。

俺の手には社長に貰ったボールペン。勇気を出して今日から使うことにした。

 今日は特別な日だから。


 気づいてくれたことが嬉しくて、でも恥ずかしくて、俺は素知らぬ振りを決め込んだ。

でも、社長の言葉で俺の心臓が跳ねた。


「また使ってくれてありがと。嬉しい」


 社長の優しい笑顔。ものすごく幸せな気分になった。


 今日は社長の誕生日。




 勇気を出しても、やっぱり過去の記憶と恐怖、不安には勝てなかった。

卵焼きも、肉じゃがも作ってはあげられなかった。

 でも精一杯の気持ちを伝えたい。


「お誕生日おめでとうございます。……蓮見さん」


 勇気を振り絞って久しぶりに言った『蓮見さん』

 すごく驚いた顔をされたけどすぐに嬉しそうに笑ってくれた。


「ありがと」


「これ。つまらないものですが。どうぞ」


 百合子さんと結子さんと相談して決めたプレゼントを手渡した。


「ありがと。あけてもいい?」


「はい」


 贈ったのはネクタイとネクタイピン。結子さんの案。

 百合子さんは『コインパース』案を出してて二人でだいぶ揉めてたけど。

 

「翔太が選んでくれたんだよね。すっごい嬉しい。……梅吉くんも?」


「はい。梅吉の意見が入ってます」


 何色がどんなデザインが似合うか俺よりずっとわかっている。

小さい時から傍にいて、ずっと好きでずっと見ていたんだから。


「梅吉くん、嘉太郎めちゃくちゃ喜んでる。大事に使わせてもらうね」


「はい。ありがとうございます」


-------------------------------------------------------------------

 蓮見さんはプレゼントを大事そうに机の上に置くと、

突然おどおどし始めた。


「……あの、さ、めっちゃ個人的なお願いがあるんだけど、さ、いい?」


「はい。モノによりますが……」


 やっぱりこれはこの人の癖だ。可愛い。


「二人の時は、名前で呼んでくれない、かな?」


「なんとお呼びすればよろしいですか?」


 途端に泣きそうな顔をされた。


「……俺の名前覚えてない?」


「蓮見健一さん」


 ん?なんか前もこの会話した気がする。


「良かった…… いや良くない。その、俺も嘉太郎も蓮見じゃん、だから……」


「……下の名前で、ということですか?」


「そう!」


 なんでそんなに目を輝かせて言うんですか……

 でも……


「……嫌がってましたよね、前」


 顔を背けられた。顔を手で覆われた。

 嫌な証拠だ。


「違う!嫌がってない!逆!」


「……はい?」


「顔赤くなるし、ニヤけるから見られたくなくて、つい……」


 この人は何を言ってるんだろう……


「なんでかわかんないけど、百合子さんに『健一』って呼ばれるより、翔太に『健一さん』って呼ばれるほうが、何百倍も嬉しいんだ」


 ドクンと俺の心臓が高鳴った。

 そして文字通り俺の顔から火が出た。


「なに言ってんですか!? それ絶対に百合子さんに言ったらダメですよ!」


 思わず怒鳴ってしまうと、顔が赤い蓮見さんに反撃された。


「翔太すぐ怒る!絶対言わないって!振られたく無いもん」


(アホやなぁ。二人とも……)


 冷静な梅吉のツッコミ。思わず笑ってしまった。

 蓮見さんも笑ってる。


「嘉太郎にアホって突っ込まれた」


「梅吉にもおんなじこと言われました」


 二人で大笑い。久しぶりに心から笑えた気がする。

 こういう時間がいつまでも続けばいいのに……


-------------------------------------------------------------------

「……でさ。どう、かな?」


 この人は社長命令すれば絶対に俺が従うことを知っている。

前世から俺は命令に従ってきたんだから。

 でも、『お願い』って言ってくる。

 この人がそうしてほしいのなら。それが許されるのなら。


「はい。……健一さん」


 久しぶりに面と向かって呼んだ。

健一さんは、赤くなることも、ニヤけることもなかった。

 ただ今にも泣き出しそうな顔になった。


「ありがと。翔太」


 手が俺の方に伸びてきた。どうするんだろう。

でもその手は俺に届かず、ピタリと止まった。そして握り締めたその手は元の場所に戻って行った。


「ごめん翔太、梅吉君と変わってもらえる?嘉太郎がどうしても会いたいって」


「はい。わかりました」


 梅吉はすんなり俺から主導権を受け取った。




「おおきに、梅吉。ほんまに嬉しいわ」


 久しぶりの二人の対面。


「喜んでもろて、光栄だす」


 梅吉は今日はあんまり感情を押し殺していない。


「十五分もらえた。一緒に茶飲も」


 たったの十五分か……

 再会後、二人は長い時間を一緒に過ごしていない。

 何かしらでことごとく潰れてきた。

 梅吉は快く旦那さんの誘いを受けた。仕事の体だけど。


「お供します」


 旦那さんは抹茶を立てた。


「わてらはいつまで経っても二十五と二十やな」


「へえ。そうだすな」


 梅吉は抹茶を礼儀正しく頂いた。


(……苦い)


 旦那さんはクスッと笑った。多分梅吉の顔に出てたんだ。


「ちょっと大人になっても、苦いのはやっぱり苦手なんやな。羊羹食べ」


(羊羹や!)


 この前はケーキにチョコレート、今度は羊羹。甘いものばっかり。

 俺と梅吉が甘いものが好きって知っててくれる証拠だけど、

 ちょっと多すぎる気もする。もっと運動しよう。


 梅吉はそんなこと一切気にせず頬張った。


「美味いか?」


「へえ!」


「どんなに男前になっても、梅吉はほんま可愛(かい)らしいなぁ」


 旦那さんが梅吉の頭に手を置いた。

 やっぱり弟扱い。


「……可愛(かい)らしい言わんといてください」


 膨れてる梅吉。それを笑う旦那さん。穏やかな時間が二人には流れている。


「……この前まさやんと一緒に飲んだらしいな。楽しかったか?」


「へえ。久しぶりに会えて。色々話し聞いてもらえて。ほんに楽しゅうございました」


「……そうか。良かったなぁ」


 あー。旦那さん不機嫌になっちゃった。

 そりゃそうか。自分と梅吉の飲みの予定は潰れたんだから。


「今晩な、わてはゆりちゃんと、れすとらんででぇとや」


 そうやって言うってことは、旦那さん、本当は百合子さんのことお姉さんて思ってないんじゃ……

 梅吉もおんなじ考えだった。梅吉は気持ちを押し殺して旦那さんに返した。


「楽しんで来てくださいね」


 その時、社長室のドアをノックする音がした。


「すんまへん。これにて失礼します……」


 梅吉は旦那さんが引き止めるのも聞かず、俺に主導権を返すとすぐに眠ってしまった。

拗ねた様子の旦那さんは、蓮見さんに主導権を返さないまま社長室への入室を許可した。


-------------------------------------------------------------------

「失礼します」


 入ってきたのは結子さんだった。


「なんや。赤城さんか」


 気の抜けた様子の旦那さんに、結子さんは大人の余裕で対応した。


「なんやてどういう意味です?旦那(だん)さん?」


「梅吉帰ってしもた。赤城さんのせいや」


 膨れる旦那さんはかなり子どもっぽい。


「堪忍え。そんならうちはこの子連れて出ていきますし」


 結子さんは俺の手を取った。

途端に旦那さんは怒った。


「あかん!梅吉はわてのもんや!」


 全然怖くない。可愛いもんだ。


「この子は翔太や!翔太はうちのもんえ!」


 うわ。呼び捨て、京言葉、所有宣言。

 ヤバ。堪らん……


 緩んだ俺の顔を、旦那さんは健一さんの時には見たことない表情で見ていた。

 きっと酷い顔してんだろな、俺……


 でもすぐにキリッとした社長に戻った。


「……ごめん赤城さん。それで要件は?」


 旦那さんは強制的に眠らされたみたいだ。


 結子さんは原に対する総務部部長の怪しい動きを報告した。

 原の履歴書改竄に気づいた恐れが無きにしも非ずとのこと。


「ありがとう。裏で根回ししておく。じゃあ、大変だけど引き続きよろしくお願いします」


「かしこまりました」


「あ。赤城さん。翔太は赤城さんのものだから、連れてっていいよ」


「ありがとうございます。蓮見さん、誕生日おめでとうございます!百合ちゃんとのデート楽しんできてくださいね!」


「ありがとう!」


「ではこれにて失礼します。行こ。翔くん!」


 俺は結子さんに連れられ社長室を後にした。

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