【5-1】一に看病二に薬!
頭が痛い。
喉が痛い。
節々が痛い。
頭にモヤがかかってるみたいだ。
久しぶりの感覚。これは……
『熱あるんやないですか?どないしよ……』
(梅吉は平気なの?)
『へえ。魂やから』
(そっか…… 代わって……)
『嫌や!』
(ケチ)
『ええから大人しく寝とってください』
(うん。あ、でも、メールしてからね)
松田先輩と社長にメールを送った後、睡魔に襲われた。
ピンポーンという玄関チャイムの音で目が覚めた。
『誰やろ…… 心当たりは?』
(結子さん)
『それは無いわ。今、十三時やから嬢はん仕事中や』
(ちぇっ)
『動けますか?』
(大丈夫)
誰が来たかドアスコープから覗くと、原だった。
(なんでこんな時間に来たんだろ)
俺は普段会社にいる時間だ。
『とにかく、出てあげまひょ』
ドアを開けると、原はすかさず玄関に入り込んで来た。
「こんにちは。お邪魔します。ダメじゃないっすか暖かくしないと。さ、奥行きましょう」
「……は?」
ズカズカ奥に入り、両手に下げていたビニール袋をテーブルの上に置いた。
「冷蔵庫開けますね。ごはんちゃんと食べました?今熱どれくらいです?」
「……測ってない。食欲無いから食べてない」
「ダメじゃないっすか。今からうどん作るんで食べてください。あ、ベッドで寝ててください」
『原さん、料理できるんや』
(みたいだね)
ベッドに戻って、原がおかしなことしてることに気付いた。
「……てか誰から聞いた?何しに来た?」
『そうや。それが大事だす』
「蓮見社長から、先輩のこと見舞いに行ってくれって頼まれました。
先輩のことめっちゃ好きなんすね!」
好いてくれてるのならそれは嬉しい。
でも今の俺が置かれた状況からすると、秘書の見舞いに元ヘブンス社員を行かせるのはかなり不味い気がする。
「でも本当は姉さんの方がいいっすよねー」
原は勝手に鍋を引っ張り出して、出汁を取り始めた。
「……まぁ」
そりゃ、彼女に看病してもらいたい。甘えたい。
「社長が姉さんと先輩の接触禁止したんすよ。インフルだったら社内蔓延して困るって」
『そりゃそうやな』
「……お前ならいいのか?」
「はい。インフルには絶対罹らないんで」
爽やかに笑ったけど。
『何の自信やそれ』
「……んなわけあるか」
俺たちのツッコミを原はスルーした。
「ご飯食べて、夕方になったら病院いきましょ。医者の薬じゃないと治らないですからね」
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インフルエンザだった。
社長のお見舞いに行った病院で拾ったのかもしれない。
わかった途端に調子が一気に悪くなった。
「社長に連絡しました。木曜日以前の出社は禁止とのことです」
俺の代わりに原が会社に連絡いれてくれた。
「ありがとう……」
出てくと言いまくったのに。昨日一緒に居辛くて逃げたのに。
会社に行けないとわかった途端、社長に無性に会いたくなるのはなんでだろう……
「その間の看病ってことで、泊まらせてもらいますね」
「……社長命令?」
「いいえ。独断っす。社長の許可は出ました」
「だったらダメだ」
「酷い状態の先輩をほっとけません」
「感染るぞ」
「俺は感染りません」
これ以上口喧嘩する気力も体力もない。
「……感染っても、責任は持たないからな」
後輩の好意に素直に甘えられない自分が情けない。
「お茶、水、スポーツドリンク、何が良いですか?」
「……スポーツドリンク」
「わかりました。持ってきますね」
言わないと。ちゃんと。
「原」
「なんです?」
「ごめん。ありがとう」
「どういたしまして!」
原は謎のキメ顔をした。さっきまで冷静でちょっとカッコよかったのに台無しだ。
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電話がかかってきて目が覚めた。
相手は『蓮見さん』
社長だ。出ないと……
なんだか嬉しく思ってる自分に少し呆れた。
「はい。梅村です」
感情を抑えて電話に出ると、
『……翔太はん?嘉太郎だす』
嬉しい気持ちが少し失せた。
声が社長なのに、社長じゃない。
でも、梅吉が目覚めてからずっとこの気持ちを抱えていたと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「旦那さんですね」
『お辛いとこすんまへん』
「いいえ。大丈夫です」
きっと身体を勝手に乗っ取って、電話を勝手に使ったんだ。社長に怒られてるのかも。
おどおどしてる様子が目に浮かんで、ちょっとニヤけた。
でもそこまでして、電話をかけてきた理由は……
「……梅吉ですか?」
『はい!……あの、お願いできますか?』
嬉々とした声が可愛い。純粋に梅吉と話したがってる。
「……わかりました。少々お待ちください」
原が居るところで梅吉に主導権は渡せない。電話もできない。
トイレだな……
ベッドを抜け出すと、キッチンで何か作ってる原が俺の方に振り返った。
「どうしました?」
「……ちょっと電話してくる」
「冷えるからダメです。俺出てくるんで、ベッドでどうぞ」
「え、でも……」
「足りないものあったんで、買い物行ってきます。要るものあります?」
「……大丈夫」
「じゃ、行ってきます。ごゆっくりー」
気を利かせて外してくれた原に感謝し、ベッドに戻って寝てる梅吉を起こした。
(梅吉、旦那さんから電話だよ)
『え』
(出てあげて)
『……身体えらいよって、わてと代わりたいだけでっしゃろ?』
(バレた?でもとにかく出てあげて)
梅吉は案外すんなりと主導権を受け取ってくれた。
インフルエンザで苦しい身体から解放された俺は、開放感と心地よさでついつい意識を手放した。
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あかん。しんどい。
いんふるえんざて、普通の風邪やないわ……
こんな時に電話掛けてくる旦那さんも旦那さんや……
でも、出んと……
「……もしもし、梅吉だす」
『嘉太郎や。梅吉、大事ないか?』
いっつも聞いてた社長さんの声。旦那さんと旦那さん一緒やけど旦那さんやない声。
せやけどこれは紛れもない旦那さんや。
「……へえ」
溢れ出そうになった感情を今まで通り押し殺した。
『辛そやな…… すまんな、わてのせいや……』
「旦那さんはなんも悪ないです」
『ほんまは見舞いに行きたかったんや、せやけど健一はん仕事やし……
今こないな状態やし…… せやけど、健一はんにどうしてもて言うたら原さんを見舞いに遣ってくれはったんや』
原さんが来はったのは、旦那さんのわがままやったか……
「おおきに、旦那さん。せやけど……」
言わなあかん。
『とにかく、薬飲んでちゃんと寝てるんやで。早く良くなり、梅吉』
優しい声に流されてたらあかん。
「おおきに、旦那さん…… せやけど!」
『梅吉君ごめんね。……翔太は?』
社長さんに突然変わらはった。
社長さん、ほんまは翔太はんが心配で仕方がないんや。
せやけど……
「……すんまへん。全く起きまへん。えらい辛かったみたいで」
起こしたらあかん。
「……そっか。ごめんね。翔太にあとでに伝えてもらえる? 俺のせいでごめんって」
社長さんのせいや無いのに。
「梅吉君もごめん。本当は嘉太郎と会いたかったよね」
言わんと。大事なことを。
「社長さん。翔太はんに気つこうたらあきまへん。社長さんの身を滅ぼします」
「梅吉君」
「旦那さんはわてなんかを庇ったせいで…… せやさかい、わてらのことは放っておいとくなはれ。お願いします」
社長さんは大人や。冷静な言葉が帰ってきた。
「梅吉君、治ったらみんなでちゃんと落ち着いてゆっくり話そう。
まずは翔太の身体のインフルエンザを治して。ほんとにごめんね、辛い時に」
「おおきにありがとうございます。失礼します……」
電話を切った途端にしんどさが増した。
これはあかん……
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怖い夢を見た気がする。覚えてへんけど。
誰かが助けてくれた。わからんけど。
誰やろ、今わてをギュッとしてくれてはるのは。
……嬢はん?
ちゃう。嬢はんは柔らこうてわてより小さい。
これは、硬いしわてより大きい……
「……大丈夫、大丈夫」
……男の人の声や。
「……全部夢だよ、大丈夫」
あ、この声は原さんや……
なんでわて、原さんにギュってされてるんや?
なんでわて、原さんに縋り付いてるんや?
慌てて身体を離した。
翔太はんは?
あかん、まだ寝とる……
「ごはん食べる?」
大丈夫やろか。勘付かれるやろか?
百合子さんも松田先輩も誤魔化せた。いけるはずや。
「食べる」
あくせんとは大丈夫や。
「ちょっと待っててね」
「うん」
……あれ、せやけど、なんで原さん敬語喋ってへんのやろ。
言葉遣い悪いお人やけど、今までちゃんと翔太はんには敬語使ってはった。
「はい。サムゲタン。口に合うかな?」
聞いたことない料理や。せやけどええ匂いがする。
原さんはひとさじ掬うと、わてに差し出しはった。
「はい」
……え。
「いいから。ね?」
優しく微笑む原さん。どきってなった。今までいっぺんもなったことなかったのに。
言われるままに、口を開けると。ええ香りが口の中に広がった。
「……どう?」
「美味しい」
すごく嬉しそうに笑わはった。
「良かった。もっと食べる?」
ついつい甘えてしもた……
松吉はんもこないして、わてに食べさせてくれはった……
食べる度に喜んでくれはった……
「……ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
乗り切った。大丈夫や!
「名前教えてくれる?」
あかん。バレてた……
「驚かせてごめん。梅村先輩じゃないよね」
やっぱりせやったか……
あかん。ここは原さんに改めて挨拶するしかない。
「挨拶が大変遅うなりました。梅吉と申します」
原さんは驚くほどすんなりわての話を信じて受け入れてくれはった。
「もっと話したかったけど、熱上がってきたみたいだから薬飲んで寝よっか」
「……へえ」
原さん、今まで見てたんと全然ちゃう。
すごく話しやすい。一緒に居てて居心地がええ。
わてももう少し話がしたい。
「梅ちゃん、また会える?」
「へえ…… 多分……」
「じゃ、またね。おやすみ、梅ちゃん」
「へえ。おおきに。おやすみなさい」
原さんに頭を撫でられた。
……弟はん、いてはるんやろか?
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『なんで原くんが泊まり込みで看病してるの!?』
朝ごはんの後、結子さんのメッセージに気づいた。
猫が怒ってるスタンプ。
俺の体調を心配してないことにムッとした。
『え?嫉妬?w』
『そうじゃない!』
『原、すっごい親切に看病してくれてるよ。ごはん美味しいし』
今朝は美味しい参鶏湯出してくれた。
『それより、旦那さん起きたって言ってたけど、梅ちゃんは大丈夫?』
やっぱり俺の体調気遣う文言は一切なし。
ムカついたからさらっと返した。
『大丈夫です。お気遣いなく』
薬と水を持ってきてくれた原にニヤニヤされた。
「姉さんっすか? ラブラブっすね!」
「なんかさ、よくわからないけどお前に泊まり込みで看病してもらってるのが気にくわないらしい」
一瞬、原の目が泳いだ。まずいこと言ったかな……
「それ嫉妬じゃないっすか? やっぱりラブラブじゃないっすか!」
大丈夫か、気のせいか。
「……だといいけど」
「先輩、今日はLOTUSさんの面接に行ってきます」
どうやら社長は俺の頼みを聞いてくれたらしい。でも多分『面接だけ』なんだろう。
冷静に考えるとこの状況で原を採るのは危険だ。
「そうか。自己PR聞いてやるから、言ってみて」
「……え。でも。先輩まだ熱あるじゃないっすか」
「大丈夫、だいぶ調子いいから」
「……じゃ、お言葉に甘えて。お願いします!」
たまに生意気だし、よく何言ってるかわからない時があるけど、ずっと面倒見てきた可愛い後輩だ。
独り立ちできるように指導してきたのに、俺のせいで仕事を失った。
早く納得のいく就職をしてもらいたい。それまではちゃんと面倒見てやりたい。
昼過ぎ、原がスーツに身を包んでいた。
会社でいつも見てきた姿。
「今日の面接は会社で?」
「いいえ。会社とは正反対の場所の喫茶店です」
「そっか」
インフルエンザ対策だろう。『面接だけ』で社内に蔓延したら大損だ。
「夜遅くならないように帰ってくるんで、先輩はちゃんと寝ててくださいね」
「うん。頑張れ」
「ありがとうございます。行ってきます」
ちょっと緊張した表情を浮かべ、原は出て行った。
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昨日より翔太はんの身体、だいぶ調子がええ。
どないしようか迷ったけど、うとうとしはったところを無理矢理寝させて身体を乗っ取った。
原さんを探してべっどを出たら、風呂あがりでたおるを腰に巻いただけの原さんと鉢合わせた。
あ、案外ええ身体してはる……
濡れた髪がちょっと色っぽい……
変なこと考えたらあかん!
「……梅ちゃん?どうした?」
わかるんや、翔太はんやないて。
「原さんと話がしとうて……」
「嬉しいな、会いに来てくれたの?」
良かった。迷惑がられてへん。
「へえ」
「あ、ごめんこんな格好で。すぐ着替えるからベッドで待ってて」
「はい。梅ちゃんにお土産」
原さんはお盆に美味しそうなものを乗せて持って来はった。
「あいすくりーむや!」
原さんに笑われた。
翔太はんが起きてはったら怒られるわ。子供っぽいて。
まだ熱がある身体にあいすくりーむは気持ちええ。甘くて美味しい。
「よかった。先輩甘いの好きだから梅ちゃんもだろなって買ってきた」
「おおきに」
「なのにコーヒーはなぜかブラックなんだよね」
「わてはみるくと砂糖入れます」
「そうなんだ。ちょっとそこが先輩と違うんだ」
「よう知ってはりますね、翔太はんのこと」
「先輩にはずっとお世話になってたんだ」
あいすくりーむを一緒に食べながら、色々話した。
わてのこと、原さんのこと、旦那さんのこと、翔太はんのこと……
こんなにも話しやすいのは、なんでやろ。もしかして……
「原さんは、弟さんいてるんだすか?」
「……え? ううん。姉貴と妹」
「そうなんや」
ちゃうんや。なんやろ。
「梅ちゃん、俺のことはマサキでいいよ」
「どないな漢字書くんだす?」
「手出して」
原さんはわての手のひらに指で書かはった。
「将に、輝く…… かっこええ名前だすな。将輝さん」
「ありがとう」
ついつい話が弾んでしもた。
なんだか身体が怠い。
「ごめん梅ちゃん。おしゃべりしすぎた。またちょっと熱あがってきたみたいだからもう寝よう」
「へえ。おやすみなさい。……将輝さん」
名前で呼んだら、頭をぽんぽんてされた。
「おやすみ、梅ちゃん」
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翔太はん明日から会社に出るて言うてはった。
わても旦那さんに呼び出されるかもしれへん。
旦那さんに会いたいけど、やっぱり怖い。不安や……
将輝さんはお役目終えて明日家に帰らはるらしい。
結局毎晩逢うてたけど、最後にもっぺん会いたい。話がしたい。
わての不安を、聞いて欲しい。
翔太はんが眠気でぼんやり仕掛けたのを見計らって、勝手に乗っ取ってべっどを出た。
「将輝さん」
荷造りしてはる将輝さんに声を掛けると、手を止めはった。
「梅ちゃん。会いに来てくれたの?」
「……へえ。すんまへん、お忙しいのに」
「俺も最後に会いたかったんだ。あ、冷えるからベッドで待ってて。すぐ終わらせるから」
「へえ」
将輝さんが作ってくれたほんのり甘いほっとみるくを飲みながら、話した。
わての不安、和らいだ気がする。
時間はあっという間に過ぎた。もうお別れや……
将輝さんはわての頭を撫でて言わはった。
「旦那さんに梅ちゃんの想い伝えた方がいいよ」
……まさか、気づかれてた?
「……俺も梅ちゃんと一緒。だからわかる」
全てがしっくり来た。
おんなじやから、話しやすかったんや。一緒に居て安心したんや。
「……もしかして俺のこと今まで気付いてなかった?」
「……へえ」
将輝さんはクスッと笑わはった。
「そこも先輩と一緒だね、梅ちゃんは」
せや。わては鈍い。
「ごめん。怒らないで」
「怒ってまへん」
「梅ちゃん、もうちょっとおしゃべりできる?」
「へえ」
「あったかいお茶いれてくるね」
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「俺と会ってたこと、先輩に内緒にしてた?」
なんでか言いたなくて、黙ってた。
勝手に翔太はん眠らせて、勝手に身体の主導権奪ってたし……
「先輩にちゃんと話して。記憶が一部飛んでるって、不安がってるから」
「わかりました」
「……でも。俺のことは先輩に言わないでもらえる?」
勝手に人の事言うたらあかん。特にわてらの秘密は。
「先輩に本当にお世話になったし、未だに面倒いっぱい見てくれる。
大好きな先輩なんだ。これからもずっと後輩として接してもらいたい。だから嫌われたくない……」
将輝さんにとっての翔太はんは、わてにとっての松吉はんや……
痛いほど分かる。
「絶対に言いまへん」
……やっぱり、今後会うことがあったら、翔太はん無理矢理寝かせよう。
「ありがとう。梅ちゃん」
将輝さんはわてだけにって教えてくれはった。
「俺がね『彼女』って言ってる時、半分は彼氏で半分はカモフラージュの女友達のこと。
その子も俺をカモフラージュで使ってる。お互い様ってやつ」
やっぱりまだこの時代も、男同士、女同士は理解されへんのや……
「将輝さんの彼氏さんは、どないな方ですか?」
「写真見る?」
「へえ」
二人で写ってる写真見せてくれはった。
将輝さんより少し背の低い、可愛らしい男の人が。
二人で笑顔で写ってた。
「……わてらのせいで会えんかったとちゃいますか?泊まり込んで、怒られまへんか?」
「大丈夫。全部信じて理解してくれた。今度の週末、ちゃんと穴埋めするしね」
ほんに嬉しそうな将輝さん。こっちまで幸せになれる。
彼氏さんも幸せやろな……
「あのさ、梅ちゃん。毎日社長さんがメッセージ送ってきてるんだ、先輩は大丈夫かって」
見せてくれはった。
ほんまに毎日朝晩、社長さんからめっせーじが。
「旦那さん、梅ちゃんが心配で堪らなかったから一人で成仏せずに生まれ変わったんだと思う。先輩が社長秘書になったのは、偶然スパイとして使われたんじゃなくて必然だったんだと思う」
必然なのは当たってる。全て閻魔様の差し金や。せやけど……
「旦那さんの未練は自分のことじゃない。梅ちゃんだと思う」
「……そないなこと」
あるわけがない。わてはただの手代や……
しかも、旦那さんへの恩を仇で返した……
将輝さんは湯呑みを片付けて言わはった。
「梅ちゃん、最後にギュッとしていい?」
「へえ」
わてより大きい身体で包み込んでくれた。
翔太はんの身体は無感情。せやけどわての魂はちゃう。
嬢はんにしてもらうより、翔太はんの魂にしてもらうより、何倍も安心した。
「プラスに考えて。でも怖かったら、不安だったら、またいつでも俺に相談しに来て。俺は梅ちゃんの味方だから」
「……おおきに。将輝さん」
いつ会えるかわからんけど、将輝さんにまた会いたい。




