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葉を見ず、花を見ず  作者: 喜世
第4章 試練
39/68

【4-8】獅子身中の虫

 目が覚めた。今何時だろう……


「まだ早いから、寝てなさい」


 ベッドから出たくない。今日が月曜日、今までにない憂鬱な一週間の始まりだと思うと起き上がりたくない。

 枕で口から出そうになった大きな溜息を止めた。


「大丈夫?」


 大丈夫じゃないと首を振れば、結子さんが頭を撫でてくれた。


「魘されてたけど、嫌な夢見た?」


 そうだ。このどんよりとした気分は、そのせいでもある。


「……聞いてくれる?」


「聞いてあげる」


 結子さんに洗いざらい話したことで、気分はだいぶ楽になった。




 憂鬱な気分で出社すると、いつもは人がまばらな時間のはずなのに営業部の島が人でいっぱいだった。


「おはようございます。早いですね……」


 松田先輩もいつもより早い。


「発注と問い合わせが相変わらずすごい量らしくてさ。早い人は7時から出てきてるらしい。

俺も昨日の夜テレビ局から電話きたから、早めに出てきた」


「そうなんですね」


 俺も手伝える事をしよう。


「梅村!」


 騒がしい事務室に、俺を呼ぶ声が響いた。


「はい! なんでしょう!?」


 声の主は井川さんだった。


「社長は出社が10時過ぎになる!よろしく!」


「ありがとうございます!了解です!」


 社用携帯、個人携帯両方確認したけどいつもは俺にくれる連絡が無かった。

なんでだろう。もう悪い考えしか浮かばない。

 酔っ払ってるときに何か気に障る事したのかもしれない。

 こちらから言い出す前に、スパイだったって情報が行ったのかもしれない。


「ネガティブ翔太! 変なこと考えてないで営業部手伝うぞ」


 松田先輩に喝を入れられ、俺は余計なことを考えるのをやめた。


「は、はい!」


 今大事なのは目の前の仕事だ。


--------------------------------------------------------------------

 10時過ぎ、一旦手伝いを切り上げいつも通り社長室に出向き挨拶した。


「おはようございます。社員旅行お疲れ様でした」


「おはよう。お疲れ様」


「早速で申し訳ございませんが……」


 いつも通り社長に書類を渡したり、連絡事項を伝える。

今日は量がかなり多いせいか、社長は珍しく途中から俺の話を上の空で聞いていた。

昨晩遅くまで、今朝も朝から自宅で仕事をしたのかもしれない。


「……お疲れでしたら、午後にしましょうか?」


 そう聞くと、ちょっとムッとした顔で返された。


「大丈夫!できる!ちゃんとやる!」


 社長らしからぬ言動だけど、蓮見健一さんはこういう人だ。

かっこよくて、可愛い人……


「では、よろしくお願いします」




 仕事をはじめた社長のために、お茶を淹れようと給湯室でお湯を沸かす。

沸くまでついついぼーっと考え事をしていた。

 いつ切り出そう、早すぎても遅すぎてもまずい……


 ふと気づくと、社長が隣にいた。


「あっ。すみません、すぐにお茶お持ちします」


 社長はお盆の上の湯呑みを見ている。何か気になるんだろうか?


「……お茶、俺の分だけ?」


 相伴させたいんだろうか?でも、そんな暇も、心の余裕も正直ない。


「社長のお茶を淹れたら、失礼させて頂きます。営業部の手伝いがありますので」


「そっか…… ありがと。よろしくね」


 ニッと笑った社長。これがもう見られなくなると思うと辛かった。




 今日は自分の仕事も、手伝いも今までになく忙しい。残業確定だ。

でも一旦キリをつけて、社長室へ日課の挨拶に出向いた。

 社長はまたどことなく上の空だった。

もう俺の頭は悪いことしか浮かばない。憶測で考えるのはやめた。

 覚悟を決めて申し出た。


「社長。今週のどこか定時後にお時間いただけますか?お話したいことがあります」


「うん、いいよ。ご飯行こっか。明日はどう?」


 すごく嬉しそうな笑顔だ。なんでそんな嬉しそうなんだろう。

明日、俺がやっぱりスパイだったってわかったとき、この人はどう言う顔をするんだろう。


「勝手で申し訳ありません。後輩の原を同席させたいのですが、よろしいでしょうか?」


「あ…… 後輩くん連れてくるの?」


「……不味かったでしょうか?」


「ううん。俺も翔太に話があったけど別の日にする」


 なんだろう、話って……

やっぱりもう俺は悪い方向にしか物事を考えられない。


「翔太が面倒見てる後輩くん、会ってみたかったから楽しみ。その子、アレルギーや苦手なものある?」


「お気遣いありがとうございます。大丈夫です」


「じゃ、翔太は何食べたい?」


 無邪気に聞いてくる社長。泣きたくなった。

これが一緒にご飯を食べる最後の日。何でもいい、一緒に最後の楽しい時間を過ごせるなら。

 感情を押し殺し、いつも通り答えた。


「ラーメンと餃子以外でお願いします」


 明日、俺と社長の今までの関係がリセットされる。


--------------------------------------------------------------------

 筆記体で、俺の名前が刻まれたボールペン。

誕生日プレゼントとして蓮見さんにもらった俺の大事な物。

 大事に使う為に、スケジュールを手帳に書き込む時、社長の指示を書き留める時だけ使った。


 そして、今、それで辞表を書きあげた。


『そのぼーるぺん、どないしはるおつもりだすか?』


 蓮見健一さんからの最初で最後のプレゼント。

 まだ半年も使ってないけど、思い出が詰まってる。使うたびに思い出すだろう。


(使わない。でも取っておく、思い出のために)


 きっと使うと思い出す。

怒られたこと、褒められたこと、いっぱい……


『ほんまにええんですか?』


(いいんだよ、これで。梅吉が一番わかってるでしょ、俺の気持ち)


『……そうだすな』


 辞表に封をし、ボールペンを引き出しの奥深くにしまった。


 いつか、楽しかった嬉しかった幸せな思い出だけが残ったら、また使えるだろうか……


--------------------------------------------------------------------

 定時まで仕事を全うしたあと会社を出た。

 社長とは現地集合。事前に話したいことがあったから、原と最寄駅で待ち合わせした。


「履歴書とあのデータ持ってきたか?」


 盗聴データを手土産として、原をLOTUSに採ってもらう。

自己満足だけど、これで職を失った原を助けられる。

 

「……はい。でもこんな事したら、先輩の立場が悪くならないですか?」


「大丈夫だ。行こう」


 最後の晩餐は焼肉。いつか松田先輩と三人で一緒に行ったお店だ。

原にきっちり社長に挨拶させた。第一印象は大事だ。

 最初はお互い少し緊張していたけれど、少しお酒を入れたら打ち解けた。

二人で和気藹々と話している。


「原くん若いねー」


「いえいえ。社長も31ですよね、その年で社長ってすごいです!」


 互いに好印象。これならきっと社長は原を受け入れてくれる。


「やっと最近慣れてきたとこだよ。でも、去年翔太が来てくれてから、精神的にすっごい楽になった」


 その言葉にで心が揺らいだ。

 なんで、そういう事さらっと言うんだよ。

 狼狽えるな。もう諦めただろ、覚悟を決めたはずだろ……


「お陰で色々新しいこと考える余裕が出た。ヘブンスさんの部長さんに感謝しないとね」


 そうじゃない。竹内部長が俺をLOTUSに寄越したのは、俺を育てるためでも社長を助けるためでもない。スパイだ。


 原はうまい具合に社長に話を合わせた後、俺に気遣いしてくれた。


「先輩、大丈夫ですか?」


「……大丈夫だ」




 原がお手洗いで席を外した。部屋には俺と社長二人だけ。


「今日俺のお酒の量全然文句言わないけどどうした?」


 そんなこと気にする社長が、可愛くて仕方なかった。


「……いいじゃないですか、たまには」


「そう?」


 最後ぐらい、ギャアギャア言いたくない。


「……でさ、大事な話って何?」


 来た。もう逃げられない。落ち着いて冷静にまずは原の事だ。

箸を置き、正座して切り出した。


「……原ですが。先週末でヘブンスをやめました」


「えっ!?」


「今無職です。ですので、原を私の代わりに企画開発部員として雇っては貰えませんか?」


 乱暴すぎるお願いだ。やっぱり社長の反応が怖い。


「……代わりって、どう言う事?」


 少し声が震えてる社長が可哀想になった。でも、それに負けたらダメだ。

気持ちがこれ以上揺らぐ前に、一気に進めないと。


「秘書とLOTUS出向を辞めさせてください」


 辞表を社長に差し出した。


--------------------------------------------------------------------

 ちょうど戻ってきた原に、それを奪い取られた。


「先輩! 何やってるんですか!?」


「返せ!」


「嫌です!」


 無理矢理奪い返しまた社長に差し出した。


「社長、この場で辞表の受理だけでもお願いします」


 下げた頭に降ってきた声音は、クールモードの社長のものだった。


「……秘書を辞める理由はなんだ? まずは辞表よりそれが先だ」


 もう二度と、あの優しい蓮見健一さんには会えない……

 俺も心を殺して相対するしかない。


「私は弊社竹内にスパイとして御社に送り込まれていました。私は御社の情報を竹内に渡していました」


 原が割って入ってきた。


「違います! 先輩はヘブンスの竹内と、御社の専務さんに運び屋として利用されただけなんです!」


「お前は黙ってろ! 社長、至急辞表の受理をお願いします」


「ダメですって!社長、お願いします!拒否してもらえないでしょうか!」


 俺たちの大騒ぎとは真逆に、社長は静かに命令した。


「ふたりとも一旦落ち着け。梅村、私が許可するまで喋るな。原君、どういう事か説明を」


「はい。ヘブンス商品開発部部長竹内ですが……」


 社長は原の説明と盗聴データを全て真剣に聞いた。


「ありがとう原君。後で少し聞きたいことがある。ちょっと待ってて」


「はい」


 社長はクールモードのまま俺を問いただした。


「私の秘書を辞めうちの会社を出てどうする気だ」


「ヘブンスに戻ります。そして即日ヘブンスも辞めます」


「それがお前なりの身の処し方か?」


「はい」


「原君を自分の代わりにうちの企画開発部に入社させてくれというのは?」


 隣で黙って聞いてた原は天を仰いだ。


「盗聴データを武器に、私が達成できなかった仕事の続きを、原にしてもらおうと思いました」


「仕事?」


「久田さんが良くないことを考えているのは今回の事でもはや明白。久田派の勢力を削ぎ、久田さんの野望を打ち砕き、社長の味方をさらに増やし、社長の地位を強化し確固たるものにすることです」


 だいぶカッコつけた。ただの自己満足だ。でも『社長の為』間違いなくそれは言える。

 社長は大きなため息をつくと辞表を俺に突き返した。


「余計なことを考えてる暇があるなら、社長秘書と企画開発部員として自分の仕事を全うしろ」


 耳に旦那さんの声が聞こえた。


『……辞める言うてる暇があったら、精進せい』


 あの時梅吉は、俺は、旦那さんに、この人に大人しく従い引き下がった。

 でも、同じことをしたらダメだ。


 社用携帯と黒い手帳を辞表の横に置き、頭を下げた。


「……失礼します」


 その場を逃げるように後にした。


「おい、どこに行く!? 梅村!」


「先輩!」


 二人の声が追いかけて来たけど、振り向かなかった。


--------------------------------------------------------------------

 部屋を出た途端、梅吉に怒られた。


『いくらなんでもあれはあかん!』


 梅吉はこっそり起きて俺の行動を見てたらしい。


(しょうがないだろ!)


『今までお世話になりましたの一言ぐらい、言わなあきまへん!』


(うるさい!)


 梅吉の小言を無視しながら家に帰った。

スマホをチェックすると、10件近い着信履歴が。

全部相手は『蓮見さん』だった。

 また俺のスマホが着信を知らせた。電話だ。相手は『蓮見さん』


 今までこれに出て耳に届くのは、優しい声だった。


『翔太!あのさー』

『翔太、ごめんね』

『翔太、おつかれ』


 翔太、翔太、翔太…… 俺の名前を呼ぶあの声が耳に残っている。

でももう二度と俺の耳には届かない。


『辛いのは分かってます。早よ出んと』


(うん)


「……はい。梅村です」


 案の定、電話の先はクールモードの社長だった。


『梅村』


 この携帯で初めて、社長の声で俺の苗字を聞いた。


『明日以降も無駄欠勤せず出社し、今まで通り必ず社長室に来るように』


「……辞表の受理をしていただけるなら、明日朝のみ伺います」


『辞表は受取拒否する』


「何故ですか」


『明日説明する。だから明日絶対に出社しろ。いいな?社長命令だ』


 とうとう社長命令を行使された。

辞表が受理されない以上、俺は社長秘書のまま。


『返事は?』


 社長の命令は絶対。俺は断れない。


「かしこまりました。社長」


--------------------------------------------------------------------

 指示通りいつも通り出社しいつも通り社長室に書類を手に向かった。


「おはよう」


 クールモードの社長だ。


「……おはようございます。こちらご確認をお願いします」


「わかった」


 耐えられない。ただでさえこの社長が苦手なのに、昨日の今日でこの状況はキツすぎる。

逃げよう。


「……では、失礼します」


「ダメだ。しばらくここにいろ」


 逃げられない上に、手持ち無沙汰だ。

どうしよう。


 背後でコンコンとドアを叩く音が響いた。


「どうぞ」


 小宮さんがノートパソコンを手に入ってきた。


「指示通り、梅村くんのパソコンお持ちしました」


 なんで俺のパソコンを?社長は何するつもりだろう。


「ありがとう。そこに置いてもらえるかな」


 小宮さんはパソコンをソファーの前のテーブルに置いた。


「そてと、お客様をお通ししてもよろしいでしょうか?お約束されてるとのことでしたが」


「OK。通して」


 来客?把握してないぞ。あ、でももう手帳返したんだった。

ただでさえスパイの俺に、もう一度スケジュール管理の仕事を振るわけがない

 だったら、なんで辞表を受理してくれないんだろう。

 企画開発の仕事だって今ひと段落したところだ。俺が今抜けてもどうってことない。


「梅村、コーヒーを頼む。濃い目で」


「はい」




 給湯室でコーヒーに手を伸ばした途端、腕が動かなくなった。

梅吉の仕業だ。


(なに?どうした?)


『毒味をお願いします……』


(……は?)


『社長さんが口つけるものやさかい……』


(そりゃそうだけど……)


 客観視したあの拷問の記憶。それが今度は主観で蘇り、吐き気、目眩、冷や汗が俺を襲った。


『……すんまへん!寝てます!』


 梅吉が寝た途端に症状は収まったけど、耳にあの声が残った。


『毒入り干柿持ってったんは、お前や!お前が旦那さん殺したんや!』


--------------------------------------------------------------------

 お客様がいらっしゃった。若い男性、社長と同じくらいだろうか。


「ありがとうございます、急にお呼び立てして申し訳ありません」


「いえ、お気になさらず」


 コーヒーを出し終えると、挨拶をするようにと促された。


「梅村と申します。よろしくお願いします」


 名刺を出さない、『社長秘書』と言わない俺を社長は訝しげに見た。


「名刺は?」


「無いです」


「まさか、捨てたのか?」


 社長に呆れた様子で言われたけど、俺は目を見ずに答えた。


「はい」


 嘘だ。捨てることは出来なかった。今朝、引き出しの奥、ボールペンの横にしまっただけ。


「勝手な行動はするな」


「……はい」


「よろしくお願いします。川地と言います」


 川地様はスーツの内ポケットから手帳を取り出して俺に掲げた。警察官だ。

 剣道部の同期や先輩、後輩に警察関係者は数人居るけど、仕事の時に会ったことない。

 普通だったら、カッコいい!ってなるだろうけど、今はそんな心理状態じゃない。

 社長は俺をどうするつもりなんだろうか……


「ごめん、ごめん。大丈夫。逮捕したりしないから」


「あ、すみません!初めて見ました警察手帳」


 俺、とんでもない顔してたんだろうか。

 無理矢理笑ってごまかした。


「ゴメンね、ただでさえ不安な時に……

改めて、今日は表向きプライベートで来てるんで、あんまり細かく言えないけど、サイバー犯罪メインで仕事してます。今から、会社携帯、会社パソコンの機密情報漏洩の痕跡をチェックをさせてもらいます」


「……はい」


 わかってたけど、本当にスパイ扱いされるとやっぱりキツい。


「これはスパイの証拠を出すためじゃなくて、無実の証拠を出すためにやるんだよ」


「……え?」


 隣で社長が咳払い。川地様はクスッと笑った。


「社長さんそこでカッコつけてるけど、昨日の晩電話で泣き付かれてね。大事な部下がピンチだから助けてくれって」


 社長は俺をスパイ扱いしていない?

 社長をそっと伺うと目が合った。そして、目を逸らされた。


「先輩!黙っててくださいって言ったじゃないですか!」


「高級焼肉。そしたら黙る」


「はい…… では早速お願いします」


 社長はこんな俺を信じてくれている。

嬉しさと同時に、猛烈な悲しさが襲ってきた。


--------------------------------------------------------------------

 1時間くらいでチェックが終わった。


「安心して。梅村君は無罪だよ」


 一個ぐらい疑わしいものが出れば良かったのに。

そしたら、すんなりここを出て行けたのに。


「ありがとうございます!本当に助かりました」


 本当に安心した様子の社長。見てるのが辛く目を逸らした。

社長と川地さんは仲良くお喋りしている。


「焼肉な」


「分かってます。今夜は?」


「休み返上して来てるんだ。家族サービスするから無理」


「そうですか。すみませんでした。都合のいい日、教えてください」


「後で連絡するよ。ところで……」


 声のトーンが少し低くなった。


「……怪しい社員が居るとおっしゃってましたが、どうされますか?」


 久田さんのことだ。


「そちらは折を見てお願いします。しっかりこちらでも調べてからにします」


「……社内に不審者がいる場合、プライベートも行動に十分お気を付けください。

どこで写真撮られるか、録音されるかわかりませんから」


「はい。気をつけます」


「何かあったら遠慮なくご連絡ください。連絡しないで済むのが一番ですが、捜一の江口先輩、組対の都築の連絡先も教えておきます」


 刑事ドラマで聞いたことがある部署。そんなところにも社長の知り合いがいる。

コネを最大限使われたら、誰もこの人に勝てない。逃げることも出来ないかもしれない。


「梅村、お見送りを」


「……はい」


 川地さんから、感情的にならないように慎重にとアドバイスをもらった。

 でも俺の気持ちは変わらない。


 社長室に戻ると辞表と手帳を返された。


「会社携帯はしばらく預かるが、これは返す。お前は無実だ」


 まだクールモードだけど、だいぶ優しい声音。


「明日からも、頼むぞ」


 一瞬怯んだ。甘えそうになった。ダメだ。ここで流されたら。


「……改めて、辞表の受理をお願いします」


「何故だ……」


「私がここにスパイとして派遣され、機密情報を外に持ち出し、ヘブンスに渡したのは消せない事実です」


 俺のことは社長権限で揉み消すつもりだろう。

でもなんで俺なんかにそこまでする必要がある?下手すると自分の社長の地位が危なくなるのに。


「一旦頭を冷やせ」


 鈍い俺でもわかるくらい、社長はイライラしてる。

怖い。でも、言わないと。


「辞表の受理をお願いします」


 言い終わらないうちに、机を叩く凄い音が社長室に響いた。


「いい加減にしろ!それしか言えないのか!?」


 キレた社長に恐怖を感じた俺は黙って逃げた。

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