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葉を見ず、花を見ず  作者: 喜世
第4章 試練
37/68

【4-6】旅の恥は搔き捨て!?

 晩御飯の後、旅行の荷造りをしていると、原から電話が掛かってきた。


『お疲れ様です。原です。夜分遅くにすみません』


 いつになく深刻で真面目な声と喋り方。


「どうした?」


『急で申し訳ありません。今度の土日、どちらかでお会いできますか?』


「ちょっと待って」


 社員旅行帰りの電車の時刻を調べた。


「日曜日の18時には東京駅にいる予定。それ以降なら大丈夫」


『ありがとうございます。では、待ち合わせ場所指定してもらっても良いですか?』


「わかった、また伝える」


『よろしくお願いします』


 最初から最後まで真面目な原だった。

 なんか嫌な予感がする……


 でも旅行は楽しみたいし、旅行で大事な使命もある。

 それまではなにも考えずに楽しみたい。


--------------------------------------------------------------------

 集合場所に早めに着いた。

 皆さんちらほら集まり始めている。


「おはよう。翔くん」


 会社行事だけど、呼び方が梅村くんじゃない!

俺も名前で呼んでいいってこと!


「おはようございます!結子さん」


「蓮見さん居なくて寂しい?」


 ここでもし寂しいって言ったら、結子さん焼き餅焼いてくれるのかな?

でも敢えて言うのはやめた。


「いいえ。結子さんとずっと居られるから嬉しいです」


「可愛いこと言っちゃって!蓮見さん来たら取られちゃうから、今のうちだね」


 って言ってたのに……




「諦めろ、結局こうなるんだよ」


 松田先輩はそう言うと、缶ビールを開けた。


「まぁ、飲め」


 渡されたビールを一口飲んだ。

 やたら苦いのは、気のせいだろうか。


「ちぇっ」


 箱根までの電車の旅、俺の隣の席は結子さんじゃない。松田先輩。


「やっぱり若いなぁ、梅村は」


 向かい合わせに座ってる新居さんに笑われた。

笑った顔は怖くないんだよな……


「大ちゃんは、次の恋はまだ?」


 新居さんの隣の井川さんがニヤッとしながらそう聞いた。

 旅行前に、先輩の知る限りの社内状況は全部教えてもらった。

 新居さんはバツイチらしい。詳細は不明。


「……次は永遠に無い」


 渋い顔でビールに口をつける新居さんに、深刻な顔で返す井川さん。


「……だったら、ヨリ戻せばいいじゃん。奥さん、まだ1人なんでしょ?」


「……俺のことは放っておいてくれ」


「……でもさ」


 井川さんは新居さんのこと心配してる。


「……この話はお終いだ。梅村、赤城と仲良くしろよ」


 それは、初めて見る新居さんのすごく寂しそうな表情だった。


「……はい」


「准一も菊池と仲良くしろ。松田も小宮とな」


 新居さんの過去に、何があったんだろう。

でも、俺が聞いてどうすることもできない。

 そっとしておくのが一番。


「わかったよ……」


「肝に命じます」


 しんみりしているとスマホのバイブ音が鳴った。結子さんからだ。


『明日一緒に観光しよ』の短いメッセージ……


 俺たちと通路を挟んで隣の席で、女性陣3人はおしゃべりに花を咲かせていた。

ムッとなった俺は、ビールを呷った。


「飲みましょう!」


--------------------------------------------------------------------

 駅の近くで少し早めのお昼をみんなで取った後、旅館へ。

 俺、先輩、井川さん、新居さんで和室の一部屋。


「わーい! 広ーい!」


 まるで修学旅行だ。ワクワクする。


「梅村って、たまに子供みたいに無邪気に喜ぶよな」


 新居さんにまた笑われた。


「だから、蓮見さんに可愛いって言われるんですよね」


「可愛いって言わないでください!」


 食ってかかると、松田先輩に押し倒され、柔道の寝技を掛けられた。


「武道の経験は剣道だけか?」


 痛い。


「はい、先輩は柔道以外は?」


「合気道、空手、少林寺!」


 素手ばっかだな。


「すごい! 痛って!」


「剣道、段持ちだっけ?」


「一応三段です」


「三段の腕でも、いつでも傘持ってるわけにはいかんだろ! 秘書なら護身術やった方がいい」


「そうですね!」


「教えてやろうか?」


 覚えたい。今、他の誰よりも社長のそばにいるのは俺だ。

前世で旦那さんには守ってもらってばっかりだった。

 今、自分ができることはしたい。


「はい!お願いします!」


「俺らは散歩でも行こっか」


 井川さんは新居さんを誘って出かける準備を始めた。


「ああ。二人とも、怪我だけはするな。いいか?」


 新居さんの忠告は尤もだ。こんな出先で怪我なんかしたら迷惑極まりない。


「はーい!」


「……やっぱり可愛いな」


 とうとう新居さんにまで言われた。

 もうお終いだ……


「ダメだよ。梅村は健ちゃんの秘書だし松田の後輩なんだから」


「ダメの意味がわからん」


 よくわからない会話をしながら、二人は出て行った。


「よし!やるぞ!」


「はい!」


 松田先輩に、最低限の護身術をいくつか教えてもらった。


「今後、予告無しで職場で不意打ちする。いいか?」


「はい」


 後で梅吉に言っとかないと。

誰だって、慕ってる人に理由もわからず突然襲われたら、ショックだから。


「よし。じゃ、俺は昼寝する」


「え」


 松田先輩はそう宣言すると、布団を畳に敷いた。


「宴会の前に起こしてくれ。おやすみ!」


 すぐに規則正しい寝息が聞こえ始めた。

寝つきがいいのか、疲れてるのか……


 俺はどうしよう。

一人で、いや、梅吉起こして観光?……やだ。

テレビでも見る?もっとヤダ。先輩の邪魔になるし。

 とりあえず、メールチェックだ。

 

 蓮見さんからメッセージが来てた。


『デート楽しんでる? 電車に乗りました。よろしくお願いします』


 突然、会いたくて堪らなくなった。


 ……俺、彼女に置いてきぼりされました。

 ……先輩にも、ほっとかれました。

 ……ひとりぼっちで、蓮見さんが来るのを待ってます。


 でもそんなこと言えない、書けない。


 頭を切り替えて、返事をした。


『気をつけてお越し下さい』


 俺も夜に備えてちょっと昼寝しよう。


--------------------------------------------------------------------

 昼寝は短時間に限る。


 窓際のソファでうたた寝した後に起きてみると、松田先輩はまだ寝てた。

 部屋にいてもつまらない。旅館散策に出かけることにした。

 歴史のある旅館らしいけど、最近リニューアルしたらしい。どこもかしこも綺麗だ。

 玄関ロビーの傍に、お庭が見える喫茶コーナーがあった。

 ここでコーヒーでも飲みながら、蓮見さんを待とう。

 待たなくていいって言われてるけど。

 

 あまり期待せずにコーヒーを口に含んで驚いた。すごく香りが良いし深い味わい。

よく見るとサイフォンで出していた。


 美味しいコーヒーのせいか、何故だか俺はウキウキしてる。


 早く来ないかな。喜んでくれるかな。驚くかな……


 コーヒーを飲み終わった頃、ふと玄関に目をやるとそこにはダッフルコート姿の男性が。

 蓮見さんだ!来た!


「お疲れ様です」


 ウキウキを押さえつけ、冷静に声をかけた。


「あれ?どうしたの?もしかして、俺のこと待ってた?」


 かなり気不味そうな顔をされた。浮かれてた気分が一気に萎んだ。


「……はい。……すみません」


「なんで謝るの?ありがと」


 すごく嬉しそうな顔になった。

そんな顔されると、こっちだって嬉しくなる。


「でも、赤城さんに怒られない?」


「怒ってるのは俺です」


「……あ、置いてきぼり?」


「……はい」


 でも、お陰で蓮見さんに会えた。

でも、なんでこんなに嬉しいんだろ。

 梅吉は寝てるし、蓮見さんとは昨日も会ってるのに。


「あとの面子は?」


「井川さんは新居さんと散歩に行きました。先輩は部屋でお昼寝中です」


「そっか。女性陣で行っちゃったパターンか。宴会までまだかなり時間あるね? どうしよっかなー」


 待ってる間に考えておけばよかった。

コーヒーが美味しかったし、蓮見さんを待って、出迎えることしか考えてなかった。

 浮かれすぎだろ、俺……


「そうだ!お風呂行かない? 松田君も起きてたら誘ってさ」


「いいですね!」


 蓮見さんのチェックインを見届け、大浴場での集合を約束して一旦部屋に戻った。




「……おう。おはよう」


 松田先輩は起きてお茶を飲んでいた。


「おはようございます」


「茶飲むか?」


「はい。頂きます」


 暖かいお茶でホッと一息ついてるけど、これから予定があったんだ。


「蓮見さんにお風呂に誘われたんですけど、行きません?」


「行く行く! まだ早いから、貸切状態だったら、泳ごうぜ!」


「……はぁ?」


「冗談だって。……あ、風呂入るなら、この菓子食べないとな」


 先輩はテーブルに用意されてたお饅頭を指差した。


「……え、なんで?」


「これはなんのためにあるか、知ってるか?」


「売店の宣伝」


「それもある。でも、1番の理由は血糖値を上げるためだ。風呂で体調不良にならないために」


「へー。そうなんですね」


 ひとつ賢くなった。



 ずーっと寝てる梅吉を起こした。


『おはようございます』


(おはよう。お菓子食べて、浴衣に着替えて、お風呂行くよ)


『温泉だすか?』


(うん。露天風呂もあるよ)


『楽しみや!』


--------------------------------------------------------------------

「お疲れ!」


 大浴場の脱衣所に浴衣姿の蓮見さんが現れた途端、梅吉がものすごくドキッとした。

 なんだろう。


「あ、お疲れ様でーす!」


「もしかして、貸切状態?」


「はい」


「泳げるじゃん!」


「ですよね!」


 二人とも考えが一緒だ……


「……やめましょ。秘書くんがドン引きしてます」


「ほんとだ…… 嘘だよ。泳がないよ」


「子どもじゃあるまいし、マナー違反ですよ」


 浴衣の帯を解こうとした途端、手が勝手に止まって動かなくなった。

これは間違いなく梅吉の仕業だ。


(どうした?)


『お話があります!』


 一旦トイレに避難。梅吉と話し合うことにした。


(何? 話って)


『旦那さんと風呂はあかん!』


(社長ね。先輩とならいいの?)


『へえ。構しまへん』


(身分は関係ないよもう)


『そうやない!』


(じゃあなに?)


『旦那さんの裸見て、平常心で居てる自信が無い!』


(社長ね。平常心って……)


『……わて、旦那さんの裸見て、鼻血出したことあります』


(え?)


 脳裏に前世の記憶が浮かんだ。

 俺は、水が入った湯のみと手拭いを持って物陰から様子を伺っている。

 旦那さんと若い侍が、庭で何かしている。


『お疲れさんどした。どうぞ、知之進様』


 線が細い気弱そうなお侍さんに、湯呑みを差し出した。


『ありがとうございます』


 これが、知之進様……

 日本人にしては、彫が深い。沙田先生に似てる。


『旦那さんも、お水どうぞ……』


『おおきに』


 どうやら、旦那さんは知之進様相手に、剣術稽古してたらしい。手には竹刀。

よく見ると傍に防具が置いてある。

 二人から空の湯呑みを受け取ると、今度は手拭いを手渡した。


 すると、旦那さんが目の前で突然諸肌脱いだ。

 汗を拭くんだろう。


 ……え?


 どう見ても商人の身体じゃないだろそれは!

 それに比べて、片肌脱ぎの智之進様、全然筋肉ついてない……

 

『……ん?どうした?顔赤いで?熱あるか?』


 旦那さんにおでこを触られた。顔が近い、好きな人が上半身裸で自分に触れてる。

 これは確かに俺にはヤバい状況。


『だ、大丈夫だす!今日は暑いよって…… あ、わて仕事有りますさかい、失礼します!』


 で、鼻血が……


(落ち着こう。あれは旦那さんの嘉太郎さんじゃ無い。社長の健一さん)


『取り乱しすぎました。すんまへん……』


(俺の身体は男の人に一切反応しない。大丈夫だって)


『……せやった』


(せっかくの温泉だけど、寝てる?)


『温泉入りたい!起きてます!』


(……わかった)


 梅吉も男だ。

好きな人の裸に興味が無いわけが……


『人聞きが悪い!』


(ごめん)


--------------------------------------------------------------------

「気持ちいい」


(ええ湯や……)


 白く濁ったお湯。これなら何も見えない。

梅吉がほんの少しだけがっかりしたけど、安心してリラックスできる。


「最高ですね。明るいうちの露天風呂。景色がよく見えて」


 真っ青な空、山々は冬でちょっと色が悪いけど開放感がすごい。


「贅沢だな」


「ねー。これでお酒飲んだら最高!」


「は?」

『は?』


 俺らは同時にイラッとした。

 

「お風呂でお酒なんか絶対にダメです!」


 一気に酔いが回るから危険だ。

それに、素っ裸の蓮見さんの面倒なんて見れる自信は全くない。


「……なんで翔太すぐ怒るの?」


 悲しそうな顔。キュンとなったけど、流されてはダメ。

先輩がフォローしてくれた。


「こいつなりに、蓮見さんのこと心配してるんですって」


「そう?」


 期待込めた眼差しに全力で答えた。


「はい!」




 身体も温まったし、日頃の疲れも取れた。

そろそろ出ようかなと思った頃、先輩が言い出した。


「サウナ行きません?」


「いいね、行こう行こう」


 俺は何にも考えず、梅吉はサウナが何か分からず、二人に付いて行った。


--------------------------------------------------------------------

 タオル一枚の蓮見さんが座ってる。

 前世の記憶と同じ、いい身体が目の前にあった。

 シックスパックが綺麗な引き締まった腹筋、分厚い胸板……

 スーツの下にこんな良い身体があったなんて、俺は聞いてない。


 梅吉がバクバクしてるのがよくわかる。


 でも俺も蓮見さんから目が離せない。

 なんで俺もちょっとドキドキしてるんだろう。


『すんまへん。翔太はんのどきどきはわてのせいや……』


(でも、めっちゃカッコいいね……)


『へえ……』


「蓮見さん、良い身体ですね。鍛えてます?」


 そう言う先輩だって、さっき寝技かけられた時に感じてたけど、がっしりした体格。


「ありがと。テニスとフットサル、月イチでやってる。あとはサボりがちだけど週一でジムには行ってるかな」


「彼女さんに何か言われて?」


「ううん。昔から自主的に。薬屋なのに不健康だとモノ売れないじゃん」


「おっしゃる通りです!」


「それに、デキる社長のフリするなら、徹底的にしないとね。でもこのせいで、性格と身体が合ってないって振られたことあったな……」


「そんな女には振られて正解です!」


 思わず言ってしまった。


「なにお前は見ず知らずの女を目の敵にしてるんだ?」


 松田先輩に小突かれた。梅吉はちょっとドキッとしただけだった。


「ムカついたんで……」


 この蓮見さんの過去の女性に対するイライラは、なんなんだろう。


『すんまへん』


(いや、これは梅吉が覚醒する前からあった。俺の感情だ)


「大丈夫。百合子さんは、ヘタレな性格とのギャップがいいって言ってくれた」


 突然の惚気キタ!


「おお!……で、身体の相性の方は?」


 ダイレクトに聞くね、先輩……


「……うん、すっごくいい」


「最高じゃないですか!良かったな、梅村!」


「はい!」


 俺は嬉しいのに、梅吉は沈んでる。


(やっぱり旦那さん起こして言おうよ、好きだって)


『絶対あかん!言う資格は無いし、言えん!』


(俺らずっとこれの繰り返しじゃん……)


 梅吉は黙ってしまった。


 でも、我慢しきれなかったのか、俺の身体に何にも現れないことに安心したのか、

いつも漏れてこない考えてることが、ダダ漏れし始めた。


 お腹、触りたいな。

 胸に顔、埋めたいな。

 たおるの下、見てみたいな。


 対象が男性なだけ。

 俺が結子さんに対して思うこととほとんど一緒だ。


 ええな、百合子さん。羨ましいな。

 百合子さん抱く時も、優しい社長さんやろか。

 遊びでかまわん、わてもいっぺんでええから、旦那さんに抱いて貰いたかったな……


 これこそ梅吉の本当の思い。

 でも、遊びでいいって……

 辛すぎるだろ……


『……あ、すんまへん!』


(良いって我慢しなくて。だけどさ、やっぱりダメだよこのままじゃ)


『せやけど……』


 ああだこうだやってると、なんだか視線を感じた。


 蓮見さんと先輩に見られてた。

 梅吉の興奮が激しくなり始めた。


「……何ですか?」


「最中に、赤城さんに可愛いって言われた事あるか?」


 また先輩はダイレクトに聞いてくる。


「無いです。男っぽく大人っぽく見えるように、努力してますから」


 蓮見さんが笑った。


「その努力が可愛いんだよなー」


 まただ。可愛い可愛いって、もううんざりだ……


「……どうやったらカッコいいって言ってもらえるんですか?」


 どんな答えが返ってくるんだろう。


「おでこ出そう!CMの時の髪型、あれ凄いかっこよかった」


 予想外の答えにどうしようかと思っていると、蓮見さんに濡れた前髪を両手で掻き上げられた。

 その途端、梅吉の興奮がピークに達した。


『もうあかん!もう寝ます!』


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 蓮見さんは風呂帰りに部屋に戻らず、俺たちの部屋に遊びに来た。

日が落ちて薄暗くなってきた頃、新居さんが一枚の紙を差し出した。


「社長。こちらをご確認ください」


 途端に蓮見さんの機嫌が悪くなった。


「仕事じゃないときに、社長って呼ばないでって言ったじゃん」


 でも新居さんは引かなかった。


「仕事の話です」


 渋々渡された紙に目を通すなり、蓮見さんは机に突っ伏した。

そこには今日の宴会のスケジュールと、蓮見さんへの申し送り事項が。


「……無理」


「ダメです!」


「無理って言ったら無理!」


「あぁ!もう!お前はどうしてそんなにヘタレなんだ!?」


 新居さんがキレた。めっちゃ怖い。

負けると思ったのか、蓮見さんがクールモードで切り返した。


「こっちで行く!誰もヘタレ社長なんか望んでないからな!」


「ダメだ健一!元に戻るんだ!」


 新居さんの怖さに、さすがのクールモードの蓮見さんも負けた。

そして半泣きでなぜか俺に助けを求めてきた。


「翔太!」


 でも新居さんが俺の前に立ちはだかった。


「梅村はいつかヘブンスに帰る!いつまでも甘えてたらダメだ!」


 ……そうだ。俺はいつか帰る。

 もしかすると、すぐに。

 思い出してしまった。嫌な予感がする明日の夜の原との約束を……


「久田さんは居ない。久田さん推しの人間も居ない。今日こそ本当のお前でみんなの前に出て、味方につけないとダメなんだ!」


 俺の不安より、蓮見さんの不安が重要。取り除かないと。

でも、新居さんは不安を煽ってる気がする。


「この際だはっきり言う。俺は最近まで転職考えてた」


 蓮見さんの顔がサッと青ざめたのがわかった。

この前先輩から聞いた。社長交代の際に、先代社長の秘書だけじゃなくて辞めてった人がいたって。


「でも今はもう全く考えてない。なんでか分かるか?

本当のお前を知って、一緒に仕事がしたくなったからだ」


 泣ける言葉。てか、松田先輩泣いてるし。


「出てこうかって迷ってるのは少なからず居る。もう嫌だろ?辞表を見るのは」


 井川さんは、社員に辞められるのが蓮見さんの若干のトラウマになってるみたいだって言ってた。

でも、ひょっとすると、前世で梅吉が辞めるってしょっちゅう言ってたのも影響あるのかもしれない。


「うん……」


「みんなと仲良くなりたいって、お父さんみたいになりたいって自分で言ってたじゃないか。

今日がそのチャンスなんだ」


 そうだ。絶好のチャンス。


「怖くない。絶対大丈夫だ。俺たちが付いてるから」


 優しく微笑む新居さんは、強くてカッコいい頼れるお兄ちゃんみたいだった。


「……ありがと。頑張る」


 微笑み返す蓮見さんは気のせいか、いつにも増して子供っぽく見えた。


「俺ら弟と妹の中で、健ちゃんが一番手が焼けるもんな」


 ……え?


「妹たちはお前ら弟と違ってみんな優秀なのにな」


 頭にクエスチョンマークが浮かんだ。


「俺も出来が悪い弟ですか?」


「いや、松田が一番まともかな」


「まともの扱いかー」


 頭ん中ハテナだらけの俺を見て新居さんが笑った。


「その顔はアレだな? 俺のこといくつだと思ってる?」


 蓮見さんと井川さんと同期、蓮見さんは来月が誕生日って言ってたから、だから……


「……32?」


「ずいぶん若く見られたもんだ。今年で37だ」


「えー!?」


 本気で驚いてたら、みんなに大笑いされ口々に言われた。


「大ちゃんは院卒だし、ダブつく原因の大半を大真面目にこなして来たんだよ」


「真面目にじゃない。不可抗力だ。いいか、こいつの言うことは真に受けるな」


「お前さ、やっぱり思い込みが激しいぞ。疑う事を覚えろ」


「単純っていうか、純粋っていうか…… 翔太のいいとこだけどね」


 単純で思い込みが激しい。また俺の短所が明らかになった……


--------------------------------------------------------------------

 宴会の時間。まずは社長挨拶からスタートなのに、肝心の人は宴会場の外でまたグダグダと尻込みしている。


「……やっぱり無理!」


 新居さんにしがみつく。


「だから、大丈夫だってさっきから言ってるだろ?」


 振りほどかれてもまだゴネている。


「……翔太」


 半泣きでちょっとかわいい蓮見さんに訴えられたけど、堪えて突き放した。


「いけません!しっかりしてください、社長!」


「ほら、行け!」


 ついに新居さんが背中を押して、宴会場に放り出した。


 上座に向かう蓮見さんを、急いで席についてみんなで見守った。

 静まりかえった広間。集まる視線。

 やっぱり怖いのか自分を守る為、蓮見さんはクールモードになってしまった。


 蓮見さんが挨拶をしようと深呼吸した瞬間だった。

 俺たちの口から出かけた深いため息が、すんでのところで止まった。


「健一。自分を偽るのは止めるんだ」


 声の主は、研究部の浅井部長だった。

普段は大人しい人で、ほとんどラボに篭って研究に没頭している。

 全社会議でも、部長会議でも、報告以外の発言は皆無に近い。


「俺はおまえさんが生まれた日から知ってる。おまえさんはそんな性格じゃない」


 宴会場が少し騒ついた。


「お年玉、毎年あげてたろ高校に入るまで。覚えてないか?

ありがとうってニッて笑った顔が、おまえさんの父さんとよく似てたのを俺は覚えてる」


 浅井部長は先代社長と同い年で一番仲が良かったって聞いた。

本当は知ってたんだ。蓮見さんがフリをしている事。

 でも黙って見守ってたんだ、きっと。


「同期と後輩が、おまえさんのために頑張ってくれてたんだろ? その努力を無駄にしてやるな」


 蓮見さんの表情が元に戻ると、みるみるうちに涙目になった。


「……はい」


「それと、もうこれ以上、無理するんじゃない。……あいつみたいに早死にしてくれたら困る」


 そう言う浅井部長の目にも薄らと涙が浮かんでいた。

 蓮見さんは思いっきり頭を下げてみんなに謝った。


「申し訳ありませんでした!いままで皆さんを騙してました!」


「浅井ちゃんと俺は騙されて無いけどな。あ。寺田もか」


 研究部、企画開発部、営業部の3部長は蓮見さんの事、知ってたらしい。


「久田が怖いのは分かる。あいつは無表情で何考えてるか分からんもんな。

でもな、おじさんたちを信じてもっと頼ってくれ。守ってやるから」


 小池部長が笑った。


「……ありがとうございます」


 営業部の寺田部長も穏やかに安心させるように声を掛けた。


「久田に天下は取らせません。安心してください、社長」


「……ありがとうございます」


 小池部長は一部がまだ戸惑ってる状況なのに、まぁまぁと浅井部長が止めるのも聞かず、

ガンガン喋り始めた。


「ということで、健一、さっさと挨拶済ませろ」


 もうアルコールが少し入ってるんじゃないか?


「成人したら一緒に飲もうってずっと思ってたのに、アメリカ行っちまいやがって。

帰ってきたと思ったら、飲み会に全然参加しないと来た。今日はその分飲めよ」


「……え、えっと」


 蓮見さんが俺をチラチラ見てくる。

案の定、部長にバレた。


「なんで梅村の顔色伺ってんだ」


 先輩がこっそり部長に耳打ちした。


「……蓮見さんの酒量は、梅村が徹底的に管理してるんです」


「そうか。梅村頼む、今日は許してやってくれ。な?」


 そんなこと言われても…… 答えは一つ。


「ほどほどにお願いします」


 今の俺のこの会社での直属の上司は小池部長。でも同時に俺は社長秘書。

社長の方が上だし、秘書が第一に優先するのは社長の事なんだから。


「いい。社長命令で飲むぞ!みんな!」


 場は一気に盛り上がった。


「ごめん……」


 勝手に社長命令を使われた蓮見さんに謝られたけど、もう仕方が無い。


「いいですよ。楽しみましょ」


 安心させるようにそう言うと、蓮見さんはすごく嬉しそうに笑った。


「ありがと!」


 ダメだこの笑顔に負けたら!

 絶対に飲ませすぎないぞ!


--------------------------------------------------------------------

 宴会が盛り上がり始めた時、菊池さんが仕切ってドラマ鑑賞タイムが始まった。


「飲食歓談構いませんが、ぜひテレビに注目お願いしまーす!」


 寝てた梅吉を起こした。


(ドラマ始まるけど、見るよね?)


『見ます!』


 もはやイチ永之助さんファンになっている梅吉が見ないわけがない。


 主役の桐野さんはサラリーマン、永之助さんは彼が行きつけのカフェのマスターで親友役、そこで働いているアルバイトの大学生が、ヒロインの岩越さん。

 メインテーマは、ラブストーリー。おそらく三角関係になるんだろう。ベタな感じだ。


「永之助がコーヒー飲んでる」


 蓮見さんのその不思議なつぶやきに、くすくす笑いが起きた。


「何ですかその感想は」


「うん。なんかね、歌舞伎ばっか見てると不思議とこうなるの」


 えらく可愛い答え方したせいで、俺と梅吉は萌え死にしそうになった。

必死で隠し通したけど、俺みたいに萌えてる人は数人いた。


「はい! うちのCM来ます!」


 蓮見さんと菊池さんは完成品を事前に見たらしいけど、俺はみんなと同じで初見。

 いくつか他の会社のが流れた後に、LOTUSのが来た。

 オフィス編だった。宴会場はドラマの本編見てる時以上に静まり返って、逆に緊張した。


 終わった途端、俺はホッと一息。映りも演技も自分で言うのもアレだけどそこまで悪くない。

 永之助さんはかっこいいし、りなさんは美人。商品が良いイメージつくに違いない。


「梅村超かっけーじゃん!」


 松田先輩に髪の毛をぐちゃぐちゃにされた。


「やめてくださいよ」


「動いてるほうがかっこいいね」


 結子さんに久しぶりにカッコいいって言ってもらえた!


「ありがとうございます!」


 機嫌がよくなった俺は、やっぱり単純だ。

 

 ドラマは進んで、ヒロインの寝室シーン。しっかりLOTUS商品が映り込んで、それを確認した松田先輩と井川さんはハイタッチして喜んでいた。


 2度目のCM、今度は歌舞伎編。永之助さん、ドラマではかっこいい男性の役なのに、CMでは綺麗な女形。かなりインパクトのあるCMになった気がする。俺は…… 完全に添え物だ。

 どうせならセリフもカットしてくれたらよかったのに……


『永之助さん綺麗やなぁ。せやけどやっぱりわては老けとるわ』


(またそれを言う……)


 化粧で少し若く見えると思ったんだけどな。やっぱりお気に召さないらしい。


「イケメン丁稚だな」


 小池部長まで……


「手代です!」

『手代だす!』


「梅村くんは、番頭でーす!」


 菊池さんにまた突っ込まれた。

 会場は笑いに包まれて明るくて楽しい。でもそっと蓮見さんを窺うと、前よりも酷い表情をしていた。

 疑うような、探るような……

 浮かれた気持ちが萎み、俺以上に苦しくなった梅吉は逃げた。


『もう寝ます……』


 ドラマは進み、いよいよ放送時間の終了が近づいてきた。


「はい!エンドクレジットも注目です!」


 持ち道具提供の欄に、LOTUSのロゴが入っていた。これでわずかでも社名の認知度が上がるだろう。

 これからが勝負。


「社長!挨拶お願いします!」


 菊池さんが振ると、蓮見さんはちょっと戸惑いながらも前に出た。


「……また? えー。今後ドラマ放送とともにCM放送が続きますが、これによる反響や影響が出ることを祈りつつ……」


 突然営業部員たちがしきりに電話に出たり、メールチェックし始めた。


「おいおい。健一しゃべってんだぞ。ちゃんと……」


 小池部長がくぎを刺そうとしたのを、寺田部長が遮った。


「社長、すでに反響が出始めました」


「え」


 営業部員から次々と報告が上がりだした。


「3件発注、問い合わせが5件来てます!」


「問い合わせ4件。発注2件!」


 井川さんが一番多かった。


「10件問い合わせです。発注6件!」


「マジですか……」


 驚いている蓮見さんに、寺田部長がものすごくうれしそうに言った。


「マジです。月曜日情報精査した後、久田にドヤ顔で報告してやります」


 報告は別のところからも上がった。


「りなさんの名前、トレンドにあがりました! これに引き摺られて、弊社の名前も検索されてます!」


 すごくうれしそうに菊池さんが声をあげた。


「やっぱタカラヅカは持ってますね数」


「ねー。あ!百合子さんも見てくれたんだ!」


 その言葉に蓮見さんが反応した。


「え、俺には連絡なにもきてないんだけど……」


 井川さんが肩をポンと叩いた。


「……ヅカファンを嫁に持つと俺みたいになるぞ。贔屓には勝てない」


「えー。マジで?」


 みんなの様子を興味深く眺めていたら、俺のスマホも突然鳴り始めた。

今まで見たこともないようなメッセージと電話の通知件数に目を疑った。

 家族、親戚、友達、同期、知り合い……


 その内容は全部『CMに出てたのはお前か!?』っていうこと。

 黙ってたのにバレた…… どうやって返事しよう……


 でも、みんなドラマ観てたってことだ。

 テレビの影響力のすごさを身をもって体験できたし、この会社の力になれたってことだ!


--------------------------------------------------------------------

 菊池さんからまた報告が上がった。


「弊社ホームページ、サーバーダウンしたそうで現在復旧中です!」


 どよめきが起こった。


「マジかよ」


「強化したでしょ!?」


「残念でしたー!足りませんでしたー!」


 菊池さんはいつも以上に目をキラキラさせてさらに報告を続けた。


「永之助さんのSNSフォロワー数、急増中です!」


 蓮見さんはあんまり興味なさげに言った。


「元が少なかったもんね。100人くらいにはなった?」


 最後に見た時、歌舞伎俳優仲間と一部のファンだけで30人くらいだったけど。


「いくら何でも期待してなさすぎですよ」


「そう?」


「現時点で2,000越しました!」


 俺もなめてた。500くらいはいくだろ思ってたのに、予想以上だった。


「テレビってすごいね」


 蓮見さんのその言葉で、思わず吹き出してしまった。

 ちょっと前に理路整然と、プロモ戦略を久田さんに説明してやりあってた人とこの人が、同じ人だなんて思えない。

 なぜだか笑いが止まらなくなった。


「何が面白かったの?」


「蓮見さんほんと可愛いなって。あっ……」


 うっかり口を滑らせ、血の気が引いた。自分が言われて嫌なことを、あろうことか社長に言ってしまった。

 恐る恐る蓮見さんの様子をうかがうと、さっきまでちびちび飲んでたジョッキのビールを突然一気に飲み干した。


「あ! 何やってるんですか!?」


 一気飲みなんて信じられない!

 必死でジョッキを取り上げると、しどろもどろな答えが。


「の、のど乾いたから……」


 俺が怒るのを怖がる蓮見さん、やっぱり怖いのか、目を合わせてくれない。


「一気に飲むなら、水にしてください!もう顔真っ赤じゃないですか!

お水取ってきますね!ちょっと待っててください」


「……うん」


 そう言ったのに、俺が戻ってくると蓮見さんはそこにはおらず、みんなと日本酒を飲もうとしていた。


「蓮見さん! それ飲んじゃダメです! お水飲んでください!」


「えー。ヤダ!お酒飲む!」


 また可愛すぎて悶絶しかけた。ここは耐えないと。


「ダメです!」


 俺と蓮見さんのやりとりに、みんなは笑っていた。


「完全に梅村の尻に敷かれてないか?」


「最初の頃の心配が懐かしいわ」


「梅村、社長に飲ませたくないなら、社長の分も飲んじまえ!」


 久田さんからは、秘書としていざというときは社長の代わりに飲めと言われている。

 今こそその時だ。


「わかりました!いくらでも飲んでやりますよ!」




 結局、何をどれくらい飲んだんだ?

もう覚えてない。思い出すのも面倒。


「しょーた!」


 蓮見さんに、思いっきり髪の毛ぐちゃぐちゃにされた。


「もう!けんいち、のみすぎ!」


「へへへ!しょーた可愛い!」


 さらにぐちゃぐちゃにされた。


「かわいくなんかない! 」


 聞いてねぇし! てかみんなも言ってよ!俺は可愛くない!

 あれ、みんなもう寝てる?


「お水、ほしいなー」


 誰かが水をくれた。


「大丈夫か?お前がこれだけ酔ってるの初めて見たぞ」


 新居さんだ!


「そうですかぁ? お水、ありがとうございます!」


 少し酔いが醒めたかな?


「やっぱりお前は酒が強いな」


「そうですかぁ?」


「でもちょっと飲みすぎたな」


 自分でもそう思う。


「……すみません」


「健一を部屋に置いてきた後で、部長たちを松田と手分けして部屋に送る、准一がつぶれたから、あいつも運ばないといけない。お前は一人で部屋に戻れるか?」


「大丈夫です! 俺は、出来のいい弟なんで!」


「そうか」


「あ、けんいちは、俺が連れていきます。新居さんは、ぶちょーたちと井川さんをお願いします」


「わかった。何かあったら、呼べよ。いいな?」


「はい!」


 でもやっぱりいつも以上に酔っている自覚はある。少しふらふらするし。


「起きて。へや戻ろ」


 揺すっても起きなかった。


「起きてよ!けんいち!」


 けんいちさん起きてくれたけど、なにかがツボに入ったらしい。

ケラケラ笑い始めた。


「……ヤバ。しょーた、めっちゃ、かわいい!」


「可愛くない!」


 けんいちさんに水を飲ませ、少し酔いを醒まさせた。

肩を貸し、部屋までたどり着くと、布団に転がし、掛け布団を掛けた。


「ありがと、しょーた」


「どーいたしまして! おやすみなさい」


「おやすみ」


 さ、俺も部屋に帰ろう。


 あ。ダメだ。目が回るし急に眠気が……


 飲める量、限界はわかってたはずなのにな。

 本当は全然わかってなかったのかな……

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