【4-5】一年の計は元旦にあり?
『綺麗やなぁ……』
季節は春、だろうか。取引先からの帰りなのか、手には風呂敷包みが。
空いたほうの手を、綻びかけた梅の花に伸ばした。
『梅好きか?』
のんびりした声で聞いてくるのは、旦那さんだ。
『へえ。桜より、梅が好きだす。御寮人さんにもろたわての名でもありますよって……』
旦那さんは、俺をまっすぐ見つめて言った。
『おまはんは梅の名前の通りやな、忠義者で、忍耐強い』
ありがたくその言葉を受け取る。
『おおきに。名前負けせんように、気張ります』
旦那さんとは違う声が、背後から襲ってきた。
『梅の名の通り、お前は存在自体が毒や』
そこで目が覚めた。
これはいい夢なのか、悪い夢なのか……
梅吉の梅。梅村の梅。
梅は毒を消す効果を持つ。
でも、それ自体が毒にもなる……
俺はどっちだったんだろう。
俺はどっちになるんだろう。
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百合子さんの家で開催されるクリスマスパーティーに、結子さんと招待された。
蓮見さんの友達、百合子さんの友達、いろんな人たちが招待されていた。
「梅村! 俺、やっと嫁さんに蓮見さんの事信じてもらえたぞ!」
松田先輩も小宮さんと来ていた。いきなりそう言って抱きつかれ、梅吉がドキッとした。
「え。やっとですか?」
「長い道のりだった……」
「良かったですね。これで晩ご飯抜きの回数減りますね」
松田先輩からすり抜けて、井川さんのとこへ。
菊池さんは、百合子さんとお喋りしてる。
「菊池さんと百合子さん、めっちゃ仲良くないですか?」
「百合子さんは梨奈さんの仲のいい先輩でファンクラブ会員。菊池はファンクラブ幹部。で、今はファン仲間。そういう深い仲らしい」
「え!?」
蓮見さんがやって来た。
「驚くのは早いよ。百合子さん、永之助と梨奈さんの結婚式に出てた」
「え!?じゃあ、お二人は、もうずっと前に出会ってたって事ですか?」
「その時はお互い相手が居たし、面識全く無かったけどね。でもこれ運命だよ。ありがとう翔太!」
「いえ、俺は別に……」
ひょっとすると、全てが閻魔様の手の内なのかもしれない。
スッと背筋が凍った。
「あ、そういえば、俺と健ちゃん、今度タカラヅカ観に連行されるんだ」
嫌なんだろうか? 少しうんざりしたように井川さんは言うけど、俺はそうは思わない。
「え。いいな」
「翔太も行く?赤城さん誘ってさ」
蓮見さんも乗り気らしい。さすが趣味が芸術観賞。
するとどこで聞いてたのか、突然菊池さんが結子さんを引っ張ってやってきた。
「蓮見さん勧誘ありがとうございます! 結子ちゃん、彼氏が興味示してる。タカラヅカ観に行こう!」
「良いですね。最近観れてなかったから、いろいろ教えてください」
結子さん、歌舞伎もタカラヅカも観るんだ…… さすがお嬢様。
「……こりゃ、逃げられねぇな」
ぼそっと井川さんが言った一言に、俺と蓮見さんは笑いを堪えた。
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あっという間に古い年が終わり、新しい年が来た。
「今年もよろしくお願いします」
「今年もよろしくお願いします」
俺の部屋で二人で一緒に年を越した。今日は初詣。
前に結子さんが言ってた、『着物デート』も兼ねて。
結子さんの見立てと梅吉の好みを聞いて、グレーの御召しのお洒落着を仕立てた。
「着せてあげよっか?」
「よろしくお願いします」
浴衣は着れるけど、着物はちょっと自信がない。梅吉に任せれば済むことだけど、気を遣って昨日からずっと寝ているのに、その為だけに起こすのは申し訳悪い。
結子さんに甘えることにした。
「はい。出来た! やっぱ似合う!」
手際の良さに驚いた。あっという間に終了。
「ありがとうございます」
「じゃ、わたしも着替えるね。目標、15分!」
定期的に着ないと、スピードとクオリティが落ちるらしい。
「頑張れ!」
結局20分で着替えを終えた。
「ごめん。やっぱり帯に時間が掛かった……」
そんなことどうでもいい。大事なのは結子さんの着姿。
「綺麗……」
萌黄色の小紋、全体に小さな花が散らしてある。
帯は落ち着いた焦茶色の帯。西陣織で、お友達の家のものって言ってた。
「写真撮って良い?」
「神社でツーショットがいい」
「はい。ではお嬢様。参りましょうか?」
「そうね、翔太」
グッと来た。
「やっぱ俺のこと、呼び捨てにしてください」
「ダメ。会社で間違えて呼んだら流石にまずいでしょ」
「えー。でもさー」
「わたしに敬語使うのやめたら、検討してあげる」
「えー」
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仕事もプライベートも充実した1年に出来ますように。
梅吉にとってよい1年になりますように。
神様にお願いしたけど、後は俺の努力次第。
「御神籤引く?」
「はい」
一年の運試し。さて、どうなるか。
「うわ。凶…… お正月って入れてないんじゃないの?」
「ですよね。でも、俺も大凶ですよ」
「うそ……」
二人揃って正月からって、幸先が悪い。
「おみくじ結んで、お汁粉食べに行こ」
結子さんは切り替えが早い。
「はい」
甘酒とお汁粉の両方を頼んだら笑われた。
「翔くんほんと甘党だよね。梅ちゃんはもっとだし……」
「そうですね。そこはほとんど変わってないですね」
「梅ちゃん、翔くんに甘酒とお汁半分貰いなさい」
「代われって事ですか?」
「ひとりで食べたら太るでしょ」
「は?どっちにしろ俺の身体だから、変わらない……」
「いいの。代わって」
梅吉にも正月気分を味合わせたい。
「なんも言わんと突然代わるんはあかんて、何度も言うたや無いですか……」
『ごめん。でも、声に出すなって……』
(すんまへん。お互い気をつけまひょ)
「梅ちゃん。明けましておめでとう」
「おめでとさんでございます」
「今年もよろしくね」
「こちらこそ」
「梅ちゃんにとって、ええ年だとええね」
「へえ。嬢はんにも」
「甘酒飲み。お汁粉もあるし」
「おおきに」
甘い物は人を幸せにする。梅吉も嬉しいらしい。
「美味しい?」
「へえ!」
あぁ…… かなり子供っぽい返し方……
「今年も梅ちゃんは可愛らしいわぁ」
「可愛いらしい言わんといてください」
文句言いながらも、梅吉には楽しい年明けになったみたいだ。
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実家に一日だけ帰った。
久しぶりに父さん、母さん、姉さんに会えたのはいい。
でもタイミング悪く、新年の挨拶に来ていた親戚に、仕事はどうだ結婚はどうだああだこうだと言われてうんざり。
姉さんが結婚するかもと言い出したので、そっちに興味と関心が移ってやれやれ……
梅吉には家族と親戚がいっぱいで羨ましいって言われたけど、疲れた。
明日が仕事始めになった日の夕方、原から電話が来た。
『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします』
いつになく真面目だ。
「おめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
『……例の件、あと少しで掴めそうです。今月中にはお伝え出来るかと』
俺がLOTUSに行かされた理由、今居る本当の理由がわかる。
『いつ会えますか?』
「……原に合わせる」
『わかりました。ではまた連絡します。失礼します』
スパイ疑惑が晴れるのか、スパイ確定となるのか。
怖い……
『翔太はん』
(どうした?)
『だんない、だんない』
(ありがとう。でも、覚悟だけはしておく)
『どんなことがあっても、受け入れまひょ。それがわてらの宿命だす』
(うん)
『せやけど、わては最後まで翔太はんの味方や』
(ありがとう)
『わては翔太はんやし、翔太はんはわてやさかい』
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LOTUSの仕事始めは、社長の年始挨拶で始まった。
ヘブンスの大規模な物とは違ってこじんまりとしてる。
「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
社長はいつものクールモードだ。
「本年の目標は、『温故知新』『進取果敢』で行きたいと思います」
直筆と見られる墨書きの半紙を社長が掲げた。
「……早速、有言実行か。お父さんのやり方を踏襲したな」
「……お父さん以上の達筆だな」
社長派の部長たちがコソコソいってるのが聞こえた。
松田先輩が教えてくれた。
「……先代社長がああやってたんだ」
「……そうなんですね」
社長の挨拶は続いた。
「今年度、社員旅行の復活が叶いました。次年度は、新人採用の復活を目指したいと思います」
その場が少し騒ついた。賛否両論といったところだ。
「……こないだ久田さんにまた潰されてたろ?まだ諦めてなかったのか」
「……お父さんよりずっとしぶといよ」
「……俺も後輩欲しいな」
ちらっと久田さんを伺ったけど、その表情から感情は読み取れなかった。
ザワつきが収まるのを待って、社長は話を続けた。
「今月は我が社がスポンサーとして出資したドラマが放送開始となり、CMも流れます。
昔から付き合いのある会社様を大事に、同時にSNSを活用し我が社と我が社製品の知名度アップを図り、
新規顧客開拓と、売上増を目指してください。
長期計画としては、白石学園さんとの共同研究、共同開発のプロジェクトを進めたいと思います。
各自が各部署で最大限の力を発揮してください。
では、本年もよろしくお願いします」
社長の挨拶の後、久田さんの掛け声で一本締めして、新しい年が始まった。
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次の日、松田先輩に『ランチミーティングする』と言われ、会社の敷地内の庭へ向かった。
庭は久しぶり。秋に結子さんと梅吉と紅葉を見ながらランチしたっけ。
今は冬だからほとんど植物は無い。でも、庭の隅の梅の木の蕾が少し膨み始めていた。
大阪の蓮美病院のお宅の庭にあった木を接木した、蓮見家にとって大事らしい梅の木。
白梅って言ってたから、来月には白い花が咲くだろう。
梅が好きって梅吉が言ってたから、梅見もしよう。
庭には、社長の同期と一期下が全員集まっていた。
「先輩、これは何のミーティングですか?」
「社員旅行だってさ」
議長は新居さんだった。
「大ちゃん、なんで庭にした? 寒くね?」
「会議室を使うと怪しまれるし、屋上はいろんな意味で危ない」
研究部の新居さんは、冷静な研究家。
感情をあんまり表に出さないから、まだまだ謎な部分がある。
梅吉は、あんまり好きじゃないみたいだ。怖いらしい。
「……高いところ怖いだけっしょ」
それ、ほんと?
「うるさい」
意外な一面が見れた。
「井川くん。新居くんいじらないの。それで、議題は?」
菊池さんに促されると、新居さんは縁無しの眼鏡をクッと左手で上げると、本題に入った。
「『社員旅行で社長派を増やすことについて』だ」
どういうことだ?
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「不穏な動きがあると、小宮から相談があった」
新居さんからバトンを渡され、小宮さんが事の次第を話してくれた。
「社長が社員旅行に参加するって分かった途端、専務派の部長と課長、中堅が不参加になった」
確かに不穏だ。
「出欠確定後の最終的な参加者の構成は?」
「完全社長派の幹部、部長、課長。どっちつかずの部長、中堅。社長と同期の我々。松田くん、結子ちゃん。梅村くん」
「現時点で専務派と社長派、多いのは?」
「専務派」
「……まずいな。この事、健ちゃんには言うの?」
「健一には言った。でもとっくに察してて『やっぱり』って言って苦笑いしてた」
「で、どうするの?」
「マイナスに考えるな。プラスに取れ。この社員旅行を期に、どっちつかず派を全員社長派に入れる」
新居さん、さらっと言うけど……
「そしたら、数は圧倒的にこっちが有利になる。勝てるね」
小宮さん、不適な笑みを浮かべてるけど……
「でもどうやってどっちつかずを社長派に取り込むんですか」
結子さんの言う通りだ。どうすればいい?
「俺に策がある」
新居さんが眼鏡を取って、ニヤリと笑った。
(梅吉、やっぱり怖いわ。新居さん……)
『そうだす。悪い人や無いのは分かってます。せやけど怖いんだす……』
俺たちだけじゃなかったらしい。
「だからさ、怖いんだよ大ちゃん……」
「そうだよ。新居くんのこと、浅井部長しょっちゅう怖がってるもん」
「えー。可哀想。まぁ、年々迫力が増してるからねー」
同期全員にああだこうだ言われる新居さんの眉間に皺が……
眼鏡をかけ直すと、冷たく言い放った。
「うるさい。作戦会議するぞ」
やっぱり怖い。
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社長室で依頼事項を伝えようとした時、携帯に電話がかかって来た。
「ごめん。ちょっと待ってて」
「はい」
待ってる間に、社長のお茶でも淹れよう。
お湯を沸かしお茶っ葉を急須に入れた時、キリッとした仕事モードのトーンで呼ばれた。
「梅村」
「はい。なんでしょうか」
デスクの前に行くと、指示が来た。
「明後日、遅刻する事になった。後から追いかける形になる。総務部に連絡を頼む」
明後日は社員旅行初日。土曜日なのに、急な仕事だろうか……
「かしこまりました。私の同行は……」
そうなったら、社長だけじゃなくて俺の分も電車の切符の変更と検討が必要……
「要らない。仕事じゃない」
「かしこまりました」
社長はウンザリしたように大きな溜息をついた。
「親戚の会社の地鎮式に行かなきゃならなくなってさ、本当はさとにぃが行く予定だったのに」
沙田先生はずっとお忙しいみたいだ。年明けてから、電話を1回もらっただけ。
そういえば、梅吉は一度も先生に会ったことがない。
「お忙しいみたいですね」
「今月が山らしい。なのにダウンしたらしい」
サラッと言ったけど!?
「え!?大丈夫なんですか!?」
「インフルエンザだって。さとにぃ、礼香さん、おじさん、おばさんがやられた。ゆうにぃと奥さん、子どもたちは大丈夫だけど、おじさんおばさんと同居だから時間の問題かも……」
「大変ですね……」
流行ってるってまだ聞いてなかったのに。今年はヤバイのかもしれない。
「ゆうにぃが事務所一人で動かしてる状態。出られないからって、代打で俺。
うちも社員旅行あるから、インフル気をつけないとね」
「そうですね」
「来年は予防注射補助復活させようと思う。薬売りが風邪ひいてたら意味ないからね」
「そうですね」
「……あ、ごめん、俺の仕事持って来たんだよね?」
「はい。よろしくお願いします」
お茶を淹れ、書類を社長に渡して事務室へ戻った。
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業務中、息抜きにコーヒーを飲んでたら梅吉に聞かれた。
『予防注射て、種痘みたいなもんだすか?』
(……しゅとう? あ、種痘? 種痘知ってるの?)
梅吉と旦那さんがどの時代に生きてたか、なんとなく目星がつき始めてたけど、
これではっきりわかるかもしれない。
『へえ。緒方先生の考えはった』
(……緒方先生って、緒方洪庵?)
『そうだす。……なに興奮してはるんだす?』
梅吉に笑われたけど、そんなこと構わない。
(……緒方洪庵に会ったことあるの?)
『先生が種痘してはった除痘館いうのが近所やったさかい、毎日挨拶してました。
先生は大旦那さんと、若いお弟子さんたちは旦那さんと仲ようしてはりました』
(すごい……)
梅吉が生きてた時代がこれでわかる!
それに、歴史上の超有名人と会ってただなんて!
興奮しないわけがない!
『……夢で観たい?』
いたづらっぽく、梅吉が聞いてきた。
俺がその記憶を見たいっていう願望が筒抜けだ。
(うん。めっちゃ観たい)
『今晩、夜更かしせんと、はよ寝まひょ』
(わかった!)




