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葉を見ず、花を見ず  作者: 喜世
第4章 試練
36/68

【4-5】一年の計は元旦にあり?

『綺麗やなぁ……』


 季節は春、だろうか。取引先からの帰りなのか、手には風呂敷包みが。

 空いたほうの手を、綻びかけた梅の花に伸ばした。


『梅好きか?』


 のんびりした声で聞いてくるのは、旦那さんだ。


『へえ。桜より、梅が好きだす。御寮人さんにもろたわての名でもありますよって……』


 旦那さんは、俺をまっすぐ見つめて言った。


『おまはんは梅の名前の通りやな、忠義者で、忍耐強い』


 ありがたくその言葉を受け取る。


『おおきに。名前負けせんように、気張ります』


 旦那さんとは違う声が、背後から襲ってきた。


『梅の名の通り、お前は存在自体が毒や』


 そこで目が覚めた。


 これはいい夢なのか、悪い夢なのか……


 梅吉の梅。梅村の梅。


 梅は毒を消す効果を持つ。

 でも、それ自体が毒にもなる……


 俺はどっちだったんだろう。

 俺はどっちになるんだろう。


--------------------------------------------------------------------

 百合子さんの家で開催されるクリスマスパーティーに、結子さんと招待された。

 蓮見さんの友達、百合子さんの友達、いろんな人たちが招待されていた。


「梅村! 俺、やっと嫁さんに蓮見さんの事信じてもらえたぞ!」


 松田先輩も小宮さんと来ていた。いきなりそう言って抱きつかれ、梅吉がドキッとした。


「え。やっとですか?」


「長い道のりだった……」


「良かったですね。これで晩ご飯抜きの回数減りますね」


 松田先輩からすり抜けて、井川さんのとこへ。

菊池さんは、百合子さんとお喋りしてる。


「菊池さんと百合子さん、めっちゃ仲良くないですか?」


「百合子さんは梨奈さんの仲のいい先輩でファンクラブ会員。菊池はファンクラブ幹部。で、今はファン仲間。そういう深い仲らしい」


「え!?」


 蓮見さんがやって来た。


「驚くのは早いよ。百合子さん、永之助と梨奈さんの結婚式に出てた」


「え!?じゃあ、お二人は、もうずっと前に出会ってたって事ですか?」


「その時はお互い相手が居たし、面識全く無かったけどね。でもこれ運命だよ。ありがとう翔太!」


「いえ、俺は別に……」


 ひょっとすると、全てが閻魔様の手の内なのかもしれない。

スッと背筋が凍った。


「あ、そういえば、俺と健ちゃん、今度タカラヅカ観に連行されるんだ」


 嫌なんだろうか? 少しうんざりしたように井川さんは言うけど、俺はそうは思わない。


「え。いいな」


「翔太も行く?赤城さん誘ってさ」


 蓮見さんも乗り気らしい。さすが趣味が芸術観賞。

 するとどこで聞いてたのか、突然菊池さんが結子さんを引っ張ってやってきた。


「蓮見さん勧誘ありがとうございます! 結子ちゃん、彼氏が興味示してる。タカラヅカ観に行こう!」


「良いですね。最近観れてなかったから、いろいろ教えてください」


 結子さん、歌舞伎もタカラヅカも観るんだ…… さすがお嬢様。


「……こりゃ、逃げられねぇな」


 ぼそっと井川さんが言った一言に、俺と蓮見さんは笑いを堪えた。


--------------------------------------------------------------------

 あっという間に古い年が終わり、新しい年が来た。


「今年もよろしくお願いします」

「今年もよろしくお願いします」


 俺の部屋で二人で一緒に年を越した。今日は初詣。

前に結子さんが言ってた、『着物デート』も兼ねて。

 結子さんの見立てと梅吉の好みを聞いて、グレーの御召しのお洒落着を仕立てた。


「着せてあげよっか?」


「よろしくお願いします」


 浴衣は着れるけど、着物はちょっと自信がない。梅吉に任せれば済むことだけど、気を遣って昨日からずっと寝ているのに、その為だけに起こすのは申し訳悪い。

 結子さんに甘えることにした。


「はい。出来た! やっぱ似合う!」


 手際の良さに驚いた。あっという間に終了。


「ありがとうございます」


「じゃ、わたしも着替えるね。目標、15分!」


 定期的に着ないと、スピードとクオリティが落ちるらしい。


「頑張れ!」


 結局20分で着替えを終えた。


「ごめん。やっぱり帯に時間が掛かった……」


 そんなことどうでもいい。大事なのは結子さんの着姿。


「綺麗……」


 萌黄色の小紋、全体に小さな花が散らしてある。

帯は落ち着いた焦茶色の帯。西陣織で、お友達の家のものって言ってた。


「写真撮って良い?」


「神社でツーショットがいい」


「はい。ではお嬢様。参りましょうか?」


「そうね、翔太」


 グッと来た。


「やっぱ俺のこと、呼び捨てにしてください」


「ダメ。会社で間違えて呼んだら流石にまずいでしょ」


「えー。でもさー」


「わたしに敬語使うのやめたら、検討してあげる」


「えー」


--------------------------------------------------------------------

 仕事もプライベートも充実した1年に出来ますように。

 梅吉にとってよい1年になりますように。


 神様にお願いしたけど、後は俺の努力次第。


「御神籤引く?」


「はい」


 一年の運試し。さて、どうなるか。


「うわ。凶…… お正月って入れてないんじゃないの?」


「ですよね。でも、俺も大凶ですよ」


「うそ……」


 二人揃って正月からって、幸先が悪い。


「おみくじ結んで、お汁粉食べに行こ」


 結子さんは切り替えが早い。


「はい」




 甘酒とお汁粉の両方を頼んだら笑われた。


「翔くんほんと甘党だよね。梅ちゃんはもっとだし……」


「そうですね。そこはほとんど変わってないですね」


「梅ちゃん、翔くんに甘酒とお汁半分貰いなさい」


「代われって事ですか?」


「ひとりで食べたら太るでしょ」


「は?どっちにしろ俺の身体だから、変わらない……」


「いいの。代わって」


 梅吉にも正月気分を味合わせたい。


「なんも言わんと突然代わるんはあかんて、何度も言うたや無いですか……」


『ごめん。でも、声に出すなって……』


(すんまへん。お互い気をつけまひょ)

 

「梅ちゃん。明けましておめでとう」


「おめでとさんでございます」


「今年もよろしくね」


「こちらこそ」


「梅ちゃんにとって、ええ年だとええね」


「へえ。嬢はんにも」


「甘酒飲み。お汁粉もあるし」


「おおきに」


 甘い物は人を幸せにする。梅吉も嬉しいらしい。


「美味しい?」


「へえ!」


 あぁ…… かなり子供っぽい返し方……


「今年も梅ちゃんは可愛らしいわぁ」


「可愛いらしい言わんといてください」


 文句言いながらも、梅吉には楽しい年明けになったみたいだ。


--------------------------------------------------------------------

 実家に一日だけ帰った。

 久しぶりに父さん、母さん、姉さんに会えたのはいい。

 でもタイミング悪く、新年の挨拶に来ていた親戚に、仕事はどうだ結婚はどうだああだこうだと言われてうんざり。

 姉さんが結婚するかもと言い出したので、そっちに興味と関心が移ってやれやれ……

 梅吉には家族と親戚がいっぱいで羨ましいって言われたけど、疲れた。


 明日が仕事始めになった日の夕方、原から電話が来た。


『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします』


 いつになく真面目だ。


「おめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします」


『……例の件、あと少しで掴めそうです。今月中にはお伝え出来るかと』


 俺がLOTUSに行かされた理由、今居る本当の理由がわかる。


『いつ会えますか?』


「……原に合わせる」


『わかりました。ではまた連絡します。失礼します』


 スパイ疑惑が晴れるのか、スパイ確定となるのか。

 怖い……


『翔太はん』


(どうした?)


『だんない、だんない』


(ありがとう。でも、覚悟だけはしておく)


『どんなことがあっても、受け入れまひょ。それがわてらの宿命だす』


(うん)


『せやけど、わては最後まで翔太はんの味方や』


(ありがとう)


『わては翔太はんやし、翔太はんはわてやさかい』


--------------------------------------------------------------------

 LOTUSの仕事始めは、社長の年始挨拶で始まった。

ヘブンスの大規模な物とは違ってこじんまりとしてる。


「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」


 社長はいつものクールモードだ。


「本年の目標は、『温故知新』『進取果敢』で行きたいと思います」


 直筆と見られる墨書きの半紙を社長が掲げた。


「……早速、有言実行か。お父さんのやり方を踏襲したな」


「……お父さん以上の達筆だな」


 社長派の部長たちがコソコソいってるのが聞こえた。

松田先輩が教えてくれた。


「……先代社長がああやってたんだ」


「……そうなんですね」


 社長の挨拶は続いた。


「今年度、社員旅行の復活が叶いました。次年度は、新人採用の復活を目指したいと思います」


 その場が少し騒ついた。賛否両論といったところだ。


「……こないだ久田さんにまた潰されてたろ?まだ諦めてなかったのか」


「……お父さんよりずっとしぶといよ」


「……俺も後輩欲しいな」


 ちらっと久田さんを伺ったけど、その表情から感情は読み取れなかった。

ザワつきが収まるのを待って、社長は話を続けた。


「今月は我が社がスポンサーとして出資したドラマが放送開始となり、CMも流れます。

昔から付き合いのある会社様を大事に、同時にSNSを活用し我が社と我が社製品の知名度アップを図り、

新規顧客開拓と、売上増を目指してください。

長期計画としては、白石学園さんとの共同研究、共同開発のプロジェクトを進めたいと思います。

各自が各部署で最大限の力を発揮してください。

では、本年もよろしくお願いします」


 社長の挨拶の後、久田さんの掛け声で一本締めして、新しい年が始まった。


--------------------------------------------------------------------

 次の日、松田先輩に『ランチミーティングする』と言われ、会社の敷地内の庭へ向かった。


 庭は久しぶり。秋に結子さんと梅吉と紅葉を見ながらランチしたっけ。

 今は冬だからほとんど植物は無い。でも、庭の隅の梅の木の蕾が少し膨み始めていた。

 大阪の蓮美病院のお宅の庭にあった木を接木した、蓮見家にとって大事らしい梅の木。

 白梅って言ってたから、来月には白い花が咲くだろう。

 梅が好きって梅吉が言ってたから、梅見もしよう。


 庭には、社長の同期と一期下が全員集まっていた。


「先輩、これは何のミーティングですか?」


「社員旅行だってさ」


 議長は新居さんだった。


「大ちゃん、なんで庭にした? 寒くね?」


「会議室を使うと怪しまれるし、屋上はいろんな意味で危ない」


 研究部の新居さんは、冷静な研究家。

感情をあんまり表に出さないから、まだまだ謎な部分がある。

 梅吉は、あんまり好きじゃないみたいだ。怖いらしい。


「……高いところ怖いだけっしょ」


 それ、ほんと?


「うるさい」


 意外な一面が見れた。


「井川くん。新居くんいじらないの。それで、議題は?」


 菊池さんに促されると、新居さんは縁無しの眼鏡をクッと左手で上げると、本題に入った。


「『社員旅行で社長派を増やすことについて』だ」


 どういうことだ?


--------------------------------------------------------------------

「不穏な動きがあると、小宮から相談があった」


 新居さんからバトンを渡され、小宮さんが事の次第を話してくれた。

 

「社長が社員旅行に参加するって分かった途端、専務派の部長と課長、中堅が不参加になった」


 確かに不穏だ。


「出欠確定後の最終的な参加者の構成は?」


「完全社長派の幹部、部長、課長。どっちつかずの部長、中堅。社長と同期の我々。松田くん、結子ちゃん。梅村くん」


「現時点で専務派と社長派、多いのは?」


「専務派」


「……まずいな。この事、健ちゃんには言うの?」


「健一には言った。でもとっくに察してて『やっぱり』って言って苦笑いしてた」


「で、どうするの?」


「マイナスに考えるな。プラスに取れ。この社員旅行を期に、どっちつかず派を全員社長派に入れる」


 新居さん、さらっと言うけど……


「そしたら、数は圧倒的にこっちが有利になる。勝てるね」


 小宮さん、不適な笑みを浮かべてるけど……


「でもどうやってどっちつかずを社長派に取り込むんですか」


 結子さんの言う通りだ。どうすればいい?


「俺に策がある」


 新居さんが眼鏡を取って、ニヤリと笑った。

 

(梅吉、やっぱり怖いわ。新居さん……)


『そうだす。悪い人や無いのは分かってます。せやけど怖いんだす……』


 俺たちだけじゃなかったらしい。


「だからさ、怖いんだよ大ちゃん……」


「そうだよ。新居くんのこと、浅井部長しょっちゅう怖がってるもん」


「えー。可哀想。まぁ、年々迫力が増してるからねー」


 同期全員にああだこうだ言われる新居さんの眉間に皺が……

 眼鏡をかけ直すと、冷たく言い放った。


「うるさい。作戦会議するぞ」


 やっぱり怖い。


--------------------------------------------------------------------

 社長室で依頼事項を伝えようとした時、携帯に電話がかかって来た。


「ごめん。ちょっと待ってて」


「はい」


 待ってる間に、社長のお茶でも淹れよう。

 お湯を沸かしお茶っ葉を急須に入れた時、キリッとした仕事モードのトーンで呼ばれた。


「梅村」


「はい。なんでしょうか」


 デスクの前に行くと、指示が来た。


「明後日、遅刻する事になった。後から追いかける形になる。総務部に連絡を頼む」


 明後日は社員旅行初日。土曜日なのに、急な仕事だろうか……


「かしこまりました。私の同行は……」


 そうなったら、社長だけじゃなくて俺の分も電車の切符の変更と検討が必要……


「要らない。仕事じゃない」


「かしこまりました」


 社長はウンザリしたように大きな溜息をついた。


「親戚の会社の地鎮式に行かなきゃならなくなってさ、本当はさとにぃが行く予定だったのに」


 沙田先生はずっとお忙しいみたいだ。年明けてから、電話を1回もらっただけ。

 そういえば、梅吉は一度も先生に会ったことがない。


「お忙しいみたいですね」


「今月が山らしい。なのにダウンしたらしい」


 サラッと言ったけど!?


「え!?大丈夫なんですか!?」


「インフルエンザだって。さとにぃ、礼香さん、おじさん、おばさんがやられた。ゆうにぃと奥さん、子どもたちは大丈夫だけど、おじさんおばさんと同居だから時間の問題かも……」


「大変ですね……」


 流行ってるってまだ聞いてなかったのに。今年はヤバイのかもしれない。


「ゆうにぃが事務所一人で動かしてる状態。出られないからって、代打で俺。

うちも社員旅行あるから、インフル気をつけないとね」


「そうですね」


「来年は予防注射補助復活させようと思う。薬売りが風邪ひいてたら意味ないからね」


「そうですね」


「……あ、ごめん、俺の仕事持って来たんだよね?」


「はい。よろしくお願いします」


 お茶を淹れ、書類を社長に渡して事務室へ戻った。


--------------------------------------------------------------------


 業務中、息抜きにコーヒーを飲んでたら梅吉に聞かれた。


『予防注射て、種痘みたいなもんだすか?』


(……しゅとう? あ、種痘? 種痘知ってるの?)


 梅吉と旦那さんがどの時代に生きてたか、なんとなく目星がつき始めてたけど、

これではっきりわかるかもしれない。


『へえ。緒方先生の考えはった』


(……緒方先生って、緒方洪庵?)


『そうだす。……なに興奮してはるんだす?』


 梅吉に笑われたけど、そんなこと構わない。


(……緒方洪庵に会ったことあるの?)


『先生が種痘してはった除痘館いうのが近所やったさかい、毎日挨拶してました。

先生は大旦那さんと、若いお弟子さんたちは旦那さんと仲ようしてはりました』


(すごい……)


 梅吉が生きてた時代がこれでわかる!

それに、歴史上の超有名人と会ってただなんて!

 興奮しないわけがない!


『……夢で観たい?』


 いたづらっぽく、梅吉が聞いてきた。

俺がその記憶を見たいっていう願望が筒抜けだ。


(うん。めっちゃ観たい)


『今晩、夜更かしせんと、はよ寝まひょ』


(わかった!)

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