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葉を見ず、花を見ず  作者: 喜世
第4章 試練
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【4-3】来年のことを言うと鬼が笑う?

 朝の日課は、出社後すぐのメールチェック。昨日みたいに一日中外出だった次の日はメールが溜まる。その中に、総務部からのメールを見つけた。タイトルは、『社員旅行のお知らせ』


「社員旅行なんてあるんですね」


「お! 復活したか」


 松田先輩が俺のパソコン画面を覗いた。


「前はあったんですか?」


「先代の社長の時、今の社長が専務になる前だったかな。毎年あったよ。ヘブンスさんは?」


「無いです。俺が入社する前に廃止になりました」


 古くさいんだか新しいんだか、よくわからない会社だと出てからよく思う。


「マジか…… じゃ、行こうぜ」


 みんなでワイワイ楽しそうだ。そんな旅行、大学のゼミ旅行が最後かもしれない。


「……でも、俺って行ってもいいんですかね?」


「え? ダメなんかな? 社長とヘブンスさんの上司に聞いてみ」


「はい」


 竹内部長のところに行きたくない。

でも、この前断ってから一度も行ってないから、さすがにまずい。


「で、行き先は? 箱根か」


「何? 文句ある?」


 背後に小宮さんが立っていた。


「俺に用?」


 なんだか嬉しそうな先輩。職場で会話してるのほとんど見たことがない。

だから夫婦だって言われた時驚いたんだ。


「梅村くんに用事」


 ニコリともしない小宮さんにがっかりしてる先輩を笑ったら、二人から怒られた。


「……すみません。なんでしょう?」


「梅村くんの参加、社長OKは出てる。参加したいならさせてやれって。だから、後はヘブンスさんからの許可だけ。よろしくね」


「わかりました」


「結子ちゃん行くから、行けるといいね」


 行くんだ。それじゃ行かない理由は無い。

社長はどうするんだろう


「はい。松田くん、後輩にちょっかいかけないでちゃんと仕事する!」


「はいはい」


「はいは一回!」


 二人のやりとりに、夫婦感があんまり無い。

 でも、家じゃめちゃくちゃ仲がいいに決まってる。

 でなきゃ俺の情報、結子さんからの情報が筒抜けになるはずがない。


--------------------------------------------------------------------

 夕方、社長に挨拶に行き、明日の予定の再確認。


「ありがとう。明日もよろしく」


「はい」


 今日はすぐに帰るらしい。机の上が綺麗だ。


「デートですか?」


「まぁね。ナイトアクアリウム行ってくる」


「ロマンチックー」


「年末までやってるって。あ、赤城さんと行きなよ」


「はい!」


 どんなプランにしようかとウキウキしてる俺の心と裏腹に、梅吉の胸が締め付けられる感覚がした。

 今日は社長に伺いを立てないといけないことがある。


「あの。忘年会は参加されますか?」


 全社あげての忘年会。仲が良い会社だからよほどのことがない限り皆さん参加って聞いた。

新入社員が幹事をするはずなのに居ないから、松田先輩と結子さんが交代交代でやってるらしい。

その二人から、社長は専務時代から毎回不参加だって聞いた。

 

 でも今年は……

 ほんのわずかな期待を持って伺うと、少し寂しげに社長は笑った。


「……不参加。ごめん。やっぱり行く勇気が出なかった」


 秘書として社長に参加を強いることは立場上できない。

ただでさえストレスが多い社長の座にいるんだ。これ以上の無理はさせたくない。


「承知しました。社員旅行は行かれますか?」


「……そっちは頑張って行く。時間がまだあるから、覚悟もできる」


 これを使わない手はない。

社員旅行は久田派も社長派も関係なく多くの社長が参加するって聞いた。


「……父さんみたいに、社員みんなと仲良くなりたいから。……翔太は?」


 少し不安気な目で、俺を見た。


「行きます。行きたいです」


 社長がすごく嬉しそうな顔をした。この優しい笑顔が好きだ。この笑顔をずっと見ていたい。


「竹内部長に許可取ってきます」


「うん。一緒に行けるといいな……」


 その時、前世の記憶が脳裏に浮かんだ。


『いつか二人で一緒に行こ。仕事やない、物見遊山や……』


 旦那さんは、梅吉をどこへ誘ったんだろう。


 梅吉が声を押し殺して、泣き出した。


--------------------------------------------------------------------

 いつか見た夢の続きを見た。


『三津屋のご隠居さんに納める薬、材料はこれや』


 松吉さんから手渡された書付に、目を通す。

筆でミミズがのたうち回ったような字が並んでいるのに、内容はすんなりとわかる。


『一人でやってみ』


『へえ』


 材料を揃えて、薬研で潰す。

松吉さんは見守ってるだけで、手も口も出さない。


『松吉、ちょっとええか?』


『へえ。梅吉、その調子でええから続け』


 先輩の手代に呼ばれ、松吉さんは部屋を後にした。

 一人で集中して作業していると、前髪の幼い丁稚が助けを求めに来た。目にいっぱい涙をためてもじもじしている。


『なんや進吉どうした? また栄吉に意地悪されたんか?』


 途端に火がついたように泣き出す男の子。梅吉は溜息つきながらも、作業する手を止め話を聞いてやった。

 年上ばかり見てると思ってた梅吉は、年下には面倒見がいいらしい。

 俺が原を気にかけているのは、ここから来ているのかもしれない。


『あかんな、栄吉は。一緒に行こか』


『おおきに……』


 梅吉は調合中の薬を置いてその部屋を後にした。


 夢はそこで終わり目が覚めた。


 まだ夜中だ……


(梅吉。これどういうこと?)


 答えは返ってこなかった。

 でも、この夢はきっと『旦那さんを殺した』ことにつながる……


--------------------------------------------------------------------

 猛烈に気が重いけど、古巣に足を運んだ。

俺のせいなのか、夢のせいなのか、梅吉は寝たまま。

 でも、竹内部長を怖がる梅吉を無理に起こす必要もない。


「あ! 先輩!あざーっす!」


 朝からテンション高い原が真っ先に寄ってきた。


「おはようございます。だ」


 言葉遣いがさらに酷くなってる気がするけど、慕ってくれるのは嬉しい。


「弁当持ってきて無いっすよね?」


「当たり前だろ?」


 ランチを一緒にする約束をしていたんだ。


「じゃ、12時に俺のデスクでお願いしまーす」


「了解」


 原と話して少し緊張が取れた。


「ようやく来たか」


 部屋に入った俺を見るなり、その言葉。でも、顔を見る限り機嫌は悪くなさそうだ。


「ご無沙汰しておりました…… こちら、久田専務から」


 いつも手渡している封筒は、二人の所属していた大学の野球部の書類らしい。

竹内部長はそれを受け取ると、俺の目を見ずに言った。


「……この前専務の家に行った時、余計なこと言わなかったよな?」


「……余計なこととは?」


「わからないなら、それでいい」


 すごく嫌な気分だ。


「ドラマ撮影現場に行ったそうだな。どんな企業がいた?」


「主に、家電メーカー、アパレル、芸能プロダクションです」


「どこと名刺交換した?」


「LOTUSの機密情報なので……」


 鼻で笑われたことに気づいたけど、俺でも言っていけないことといいことはわかる。

ドラマについてそれからもいくつか聞かれた。てかほとんど言えない内容だ。


 突然、質問の内容が変わった。


「LOTUSの社長さん、まだ三十代前半で独身だったよな。交際とかはしてないのか?」


 眠っていたはずの梅吉が突然声を荒げた。


『絶対に言ったらあきまへん!』


 俺だって、言わない方がいいのはわかる。


「プライベートのことですので、私は存じ上げ……」


 今度は溜息をつかれた。


「もっと社長と親密になって、信用を勝ち取らないとダメだぞ」


 本当は社長の彼女を知っている。顔も名前も年齢も職業さえも。

でも、これはプライベートだし、プライバシー侵害だ。


「はい。申し訳ございません。努力します」


「……お前は仕事はできるが、勘が良くないな。そこをもうちょっと鍛えろ、いいな?」


「はい」


 他にもちょこちょこと質問が来ては答えることを繰り返し、時間が過ぎていった。


「何か他に報告か質問は?」


 ある、大事なことが。


「来年1月にLOTUSの社員旅行があります。参加してもよろしいでしょうか?」


 少し考えるそぶりを見せたあと、許可してくれた。


「行ってこい」


「ありがとうございます!」


 みんなと、結子さんと旅行だ!


「嬉しそうだな。だが、行く意味、ちゃんとわかってるだろうな?」


「はい! 大丈夫です!」


 社員と親交をもっと深めるためだ。


--------------------------------------------------------------------

 今まで行ったことのない店へ連れて行かれた。

会社から距離があるし、わかりにくいせいでヘブンス社員は絶対に来ないって言う理由で原が選んだ店。


「……俺、この会社で仕事続けてく自身無いです」


 注文し終わった途端に原の口から出た言葉に驚いた。


「……え? なんで?」


「……この会社、なんかヤダって」


「……どこが?」


「……色々、隠蔽されてるし、人と人との繋がりが希薄だし」


「……まぁ、そうかもな」


 俺はヘブンスから出て良くわかった。

知らないこと、わからないことが多い。聞けない雰囲気もある。

 社員が多すぎて同期の中でさえ、顔も名前も知らないやつがいる。


「……先輩が羨ましいっす。すごい楽しそうですもん」


 秘書業と企画開発の兼務で忙しいけれど、正直すごく楽しい。

商品が身近に感じられる。先輩たちの経験や知識をじかに教えてもらえる。

 すぐに褒めてもらえる、厳しく直接叱ってもらえる。


 ……でも、スパイ疑惑が心の奥底に巣食っている。


「俺、この仕事向いてないような気もしますし」


「まだ2年目だ。石の上にも三年って言うし、もう少し耐えられないか?」


「もちろん、3年は耐えますよ。転職にも不利ですし」


 注文したものが来た。俺は梅吉と意見が一致したから親子丼、原はかつ丼。その量に驚いた。


「え!?あの値段で、この量?」


「はい。良いっすよね。穴場です」


「すごい……」


「さ、食べましょ」


 柔らかい鶏肉と、半熟の卵。ふわふわで美味しい。

味も好みだ。梅吉も嬉しそう。


「そういえば、今日、部長に何聞かれましたか?」


「どこと名刺交換したか、LOTUSの社長の交友関係……」


 原は丼を勢い良くテーブルに置いた。


「……スパイじゃないっすかそれ!」


「……え?」


『原さんのいう通りや。だから止めたんやわては』


 二人の言葉が、重くのしかかる。


「……まさか、答えたんじゃ無いでしょうね?」


「答えてないよ……」


 原は深いため息をついた。


「……部長、先輩の鈍さを知ってて、敢えてスパイに使う魂胆かもしれません」


『エースと見込んでの武者修行』って言われてヘブンスを出たのに、そうじゃなかったとしたら……


 ショックだ。


「とにかく、引き続き調査中なんで、何か入手したらすぐ連絡します」


「……危ないことだけはするな。いいか?」


「……はい。って事で、ごちでーす!先輩!」


「はぁ!?」


--------------------------------------------------------------------

 夜、夢の中で梅吉に呼び出された。


『甘すぎや。いっくら原さんが後輩でも、奢りすぎや』


 グチグチ梅吉に怒られた。


『だって……』


『師走は物入りの時期。このままやと、嬢はんとのでぇとに使えるお金のうなりますよ』


『うっ……』


『翔太はんは計算ができん! 算盤特訓しましょか』


 苦手だ。梅吉だって苦手だったって……


『で、でもさぁ…… 今の時代算盤って……』


 不気味な笑みを浮かべた。目が笑ってない。


『文明の利器の電卓、ぱそこんの表計算ですら間違うてて、何を言うてはります?』


 これが俺の自負する『営業スマイル』かと思うと、背筋が凍った。


『絶対に算盤の方が早い! 明日から特訓や!』


 俺と違う大人しい性格と思ってた梅吉。ただ我慢してるだけだったのかもしれない。

結局のところ、俺と性格がおんなじ気がする。


--------------------------------------------------------------------

 年内最後の全社会議は昼食を挟んで二部構成。


「では、一旦昼休憩を挟んで、13時30分から再開します。お疲れ様でした」


 久田さんのその連絡を聞くや否や、そそくさと3Fの自分の部屋に戻る社長。

それを走って追いかけた。まだ用事がある。


「お疲れ様です」


「お疲れ。会議中、私への連絡は?」


 まだクールモード。

いつもスパッと切り替えられるのに、ごくたまに時間がかかる時がある。

 そういうのは大抵ものすごく疲れてる時。


「はい。3件です。西方会長様、沙田弁護士事務所様、お姉様の舞さんからお電話が。如何しますか?」


「どれが緊急性が高い?」


「西方会長様から、お会いして話したいことがあるので、早めに電話が欲しいとの事。残りはいずれも今日中であれば、問題有りません」


「わかった」


 社長が電話をしている間に、弁当の準備に取り掛かった。

今日は2人分作って持ってきた。


『社長さん、だいぶ疲れてはりますな』


(そうだね。卵いつもより甘めにしといて良かった)


「梅村!」


 二人してギクリとした。


「は、はい! なんでしょう?」


「来週の午後、空いてる日はどこだ?」


「火曜、水曜、木曜です!」


「わかった」


 もしかしたら、外出の同行があるのかな?

自分のスケジュールも調整かけないと。

 電話が終わったのを見計らい、社長に声をかけた。


「お疲れ様です。西方会長様は……?」


「お疲れ。来週火曜日午後、挨拶に行く。手土産の手配を頼む。夜は会食だ。悪いが付き合ってくれ」


「承知しました」


 まだクールモードだ。今日の会議で相当に疲れてる。

午後の会議も終わった後に、こんな感じになるのかもしれない。

 でも、俺はふっとあの時のことを思い出した。


『何思い出し笑いしてはるんだす?』


(ん? 前に西方会長様とお会いした時にね……)


 初めて会食に同行した日。社長と初めてサシ飲みした夜。初めて『翔太』って呼ばれた朝。

初めて一緒に朝ごはん食べた朝。初めて本当の社長に会った朝……


 あの日を境に、今のこの仕事が楽しくなった。


『ええ思い出だすな』


(うん)


 そのせいか、梅吉が起きたせいかはわからない。クールモードの社長が未だに、いや、更に苦手になった気がする。


『弁当食べれば、ほんとの社長さんに戻るはずや』


(だといいけど……)


 その苦手な社長に、そっと弁当箱を差し出した。


「……召し上がりますか?」


「あぁ。ありがとう。梅村は?」


「ご一緒してよろしいですか?」


「もちろん」


 社長は真っ先に肉じゃがに手をつけた。

クールモードでも、社長は社長だ。

 俺の肉じゃがが好きだって言ってくれた社長だ……


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「あー。めっちゃ美味い…… 染みる……」


 梅吉の言った通り、肉じゃが食べたら元に戻った。


「……よかった」


 口に合って良かった。元に戻って良かった。


「……俺さ、もう肉じゃが、翔太の作ったやつ以外食べたくない」


 その言葉にドキッとし、一瞬思考回路が止まった。

原のふざけた発言を思い出した。俺が社長の胃袋掴んでどうする!


「それ絶対に、女性に言ったらダメですからね!」


「怒らなくてもいいじゃん!翔太すぐ怒る……」


 ちょっと上目遣いでムスッとした顔がすごく可愛くて、俺も梅吉もキュンとした。

さっきまでのクールモードとは全く違う。

 ギャップ萌えっていうのはこういうことなんだろうか。


「……申し訳ありません」


「いいよ。そういえば、卵焼きいつもより甘い?」


 いつのまにか、卵焼きを口にしてた。

こっちもやっぱり好きなんだ。嬉しい。


「はい。お疲れかと思って、甘めにしました」


「気がきくようになったじゃん!」


「ありがとうございます」


 社長と二人でお昼ご飯。さっきの会議のこと話したり、仕事と関係ないこと喋ったり。楽しい時間。


「さっきみたいに、年末は挨拶兼ねての会食とか入るんだ。俺のNGな日教えておくね。

翔太のも教えといて。……赤城さんと行くでしょ、デート」


「……はい。そういえば、蓮見さんは順調ですか?」


 結子さんにも二人のことちょくちょく聞いてるけど、直接確認したかった。


「ありがと。百合子さんとは、おかげさまで」


 心配無用な笑顔だ。蓮見さんは今幸せなんだ……

眠ってる旦那さんも、きっと……


『おおきに、翔太はん。もう思い残すことは……』


(早いよ! 梅吉。まだまだこれからだよ!)


 返事は返ってこなかった。


 蓮見さんがこのまま順調にお付き合いを進めて、プロポーズして、受け入れてもらえて、結婚したら、旦那さんは起きないまま、梅吉を一人娑婆の俺の中に残して成仏するんだろうか。

 その時こそ、梅吉と旦那さんに二度目の永遠の別れが訪れる。

 一目逢うことさえも、声を掛けることさえも、叶わないまま……

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