【3-7】合わぬ蓋あれば合う蓋あり?
次の日のランチタイム。天気がいいから庭で結子さんと一緒に。
常備菜を突っ込んだだけのすっごい手抜きの弁当でも、結子さんは美味しいと言って俺の弁当を食べてくれる。
話のネタは俺の写真だった。
「この色のスーツと髪型、カッコいいじゃん」
「ありがとうございます」
「こんな子がいるホストクラブあったらわたし行けない。No. 1にするために頑張っちゃいそう」
カッコいいって言ってくれたのは良いけど、ホスト扱いか……
「……俺は何位設定ですか?」
「うーん。上位には食い込むよ絶対。自力でNo. 1になれる自信ある?」
「いえ、無いです」
「……おねぇさんがしてあげる」
色っぽく言う結子さんにゾクゾクした。
「……危ねぇおねぇさまっすね」
俺たちの痴話話を大人しく聞いてた梅吉から質問が来た。
『ほすとくらぶ、てなんだす?』
(遊郭みたいなとこ。チャラいイケメンがいっぱいいて、女性をもてなすの)
『へぇ……』
チャラ男が苦手な梅吉には、絶対におススメできない。
結子さんは番頭姿の写真を眺めて言った。
「こんな番頭くんが居る呉服屋、すっごい怖い」
「え? なんで?」
「『似合いますよ』とか、『これいかがですか?』とか接客されたら、全部買っちゃうもん」
『まいどおおきに!』
(……は? ここ喜ぶとこじゃない)
『え、ちゃいましたか?』
(うん。絶対違う)
「……結子さん、貢ぎグセありますよね?」
「なんで?」
「ヤベェ。無自覚だ……」
デートの食事や諸々の費用、俺になかなか奢らせてくれないどころか、俺の分まで払おうとする。
歳上が理由じゃない。貢ぎグセに違いない……
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「……梅ちゃんと変わってくれる?お話ししたい」
そう言われて梅吉に身体の主導権を譲った。俺はこの時絶対に起きている。
梅吉に懇願されたから。
元に戻れなくなったら怖い、何かあったら怖いって。
「梅ちゃんて、どんな顔?」
「翔太はんが十八の時と同じだす。この写真の翔太はんを若くすれば、わてになります」
また老人扱いだ。
「そっか。生まれ変わりやもんね」
結子さんは俺の頬を両手で挟むと、目をキラキラさせた。
「26の翔くんでこれだけ可愛いんやから、梅ちゃんはもっと可愛いらしい手代さんやったんやね」
やっぱり梅吉だけじゃなくって、俺の事も可愛いと思ってるんだ……
「嬢はん、可愛いらしい言わんといてください……」
『梅吉、その上目遣いとその言い方が、余計に女の人の保護欲を掻き立てるんだよ……』
(……そうなんや)
俺らの遣り取りを他所に、結子さんはまた変なことを言っている。
「お姉ちゃん、お薬勧められたら買うてしまうわ」
「おおきに」
また子供っぽく言う……
「あかん! 梅ちゃん可愛すぎる!」
ギュッとされ、頬ずりされた。
『可愛い』は嫌がる俺たちだけど、ギュッとしてもらえるのは嬉しい。
でも、結子さんが突然身体を離し、嬉しい時間が終わった。
「……18て言うた?ハタチやなくて?」
あ、気付いちゃったか……
「へぇ」
「……数えの20!?……もし、梅ちゃんが本当に18やったら、うち梅ちゃんとひとまわりも離れてるってこと?」
年齢に敏感な結子さんだ、これはマズイぞ……
「嬢はんの干支は何だすか?」
『おぅ、梅吉、それ聞いちゃうか』
(……あきませんか?)
「……戌」
答えちゃうんだ……
「一緒や!」
すっごく嬉しそうに言う梅吉にツッコミを入れた。
『それ絶対に喜ぶところじゃない!』
(え? ちゃいますか?)
干支が一緒ということは、梅吉と結子さんが12の倍数離れていることが確定。
でも結子さんの反応は予想外の物だった。
「お揃いやね! 梅ちゃんはわんちゃん好き?」
気を良くした梅吉は結子さんとお喋りを続けた。
「へぇ。好きだす」
ちょっと待って、何これ。
「今度触りに行こか」
は?
「へぇ!」
『……なんで勝手にデートの約束してんの? 』
いかん、また嫉妬した……
(すんまへん……)
なんで俺はこんなに嫉妬深いんだろう。
『ごめん、梅吉はわるくない。俺が嫉妬深いのが悪い……』
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結子さんは俺らとは別次元にいた。
突然頭を抱えて変なことを言い出した。
「ちゃう!こんな話やない!うち犯罪者や。未成年に酒飲まして、抱きついた! 未成年なんとか罪で捕まる!」
意味がわからない。
梅吉は子供に思われたのが心外らしく、反論した。
「十五で元服したさかい、成人しとります! 酒はそん時から飲んでますよって、問題は……」
それは逆効果だった。
「数えの15でしょ? 下手したら中学生やないの!?」
身体は俺だから成人済。問題ない。
(翔太はん、嬢はんどないしまひょ。わてや無理だす)
困り果てた梅吉が俺に助けを求めてきた。
『俺が対処するよ、代わってくれる? あと、ちょっと寝ててくれる?』
(へぇ)
梅吉が寝たのを確認すると、俺は結子さんの首に手を回し強引に引き寄せキスした。
「……もしこんなこと18歳の梅吉としたら捕まるけど、俺は大人だから大丈夫」
「ちょ、ちょっと!もう!何!?」
驚いている結子さんが可愛くてたまらなかった。
思いっきりカッコつけて、結子さんの耳元で囁いた。
「……梅吉としたら完全に罪になること、そろそろ俺としませんか? お嬢様?」
「何言ってるの!?今昼間!ここ会社!」
「……え?お嬢様は、何をする気です?」
結子さんの顔が一気に真っ赤になった。
「もう! お姉ちゃん揶揄わんといて!」
結子さんは怒って帰ってしまった。
その後ろ姿を見送り、俺は大きくため息をついた。
そういうことを、まだ結子さんとしてない。
本当はしたい。でも、梅吉の手前、どうしようかかなり迷っている。
キスですら梅吉が寝てるのを確認してからしている。
梅吉の魂が眠っていても、俺の見聞きしたことは梅吉になんとなく伝わっている。
それが悩みどころ。
梅吉は、女性を抱いたことがあるって言ってた。
でも、お姉さんやお母さんみたいに慕ってる結子さんを女として組み敷いて自分のモノにするなんて、梅吉にはきっと無理だろう。身体の下の結子さんが、女になるのを見るのはきついだろう。
……でも、俺は男だ。結子さんが好きだ。もっと仲良くなりたい。好きになってもらいたい。
……自分のものにしたい。
「……どうしたもんかな」
スマホに何か着信があった。結子さんからメッセージ。
怒ってたらやだな……
恐る恐る確認すると、全く違った。
『来週の金曜日の夜、うちに来て』
「マジで!?」
男子禁制の結子さんのマンション。たまに大家さんが旅行に出かけるらしい。
その時はマンションの住人がここぞとばかり、彼氏を連れ込むとのこと。
これはそういうことしてもいいっていう意味だ。
『泊まっていいの?』
『金土の2泊だけね』
2泊も!
これはやっぱり、一度梅吉と真剣に話し合ったほうがいい。
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俺は夢の中で梅吉と向き合い、意を決して切り出した。
『……いいかな? 結子さんのとこ泊まりに行っても』
『なんでわてに聞くんだす?』
『……そ、そういう事、結子さんとしたいんだけど』
すごい呆れた顔で言われた。
『言わんでも分かってます。翔太はんの考えてることは、ぜんぶわてに筒抜けや』
そうだった…… 梅吉が起きてる時は100%筒抜け。
梅吉は少し寂しげに笑みを浮かべた。
『翔太はんの魂と身体は、出来損ないのわてとは違います』
『梅吉は出来損ないなんかじゃない!』
梅吉は俺の言葉をスルーして、無理に笑顔を作って言った。
『わても、嬢はんのこと、大好きだす。せやから大丈夫だす……』
その好きの種類が俺らは違う。
『梅吉、ごめん、やっぱり俺そういうことするのやめておく……』
『わてなんかに、気使わんといてください! わてのせいで嬢はんとの仲が悪くなるんは、翔太はんの人生ぶち壊すんは、耐えられまへん!』
珍しく声を荒げた梅吉を、俺は迷わず引き寄せた。
俺たちには、言葉よりこれが一番だ。
ギュッと抱きしめ、背中をポンポンと撫でると梅吉は俺をぎゅっと抱き返した。
『落ち着いた?』
『……へぇ。おおきに』
『……結子さんのとこ泊まりにいって、する』
『へぇ……』
『……その時、お昼の時間、どこか梅吉にあげる』
『え?』
『結子さんになら話せること話して、相談に乗って貰いな。俺は寝てるから』
嫉妬はもうしない。梅吉は俺で、俺は梅吉なんだから。
『……おおきに。考えときます』
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もう一つ梅吉に断って置かないといけないことがあった。
今週の社長の家でサシ飲みする。そこで俺はやりたいことがある。
『今度の社長の家での飲みでさ、確認したいことあるんだけど……』
『なんだすか?』
『CM撮影したとき、番頭の格好したよね』
梅吉はクスッと笑った。
『へぇ。松田せんぱいにも、菊池さんにも、丁稚て言われましたな』
『手代までは行ったのにね、俺ら』
『へぇ。せやけど、あん時に目指しとった番頭に一瞬なれて、いい思い出になりました』
梅吉は笑顔で話している。リラックスしているから大丈夫だ。
『梅吉が寝てた時、俺に社長が言ったんだ』
『何て?』
『旦那さんて言ってみてって……』
梅吉が目を大きく見開いた。
『……なんで?』
『……わからない。すぐにはぐらかされた』
梅吉はしばらく考え込んだ後、手をついて言った。
『旦那さんを無理矢理起こさんといてください』
状況が何も変わってない。梅吉が起きたのは夏、今はもう10月もそろそろ半ば。
なんの進展もないのに時だけが過ぎ、俺はもうじきひとつ歳を重ねてしまう。
梅吉の魂は老いないのに俺の肉体だけが歳をとり、旦那さんの覚えてるハタチの『可愛いらしい』梅吉と離れていく。旦那さんよりどんどん歳上になってしまう。
だからこそ梅吉は俺の姿を見て『老けてる』ってガッカリするんだろう。
『お願いします』
梅吉は本当の気持ちを隠し続けている。なんとなくしかわからない。はっきりとわからない。
俺の身体を使ってる時ですら、必死に隠して俺にも伝えないようにしている。
『わかった。確認じゃなくて、それとなく探ってみるだけにする……』
俺は今日も一歩、踏み出せなかった。
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社長とサシの家飲みの日、きっちり定時で退社し駐車場へ向かった。
待ち合わせは、社長の車の中。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。仕事大丈夫だった?」
「はい、問題有りません」
「じゃ、行こっか」
途中でスーパーへ寄って買い出し。今夜の家飲みは食事メイン。
「社長、何召し上がりますか?」
しまった。オフモードに切り替え忘れた。
案の定、蓮見さんから突っ込まれた。
「社長って呼んだ!堅苦しい話し方した!罰ゲームで、俺のリクエスト聞いて」
わざわざ罰ゲームって言わなくても、好きなもの作るって前から言ってたのに。
そこまでして食べたい俺の料理って何なんだろう。ちょっとドキドキする。
「すみません。改めて、蓮見さん。何食べたいですか?」
「玉子焼きと、肉じゃが」
なんでも美味しいって食べてくれる。でも、特に好きな俺の料理はその2つみたいだ。
一番最初に作った卵焼きは、俺もすごく思入れがある。
肉じゃがって言われて『胃袋掴むために彼氏に作るメニュー』と言いやがった原をふっと思い出した。
原を思い出すと芋蔓式で、竹内さんを思い出す。そして、不安に駆られる……
「弁当のもすっごい美味しいんだけどさ、やっぱりあったかい出来立てのが食べたいなって」
柔らかい笑顔でそう言った蓮見さんに、冷えた心が温まった。
梅吉もリラックスしている。
「玉子は甘くて巻いたやつですね?」
「うん! お願いします」
「俺もリクエストしていいですか?」
「もちろん」
「たこ焼きが食べたいです」
お好み焼きだけじゃなく、たこ焼きも得意って言ってた。
「OK。中身は何がいい?」
「え? たこ以外に何があるんですか?」
「翔太くん、兄さんに任せなさい」
ドヤ顔に俺と梅吉はドキッとなった。
こんなデキる可愛くてカッコいい兄さん、マジで欲しい……
色々買い込み、いざ蓮見さんの家へ……
さっきまでリラックスしていた梅吉が緊張し始めた。
これから二人きりの時間が待っている。
梅吉にとって、『デート』であって『デート』ではない、幸せな時間のようであって、拷問のような時間が……
でも、時に荒治療は必要だ。
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「お邪魔します……」
最後に来たのはいつだっけ。梅吉がまだ眠っていた時だ。随分来ていなかった。二人きりで飲んでいなかった。
その間に、ここで友達や彼女さんと過ごしたんだろう。
「何から作る?」
腕まくりしネクタイを緩めて抜き取る社長を見て、俺も梅吉も悶絶しかけた。
おんなじ事やってる歳上の俳優や先輩達を見ても、こんな感情は全く湧かない。
やっぱり梅吉の一番は旦那さんだ。
『……あかん、かっこよすぎる』
(カッコいいけど、ここで気絶したらダメ!)
心を鎮めて、冷静に振る舞った。
「えっと、鶏の唐揚げと、肉じゃがから……」
「了解! じゃあ、サラダとたこ焼きの準備するかな」
二人とも調理に専念してるせいか、自然と話題は料理の話に。
「いつからするようになったの?」
「大学の時です。一人暮らしだったんで」
「そっか。ハマったんだ」
「はい。面白いなって。社…… じゃない 蓮見さんは、お好み焼きとたこ焼きは?」
「うち、ルーツが大阪でしょ。親戚もあっちに多いし、集まると毎回お好み焼きとたこ焼き。だからかな。あと、留学中に日本食食べたいって言う友達に作ってた」
「そうなんですね。楽しみです。蓮見さんのたこ焼き!」
二人きりでキッチンで料理する。
会社での社長と秘書の緊張感のある関係から離れ、気を張らなくていい楽しい時間だった。
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料理が完成。リビングのテーブルに並べて、飲み会の開始。
蓮見さんは乾杯の後、真っ先に俺の作った玉子焼きを頬張った。
「あー。やっぱりあったかいのは美味しい!」
「よかった」
あの日以上に喜んでくれた。
「肉じゃがもすごい美味しい!」
いつのまにか肉じゃがにも手を出してた蓮見さんは、子供のように喜んでいる。
可愛いすぎる……
「おっと、たこ焼きはもうそろそろだ」
ひっくり返して丸くする頃。
お好み焼きのヘラ捌きが凄かったから、たこ焼きも期待。
「お願いします!」
「このパフォーマンスが外国の人にもウケるんだよね」
素早い動きで、ひっくり返し、回転させる。
「……すごい」
どんどん丸い綺麗なたこ焼き出来ていく。見ていて飽きない。
「はい、完成! ソースとマヨネーズつけてどうぞ!」
よそってもらって、熱々を頬張った。
外はカリッと中はトロッとの最高のバランス。
「すっごい美味しいです!」
得意と言うだけある。本当に美味しい。
「よかった、口に合って」
食事とお酒を楽しんで少し経つと、蓮見さんが何か思い出したように立ち上がった。
「酔って忘れちゃう前に、ちょっといい?」
忘れるって……
「どんだけ飲むつもりですか? 明日も仕事ですよ」
笑って言うと、蓮見さんもニッと笑った。
「わかってるって。ちょっと待ってて!」
寝室で何やらゴソゴソ音をさせた後、俺に小さな包みを差し出した。
「ちょっと早いけど、誕生日おめでとう」
……俺の誕生日を覚えていた?
嬉しさよりも驚きと戸惑いが先に来た。
「秘書がこのようなもの頂いてもよろしいんでしょうか……」
社長が秘書に贈り物。しかも俺たちは会社が違う。良いとは思えない。
「社長から秘書への贈り物じゃない。友達としてのプレゼント」
俺は嬉しく思い、梅吉は寂しく思った。
旦那さんは梅吉のこと『弟みたいなもん』って言ってた。
俺は蓮見さんから友達って言われて嬉しすぎるくらいだけど。梅吉は違うみたいだ。
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「どうぞ」
中から出てきたのは、ボールペン。名入れまでしてある。
「いっつもちゃんとメモ取ってくれてるからさ」
「ありがとうございます! 大事に使います!」
すっごい嬉しい。でも梅吉は悲しげだ。
旦那さんに何か貰ったことを思い出したのかもしれない。
「でもまだ27か。若いな! 羨ましいぞ!」
手が伸びてきて、俺の頭をぐしゃぐしゃっとした。
これは酔ってる証拠。
松田先輩は素面で、蓮見さんは酔うとやる行為。
蓮見さんの手は俺の顔に行き、両手が俺の頬をつまんで引っ張った。
「まだ可愛い感じだけど、30代、40代になったらどんなイケメンになるんだろな」
「……え?」
その瞬間、旦那さんの姿が脳裏に浮かんだ。
『もっと大人になったら、どんな男前になるんやろな』
夢の中で見たやつだ……
今、蓮見さんは旦那さんと同じことをしている。
梅吉が泣き出した。
幸せで、辛い思い出だ。
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「最近どう? 赤城さんと」
お酒が進み、恋バナに突入。蓮見さんの状況も聴きたい。
梅吉も泣き止み、落ち着いている。
俺は素直に答えた。
「今度の週末、初めて泊まりにいきます」
「おっ! 頑張れ」
また頭をぐしゃぐしゃってされた。
子供扱いにムッとした顔をしても蓮見さんは笑うだけ。全く効果なし。
「頑張ります。……ところで、蓮見さんは?」
途端に笑顔が消えた。しまった。
「実はさ…… 少し前に振られた……」
今回は良さそうだったのに、理由は何だろう。
蓮見さんは自分から打ち明けてくれた。
「今回、クールモードで付き合うのはやめてた。でも、またこのふわふわした性格が原因でフラれた。子供っぽいのが、嫌だって……」
今目の前にいるのは、弱々しい蓮見さん。キリッとした社長とも、クールな社長とも、たまに見せる可愛い蓮見さんとも違う。
このギャップが理由なんだろうか?
でも、この前『毎日ギャップ萌えができて羨ましい』って菊池さんに真顔で言われた。そういう女性だっているはずだ。
黙っていた梅吉が口を開いた。
『翔太はん。社長さんの縁結び、お相手探ししまひょ』
そんな事、即答できるもんじゃない。
まずは梅吉の為に旦那さんが目覚めかけてるのか探るのが先。
(この件はあとでゆっくり話そう)
『へぇ……』
蓮見さんは、お猪口に残っていたお酒をグッと呷った。
「……ごめん、変な話して。飲もう!」
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蓮見さんのお酒の進みが普段より早い気がする。
梅吉も心配したからアルコールを撤収して温かい緑茶を淹れた。
たわいもない話をグダグダしてたら、なぜか寝坊の話になった。
「……俺さ、寝坊してやらかすじゃんたまに」
「……はい」
苦笑するしかない。事実だし、お姉さんの舞さんが言うんだから昔からなんだろう。
「色々夢見るんだけど、それが悪い夢だと決まって寝坊するんだよ、言い訳がましいかもだけど……」
夢で寝坊とか可愛い。梅吉もクスクス笑ってる。
「夢って、どんな夢です?」
蓮見さんは口を尖らせた。
「笑わないでよ……?」
その表情の方が笑える。梅吉はキュンキュンしてる。
「笑いません」
じゃあと言ったのに、少し間が空いた。
「……俺が、江戸時代の蓮見屋の主人でさ」
驚いたせいで、湯呑みを取り落としそうになった。
酔いが一気に冷めた気がした。
梅吉は逃げるように突然寝てしまった。怖いんだろう。でも、探りを入れる前に自分から話してくれた。
チャンスだ。
「番頭さんかな? よく怒られたり、取引先で詰られたり、お父さんやお母さんの葬式だったり……」
どれも辛そうな夢……
「でも、それ見るようになったのは最近かな。昔っから見てた夢は、何故か縄で縛られてて引っ立てられて行くんだ。
その俺を、店の手代の男の子が泣きながら何度も呼ぶの。『旦那さん、旦那さん』って…… それがすごい可哀想で……」
なんとなく察し始めていたけど、梅吉が何度も呼んでいたあの男はやっぱり旦那さんだった。
「でもそれ見たのは、翔太がうちに来る日の前の晩が最後。それっきり全く観てない」
俺もだ。LOTUS初出勤の前の晩に見たのが最後。
俺たちは同じ日に同じ夢を見ていた。
「確実に寝坊する嫌な夢は、手代の男の子が俺から逃げようとする夢かな」
「……逃げる?」
「店を辞めるだとか、出て行くとかよく言うんだその子。夢の中の俺は必死に引き止める。だから寝坊確定……」
『引き止める』っていう理由はどっちだろう。
梅吉が好きで行って欲しくないから引き止めるのか、それとも梅吉が旦那さんの『モノ』だからなのか。
でも、『弟みたいなもん』って言ってた。前者であって欲しい。
たとえその『好き』が弟に対するものであっても……
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蓮見さんは、ふわっとした柔らかい笑みを浮かべて言った。
「でも、最近見るのは大抵楽しい夢。その手代の男の子と、一緒にお酒飲んだり、仕事したり……」
蓮見さんの楽しい夢に梅吉が居る。救われた気がした。梅吉は『モノ』ではないはず。
「……でも。なんでかわからないけど、その子の顔と名前がわからない。声は絶対にどこかで何度も聞いてるはずなんだけど」
蓮見さんは今ちょっと前の俺と似たような状態だ。
絶対にいつか旦那さんが目覚めて、梅吉を思い出すに違いない。
梅吉が覚悟しながらも、怖がっているその日がいつか来る。
「どんな顔なんでしょうね」
俺と同じです。
「見られればいいんだけどね」
見てるじゃないですか。
「誰の声に似てるんでしょうね」
俺の声を聞いてください。
「今度その楽しい夢見たらもっとよく聞いてみる」
昔も今もこの瞬間も聞いてるじゃないですか。
でも、梅吉と約束したから何も声に出して訴えられない。
「分かるといいですね」
感情を気取られないように、笑顔を作った。
「ごめんまた変な話して。酔ってるわ俺……」
よく人を見て、人の感情の動きを見ている蓮見さん。
今日は酔ってて有難いと本気で思った。
感情を隠すのは得意だけど、今日はかなり苦しい。
「水飲みます?」
「うん」
「取ってきますね」
逃げるようにキッチンに向かった。
蓮見さんに聞かれないように、思いを口に出した。
やっぱり我慢できなかった。
「起きてください。恨んでないなら、一目でいいから梅吉に会ってあげてください。……嘉太郎さん」
その時、梅吉が傷つき壊れてしまうかもしれない。
俺と蓮見さんの関係が終わるかもしれない。
でも、俺は蓮見さんを、嘉太郎さんを信じたかった。