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葉を見ず、花を見ず  作者: 喜世
第3章 思慕
27/68

【3-6】一芸は道に通ずる!

 顔合わせを終えた1週間後、CMの内容が決まった。


菊池さんが結構な数出した案の中から、製作会社の方々に予算内で収まるものを数点選んでもらい、最終的に社員の投票でジャッジ。


 ハーブガーデンシリーズはオフィス編。胃薬は歌舞伎編という仮タイトルが付いた。


 今日は社長室で社長と菊池さんが、CMの詳細について会議をしている。


「オフィス編のこの女性社員役を梨奈さんに頼もうかなって思ってるんだけど、どうかな?」


 オフィス編では、永之助さんが先輩社員、俺が後輩の新人社員役。


そして俺たちが憧れる女性社員が登場する。


 男性向け女性向け、両商品アピールする予定らしい。俺のセリフ、無しだといいな……


「さすがですね社長。タカラヅカOGを起用すれば、間違いなく商品が売れます。タカラヅカファンは数字を持ってますから」


 怖ぇえ……


ニヤリとしてる菊池さんは絶対、自分の好きなものじゃなくてお金のこと考えてる……


 梅吉は…… なんかワクワクしてないか? 商人の血が騒ぐらしい。


「そっか。その点からすると、ぜひ出てもらいたいな。説得してみよう」


「よろしくお願いします。あと、一件よろしいですか?」


「どうぞ」


「りなさんを起用する場合、弊社ホームページのリニューアルとサーバー強化を事前にしておいた方が良いかと思います。アクセスが急増してサバ落ちします」


「え、落ちるの?」


「数字持ってますから」


 社長からすかさず俺に質問が飛んできた。


「梅村、うちのホームページ、どの部署の誰が管理してる?」


 すぐさまノートパソコンで調べて報告。


「決まった担当者はいない状態です。社名変更の際の更新以来、放置されています」


 この会社に来る前に見たきりのホームページ。社名や概要的なものしか載ってない。


確かにリニューアルした方が良い気がする。


「大阪の大河さんの会社、ホームページとSNSの管理運営もやってたよね?」


「はい」


 大阪出張でお会いした大河様。あの後一度来社され、事業内容についてお話を聞いた。


まさかここで役に立つとは!


「アポとって、営業さんに来てもらえないか確認して」


「承知しました」


「あと、それと……」


 社長からバンバン指示が降ってくる。


この社長のどこがポンコツなんだろう……


-------------------------------------------------------------------


 議題はもう一方のCM内容に移った。


「永之助に何やってもらう?」


 歌舞伎編は、永之助さんが歌舞伎の役で胃薬を紹介する。


という大まかなコンセプトだけ決まってるだけで、詳細未定。


「『THE歌舞伎』だと、獅子だと思うんですけど、よくありがちなCMになっちゃいますよね」


 俺もそれでイメージしてた。多分投票した社員も同じ。


大抵の人が想像する歌舞伎は、獅子と勧進帳だろう。てかそれくらいしか今まで知らなかった。


「そうだよね」


「永之助さんのやられたお役、得意なお役で選ぶのが良いと思うんですが、何がオススメはありますか?」


「ちょっと待ってね…… 観劇記録見て考える」


 え。そんなのつけてるの?


 スマホで記録してるんだ……


「社長もつけてるんですね」


 ……『も』って?


「菊池さんも?」


「はい。どの組何回観に行ったかくらいですけど。一年の終わりにグラフにして見てます」


 ……趣味の域超えてない?


「グラフ化か!いいなー。俺の記録方法じゃ無理そうだ。……あ、秘書にドン引きされてるので、とっとと調べます」


 は? ポーカーフェイスのつもりだったのに。


(そんなことありまへん!)


「そんなこと思ってないです!」


 俺と梅吉で訴えると、思いがけない言葉が返って来た。


「一昔前だったらさ、芝居見物にうつつ抜かして、店は番頭にまかせっきりのボンクラ旦那だからね、俺」


「そんな……」


(ちゃう!旦那さんは、番頭さんに任せっきりにせんと、仕事ちゃんとしてはった。ボンクラなんかやない!)


 ……やっぱり、梅吉が好きなのは旦那さんだ。


何から何まで社長と旦那さんとが一緒。だから、ついつい惹かれているだけ。


 そんな自分に、梅吉は少なからず苛立っている。


 好きなんだから、素直になればいいのに。


 なにを思ったのかわからないけど、梅吉は突然眠ってしまった。


 こういう時はそっとしておいたほうがいい。


-------------------------------------------------------------------


 社長があたりをつけたみたいだ。


弁天小僧菊之助べんてんこぞうきくのすけはどう?」


 ……なにそれ?


「『知らざぁ言って聞かせやしょう』ですね!」


 菊池さんはわかるんだ。


 井川さんが言ってた。タカラヅカのためにいろんな予復習してるって。研究部は適材適所だって。


 歌舞伎も相当予復習したんだろう。社長の話に普通について行ってる。


「そう!じゃあ、ストーリー考えてもらって、セリフは俺が考えていい?」


 社長は目を輝かせている。こういう時はカッコいいじゃなくて、可愛い。


夢の中で見る旦那さんそのもの……


 こういう社長が、梅吉を萌えさせて同時に苦しめる……


「ぜひ。よろしくお願いします!」


「ありがとう。じゃ、CMの件、今日はこれまで! お疲れ様でした」


「お疲れ様でした」


 事務室の自席に戻っると、梅吉を起こした。


(べんてんこぞうきくのすけ……って何か知ってる?)


『すんまへん。わからしまへん』


 寝てスッキリしたのか、気分は良いらしい。


(そっか。検索かけてみよっかな)


『せやけど、歌舞伎のことは、いとはんに聞くのが一番だす』


(そうだね、お昼に聞いてみよっか)


 『結子はん』て呼ぶ度に、ちょっとだけムッとしてた心が狭い俺に気を使って、


梅吉は結子さんのことを『いとはん』と呼ぶようになった。『お嬢さん』って意味らしい。


 時代劇みたいって笑った結子さんだったけど、梅吉が『翔太はんの大事な愛しいお嬢様や。わてにも大切なお人や』って言ったら泣いていた。


 でも、梅吉は頭撫でてもらって、ギュッとしてもらえて、すごく喜んでいた。


 梅吉にとって結子さんは、お姉さんやお母さんみたいな、寄り添って守ってくれる人。


 でも、まだ結子さんにも言わない。本当の未練と、『旦那さんを殺した』っていう意味を……


-------------------------------------------------------------------


 定時後、事務室に人気が無くなってきた頃、久田さんに呼び付けられた。


梅吉が怖がるから、眠らせてデスクに向かった。


「どうだ? CM撮影の準備は」


「はい。順調です」


「そうか。引き続き頼む。それはそうと、竹内に持って行ってもらいたいものがあるんだが、ヘブンスさんには次いつ行く?」


 先日の嫌な竹内さんからの電話を思い出した。


あの日、報告に来いと言われ都合がつかないと拒否した。


 そこから、別日に来いという指示は無かった。


 また嫌な考えが首をもたげはじめた。


「……未定です」


「そうか。俺からも連絡してみるか」


「はい」


「……そうだ。社長とはどうだ? ……相変わらずなようだが」


 苦笑する久田さんに、愛想笑い。


「はぁ。まぁ……」


 社長の味方はまだ数人。それ以外の社員の前では、未だにクールな振りをし続けている。


クールな社長は俺を時々叱る。それは大抵俺の仕事が遅いから。


 今日もクールバージョンの社長で社長の前で叱られた。ポーカーフェイスでイラッとする気持ちを抑えるけど、やっぱり嫌だ。好きじゃない。


 二人きりになると、本当の優しい社長で俺に謝る。あれはもっと嫌だ。


『社長が秘書に謝ってはいけません』と今までに何回言ったことか……


 謝るくらいなら、ずっと本当の社長でいてほしい……


「……辛かったら、言うんだぞ」


 久田さんからの気遣いに、沈んでいた気分が楽になった。


「はい。ありがとうございます」


「じゃ、明日もよろしく。お疲れ。あ、早く帰れよ」


「はい! お疲れさまでした」


 そんなに怖い人じゃない。梅吉が怖がるのがイマイチわからない。


苦手だった番頭さんに似てるって言ってたけど、どんな人だったんだろう。


-------------------------------------------------------------------


 あっという間に、CM撮影日が来た。


 まずはオフィス編の撮影ということで、いつも着たことが無い色のスーツとネクタイを、衣装として着させられた。


 それだけで終わらず、メイクを施され髪の毛もかなり弄られた。


 いつも額は分け目以外極力出さない。幼く見える気がするから。


今日は前髪をがっつり上げられたせいで、額がしっかり見える。


 でも、さすがヘアスタイリストさんだ。自分で言うのもあれだけど案外、こう言う髪型もアリかもしれない。


 梅吉もなんだかウキウキしてるし。


(結構いい気がするけど、どう?気に入った?)


『へぇ!ええ感じだす!』


 控室を出て撮影スタジオに向かうと、同じく支度を終えた永之助さんが見えたのですぐに挨拶に向かった。


「おはようございます。今日一日、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 スーツ姿の永之助さん、すごくカッコ良い。さすが俳優さんだ。


梅吉はドキドキしている。


(カッコいいね)


『男前は何着ても似合います』


(旦那さんも?)


『へぇ。縞の大島の着物が特に似おうてました』


 今日は機嫌が良いらしい。少しデレた。


(そっか。見てみたいな俺も)


 でも、俺が見たいのは、社長の着物姿だ。


「梅村君カッコいいじゃん。それで仕事したら、健ちゃん喜ぶんじゃない?」


「そうでしょうか?」


 社長の反応が気になる。早く見せに行きたい。


「絶対そうだよ。あ、俳優さん登場だ」


 永之助さんの視線の先に、美人がいた。


 こんなこと言ったら菊池さんに殺されるだろうけど、着物の時にはすげー美人!とは思わなかった。


でも、洋服のえりなさんは超美人だった。俺の好みの問題?


 ロングヘアーを緩く巻いた髪型にミニスカスーツ姿。


 さすが元トップ娘役さんだ。すらっとしてて、スタイルが良い。


 俺は綺麗だーと浮かれて眺めてるが、梅吉はあんまり興味が無いらしい。


-------------------------------------------------------------------


 梨奈さんは退団後程なくしてご結婚されたので、まだ俳優として事務所に所属されてないらしい。


だから元ファンクラブの代表の方と菊池さんがお手伝いに入っていた。


 お手伝いと自分の仕事、両方こなさないといけない菊池さんは忙しい。


ひと息ついてるところへ、お水を持っていった。


「お疲れ様です」


「お疲れ様です。カッコいいね!イケメンは違うわー。合格!」


「ありがとうございます!」


 タカラヅカファンに合格もらえるのはすごい、自信持てと井川さんに何度も言われていた。


 本物の男性より遥かにカッコいい男役さんを見慣れてるからかなり厳しいらしい。


 これで見栄えだけは、ちょっと自信がついた気がする。


「菊池さん!菊池さん!」


 慌てた様子で、ファンクラブの代表の方が来た。


 


「……どうされました? え!?」


 二人の視線の先に、ショートヘアーの長身の女性がいた。


なんで二人でこんなに驚いて慌ててるんだろう。


「……あちらは?」


「……りなさんの元相手役のトップスターさん!」


「……そうなんですね!」


 元男役って言われても、タカラヅカを観たことがない俺にはイメージがあんまりわかない。


俺にはクールビューティなお姉さまにしか見えない。


 でも、花束を梨奈さんに手渡した途端、わかった気がした。


「りな。女優デビューおめでとう」


 仕草が、喋り方が、かっこいい。


「ありがとうございます!」


 梨奈さんの目がキラキラ輝いている。


「いつか、また共演しよう」


「はい! ぜひ!」


 二人の様子を傍で微笑ましく眺めていた永之助さんに、カッコ良く言った。


「りなをよろしくお願いします」


「はい」


「すみませんが、これにて失礼します。……りな。頑張れ」


「はい! ありがとうございました!」


 全部がカッコいい。これがトップスターさん……


菊池さんたちも、ため息をつくばかり。


 梨奈さんにはあんまり興味を持たなかった梅吉も、カッコいい相手役さんには関心を示した。


(カッコええなぁ……)


『ね』


 二人で余韻に浸ってると、梅吉に聞かれた。


(そういえば、梨奈さんはお幾つだす?)


『30だって』


(さっきの元とっぷすたぁさんは?)


『39だって』


(……翔太はんがええなぁ思わはる女子はん、おねぇさんばっかや)


 呆れた口調で言われムッとなった。


『はぁ? そう言う梅吉だっておにぃさんばっかじゃん』


 旦那さん、社長、永之助さん……


ドキドキキュンキュンしてるのはみんな歳上だった。


(……お互い様やった)


 対象となる性別は違えど、根は一緒。やっぱり俺たちはおんなじってこと。


-------------------------------------------------------------------


「梅村、カッコいいじゃん」


 井川さんにニヤっとされて小突かれた。


「ありがとうございます」


「そうだ、さっき社長が梅村のこと探してた」


「了解です。行ってきます」


 スタジオ内で社長を探して歩いていると、すぐに見つかった。


「社長、御用でしょうか」


 忙しいのか、珍しくを俺を見ず指示を飛ばした。


見てほしい。この格好をどう思うか聞かせてほしい。


 俺と梅吉のその気持ちをぐっとこらえ、仕事に集中した。


「これが、契約書のサインバック、保管を頼みたい」


「はい。承知しました」


「あと、CM撮影のついでに、ポップ用とホームページ、各SNS用の写真も撮りたい。スケジュールに入れておいて」


「はい」


「それと…… えっ?」


 驚いた声を上げた社長に気づき、メモを取ってた手帳から顔を上げると、ようやく目が合った。


文字通り目を丸くしてる。でもすぐに笑顔になった。


「……めっちゃカッコいいじゃん!」


「ありがとうございます……」


「その髪型いいじゃん!」


 嬉しい。喜んでもらえた。


 でも、なんかすっごい恥ずかしいし、すっごいドキドキする。照れる。


 思わず逃げに走ってしまった。


「あ、あの、指示の続きをお願いします……」


「あ、そうだった。永之助と梨奈さんのインタビューを……」


 俺が社長の指示を受けている間、梅吉も喜んでいた。


「ということで、以上です。あ! 松田君! それ終わったらちょっと来て!」


 社長が通りがかった先輩に声を掛けた。


 先輩はニヤニヤしながら俺に近づいてきた。


「梅村、かっけーじゃん」


「ありがとうございまーす」


「ムカつくな、このイケメン野郎!」


 先輩は良く俺の髪をぐちゃぐちゃにする。


手が伸びてきたので、ガードした。


「先輩、頭は! 頭はダメです!」


「危ねー。あ、すみません、社長、御用はなんでしょう?」


 そうだ。社長は何の為に先輩を呼んだんだろう。


「職権乱用覚悟で言いますが、梅村君とのツーショットを撮って欲しいです!」


 ……はぁ?


「了解でーす」


 なんであっさりスマホ出して準備してんの先輩。


「……翔太、二人でめっちゃキメ顔しよ」


「……え? なんでですか?」


「……いいじゃん。お願い!」


 断れない。大人しく従った。


「どう?エリート秘書使ってる、エリート社長に見える?」


 それか……


すでにエリート社長なんだから気にしなくていいのに。


「はい!見えます!」


「よし!」


 ガッツポーズとってるし……


「社長、この写真、赤城さんに送って良いですか?」


 ……は? 何言ってんの先輩。


「社長命令。送るように!」


 もう意味不明だ。謎の職権乱用と社長命令。


「なんで赤城さんに送るんですか!?」


「可愛いだけじゃないよーって。ねぇ」


「はい」


 余計なお世話だ!


……でも、結子さんにカッコイイって言ってもらいたい。


……もっと男として見てもらいたい。


「はい。遊んでないで! もうリハの時間です!」


 菊池さんに突っつかれ、撮影場所にみんなで向かった。


-------------------------------------------------------------------


 オフィス編の内容は、永之助さん演ずるハーブガーデンシリーズを使っている先輩社員が、


社内みんなの憧れの女性社員(こちらもハーブガーデンシリーズ使用)にアタックし、恋が成就する。


 というもの。


 俺は永之助さん演ずる先輩を応援する後輩の役。そして俺のセリフはただ一つ。


『先輩! 頑張ってください!』


 ……なくせに、ど緊張で2回NGを出した。


 梅吉はプレッシャーに負け、『邪魔するのはあかん』と言い訳し、俺を見捨て寝てしまった。


 この裏切り者!


 孤軍奮闘。永之助さんにアドバイスもらったり、梨奈さんから励まされたり、いろんな人に迷惑掛けながら、5回目でやっとOKが出た。


 お礼とすみませんを言いまくったら、永之助さんに笑われた。


「次は何回NG出して、何回すみませんって言うかな?」


 すみませんと言いかけた時、社長が割って入ってきた。


「カズ、うちの秘書いじめないでくれる?」


 旦那さんはいじめられてた梅吉を守ってくれたけど……


これはいじめじゃない。


「いじめてないよ。ねぇ?」


「はい」


 なんか社長がさっきからあんまり機嫌がよくない気がする。


 突然、永之助さんがいたづらっぽく俺にニヤッと笑ったかと思うと、社長に向かって言った。


「健ちゃん、俺に梅村君くれない?」


 は? 俺、モノ扱い?


「今、番頭さん募集中なんだよ。ほら、番頭って秘書みたいなもんだからさ……」


 番頭さんって、銭湯に居るあれじゃなくて?


 ……って、そこじゃない。俺の意思無視で勝手に決めないでほしい!


 気づくと社長の背中が俺の目の前にあった。


「ダメ! 翔太は俺の秘書!」


 ドキッとした。俺は社長の秘書……


 周りからドッと笑い声があがった。


「ほら、健ちゃん、やっぱヤキモチだったじゃん」


「ほんとですね」


「よかったな、梅村」


 社長は恥ずかしさを誤魔化すようにいろいろ言い訳を言ってるけど、相手にされず。


 どうもみんなそう思ってたらしい。


 俺だけか、気づかなかったのは……


 でも、ヤキモチって……


 ホッと一息ついていると、


『……お疲れさんでした』


 梅吉が恐る恐る起きてきた。


(次は寝ないで助けてよね)


『もちろんだす!』


(よろしく。じゃ、お二人のお芝居見にいこっか)


『へぇ!』


 永之助さんと梨奈さんのシーンは、一発OK。


さすが、プロは違う。


 でも、お互い納得がいくまで、色々相談しながら何度か撮影。


 美男美女のカップルの真剣な演技に、俺と梅吉は見惚れていた。


-------------------------------------------------------------------


 お昼を挟んで、歌舞伎編の撮影の準備に入った。


 歌舞伎編のモチーフは、『青砥稿花紅彩画あおとぞうしはなのにしきえ』通称『白浪五人男』


 ストーリーは、こうだ。


 武家のお嬢様が家来と二人、呉服屋に着物を買いに来る。そのお嬢様が万引き! ? 店の番頭や手代たちがお嬢様を袋叩きにしてしまう。


 額を傷つけられてしまったお嬢様、しかし万引きは見間違いだった!


 無実の罪でお嬢様は怪我させられてしまった。このままでは屋敷に帰えれない、切腹する!とゴネ始める家来。


 そこへ店の奥から侍が現れ、武家のお嬢様とその家来は偽物で、お嬢様は女ですらないと言い放つ。お嬢様と家来は観念し、ついにその正体を現す……


 お嬢様は弁天小僧菊之助。家来はその兄貴分の南郷力丸。侍の正体は実は彼ら二人の仲間でリーダー。この時、弁天小僧菊之助が自己紹介として言うのが、『しらざぁ言って、聞かせやしょう……』という有名なセリフ。


 今回CMに登場するのは、永之助さんの弁天小僧菊之助と、俺が演じる呉服屋浜松屋の番頭のみ。


怪我を腹痛に変えたり、有名なセリフのパロディで胃薬を紹介したり、工夫に工夫を重ねた菊池さんと社長の力作だ。


 この撮影のために、結子さんに色々教えてもらい、歌舞伎の実際の映像もネットで探して見た。


 そして今日は、その役の第一人者と言われる藤屋さん一門の役者さんに、指導係として来て貰っている。


 失敗できない。責任重大。


 メイク、衣装の着付け、鬘の装着、全てを永之助さんの一番若いお弟子さんにしてもらった。


「鬘とお着物似合いますね」


 鬘が似合うって初めて言われた。というか、鬘なんて初めて。


「……そうですか?ありがとうございます」


「白塗りもさせてみたいな」


 意外なことをおっしゃる。


「俺みたいなのがして、大丈夫なんですか?」


「梅村さんは、絶対に似合うと思います」


 いろいろお話ししながらやって貰ってるうちに、準備完了。


「よし、イケメン番頭完成!どうぞ鏡でご確認を。撮影、頑張ってくださいね」


「ありがとうございます」


 鏡の中には、夢の中で逢う梅吉とほぼ同じ姿の俺がいた。


 でも梅吉は盛大にガッカリしている。


『……やっぱり老けとる』


(……すぐそれ言う)


 よく早朝の髭剃り中にボヤいてる。


10代の剃刀なんかほとんど当てたことがないような肌と、手入れはしてる方だけど、毎日のように髭剃りしてるアラサーの肌と比べたら、老けてるに決まってる。


 でも、自分で「老けた」なんて言いたくない。


 26歳の俺は、18歳の梅吉から幼さと可愛さが取れているだけだ。


(男っぽくなってるでしょ)


『……モノは言いようだすな』


(もういい)


『……すんまへん。ところで翔太はん、わての仕事はりはーさるからだすか?』


(うん。お願い)


『わかりました』


 俺は梅吉の協力の元、失敗しない秘策を考えている。


-------------------------------------------------------------------


「え? 丁稚じゃねーの?」


 松田先輩に真っ先にそう言われ、思わず反論してしまった。


「手代です!」


『手代だす!』


「はいはい、梅吉くんの役は番頭! ……可愛いから丁稚にしか見えないけど」


 そうだった。


でも丁稚にしか見えないと菊池さんにも言われてしまった。


『あかんか……』


(ダメだったね……)


「準備できた? えっ……」


 困惑した表情を浮かべる社長。猛烈に不安になった。


「……イメージと違いましたか? ……似合いませんか?」


「ううん。ごめん!すっごい似合う! すっごい可愛い!」


 期待はずれじゃなかったことに安心したけど、大本命に可愛いと言われてしまった。撃沈だ。


 梅吉はイジケている。


『ええですもう…… 旦那さんに男前やって言われたことないさかい……


いっつも『可愛いらしい』やったさかい……』


 弟同様に可愛がられてたんだ。そう言うに決まってるか。


 用意を終えた永之助さんがスタジオにやってきた。黒地の華やかな振袖姿。


ものすごく綺麗だった。おぉ…… っていろんなところでため息が漏れた。


 梅吉も見惚れてしまうほど。


 社長がサッと永之助さんの手を取った。


「……いつも綺麗だよ」


 途端に梅吉がクラっとした。確かに超イケメンだった、今の言い方。


「ありがとうございまする」


 そういう声は、少し低い落ち着いた女性の声。


「でも健ちゃん。それは彼女に言おうよ」


 その声は、さっき聞いてた永之助さんの地の男性の声。ギャップがすごい。


「いや、マジでカズの弁天に敵う女性、この世の中にいないからね多分」


 すっごい褒めてる。女形さんには最上級の褒め言葉だろう。


「ありがとう! でもそういう事女性に言うから振られるんじゃね?」


「言ってませんー」


 仲のいい二人を見て、リラックス出来た。


いよいよ、リハーサルだ。


-------------------------------------------------------------------


 俺は所作に自信がない。セリフを覚えて話すだけで手一杯。


このままじゃ、絶対に失敗する。


 そこで俺は、意識は俺のまま身体の操作だけ梅吉に任せる妙案を考えついた。


……といっても、結子さんが発案者。


 梅吉が俺の身体の主導権握ってる時は、立ち居振る舞いがすごく綺麗らしい。


それを応用することになった。


(練習通り、やってみて)


『へぇ』


 俺の手が俺の意思と関係なく勝手に動き、着物の襟を整えた。


普段と違う、しなやかで綺麗な仕草だ。


(よろしくお願いします)


『へぇ。精一杯気張ります』


 撮影は梅吉のおかげで、永之助さんに迷惑かけることなくスムーズに進んだ。


指導係の役者さんにも、所作が綺麗だって褒められた。


 だって、江戸時代の本物の手代がやってるからね……


 予定時間より少し押したけれど、撮影は無事終了。梅吉は疲れて寝てしまった。


これから、打ち上げ兼接待だ。秘書の仕事、頑張らないと。


 撮影そのままの番頭姿で今日の会食場所に電話を入れていると、社長が傍にやってきた。


「おつかれ」


「お疲れ様でした。会食の開始時間、1時間ずらしておきました」


「了解。ありがと」


「すみません、すぐに着替えてきます」


 社長に引き留められた。


「あ、ちょっと待って!」


「はい。なんでしょう」


「写真撮っていい?」


「はい」


 今度はツーショットではなく、俺一人の写真。


何かに使うんだろうか?


「……ありがと。あとひとつ良い?」


「なんでしょうか?」


 少しの間があった。


「……『旦那だんさん』って言ってみて」


 なにかを探るような目、少し怖がってるような上擦った声で言われ、ギクリとした。


……今なんて言った?


「……え?」


 俺の不安な気持ちが表情に出たらしい。社長は慌てて誤魔化した。


「ごめん! なんでもない! 慣れない格好で疲れたでしょ、着替えてきて」


 でも、俺のモヤモヤは消えなかった。


「はい。失礼します……」


 なんだろう……


もしかして、俺のこの姿を見て、梅吉のことを思い出したのか?


 梅吉は、社長に直接聞くのはやめてほしいと俺に何度も言ってくる。


でも、一度本気で探ったほうがいいかもしれない。

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