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葉を見ず、花を見ず  作者: 喜世
第3章 思慕
23/68

【3-2】色の世の中、苦の世界……

 大阪出張以来見ていなかった、梅吉の記憶を映す夢を見た。


 蓮見屋の店先で、梅吉は旦那さんのすぐ傍に控えていた。

 旦那さんは、なにやら帳簿に書いている。目を落としたまま梅吉に言った。


『梅吉。三津屋のご隠居さんに納める薬の調合、一人でやってみ』


 梅吉は驚きの声をあげた。


『……ええんだすか?』


 旦那さんはニッと笑った。


『当たり前やないか。はよう一人前になってもらわんとな。気張りや』


『へぇ!』


 ウキウキしている梅吉が真っ先に向かったのは、松吉さんのところだった。

仕事を任せてもらえた事を報告をすると、松吉さんは自分のことのように喜んでくれた。


『ようやったな! 梅吉』


『おおきに! せやけど、御指導よろしゅうお願いします』


 頭を下げる梅吉に、ちょっと面倒くさそうに口を尖らせた。


『もう一人で十分できるやろ?』


 確かに松田先輩に雰囲気が似てる気がする。


『まだまだだす。お願いします! ……あきませんか?松吉はん』


 梅吉がねだると、松吉さんは嬉しそうに笑った。


『わかった。ちょっとやで。……せやけど、ちゃんと一人で十分できることを、旦那さんと番頭さんに見せつけるんや。ええな?』


『へぇ!』


 旦那さんに信用してもらえる。仕事を任せてもらえる。旦那さんの役に立てる。先輩に面倒見てもらえる。

 幸せで満たされてる梅吉を、梅吉の目線で見て、俺も暖かい幸せな気分になった。


 でもこれが、旦那さんを殺したってことにどう繋がるんだ?


 どうやら、まだ梅吉は俺に伝えるのが怖いらしい。


---------------------------------------------


 9月に入り、梅吉との共存を始めてから2週間が過ぎ、少しずつだけど慣れてきた。

と言っても、社長や赤城さんと一緒に過ごす時間はまだ緊張する。

 だから、社長に飲みに誘われてもやんわり断り、赤城さんとのデートも苦しい言い訳を重ねて延期の繰り返し。

 本当は、社長と飲みに行きたい。赤城さんとデートしたい。

 梅吉には何度も謝られ、自分の事だけ考えて欲しいと言われたけど、俺だけ楽しむのは申し訳無くて出来なかった。


 そんな状態で、毎月恒例の全社会議の日が明日に迫った。

今回は新しい社長案件の発表とその担当者の辞令が出る。社長に事前に貰った資料のタイトルには、『製品プロモーションについて』と書いてあった。箇条書きで、イメージキャラクター、CM、商品提供と書いてある。

 単純な好奇心から教えてくださいと何度かお願いしてみたけど、『教えなーい』とか『内緒!』とか、『当日のお楽しみー!』とかとても社長とは思えないテンションで言われた。

 スパイ疑惑で教えてもらえないのかってその度にギクギクしていたけど、梅吉はキュンキュンしていた。


『社長、可愛かった?』


 夜、夢の中で顔を見るなりそう聞くと、梅吉はデレた。


『……旦那さんと一緒や。ほんまに可愛い』


 梅吉は旦那さんが大好きだ。ふふっと笑うと、梅吉はなぜか俺に謝った。


『大丈夫。俺もたまに社長の事、可愛いなこの人って思うから』


『……そうだすか?』


 子供っぽくて可愛いところと、大人でかっこいいところ。その両方を持ってる社長のギャップに、ドキってするのは梅吉だけじゃない。


『でもさ、俺たちは可愛いって言われたくないよね』


『そうだす! 子ども扱い嫌や』


『そうそう!』


 前世も今も俺たちは同じことで悩んでいる。お互い笑いあった。


---------------------------------------------


『明日は全社会議だ』


 梅吉と臨む初めての会議。梅吉が初めてクールモードの社長を見る日。

 梅吉は毎日頑張ってる。だいぶビクビクも治まってきた。でも……


『社長が怖かったらすぐに寝たほうがいい。無理はしない方がいい』


 梅吉は目覚めてから、優しい社長しか見ていない。

旦那さんとは全く違うあの社長を見たら梅吉は絶対に怖がる。

 でも、梅吉は俺の提案を断った。


『……きつくても、起きてます』


『なんで?』


『……慣れんと。この先、旦那さんが起きてしもた時のために』


『え?』


『もしも旦那さん起きたら、絶対わてを拒絶します。その時、取り乱さんと平常心でしっかり謝れるようにしときたいんだす……』


 梅吉は徐々に覚悟を固めている。準備もしている。


 ……俺はどうだ?

 まだ、自分はスパイじゃない大丈夫って、楽観的な考えを持っている。社長に許してもらえるかもって、甘えてる気がする。


 ……なにも出来てないんじゃないか?


 梅吉をフォロー出来ない自分が情けなかった。


---------------------------------------------


 全社会議の日が来た。

朝礼の後、会議用資料の最終確認をしていて、いつのまにか集中しすぎていたらしい。

松田先輩に突っつかれた。


「……なぁ。会議ってまだ始まんねぇの?」


「今、何時です?」


「9時45分過ぎたぞ」


 全社会議はいつも9時半には始まる。


「……社長、呼びに行った方がよくね?」


「そうですね……」


 その時、スマホのバイブが鳴った。画面に表示されたのは『蓮見社長』

なんだろう? なんか嫌な予感がする。

 深呼吸して電話に出た。


「はい。梅村です」


『翔太! ごめん!』


 半泣きの社長の声に驚いた。


「……どうされました?」


『大寝坊した。すぐに出るけど、間違いなく遅刻! 違う! もうすでに大遅刻!』


 これは、社長は上の社長室に居なくて、まだ自宅ってこと?

 頭が真っ白になった。


 松田先輩が俺の様子に気付いたらしい。他所で話せと俺に目配せした。

急いで事務室の外に出た。


 梅吉はビクビク、オロオロしている。社長は半泣きで軽くパニックになっている。

今、一番落ち着かないといけないのは俺だ。

 みんなの前では、クールで完璧で隙のないカッコいい社長。そんな社長が寝坊して遅刻だなんて社員には言えない。

 本当の社長をみんなに知って欲しいし、受け入れて欲しい。でもこんな失態で、なんて無理だ。社長の威厳にも関わる。

 もしも、久田さん推しだった人たちが、よくない考えを持っていたら、社長の地位さえ危うくなる……

 社長を守るためには、この大失敗は絶対に隠さないとダメだ。


「落ち着いてください。どれくらいで出社されますか?」


『今車に乗った。10時半には……』


「承知しました。こちらは大丈夫です。お気になさらず。くれぐれも安全運転でお越しください」


 社長をこれ以上不安にさせないために、優しく丁寧に心を込めて言葉を投げた。


『ほんとごめん……』


 情けない涙声に声に俺も梅吉も悲しくなった。でもウジウジしてられない。社長を守るためには俺がしっかりしないと!


 電話を終え、深呼吸すると急いで事務室に戻った。

---------------------------------------------


 車通勤してきた社長を玄関先で出迎えると、すぐさま社長室に押し込んだ。


「本当にごめん」


 社長を落ち着かせるのが最初。


「大丈夫です。体調不良で通院。出社次第の会議開始ということにしてあります」


「ありがと……」


 でも、私服、髭剃ってない、顔洗ってない、朝ごはん食べてない、歯磨いてない、寝癖…… 最悪の状態だ。

 ここからいつもの社長に仕上げないといけない。


「まず顔を洗ってください。そこから髭剃りを。終わったら、ここのゼリー飲料と栄養ドリンク飲んで歯磨きまでお願いします。同時進行で今日の会議資料に目通しをお願いします。その間に私はスーツの準備と、その寝癖をどうにかします」


「……了解です」


 寝癖との戦いは困難を極めた。

 ビクビクしながらも、ドキドキしている梅吉を感じながら、冷静に社長の髪に櫛を入れた。絡まりは取れても、跳ねたりうねったりしてる髪は全然真っ直ぐにならない。


「……一体どうやって寝たらこんな風になるんですか? ……ひでぇなこれ」


 イライラして思わず舌打ちと悪態をついてしまった。

はっと我に返って平謝り。


「申し訳ありません!」


 でも社長は笑っていた。


「ごめん、ありがとう。俺の寝癖は手強いよー。後は自分でやるから大丈夫」


 確かに、自分の髪は自分でやるのが一番だ。社長の手で、あっという間にキッチリとセットされた。

 髪をかきあげる男らしい仕草にドキッとしたのは俺なのか、梅吉なのか……


「……本当にごめん。あとで絶対埋め合わせするから」


 もうすっかりいつもの姿になった社長にホッと一安心。

梅吉はカッコいい社長にドキドキし始めた。


「いいえ。秘書として当然のことをしたまでです」


「ありがとう。翔太」


 梅吉のドキドキが最高潮になった。

無理もない。梅吉にとっては好きな人と二人きりの空間で、自分の本名を好きな人に呼ばれてるような状況なんだから……


「……よし。行くぞ、梅村」


 優しい笑顔が一瞬で氷のような表情に変わり、クールで隙のない完璧な社長に変わった。

 梅吉のドキドキが嘘のように収まり、俺の背筋が凍った。


「……はい、社長」


 感情を押さえつけ、秘書として社長の後に付き従った。

---------------------------------------------


 無事に会議が始まり、スムーズに進行していった。でも俺には重大な問題が起きていた。

クールモードの社長を梅吉が今まで以上に怖がっているせいか、俺は嫌な汗をずっとかいている。


(もう寝たほうがいい。無理はするな。梅吉は十分頑張ったよ)


 でも、梅吉は寝なかった。必死に感情を押さえつけながら、耐えていた。

集中があまり出来ずに居ると、


「ちょっとすみません…… 梅村」


 社長が会議を一旦止めて俺の名前を呼んだ。

何だろう。


「体調が悪いならちゃんと言うんだ。報連相は基本と言ったろ」


 感情の無い声で怒られた……


「はい。申し訳ありません……」


 梅吉の恐怖がピークに達した。

身体に梅吉のストレスがはっきり出始めた。胃がキリキリするし、変な汗が止まらない。

 このままじゃ、本当に調子が悪くなる……

 心を鬼にして、梅吉に命令した。


(梅吉、俺が起こすまで寝てろ!)


 ピタッと梅吉の感情が消えた。


 俺の強い意志で梅吉の魂をコントロール出来るということが初めてわかった瞬間だった。

---------------------------------------------


 休憩になった途端、トイレに走って個室に閉じこもり、梅吉を叩き起こした。


(起きろ梅吉!)


『すんまへん……』


 起きている状態で初めて梅吉の声が聞こえた。なんでこんな時にやっと出来るようになったんだ。

全然喜べる状況じゃない!


(無理はするなって言ったろ! 梅吉のストレスが俺の身体に出る!仕事の邪魔だ!)


 一方的に怒るのは可哀想だったけど、仕方ない。


『すんまへん……』


(会議が終わるまで、絶対に起きるな!)


 また梅吉を眠りにつかせると、ふっと甘い誘惑に囚われそうになった。


 俺が強く望んで念じ続ければ、梅吉は眠ったままに出来る。ずっと続ければ、昔から観てきた夢も見なくなるかもしれない。そうしたら、普通の生活に戻れる。

 平凡な人生のためにはそれが一番だ。社長に怯えたり、ドキドキしたりしなくてよくなる。赤城さんとデートもできる。


……でも、これは単なる逃げだ。


「……ごめん、梅吉」


 向き合うって、受け止めるって、梅吉と約束したのは俺じゃないか。

 俺は梅吉で、梅吉は俺なんだから、俺がしっかりしないと……


 顔を洗って気合いを入れると、トイレを出た。


「……顔色良くないけど、大丈夫?」


 出たところで、赤城さんと鉢合わせた。その優しい声で、俺の張り詰めていた気持ちが緩んだ。

梅吉のことも、スパイ疑惑のことも、なにもかも全部吐き出して甘えたくなった。

 でもそれは出来ない……


 グッとこらえて感情を押し隠し、営業スマイルで返した。


「大丈夫です。ありがとうございます」

---------------------------------------------


 休憩後会議再開。最後の議題は社長案件。久田さんがツッコミを入れる形で進行して行った。

 気合いを入れなおして、しっかり書記係を務めた。


「このイメージキャラクターというのは、ゆるキャラを作りますか? もしくは、俳優ですか?」


「俳優です」


「どなたにされるおつもりですか?」


「歌舞伎俳優の、山村永之助さんにお願いします」


「えっ! ……あ、すみません!」


 驚いて声をあげたのは、研究部の菊池さんだった。俺もそうだけど、誰か分からない。みんなポカンとしていた。

 久田さんはメモを取った後、社長につっこんだ。


「勉強不足で申し訳ないですが、その方を存じ上げませんので、簡単なプロフィールと、イメージキャラクターをお願いする理由を教えてください」


「山村永之助さんは、女形も立役…… 男性役ですね、どちらもやられる若手俳優です。彼のお父様は、昨年連続ドラマで話題になった山村藤五郎さん。私の父の友人でした。その関係で、永之助さんと私は子供の頃からの付き合いです。彼の知名度はまだ歌舞伎ファン以外には低いですが、歴史のある家ですし、真面目で清潔な雰囲気な方なので、弊社と弊社の商品にマッチすると思いイメージキャラクターをお願いしようと決めました」


 部長や課長クラスが納得したらしい。一部野次まがいのも混ざっていたけど。


「いいんじゃないか? なぁ?」


「あぁ。あの主役のお父さんやってた人の息子なら」


「歌舞伎って…… 坊ちゃんは違うなぁ」

---------------------------------------------


 久田さんは顔色一つ変えず、資料に書いてある次の内容に移った。


「ありがとうございます。では次に、このCMについてご説明お願いします」


「はい。まだ情報解禁はされていませんが、来年放送予定の連続ドラマに、永之助さんが初めてドラマ出演をされます。主要人物でのレギュラー出演です」


「……おいおい、そんな情報どっから入手したんだよ?」


「……コネだよ」


 やっぱり野次まがいな話し声がたまに聞こえてくる。

社長はそんな声を気に留めず続けた。


「そこへスポンサーとしてCMを提供し、劇中にも弊社製品を数点提供する予定です」


 壮大な企画に社員が騒ついた。


「ギャラ、制作費、諸々にコストが莫大にかかると思いますが、採算は?」


「後ほど試算表を提出しますが、永之助さんへのギャラは、条件付きでノーギャラです。CMは製作会社に共通の友人が居ますので、格安で作ってもらう算段です」


「……ほら来た。コネだ」


「先代に負けず劣らず凄いな。そのうち総理大臣にまで繋がらねぇか?」


「超が付く老舗だからなぁ。わからんよ」


 年配社員の無駄話を他所に、社長と専務の攻防戦は続いた。


「条件付きでのノーギャラとは?」


「私がプライベートで永之助さんの後援会に入っています。永之助さんが出る舞台は毎回欠かさず観に行っているのでギャラは要らないと。しかし、バックの歌舞伎界からの要望で、ヘブンスさんと関係会社さんに定期的に歌舞伎のチケットを買って欲しいとのこと。こちらはヘブンス専務様に打診する予定です」


「……お姉さんも使うのか。すごいな」


「……持ってる人脈をあの歳で最大限使いこなせるのがすごい」


 久田さんは、それ以上プロジェクトに細かく突っ込むのをやめた。

納得したんだろうか?


「わかりました。では、後ほど試算表をください。最後に、本プロジェクトの担当者は?」


「営業部 井川、研究部 菊池、企画開発部 松田、梅村。以上です」


 会議が無事に終わり、いつも通り一人でさっさと上に帰っていく社長を見送った。

寝坊を無事に隠し通し、会議も乗り切った俺は大きな疲労と、小さな達成感を感じていた。

 でも、まだまだだ。一人であの計画を全部考え、堂々と発表してみんなを納得させたた社長はやっぱりすごい。置いてかれないように付いていかないと。

 社長の夢を叶えるのを手伝いたい。社長の期待に応えたい。役に立ちたい。助けたい。


 梅吉が旦那さんに向けていたのと同じ気持ちを、今俺は社長に向けている。

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