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葉を見ず、花を見ず  作者: 喜世
第3章 思慕
22/68

【3-1】彼を知り己を知れば百戦殆うからず?

「翔太はん、朝だす。起きんと……」


 梅吉に声をかけられて起こされた。

 ……まだ暗いじゃん、今何時?

 スマホに手を伸ばそうとして、一気に目が覚めた。身体が動かせない!


「……あれ? ……え? どないしよ…… 翔太はん? 聞こえますか?」


 梅吉は逆に自分の意思で俺の身体を動かせることに気づいたらしい。

手を振ってみたり、パジャマを触ってみたり、頭を触ったり……

 どうやら身体の主導権が梅吉に行ってしまったらしい。


『梅吉、今日は日曜日だ。仕事はない。大丈夫だから落ち着いて』


 そう言ってはみたけれど、梅吉には通じなかった。


 (あかん、翔太はん、何言っとるかわからへん……)


 逆に梅吉の考えてることは俺に筒抜け。

 恥ずかしいこと考えたらアウトだ。気をつけよう。

 梅吉はベッドから出ると、バスルームに向かった。俺の身体が覚えてることは出来るらしい。顔を洗った後、鏡をじっと覗いた。


 (……やっぱり老けてるわ。……ヒゲ濃いし)


 失礼な考えに俺は思わず怒鳴った。


『うるさい! アラサーだけど、まだ20代だ!ヒゲは剃ってりゃ濃くなる!10代とは違う!』


「……すんまへん、翔太はん」


 俺が怒ってることだけは伝わったらしい。


 (怒ってはるわ……でも、これやったら可愛いらしい言われんと済むわ)


 甘いな梅吉。まだ言われるんだよ、可愛いって。

どうやら思ってるだけで口に出さないでいると、梅吉には伝わらないらしい。


 梅吉はベッドに戻ると俺のスマホを手に取った。


「……何時や、今。四時か」


 スマホに表示された時間に驚いた。


『4時!?早起きしすぎ! 梅吉、もう1回寝よう! 話し合おう!』


 俺の言葉がなんとなく通じたらしく、梅吉は掛け布団を被って目を瞑った。


---------------------------------------------


 夢の中で顔を合わせるなり、梅吉に土下座で謝られた。


『すんまへん!』


『土下座はダメ。顔上げて。梅吉は悪くない』


 顔を上げさせ、正面に座った。


『ところで、梅吉。昨日の新大阪駅からの記憶ある?』


『……すんまへん。無いです。寝とったみたいだす』


 社長にずっとドキドキしていたのが嘘のようにピタリと止まった瞬間を覚えている。

「うちまで送ってくよ」と社長に言われ、ものすごく心臓が鳴った時だ。


『社長、かっこよかったもんね……』


 社長は俺が見てもめちゃくちゃカッコよかった。多分、その時気絶したんだろう。

やっぱり図星だったらしい。顔を赤くした梅吉はまた土下座をした。


『すんまへん。男なのに、男に…… それに、旦那さんやなくて社長さんなのに……』


『生まれ変わりだしそっくりだからね。それより、好きな気持ちに男も女も関係ない。自分を卑下したらダメだよ』


 梅吉は俺のその言葉にすごく驚いた顔をした。

生前、誰かに心無いことを言われたのかもしれない。もっと仲良く慣れたら、話を聞いてやりたい。

それにはもっと時間をかけないといけない。


『……世間の風当たりはまだ冷たい気がする。でも、味方はいる。俺も梅吉の味方』


『おおきに』


---------------------------------------------


 今までの事でわかったことを、二人でまとめた。


・身体の主導権握ってる魂の考えは、もう一方の魂に筒抜け

・身体の主導権握ってる魂の方に、もう一方の魂が考えている事は伝わらない。口に出せばなんとなく届く

・肉体が覚えてることは出来る

・魂が気絶すると、その感情は一切伝わって来ない


『課題は、身体の主導権の遣り取りの方法と、お互いの夢の中以外での意思疎通だね』


『……へぇ。両方、慣れればできるかも知れん…… とりあえず、翔太はんの迷惑にならんよう、勝手に身体乗っ取らんよう、気ぃつけます』


 梅吉は真面目で頑張り屋だ。なんの心配もいらない。


『慣れるまで、一緒に頑張ろう』


『へぇ。よろしゅうおたのもうします』


 梅吉が手をついて頭を下げた途端に俺はそれを止めた。


『土下座は禁止!』


 梅吉はクスリと笑った。


『翔太はん。これ、土下座やない。座礼だす』


『……え? そうなの? 違いがわからない』


『こっちが土下座。こっちが座礼だす』


 面白そうにクスクス笑う梅吉は幼く、自分で言うのもなんか癪にさわるけどちょっと可愛かった。

旦那さんが弟のように梅吉を可愛がったのも、なんとなくわかる気がした。


---------------------------------------------


 月曜日が来た。梅吉と一緒に初出勤。いつもより早めに会社に着いたけど、松田先輩がもうデスクに居た。

 梅吉が少し緊張してるのがわかる。


「おはようございます。お久しぶりです。……これは?」


 机の上にハーブガーデンシリーズの新商品のサンプルが並んでいた。


「おはよう! 久しぶり! あ、それ最終版サンプル。後で社長のとこ持って行ってくれる?」


 夏季休暇直後に出てきたサンプルより良くなっている。社長も喜ぶはず。

 緊張してた梅吉は、いつのまにかワクワクしているみたいだ。


「いいっしょ。コストも少し削れそう」


「良かった!」


 コスト計算が少し苦手だ。ヘブンスではほとんどやったことなかったから、いい訓練だ。


「これで営業に引き渡せるといいな」


「はい!」


 一歩前進した。でもここからが正念場だ。気を抜いたらいけない。


「で、秘書くん。出張はどうだった?」


 松田先輩に不在中のお詫びとお礼を言って、ざっと報告。


「たくさんのお客様や取引先の方にお会いできて、すごく勉強になりました。企画開発にも役立てたいと思います。反省点ですが、スケジュール調整力、管理力をもっとつけようと思います」


 松田先輩は俺の報告を満足げに聞くと、デスクの引き出しの中から何か取り出した。


「よく頑張った! ご褒美にお煎餅をあげよう」


 小さなお煎餅の詰め合わせの箱を手渡された。

 先輩にたまに子供扱いされてる気がする……


「ありがとうございます」


---------------------------------------------


「でさ、かき氷美味かった?」


「え」


 なんで知ってるんだろう。俺の驚きが梅吉に伝わったらしい。ビクビクし始めた。


「社長から写真もらった」


 嫌な予感がする。


「……どんな写真ですか?」


「これ」


 メッセージアプリで社長から松田先輩に送られていたのは、頭がキーンとなって顰めっ面してる俺と、笑顔でカキ氷を突いている俺の写真だった。隠し撮り?


「いつの間に……」


 松田先輩と社長の会話の履歴がチラッと見えた。


『可愛くね? この子マジで写真映りいいわ』


『可愛い!ばえるw 広告に使います? 社員ならノーギャラですよw』


『いいかも! 検討してみる でもこの子、籍がヘブンスさんだから許可取らないと』


 この人たちは二人して何話してんだろ。俺が写真映えなんかするか? 検討って何に使う気だ。

てか社長はメッセージでもこの子って……

 先輩も社長も俺のこと子供扱いしすぎだ。

 いつになったら、可愛いって言われなくなるんだろう。大人の男として扱ってくれるんだろう。


 梅吉も俺と同じようにガッカリしてる。

俺も梅吉も男だ。カッコイイって思われたいし言われたい!


「消してくださいね。写真」


 営業スマイルで言うと、松田先輩は写真消去を嫌がった。


「やだよ。誰にも見せないからさ」


 見せるなんて問題外だ。小宮さんに見せて、そっから赤城さんに行ったらたまったもんじゃ無い!


「はぁ? 当たり前じゃないですか!」


 イラっとして声を荒げてしまった。梅吉が驚いている。

 俺と違って大人しくて忍耐強い。怖がらせたかな……


「怒るなよ。『仕事もらえない!信用してくれない!』って言ってたのに、今じゃこんなに可愛がられてるから安心してんだぞ、先輩は」


 頭を乱雑に撫でられ、髪がぐしゃぐしゃになった。せっかくセットしたのに。


「子ども扱いと、可愛いって言われるのは嫌です!」


 梅吉が俺たちのやり取りをクスクス笑ってる気がする。松田先輩への緊張と警戒は解けたらしい。


---------------------------------------------


 朝礼後、久田さんに口頭での報告に向かった。

 久田さんの前に行ってから報告してる間、ずっと梅吉は久田さんを怖がっていた。

怒ると怖いし怒りやすい人だけど、普段はそうでもない。恐がる理由がわからない。


「今週、ヘブンスに行くよな?」


 木曜日に早上がり、直帰で原と飲む予定にしてある。


「はい。社長の許可は取って有りますが、ご都合悪いでしょうか?」


「いや、竹内に持ってってもらいたい物があるだが、頼んでもいいか?」


「はい」


「ありがとう。準備できたら持っていく。よろしく」


 久田さんの近くから離れると、梅吉は安心したらしい。俺もホッと一息ついていると、赤城さんに声を掛けられた。


「おはよう。梅村くん。出張お疲れ様」


「おはようございます。ありがとうございます」


 出張中あまりメッセージのやり取りが出来ていなかった。今週はいっぱい直接話したい。


「うちにも関連書類と報告よろしくね」


「はい!」


 顔を見られて嬉しい。話せて嬉しい。赤城さんのことを好きな俺の気持ちが、梅吉に伝わったらしい。梅吉が混乱して焦っている。

 梅吉は女性慣れしていないんだろう。梅吉の記憶の中の女性は、怖い女子衆のおばさん、優しい美人の御寮人さん、あの世で逢ったお母ちゃんだけ。

 みんな恋愛対象外。恋愛感情を向けることも、向けられたこともほとんど無いかも知れない。だから混乱して焦るんだろう。


『社長室に来てください』


 このそっけないメールの一文だけで、梅吉はそわそわし始めた。怖がっている。

梅村にしっかり届くように心の中で伝えた。


(梅吉、落ち着いて。大丈夫。社長秘書は一番社長に近い仕事。

感情を抑えて、社長の事を第一に考えて社長の為に働くんだ。できるよね?)


 ドキドキそわそわがピタリと収まった。自分で言うのもなんだけど、梅吉はできる男だ。


 サンプルを持って社長室に向かうと、ドアの前でまた梅吉のそわそわが始まった。

やっぱり怖がっている。


(大丈夫。旦那さんの魂は眠ったままだから。部屋にいるのは、LOTUSの社長の蓮見健一さん)


 そわそわが収まったことを確かめ、大きく深呼吸すると、意を決して扉をノックした。


「失礼します。おはようございます」


「おはよう。出張お疲れ様。身体はもう大丈夫?」


 優しく聞いてくれる社長にドキッとしたが、梅吉が自分でグッと抑えた。


「はい。もう大丈夫です。お気遣いありがとうございます。あの、こちら最終サンプルが出来たそうです。お持ちしました」


「ありがとう。確認して後で連絡する。今日の予定は?」


「今日は14時に東新銀行様が見えます」


「わかった。今日は挨拶だけだから、お茶出しと挨拶だけで同席は不要。……出張報告、書かないとでしょ?」


「はい。お気遣いありがとうございます」


「じゃ、今週もよろしくお願いします。秘書くん」


 キリッとした爽やかな笑顔に、胸がキュンとなった。

梅吉の魂が感情が、俺の身体と一部で連動している。やっぱり二心同体だ。

 梅吉が抑えられないものは、俺が抑えないと……

少しの不安を押し隠し、俺も笑顔で答えた。


「はい。社長」


---------------------------------------------


 金曜日、俺は早々に帰宅して眠りについた。

 梅吉との共存、出張報告の作成&提出、ヘブンスへの報告、原のサポート兼飲み……

盛りだくさんの1週間を過ごしたせいで、かなり疲れて寝たら連日爆睡。梅吉と話せていない。反省会と会議が必要だった。


『お疲れさま』


『お疲れさまでした』


 梅吉はまた礼儀正しく三つ指ついて頭を下げた。

剣道部だった癖に俺はこんなに行儀が良くない。座礼と土下座の区別すらできなかった。

 何やってたんだろ俺……


 梅吉は頑張った。元から感情を抑えることが日常的だったから、コツや感覚を着実に取り戻している。

 今日の最初の議題は、起きてる間の会話のキャッチボールについて。ああでもないこうでもないと二人で言い合ったけど、解決方法は出なかった。また土日に特訓だ。

 次に、今週会った人に対して梅吉はどう思ったのかの質問。どきっとしたり、怖がったり、焦ったり。直接聞きたかった。


『松田先輩の事、好き?』


 一番リラックスしていたし、たまにワクワクウキウキしていた。


『松吉はんに似てるさかい。思い出して……』


『先輩の手代だった松吉さん?』


『へぇ。店に入った日からずっと色々教えてくれて、わてのこといっつも庇ってくれた。(あに)さんみたいで、大好きやった』


 これは恋愛感情じゃない方の好きだ。俺も松田先輩の事好きだ。子供扱いしてくるし、お節介だけど、ちゃんと面倒見てくれるし、指導もしてくれる。


『……赤城さんは?』


 正直一番気になっている。赤城さんの傍に行くたびに、梅吉は緊張でドキドキする。それが俺に伝わり、酷いと俺の心臓までドキドキなる。


『綺麗で優しそうなお人だす。翔太はんが好きなんがよう分かります。……せやけど、すんまへん、わて、女子はん好きになったことが無いさかい、どないしたらええか……』


『そういう経験も全く無いもんね……』


『いえ。大坂の遊郭はひと通り行きました…… 旦那さんのお供や、手代仲間と…… 女子はん知らんわけやないです。好きやとか愛しいて思えんだけだす』


 さらっと言ってのけた梅吉を俺はどんな顔して見てたんだろう。

梅吉はまた俺に頭を下げた。


『すんまへん。翔太はん、変なこと言うて……』


---------------------------------------------


 好きな人の付き添いで遊郭に遊びに行く…… 想像してみた。彼女の付き添いで、ホストクラブに行き、彼女にはイケメンがずっと侍っているから俺は彼女に手を出せない。

 ……そんなの俺には絶対に無理だ。


『ごめんごめん! ……それって辛いよ。よく我慢したな』


『……なんも考えんで愛想よう笑っておけば済みます。……それよりも女子はん苦手やてバレんようにする方がしんどい』


 でも、カモフラージュが出来たということは……


『梅吉は、その…… 女の人も一応はいけるけど、好きなのは男の人?』


『そうだす』


『梅吉の一番は旦那さんだけど、その…… なんて言うのかな……』


 遠回しにグダグダ言ってたけど、梅吉は見透かしていた。


『翔太はんが、赤城さん以外の女子はん見て、綺麗やなとかええなぁとか思うのが、わての場合男はんなんだす』


 俺みたいにイラッとした素ぶりなんか全く見せず、優しく丁寧に説明してくれる梅吉に申し訳無くなった。


『ごめん……』


『いいえ。わての方こそ謝らんと。翔太はん、赤城さんとの明日のでぇと断らはった。わてのせいや……』


『気にするな。梅吉と赤城さんのためだから』


 赤城さんに、俺を好きになってほしい。努力はいくらだってする。でも、俺だけいい思いをするのは梅吉に悪い……


『早う慣れます…… 翔太はんと、赤城さんのために』


---------------------------------------------


『……そういえばさ、久田さんと竹内さん、怖い?』


『……久田さんは、苦手やった番頭さん思い出しました。竹内部長さんは、なんかようわかりまへんけど苦手だす』


『そっか……』


 俺の気持ちを梅吉は知っている。


『……不安でっしゃろ。原さんが調べてはる、竹内さんのすぱい派遣疑惑のこと』


 原に会って飲んだ時、同じ部署の違うチームの先輩が、このおかしな時期に他社に出向になったことを聞かされた。


『……すっげー怖い。社会人として仕事を無くすのが怖いし、人の信頼を全部無くすのも怖い』


 でも……


『社長の信頼を失うのが一番怖い…… 仕事貰えなくなって、「おい」とか「お前」とかしか言ってもらえなくなるのが、振り出しに戻るのが、ものすごく怖い……』


『翔太はん、社長さんが大好きなんだすな……』


 梅吉の言う通りだ。この怖さが来るのは、俺が社長のことを好きだからだ。

生まれ変わって、「好き」の形が変わっても、俺は前世から同じ人のことを想っている。


『……無実を証明しまひょ。わても、お仕えする主人にまた迷惑かけるのは嫌だす』


 今、なんでも言える味方は梅吉だけだ……


『ありがとう。ごめん、梅吉……』


 俺はそんな梅吉になにが出来るのか。


『翔太はんはなんも悪ない。なんもしてないんやから。でも、原さんが調べてくれはる事の結果が出るまでは、行動には気をつけまひょ』


『うん……』


---------------------------------------------


『旦那さんの未練って、何か分かる?』


 これも梅吉に聞かないといけない事。


『結婚して、子ども作って、幸せになる事だす。間違いありまへん。わてのせいで叶わへんかったさかい……』


 梅吉は「自分のせい」の中身を言わない。

言うのが怖い。俺が受け止めてくれなかったらどうしよう、って思っている。

 俺も聞くのが怖い。受け止めきれる自信がない。

互いに考えや気持ちがよくわかるから、平行線のままかもしれない……

 でも、今日は時期尚早早い。もう少し時間をおいて聞けばいい。俺は逃げた。


『……そっか』


『……寂しがりやったんだす、旦那さん。すぐ下の仲が良かった弟さん亡くしはって、いっちゃん下の弟さんは赤子のうちに養子に出されて……』


 沙田先生が『弟欲しがってたもんな』って社長に言っていたことをふと思い出した。


『……だから、死んだ弟と同い年だった梅吉を可愛がった?』


 遠い目をした梅吉は、溜息と共に呟いた。


『……有難いことや』


---------------------------------------------


 梅吉は深呼吸すると、作った笑顔で言った。


『翔太はん、旦那さんの未練晴らすの、手伝うてくれまへんか?』


 待て。旦那さんの未練が梅吉の言う通りだと、梅吉の未練はどうなるんだ?


『……梅吉はどうするんだよ』


 梅吉は笑顔を崩さない。


『わては旦那さんが幸せになってくれはったら、それでええんだす』


 自分は二の次、三の次。滅私奉公?自己犠牲?尽くす愛?

いくらなんでも程がある。


『……未練晴らせないままだと、俺が死ぬまで俺の中って事だよ』


 彼女と仲良くする社長を見る。社長の結婚式に出る。子供の誕生祝いを出す……

俺のスパイ容疑が無罪と分かれば、たとえヘブンスに戻ってもそんな未来が待っている。

 眠ったままの旦那さんの魂の幸せだけを、ひたすら願い続ける未来が……

対価の『娑婆では決して一緒になれない』っていう意味は、そういう事なのか?


『旦那さんの未練晴らし終えたら、もう一度、翔太はんの中で眠ったまま二度と起きん方法、探しますよって、お願いします……』


 そう言うことじゃない。梅吉が邪魔なんじゃない。

 土下座する梅吉を起こした。


『旦那さんの未練晴らすのは手伝う。でも、俺は、梅吉の未練も晴らしたい。好きな人に何にも伝えられないなんて辛すぎるよ……』


『おおきに…… せやけど、絶対に無理だす……』


 梅吉はギュッと両手を膝の上で握り、俯いた。

 

---------------------------------------------


『旦那さんに謝りたいと思ってます。でも、旦那さんに拒絶されるんが怖い…… お前のせいで死んだて、責められるんが怖い…… 意気地無しなんだす……』


 そうか……

怨んでる可能性だって無いとは言い切れない……


 俺を拒絶してた時の社長を思い出した。

あれは嫌だ。見たくない。


『わてには、旦那さんにお慕いしとりますなんて言う資格も勇気も、無いんだす……』


 どんな言葉を掛けるのが正しいのか、分からない。

でも、梅吉の未練を晴らすより先に、本当に梅吉が旦那さんを殺したのか、そこを明らかにするのが先っていうのは分かる。

 このまま平行線じゃダメだ。勇気を出して、さっき先送りした物をまた引き寄せた。


『……教えて。旦那さんを殺したって、どう言うことか』


 梅吉の肩がビクッと震えた。


『……俺たちは同じだ。ちゃんと受け止める』


 梅吉は不安で満たされた目で俺を見た。


『せやけど……』


 一応は歳上の俺がしっかりしないでどうする。


『ゆっくりで、少しづつでいいからさ…… 教えてほしい』


 俺の思いが通じて、梅吉は俺の願いを受け入れてくれた。


『……へぇ。わかりました』


 俺は受け止める。俺が前世でしたことを……

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