【2-9】縁は異なもの味なもの!?
目を開けると、今にも泣き出しそうな顔をした社長の顔が目に映った。
こんな顔もするんだ……
ぼんやり眺めていると、社長は俺が目を開けてるのに気づいたらしい。
「よかった…… 目、覚めた……」
そう言う社長の声は、ホッとした様子だけど、同時に酷く弱々しく聞こえた。
俺の左手は、社長のれ手のひらで包み込まれるように握られていた。
これは今どう言う状況なんだろう? 狭い部屋のベッドに寝ていて、顔には酸素マスクが付いている。
「……ここ、どこですか?」
「蓮美病院の病室」
「……何でですか?」
「翔太、突然倒れた……」
そうか、お墓の前で倒れたんだ……
声がまだ震えている社長に、本当に申し訳ない気持ちが沸き上がった。
寝てないでちゃんと起きて、謝らないと……
「申し訳ありません……」
起き上がろうとした途端に、震えていた声と泣きそうな声は何処へやら……
「寝てないとダメだ! 点滴中!」
「はい……」
「あやねぇと祐輔さん呼んでくるから、絶対に寝てるんだぞ!いいな!」
クールな振りをしてる時の口調と表情で一方的にそう指示すると、社長は病室から出て行った。
やっぱり、あの冷たい堅い社長は好きじゃない…… 柔らかくて優しい本当の社長がいい。
でも、ああなって怒るくらい、俺の事を心配してくれた……
申し訳なさと一緒に、嬉しい気持ちが溢れた。
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社長が病室から出て行ってしばらくすると、彩花さんと祐輔さんがやって来て俺を診てくれた。
湿疹がかなりの広範囲に出てたらしいけれど、治療のお陰で治っていた。
お二人は一安心した様子だったが、頭を下げて俺に謝った。
「申し訳ありませんでした」
「本当にごめんなさい」
俺は慌てた。
「お二人のせいじゃ無いです! 頭上げてください!」
理由がわからないのに、二人のせいに出来るわけがない。
「……あの、なんで私は倒れたんでしょうか?」
「お茶請けに出した羊羹に、柿が入っていました」
「えっ? 柿ですか?」
「気付かず申し訳ありませんでした」
また頭を下げる祐輔さんと彩花さんを制止した。
誰かのせいにするんだったら、俺しか居ない。味でわからなかったんだから。
「健一くんに梅村くんは柿アレルギーだと言われたので、すぐに対処できました」
……社長が覚えてた?
前に社長に一回だけ言ったような気がするけど、それを?
社長の記憶力にはたまに驚かされる。でも、社長のお陰で適切な処置をしてもらえた。
「……今まで柿で、こないな症状出たことある?」
「湿疹は出ますけど、倒れたのは今回が初めてです」
祐輔さんと彩花さんはもう一度俺の身体を診てくれた。
「……暑さと疲れで症状が酷くなったのかもしれないな」
「そやね。念のため、今晩はここに泊まっていって。健ちゃんにもそう言っておくわ」
「はい……」
出張最終日の夜は、病院に一泊になってしまった……
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彩花さんから聞かされた話に驚いた。
「……健ちゃんね、大泣きしてたんよ」
「えっ……」
社長は泣きそうだったんじゃなくて、泣いてたんだ……
「梅村くんのアレルギー知ってたのに、防げなかったって。健ちゃんのせいやないのに……」
申し訳無さで一杯になってる俺の胸が、彩花さんの言葉で締め付けられた。
「……それとね、健ちゃん、この夏の出張で、この病院でお父さん亡くしてるの。……だから、ここに来るのも本当はまだ怖かったみたい。去年より元気そうだったけど、やっぱりちょっと不安定になってたみたい……」
テンションがおかしかったのは、怖さや不安を隠すために無理をしてたんだ。
すみません。気づけなくて、心配かけさせてしまって……
「健ちゃんには、何も言わんと、聞かんと、明日元気な顔見せてあげて。そうすれば、安心して元気になると思うから。……じゃあ、今日はゆっくり寝てね」
「ありがとうございます……」
彩花さんが去り、俺は病室に一人残された。
社長が来ないか少し期待して待ってみたけれど、どれだけ待っても来なかった。
寂しい……
逢いたい……
大丈夫だって安心させたい……
笑ってほしい……
今までとは違う感情が波のように押し寄せ、不思議な感じだった。
でも、止まらなかった。
夢の中で、社長にそっくりな旦那さんに逢いたい。
旦那さんが俺となんの関係があるのか、確かめたい。
とりとめもなく考えているうちに、薬が効いているのか眠気がやってきた。
今日はもう社長には逢えない……
でも、夢の中で旦那さんになら逢えるかも……
逢いたい……
睡魔に抗わず、ゆっくり目を閉じた。
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……ここはどこだ?
気付くと梅吉は賑やかな大通りを歩いていた。左手には映画館と劇場、右手には煌びやかな飲屋街が建ち並んでいる。時代が見事にぐちゃぐちゃに混在している。そこに行き交う人達も同じ。
着物を着て髷を結ってる人も居れば、スーツ姿のサラリーマンや、鹿鳴館で踊ってたかのようなドレス姿の女性もいる。
梅吉はそれに気に留めず、どこに入るでもなく、歩いている。
すると突然若い女性に腕を掴まれた。
『……正太やな?』
二十代くらいに見える、着物を着て髷を結った女性。俺には全く見覚えがない。梅吉も同じらしい。
そもそも、夢の中の俺の名前は梅吉だ。なんで現実の俺の名前を知ってるんだろう。発音が一緒なだけだろうか。
『……どちらさんでっしゃろ、人違いやありまへんか?』
梅吉は当たり障りのないよう丁寧に対応したが、女性は引かなかった。
『……三つやったもんな。……覚えてへんわな。あんたのお母ちゃんや』
『……お母ちゃん?』
これは梅吉が三つの時に死んだという母親だ。
まさかここは……
梅吉のお母ちゃんは愛おしそうに梅吉の頬に触れた。
『……そうや。お母ちゃんや。正太、小さい時から綺麗な顔してたけど、大人になっても綺麗な顔やなぁ。……せやけど、そないに若いのに、もうこっちに来たんか?』
綺麗はともかく、若いっていくつだ? こっちって、この夢はやっぱりあの世の夢なのか?
わからないことだらけで、俺の頭は混乱し始めた。
『……自害や無いやろな? 病気か?』
『……それが、どうしても思い出されへんのだす』
『……そうか。なんかあったんやろか。……立ち話もなんや、お茶でも飲もか』
梅吉は母親と茶屋に入り、二人きりで長い間話しをした。
おかげで俺はこの場所がどこで、梅吉は何者か大体の情報を把握することができた。
梅吉の本名は正太。3歳でお母ちゃんと死別。5歳の時に丁稚奉公に出た。勤めた店は大坂の道修町にある薬種問屋の『蓮見屋』。旦那さんが店を跡を継いだタイミングで、丁稚から手代に昇格した。
そして今梅吉とお母ちゃんが居るこの場所は冥土。地獄に行くか、極楽に行くか、閻魔様のお裁きを待つ間に亡者が過ごす場所らしい。
ということで、梅吉は二十歳で死んだらしい。原因は不明。梅吉本人がなぜか全く覚えていない。
息子と逢えて話せて満足したのか、お母ちゃんは梅吉の手を握って言った。
『……もうこれで心残りはない。お裁きを待つだけや。正太、うちは地獄行きや。先に逝っておまはんとお父ちゃん苦しめたさかい……』
少し不安な様子が垣間見えるお母ちゃんに向かって、梅吉は優しく答えた。
『お母ちゃん、大丈夫だす。わても地獄行きや。一緒に行きまひょ……』
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場面が飛んで、梅吉は閻魔庁というところに出廷していた。
そこには大勢の亡者が裁きを受けるために待って居た。まるで病院の待合室だ。一人一人順番に名を呼ばれ、閻魔さまの前に座らせられる。
地獄行きと言われた亡者は、恐ろしい姿をした鬼に暗闇が広がる方へ引っ立てて行かれ、極楽行きと言われた亡者は、綺麗な着物を着た女官に明るく光が溢れた方向へ案内されていく。
何人かの裁きを見ているうちに、梅吉の番が来た。
『大坂道修町薬種問屋蓮見屋手代梅吉。本名正太。出ませい』
古代の中国風の着物を着た役人が名前を読み上げると、梅吉は閻魔様の前に進み出て正座した。
閻魔様は鬼にも劣らない恐ろしい顔だった。昔絵本の中で見た閻魔様よりずっと怖い顔だった。
閻魔様は分厚い閻魔帳を捲りなにやら確認を終えると、裁きを下した。
『お前が行く先は……』
梅吉はその言葉が終わらないうちに、自分から言い放った。
『地獄だす』
『……何故だ?』
『主から受けた多大な恩を仇で返したうえに、主人を殺しました故』
……旦那さんを殺したって、どういうことだ?
怖い顔の閻魔様は表情一つ変えずに、手元の閻魔帳に目を落として、なにかを確認していた。
『……死因を覚えておらんか?』
『へぇ。覚えておりまへん』
梅吉が嘘をついているようには思えない。嘘ついてまで地獄に行きたがるヤツなんて、相当な物好き以外いない。
どうやって死んだのか、なにが原因か、梅吉にはなんでその記憶がないんだろう……
『誠かどうか確認する。浄玻璃の鏡に映せ』
閻魔様はそう命令すると、鬼や役人たちが大きな鏡を梅吉の横に運んできた。
俺はその大きな鏡に映った梅吉の姿に驚いた。
梅吉は俺だった。
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梅吉が鏡から目を背けて目を閉じてしまったせいで、もう俺にはなにも見えなくなった。
薬種問屋である蓮見屋の主人は社長にそっくり、梅吉は俺そのもの。
俺の記憶や知識、願望が形になった夢。で片付けるにしては今まで見てきた夢はあまりにもリアルすぎる。もしかすると、この夢は…… 俺は……
なんとなくこの夢が、梅吉が、何なのか見当がつき始めた。
閻魔様は、目を開けようとしない梅吉に命じた。
「目を開けよ。そして話せ。お前が隠して押し殺しているその気持ちを」
どうやら、『浄玻璃の鏡』の使い方は俺が知ってるのとは違うらしい。生前の悪行が映し出される鏡だったはず。だからこそ、梅吉は自分の悪行を見せられるのを怖がって目を瞑った。
でも、閻魔様は自白させる為に使うようだ。
梅吉は命ぜられるままに目を開けると、押さえつけていた重石が取れたかのように話し始めた。
『わては、男なのに、男の旦那さんが好きやった……』
そうだ。梅吉が旦那さんに向けていた気持ちは、間違いなく恋愛感情だった。
『優しくて、男前で、楽しくて、明るい旦那さんが、好きで、好きでどうしようもないくらい、好きやった……』
一人の人を強く愛しいと想える梅吉が、心底羨ましくなった。
『せやけど、この気持ちは間違っとる。普通の男とおんなじように、女子はんを好きになろ思た。でも、やっぱり、旦那さんがいっちゃん好きや…… 今でも大好きや……」
一方通行の片想い。忘れよう、消そうと何度も繰り返したに違いない。
でも、旦那さんは変わらず梅吉に優しかったんだろう。人一倍気にかけてくれていたんだろう。
だからこそ無理だったんだろう。
『好きなったら絶対にあかん御人やって、男の使用人の分際で、主人に想いを寄せるのは絶対にあかん事やって、ちゃんとわかってた……』
身分違い、同性、歳上、旦那さんには結婚を決めた許嫁もいた。ハードルが高いどころか、可能性ゼロだ。それでも消せなかった強い思い。
『傍に居られる。お仕え出来る。手代として信頼してもらえる。それで十分や。それ以上を考えたらあかん、望んだらあかん、欲を出したらあかんのはわかってた。でも……』
最も強く押さえつけていたものがとうとう取れた。
『この気持ちを押し殺さんと、旦那さんに好きやって伝えたかった…… 旦那さんに、わてのこと、この気持ち、受け入れて欲しかった……』
梅吉は感情も押さえつけずに曝け出した。
『なのに、わては旦那さんを死なせてしもた…… こんなどうしょうもない人間は、人を好きになる資格も、好きになってもらう資格もあらへん……』
突っ伏して嗚咽を漏らして泣く姿が可哀想で、人事には思えなくて、俺も泣きたくなった。
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梅吉がしばらくして泣き止むと、嫌な沈黙が続いた。
梅吉にこんなことを喋らせて、泣かせて、閻魔様は何をしたかったんだろう。
少しすると裁きが下った。
『梅吉、お前の行く先は娑婆だ。転生させる』
大分落ち着いた様子の梅吉は願った。
『教えてください。旦那さんは、極楽でっしゃろか?』
自分の事より旦那さんの事。忠義以上の想いを旦那さんに向けていた証拠だ。
『いいや、娑婆だ。人として転生させた』
……旦那さんは、生まれ変わった? もしかして……
『では、わてを蚊にでもして旦那さんの傍にそばにやってください…… 旦那さんの手で殺してもらいたい……』
『それは畜生道に堕ちた者の罰。その方は本来なら極楽行き』
閻魔様の言葉に俺は驚いた。梅吉も反論した。
『何故ですか。主殺しは、地獄行きだす!』
そもそも、本当に梅吉は旦那さんを殺したのか? 梅吉の勘違いや思い込みなんじゃないのか?
『……お前の記憶は、主人の獄死がお前のせいと番頭に責められたところまでで終わっておる』
『では、教えてください。あの後に何があって、わてはどうやって死んだんか……』
梅吉と俺は、閻魔様の答えを待ったが、その答えは欲しいものじゃなかった。
『教えることはできぬ』
『……なんでだす?』
そうだよ。理由は何なんだよ。
『お前とお前の主人の未練を晴らすためだ』
梅吉の未練を晴らすことと、死因を教えてもらえないことになんの繋がりがあるんだろう。
それに、旦那さんも未練が有ったってどんな未練なんだろう。
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『転生させるにあたり、いくつか言い置く事がある……』
梅吉の戸惑いを無視して、閻魔様は一方的に業務的に話し始めた。
『お前の転生後の名は、梅村翔太』
なんとなくそうじゃないかと薄々感じ始めてたけれど、事実だと分かって驚いた。
今まで見てきた夢は、全部梅吉だった時の記憶ってことか。
『お前の主人の転生後の名は、蓮見健一』
だから生き写しだったのか。
社長が言ってた、『店だか会社だか潰しかけた当主』っていうのが旦那さんで、社長の前世だったってことなんだろうか。
『転生に際し、対価がある』
希望もしないのに対価とは、閻魔様も勝手すぎる。
『一つ。お前の魂はきっかけがあるまで、転生後の肉体に眠っておる。起きた後は、転生後の魂と肉体を共有せよ』
ということは、梅吉が俺の中に居るようになるってことか。
『一つ。梅村翔太は見た目こそ梅吉だが、その肉体と魂には、蓮見健一を男として愛しいと思う気持ちは無い』
そうだ。社長の事好きだけど人としてだ。ドキってよくするけど、あれは恋愛感情じゃ無い。
『一つ。蓮見健一は見た目こそ嘉太郎だが、お前の好いていた嘉太郎では無い』
クールモードの社長は旦那さんとは違う。でも本当の社長は旦那さんと一緒。
俺がクールモードの社長の事が嫌いで、本当の社長が好きなのはこのせいだ。
『一つ。嘉太郎と梅吉は、決して娑婆では一緒にはなれぬ』
……俺と社長は、誰よりも同じ時間を一緒に過ごしている。『一緒になれない』ってどういう意味だろう。梅吉の魂と旦那さんの魂が逢えないっていう意味なら、どうやって梅吉の未練を晴らせっていうんだろう。
『以上、閻魔の慈悲だ。互いの未練を晴らせ』
慈悲と言う割に、閻魔様は最初から変わらず恐ろしい顔だ。閻魔帳になにやら書き込むと、右手を上げた。その途端、目の前が真っ白になった。
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閻魔様は説明をしっかりしたと思っているかもしれない。でもはっきり言って、かなり説明不足だ。
梅吉の未練を晴らすにはどうすればいいんだろう。俺の身体を梅吉に使わせて、社長の身体を使った旦那さんに好きだって言うのか?でもどうやって梅吉に俺の身体を使わせるんだろう。
それに告っただけじゃダメで、旦那さんに受け入れてもらわないといけない。
でも旦那さんの恋愛対象は女性だろう。どうなったかわからないけど、旦那さんには結婚を決めた相手が居た。梅吉は旦那さんに可愛がってもらってはいたけど、弟扱いだったし、旦那さん梅吉の気持ちには気付いてない様子だった。
そんな旦那さんが、梅吉の想いを受け入れてくれるんだろうか。
優しい人だったみたいだから、未練を晴らすためと言えば、嘘でも形だけでも受け入れてくれるかもしれない。梅吉のこと、人としては好いてくれてるだろうから……
でも逆に、告った途端に気持ちが悪いだとか、裏切られたって怒って拒絶されるかもしれない。
それじゃ、旦那さんを殺したっていう自責の念でズタズタになっている梅吉の心を、余計に傷付ける……
『すんまへん……』
謝る声に気付いて振り向くと、梅吉が額を地に擦り付けて謝っていた。
『すんまへん。起きてしまいました』
梅吉はなにも悪くない。
『土下座はダメ。謝らなくていい』
梅吉の横に座り顔を上げさせ、安心させるように笑いかけてみると、梅吉は不思議そうな表情で俺を見た。俺も鏡を見てる気がして不思議な気分だった。
梅吉の顔をよく見ると、俺がハタチのときより少し幼く見える。高校卒業する時くらいの俺のような気がする。
『なんて呼べばいい?』
『梅吉でお願いします。翔太はんでええですか?』
『うん。あ、敬語じゃなくていいよ』
『へぇ…… あの、翔太はんはお幾つだすか?』
梅吉も、自分より歳を重ねた俺の顔が気になるんだろう。
『今は26。もうすぐ27』
そう言うと、梅吉はまた少し驚いた顔を見せた。
『旦那さんより上や……』
『いくつだったの? 旦那さん』
『二十五だす』
ハタチで死んだ梅吉も早いけど、旦那さんも25って……
いくら今より平均寿命が短い時代だからって、度が過る。
そんな若いうちになんでこの世を去ったのか気になるけど、今はまだ聞くときじゃ無い。
『そっか。5個上か。……そういえば、社長も俺より5個上だ』
『必然やったんでしょうか』
『かもね……』
まだまだ知りたい事、話したいことがいっぱいあるけど、大分長い間寝ている気がする。
もう起きないと、社長にまた心配掛けさせてしまう。
『じゃ、梅吉。これからよろしく。俺達は二心同体だ』
『へぇ…… よろしゅうおたのもうします』
やっと微笑んだ梅吉に一安心した。
大人しくて純粋でまだ子供な梅吉を、一応は歳上の俺が守ってやらないといけない。
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目を開けると、もう朝だった……
ちょうど社長が病室にやってきた所だった。
「気分はどう?」
まだ少し不安そうな顔をしてるけど、昨日よりずっと穏やかな表情だ。
しっかり起き上がって、謝った。
「もう大丈夫です。昨日は本当に申し訳ありませんでした……」
「謝らなくていいって。大事にならなくてほんと良かった」
優しく微笑み、頭をポンポンと撫でてくれた途端に、酷い動悸が起きた。
いや、これは動悸じゃない。これは梅吉の気持ちだ。俺の中で目を覚ました梅吉の魂が旦那さんのことが好きだと言う証拠……
温かい気持ちと同時に、猛烈な罪悪感と悲しみが伝わってきた。
これも梅吉の気持ち……
「朝ごはん食べたら、東京に帰ろ。今日と明日は家でゆっくりしたほうがいい」
「申し訳ありません……」
本当なら、社長と今日から大阪観光だった。俺が倒れたばっかりに……
俺自身の罪悪感も相まって、社長の顔を見れなくなった。
「気にするな。翔太の身体の方が大事」
俺のことを大事にしてくれる社長は、夢の中で見た旦那さんと全く一緒。
嬉しい……
でも……
「ヘブンスさんから帰って来いって言われなかったら、来年も再来年もあるしさ……」
「……はい。ありがとうございます」
傍に居てもいいんだ……
来年も、再来年も……
嬉しい……
でも……
「おばさんとあやねぇが朝ごはん作ってくれてる。行こ」
「はい」
陽だまりのような暖かい嬉しさ。その後にすぐに襲ってくる、冷たい氷のような罪悪感。
梅吉は大好きだった旦那さんに、いったい何をしたんだろう……
一つの身体に二つの魂。
これから俺と梅吉はどうなるんだろう……