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天使と暴君3

前回のあらすじ

300万のツボを割って叩き出されたルスキニア。

金持ちのくせに、せこいぞ草薙月斗。

 ぴたりと閉ざされた正門を前にして、ルスキニアは途方に暮れていた。

 情けない自分への怒りと失望が喉から止められない唸り声となって漏れていた。


「うぅぅ……大きなチャンスでしたのに、わたしのバカ! おっちょこちょい! なんで……なんで、いつもいつも大事な所で失敗して……」


 思い出されるのは天界にある訓練学校でのことだった。

 神さまに召された人間の魂は煉獄で罪を浄化され第三天シェハキムで暮らしている。木々が小風に揺れ、清流がとうとうと流れる素朴で美しい場所だ。朝夕に空から聞こえてくる天使の歌声がルスキニアは大好きで、そして憧れだった。


 魂の中で資質を見出された者は、天使になるために訓練学校へ通うことになる。特別な才能がないルスキニアだけれど、その幸運にあずかることができた。

 訓練学校では天界や地上について勉強をしたり、神聖術を習ったりした。要領の悪いルスキニアはいつも落第点ギリギリだった。


 それでもとにかくがむしゃらに頑張って、どうにか卒業することができた。

 それなのに肝心の配属を決める最後の日、ルスキニアは天の歌唱隊の試験に遅れてしまった。

 厳格な試験官の天使様たちは許してくれず、希望とは違う第一天シャマインに配属される事となった。天界に導かれる魂の選定や、その案内などを行う部署だ。


 気落ちしなかったといえば嘘になるけれど、誠実にお仕事をしていればいつかは認められて歌唱隊に入れると思って努力してきた。

 そのチャンスがいま巡ってきている。それに悪魔に憑かれた彼を助けるためにも、立ち止まるわけにはいかない。


「起こってしまったことを後悔してもしかたないのです。今を頑張るのです!」


 ルスキニアは自分に言い聞かせ、クズイアル様の「あなただけが頼りです」というお言葉を失いかけた自信に付け加えた。お言葉の細部は多少違っていたかもしれないけれど、ニュアンスは大体あっているはずだ。


「手段を選んではいられません! ひっそり忍び込んで、こっそり監視をするのです!」


 決意を胸にルスキニアは敷地を囲む壁沿いを歩き出した。幸か不幸か一度は門の内側に入れたので、位置関係はなんとなく分かっている。とりあえずは守衛所のある正門から離れるのが正解だ。

 長々と続く壁に沿って15分ぐらい歩いて右折、さらに20分ぐらい。表通りからどんどん離れていって、人通りも完全になくなった。

 きょろきょろと辺りを見回してから、ルスキニアの身長の2~3倍はあろうかという壁に向き合った。


「ふふふ、特別な運動神経がなくても、わたしにはこれがあるのです」


 ルスキニアは軽く身震いすると、フードの下に隠れていたローブの穴から背中の小さな翼がぴょこんと飛び出した。


「んっ! んんんんっ!」


 背中を丸めてグッと力を入れると、小さかった翼がぐぐぐっと広がっていく。暖かい布団の中で丸まっていた身体を伸ばすような開放感と気持ちよさがあった。

 かがみこんで足のバネを貯めると一気に開放。真っ白な一対の翼を羽ばたかせ、ぴょんと飛び上がった


「うんしょ、うんしょ……」


 翼の仰々しさとは裏腹に、魚が川の流れに逆らって泳ぐような必死さで上っていく。身体が重くて天界で飛ぶようにとはいかないのだ。


「あと、少し、うんしょ、うんっ~~しょっ!」


 ルスキニアは壁の天辺に手をかけると、全身の力を振り絞ってよじ登った。

 幅1メートルもない細い縁にお尻を乗せ、体重を預けていると左のほうで何か動く気配があった。振り向くと遠眼鏡のようなレンズの付いた箱がこちらを見ていた。


「コレ、なんでしょうか?」


 指先でツンツンと触ってみるとレンズ付きの箱が突然けたたましい音を発した。耳が痛くなるほどの大音量にルスキニアは驚き、お尻で保っていたバランスを崩してしまう。


「あっ! ああああっ!」


 慌てて翼を広げようとするが間に合わない。ルスキニアは腕をぐるぐる回しながら、壁の内側へと落ちてしまう。すぐそばに生えていた背の高い樹の枝が、めくれ上がったローブから覗く腕を引っ掻いた。ルスキニアの小さな身体は小枝を巻き込みながら落下し、土嚢袋みたいにドサリと地面に投げ出された。


「イタタ……落ちるのは今日だけで二度目なのです……うぐ……」


 這いつくばったルスキニアは痛む脇腹を押さえながら呻く。

 ひどい怪我ではないけれど、すぐに動くのはしんどくて呼吸を整えながら痛みが引くのを待っていた。


「でも、これでひっそり侵入作戦は成功なのです。あとはお屋敷に近づいてこっそり監視作戦を開始するのです!」


 ルスキニアは気合を入れなおそうと、勢い良く立ち上がる。ローブと背中の翼に付いた土埃を払うと、そっと忍び足で歩き出し――。


「貴様、動くな!」


 鋭い声と共に、飛翔した煌めきがルスキニアの足元の地面に突き刺さった。

 日本スタイルの菱型ナイフだ。よたよたと後ろに下がるルスキニアの軌跡を、次々に投げられた菱型ナイフが追いかけた。


「ひゃぁっ!」


 背中が壁にぴたりとくっついて逃げ場がなくなると、閃めいた十本の菱型ナイフがローブごとルスキニアの身体を壁に縫い止めた。

 身動きが取れなくなったルスキニアの目の前に、3つの影がスカートをふわりと広げ降り立った。


「侵入者め、草薙家の御庭番衆を抜けられると思ったか」


 青と白を基調としたメイド服を身につけた女性が、それぞれ菱型ナイフ、刀、拳銃をルスキニアに向ける。下手に動けば問答無用だと、身にまとう物騒な雰囲気が雄弁に語っていた。

 さらに彼女たちの背後からも、ぞろぞろとメイドたちがやってくる。そのメイドたちも、まるで鈍器のようなゴツゴツとした大型の銃火器を手にしていた


「神さま、人間界は怖いところなのです……」

 ルスキニアはびくびくと怯えながら両手を上げて、無条件に降伏した。


 荒縄でぐるぐる巻きにされたルスキニアは、背中に銃を突きつけられお屋敷へと連行されていった。

 てっきり外に叩きだされると思っていたので少し意外に思えた。お屋敷にもう一度入れるならラッキーぐらいにちょっと思ったのだけれど、もう少しだけ考えてみると違う気がした。

 むしろ、ルスキニアを尋問&拷問するために移送さしていると考えるほうが自然な気がした。それを裏付けるように周囲を取り囲むメイドさんたちの表情は険しく、一ミリも隙なく神経を張り詰めていた。


「あ、あの、わたしどうなっちゃうのでしょうか……」


 物々しい様子に縮み上がっていたルスキニアだったが、意を決して自分の処遇について尋ねた。


「黙って歩け」


 刀を持ったメイドさんが抜身のひと振りを思わせる冷たい声を放った。


「は、はいっ!」


 ルスキニアは口をぎゅっと閉じると、断頭台にでも上るような心持ちで廊下を歩いて行く。

 気づくと左右の手と足が同時に出てしまっていた。前後左右を囲むメイドさんが殺気を放っているのでこの変な歩き方を直すこともできなかった。


 さっき来た時は玄関横の応接間しか見れなかったけれど、あらためてお屋敷の中は広かった。

 廊下のそこかしこに有名そうな絵画や高そうな壺が置かれている。それもただ適当に配置されているのではなく、主張しすぎないように訪問者へ対する見せ方が考えられているようだ。


「なにをキョロキョロしている」


 注意されたルスキニアは首枷をはめられた囚人のように、がっちりと前を向いて歩いた。そうして連れてこられたのは、西館3階の隅にある部屋だった。他の部屋の扉は木目調の落ち着いたもので統一されているのに、その部屋だけは見るからに後付された鉄扉で閉ざされていた。


「失礼します」


 重々しい扉が押し開かれると、物で溢れかえった雑然とした室内が露わになった。

 まず目についたのは今にも崩れそうな書物の山だ。古びた革張りの本や銀鎖で封じられた得体のしれない本などが無造作に積まれている。

 目についただけでも英語に日本語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語と古今東西ありとあらゆる得体のしれない古書が集まっているような有様だ。

 左右の壁に本棚がずらりと並んでいるが空隙が目立つ。本を引き抜いたまま片付けずに地面に積んであるようだ。


 天井も高く奥行きもある広い部屋のはずなのに、ひどく圧迫感があった。本以外にも捻くれ絡みあった樹の杖や、流れるようなタッチで書かれた黒墨の御札の束や怒っているとも悲しんでいるとも見える仮面をつけた人形。

 そういった民芸品的なものに混じってチカチカとランプを光らせる機械、テーブルにセットされたフラスコの連なりなど科学的な物も随所に見てとれる。


 物が溢れた部屋の中央、黒い大きなテーブルを前にして月斗さんは何か作業をしていた。


「月斗さま、お言いつけ通り侵入者を連れて参りました」

「ご苦労だったな。お前らは通常業務に戻れ」


 月斗さんは作業の手を止めず言う。

 命じられたメイドさんたちは無言で一礼すると、ルスキニアを残し部屋を出て行った。


「いま良いところなんだ、少し待ってろ」


 それだけ言うと、月斗さんはルスキニアを放置して作業を続けた。

 ルスキニアは待つことしか出来なかった。こっそり監視するはずが、こうして密室でふたりきりになってしまった。


 何を言われるのか、どんな罰が与えられるのか、ルスキニアは不安で仕方がなかった。

 そんな心のなかを知ってか知らずか、月斗さんはプレッシャーをかけるかのように黙ったまま台上に手を走らせ続けた。


 息の詰まるそうな無言の時間が続くと、ルスキニアとしても緊張が切れ始める始めた。少しなら良いかなと月斗さんに近づき、その作業をのぞき見た。

 黒塗りの台の天板やその上の空間に半透明な文字や記号、写真のヴィジョンが映しだされている。月斗さんは文字や図のヴィジョンを指先で動かして組み合わせたり、何か別の情報を映しだしたりしていた。


「わぁー、地上にも天界と同じ幻視の術があるのですね」


 感心したルスキニアは思わず声をかけていた。


「違う、これはコンピューターだ。あ、くそ、この術式でも駄目か」


 月斗さんはヴィジョンの図式と格闘しているけれど、ルスキニアはコンピューターという言葉のほうが気になった。


「え? コンピューターって、もっとおっきくて四角くてテープがぐるぐる回ってランプがチカチカしているやつですよね?」


 もちろん人間界の最新の科学技術であるコンピューターについても、天界の学校で習っていた。とても大きな数の計算をして、人間を月まで飛ばすために使われていると授業で教えてもらった。こんな魔法みたいな事ができるなんて、聞いたことがない。冗談でからかわれているのかもしれない。


「こっちも駄目か。はぁー、ったく……」


 何かが上手くいかなかった月斗さんは、苛立たしげに手を振って台上のヴィジョンをかき消した。


「それでメイドの次は泥棒か? 再就職先がすぐに決まってよかったな」


 作業に区切りをつけた月斗さんが、ようやくルスキニアに視線を向けた。


「ち、違います! 泥棒じゃないのです!」


 ルスキニアは首をぶんぶん横に振って全力で否定した。泥棒と思われてしまうなんて最悪の勘違いだ。


「はぁーーー、お前はいったい何がしたいんだ?」


 面倒くさそうな表情で月斗さんは長々とため息をついた。

 何がしたいのかと面と向かって聞かれても、ルスキニアとしては少々困ってしまう。まさか、あなたを監視しますとは言えない。嘘にならないギリギリまでニュアンスを変える必要がある。


「えっと……月斗さんとお友達になりたくて……ダメですか?」


 苦し紛れの言葉だったけれど、ナイスアイディアだと思った。

 友達同士なら本当のことを何でも話し合えるし、困った時には助け合える。監視という役目を果たしながら、取り憑いた悪魔を祓う方法を一緒に考えられる。

 しかし、月斗さんはルスキニアの言葉を鼻で笑う。


「ふん、そういう話は間に合ってるよ。俺に近づいてくる奴はだいたい同じことを言う。友達になりたいだ、あなたの力になりたいだ、最良のパートナーとしてだ、まったくどいつもこいつも度し難い大馬鹿だ。金に権力、その他諸々、せめて眼の奥にある欲望ぐらい瞼で隠せってんだ」


 酸いも甘いも知っているような重みのある月斗さんの言葉だったけれど、ルスキニアは納得できなかった。


「違います! お友達になるのに、お金とかそういうのは関係ないのです!」


 確かに自分は任務のために、思わず友達になりたい言ってしまった。不純な動機だけれど、互いのことを知っていけば本当の友達になれるはずだ。


「ま、別にいい。お友達にプレゼントをくれてやるのは嫌いじゃない。その分、俺を優遇してくれるからな」


 月斗さんはテーブルにあった古びたコインを拾うと、それを指で弄びながら言った。


「物を与えて言うことをきかせるなんて、本当のお友達とは言わないのです!」

「そうやってキレイ事を言うお前だって、俺とお友達になる目的があるんだろ?」


 親指で弾いたコインを空中で掴むと月斗さんは、ルスキニアの目を見つめる。オニキスを思わせる黒い瞳が全ての嘘を吸い取ってしまうかのようにルスキニアを捉えた。

 迫力に圧倒されたルスキニアは息苦しさを感じ、唾を飲み込んだ。


「そ、そんなことは――」

「天界からの監視だってバレバレなんだよ、タコマヌケ天使」


 魚を盗んですぐ家の軒下に隠れた野良猫でも捕まえたかのように、月斗さんは呆れ半分に言った。


「えっ……えっ――」


 世紀の大怪盗のように完全に身元を隠したつもりだったルスキニアは、天地がひっくり返ったほどの衝撃を受けとにかく慌てた。

身バレ怖い!

月斗がなぜ気づいていたかは次回!

明日の18時頃、投稿予定です。


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