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天使と暴君2

走れルスキニア! 屋敷に乗り込め!

「まってくださーーーい!」


 慌てて立ち上がったルスキニアは必死に黒い車を追いかけた。転んだ時にズルリと擦りむいた膝小僧がジンジンと痺れるように痛んだけれど、両手両足を力のかぎり振って走り続けた。

 それでも、やっぱり車は速くてどんどん離されていってしまう。


「はぁ、はぁ……下界は空気が薄いのです……」


 小さくなっていった車が止まった。一瞬、自分のことを待ってくれているのかと思ったが、実際はお屋敷の正門に着いたからだった。

 せっかくターゲットに接触できたこの機会を無駄にしてなるものかと、ルスキニアは必死になって追いすがった。開いた鉄門から車が敷地内へと滑りこんでいく。車のお尻まで飲み込むと、門はゆっくりと閉まり始めた。


「神さま、お願いします!」


 乱暴な祈りの言葉とともに、ルスキニアは閉まりかけた門扉の僅かな隙間へと飛び込んだ。

 翻ったローブの裾がピタリと閉まった門に挟まり、つんのめるようにして転んでしまう。


「キャッ!」


 ごろんごろんと前転していると、横の小屋から男の人が飛び出してきた。


「あ、大丈夫なのです」


 立ち上がったルスキニアはローブの土埃を手で払いながら言った。


「お前なにをしてる!」


 男の人は鋭い視線をルスキニアに向けると、腰のベルトから黒い棒を引き抜き、一振りしてそれを伸ばした。

 心配して駆けつけてくれたわけではなかった。


「ちょっとだけおじゃまします!」


 危機を察知したルスキニアは、男の人に背を向け走りだした。いくら鈍いルスキニアでもこの人が守衛さんだと分かった。捕まったら門から連れだされてしまう。


「待てっ! 草薙家になにようだ!」


 もちろん守衛さんも棍棒を手に追いかけてくる。


「うぅ、今日はおいかけっこばっかりなのです。これも試練なのですか、神さま~」


 返事なんて貰えるわけはないけれど、ルスキニアはボヤかずにはいられなかった。

 敷地に入ったことで車はスピードを緩めているけれど距離は縮まらない。

 息が苦しくて足を止めたくなる。背後から迫る守衛さんが堕落を促す悪魔のように思えてくる。


「なんでこんなに広いのですか!」


 思わず文句が出てしまうぐらい草薙家の敷地は広かった。

 楢や樫が生えた林道を抜けると、ようやく青柴の広がる庭園と大きな屋敷が見えてきた。

 庭園だけでも乗馬とクリケットが出来そうなぐらいの広さがあるのに、遠目にも手入れが行き届いているのが分かる。馬や車の形にカットされた植え木など、腕の良い庭師がいるのだろう。


 その庭園を回りこむようにして、道は城館へと続いている。

 青い屋根の城館は部分的に四階建てになっていて、まるで戦いに備えるように尖塔が突き出している。木と石と紙で造られた日本の伝統的な家やお城とは全然違う。ヨーロッパの城館を参考にしたのか、そのものを移築したのだろう。


「侵入者はご当主さまの車を追って屋敷方向へ向かっています!」


 背後から聞こえてくる守衛さんの声が近づいていた。その一方で車は城館の玄関の前へゆっくりと進入し、停車しようとしていた。そこへルスキニアも走り込んでいく。


「草薙月斗さーーーん!」


 車から降りてくる月斗さんを見て、ルスキニアは荒い呼吸の合間に叫んだ。月斗さんは少し躊躇うような様子を見せてから振り向いた。

 今度は失敗せずに話せそうだ。そう思った時には、後ろから伸びた手がルスキニアの腕を掴んでいた。


「捕まえたぞ! 不埒な輩がご当主さまに近づこうなど許さん!」

「不埒だなんて違うのです! わたしはただ月斗さんに話があって――」


 弁解しようとするルスキニアだったが、相手は聞く耳を持ってはくれなかった。


「ご当主さまと話したいなら、正式にアポイントを取れ。怪しいヤツは警察に突き出してやるからな」


 そう言って守衛さんはルスキニアの腕を強く引っ張る。しかし、負けてなるものかとルスキニアも踏ん張った。


「ダメなんです! 使命があるのです! 頑張らなくちゃいけないんです!」


 上手くやれない自分の不甲斐なさに涙が零れそうになるけれど、ルスキニアは歯を食いしばって抗った。


「おい、離してやれ」


 ぶっきらぼうな言葉とともに、ルスキニアの滲んだ視界に影が差した。


「こ、これはご当主さま!」


 守衛さんが畏まった声をあげ、身体を引っ張る力が急になくなってしまう。


「ふわぁぅっ!」


 限界まで踏ん張っていたルスキニアは、弾かれた弓のように前のめりに影に突っ込んでいく。そこに素早く伸びた右腕がルスキニアの身体を、ふわりと優しく抱きとめた。


「あっ……」


 互いの呼吸が触れそうなほど顔と顔が近づいて、ルスキニアは緊張に身体を棒のようにつっぱり固くした。

 監視対象の草薙月斗がこんな目の前にいる。天界のヴィジョンで見た時はもっと怖い人相かと思ったけれど、実際目の当たりにしてみると歳相応の男の子の顔をしていた。

 短く刈り込まれた黒髪からは活動的な印象を受ける。三白眼の所為で少し目付きが悪く見えて、それで変なふうに誤解してしまったのだろう。


「ありがとうございます……」


 詰まりそうになる声帯を無理やりこじ開けて、ルスキニアはお礼の言葉を口にする。月斗さんはなぜか困ったふうに眉を寄せた。


『うふふ、美味しそうなウサギちゃん捕まえた♪』


 唐突に聞こえた女性の声に、ルスキニアは車の方を見た。まだ誰か乗っているのだろうかと訝しんでいると、月斗さんの右手がおもむろにルスキニアの背中を撫でた。


「ひあっ!」


 ルスキニアが驚きとこそばゆさに悲鳴を上げる。その声に月斗さんは顔を顰め身体を引こうとするが、右手の指先はそのままルスキニアの背骨を伝わり、お尻の肉ををふにっと鷲掴みにした。


「きゃぁあああっ! 何するのですか、不潔なのですっ!」


 悲鳴を上げたルスキニアは、動転したまま月斗さん目掛けて右手を振るってしまった。一瞬、監視対象に暴力を振るっちゃマズイと思ったけれどその手は止まらない。

 小気味いい音が響き月斗さんの左頬に真っ赤なモミジの葉が出来てしまった。


「……甘んじて受けよう」


 そう言って頬を押さえた月斗さんは、納得いかないような顰めっ面をしたままだった。


「え、あ……こ、こちらこそ……その、いきなり叩いたりして……ごめんなさい……です」


 身体を離したルスキニアは自らの衝動的な行いを反省した。突然、お尻を触られてパニックになってしまったけれど、手が滑った事故かもしれない。


「いや、過失はこちら側にある」


 右腕を忌々しげに睨みつけた月斗さんは、一呼吸だけ間を置いてルスキニアを初めて正面から見た。


「それでわざわざ追いかけてきて要件は何だ? 詫びに俺の貴重な時間を1分だけ割いてやる。さっさと話せ」


 月斗さんは一方的に宣言すると、左手首に巻いたピカピカの高そうな時計に目をやった。


「えっ、えっ、あ、その、わたしは、えっと……」


 いきなり告げられた制限時間にルスキニアの頭のなかは真っ白になってしまった。そもそも近づくことしか考えていなくて、面と向かって何を言うか具体的なことは何も決まっていなかった。


「プレゼン終了まであと、30秒だ」

「はわ、か、カンシ、じゃなくて、えっと、お話をしようと」


 あなたを監視させて下さいなんて言っても断られるだけだ。でも月斗さんは悪魔の力に困ってるみたいだし、天使として何か力になれるかもしれないから、ということは彼の側にいれば良いから、それには――。


「5、4、3――」

「わたしを雇って下さい!」


 背後に広がる大きな屋敷を見て閃いた。これだけ大きなお屋敷なら、きっと人手はいくらあっても足りないだろう。使用人として潜入できれば監視はもちろん、彼の役に立つことだってできる。我ながら素晴らしいアイディアに思えた。

 月斗さんの値踏みするような視線を感じる。天界での配属を決める時の面接を思い出して、ルスキニアの胸は緊張でバクバクと騒いでいた。


「……なるほど、そう来たか。いいだろう。お前を雇ってやる」

「本当なのですか! 冗談とか、やっぱりやめたとか、嘘じゃないのですよね?!」


 嬉しさのあまりルスキニアは前のめりになって尋ねた。一度喜ばせてからがっかりさせる手口で、同期の天使仲間にからかわれた事が何度もあったからだ。


「そんな冗談は言わん。俺はどんな間抜けにも一度はチャンスをやることにしているからな。それに例外はない」


 信念を感じられるきっぱりとした口調で月斗さんは言い切った。


「ありがとうございます! わたし、頑張るのです!」


 ルスキニアは意気込みのままに、グッと握りしめた両手を胸の前で構えた。


「では、まず応接間の掃除でもやってもらおうか」

「はい! 掃除は得意なのです!」


 最初こそ色々と躓いてしまったけれど、ここからは上手くいきそうだと思えた――。


 その15分後、中国元時代の青花磁器の壺(およそ三百万円)を割ったルスキニアは屋敷を叩き出されてしまった。

まだ諦めないぞルスキニア!

次回は明日の18時頃、投稿予定です。


【宣伝】講談社ラノベ文庫より、高橋右手の名義で『白き姫騎士と黒の戦略家』というファンタジー戦記小説も出しています。よろしくお願いします。


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