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天使と暴君1

月斗を監視する謎の影(が木から無様に落下)!

ようやくヒロイン登場。

「いたたたた……、うぅ、お尻がジンジンするのですぅ……」


 落下の衝撃で動けなくなったルスキニアは地面にペタンとお尻をつけながら、目から零れそうになった涙をグッと堪えた。

 本当は尾てい骨が砕けたんじゃないかと思うほど痛いけれど、実際より弱めに申告することで痛みを軽減しようと言う作戦だ。しかし、効果のほどはあまりない気がした。


 下界は天界よりも飛ぶのが難しかった。身体が重く感じて、十倍ぐらい早く疲れてしまう。きっと神さまのご威光から遠ざかってしまっているからだろう。

 だからお尻を引きずるような情けない格好のまま、地面に散らばった鉛筆と消しゴム、そして手帳を拾い集めなければならないのだ。


 手帳には丸っこくて細かい字で、草薙月斗の行動が逐一記録されている。天界の扉を通りこの学園の敷地に送り込まれたルスキニアは、彼の行動をずっと監視していたのだ。


「クズイアル様は彼が危険な人間だと仰っていたけれど……」


 ルスキニアは湧き出た疑問を反芻するように声にした。遅刻してもちゃんと授業に出ているし、おみやげに美味しそうなケーキも配っている。学校の権力者として教師や生徒たちから頼りにされているようだし、本人もその信頼に応えて揉め事を誰もが納得する形で仲裁している。

 まさにノブレス・オブリージュを体現したような人間ではないだろうか。


「とても、悪い人とは思えないのです」


 教会での大立ち回りでも悪い人や悪魔には容赦なかったけれど、無辜の人々を助けるように行動していた気がする。クズイアル様も危険とは仰っていたけれど、悪人とは仰っていなかった。


「ハッ! もしかして彼は悪魔に取り憑かれ、その危険な力に翻弄されているだけなのでは?!」


 そう考えれば全て合点がいく。善人である彼は暴走する力と必死で戦っているに違いない。


「ということは、その悪魔がいなくなれば、監視の必要もなくなるし、彼も悩まされなくてすむのです! そうなのです! きっとそうに違いないのです!」


 お尻の痛みが引いたルスキニアは、勢い良く立ち上がった。監視という後ろ暗い仕事に、光明を見出した気分だった。


「わたしに悪魔を祓う力はないけど、近くにいればきっと力になれるはずなのです! ただ監視するだけじゃなくて、困っている人を助けるのも天使の役目なのです!」


 それがきっと神さまのご意志に沿うことに違いないとルスキニアは思った。それに、せっかくクズイアル様に選んでもらったのだから、その期待に応えるように頑張りたい。

 ルスキニアの平たい胸の内側に、情熱と使命感がメラメラと燃え上がっていた。


「ちょっと君?」


 その炎に水を差すように背後から男性の声が聞こえた。


「はっ! はい、なんでしょうか、神さま!」


 驚いたルスキニアはあろうこと人間を神さまと呼んでしまった。かなり情けない失敗に肩を落としたルスキニアの正面に声の主は回りこんできた。


 中肉中背の中年男性だった。かっちりした青い制服を着て帽子を被っている。デザインからして学校とは関係がなさそうだ。


「君、どこのクラスの子?」


 男性はルスキニアを爪先から頭の天辺までジロジロと見て不審げな様子で尋ねた。


「く、クラス? 第一天シャマイン所属の下級天使なのです!」


 ピンと背筋を伸ばしたルスキニアは、いつもの癖で天界での役職を名乗ってしまった。


「天使? ああ、その変な服のこと。コスプレってやつだよね」

「変な格好じゃないのです! ちゃんとした天界の制服なのです!」


 ルスキニアは頑に言い返した。この純白のローブは天使学校を卒業した証で、自分にとって唯一と言ってもいい誇りだった。


「……もしかして他校の生徒とかじゃないよね。とりあえず先生方に確認とるから、ちょっと警備員室で待ってもらおうか」


 警戒した様子で言って男性は、ポケットから小型の通信装置を取り出した。警備という言葉からして、この学校を守っている人に違いない。

 なぜか分からないけれど、自分は不審者と思われてしまったらしい。


「だ、大丈夫なのです! わたし、忙しいから失礼するのです!」


 番犬に見つかったルスキニアは脱兎の如く逃げ出した。


「あ、待ちなさい!」


 男性は通信を取りやめると、そのまま走って追いかけけてきた。ちょっとした神聖術なら習っているけれど、それを無闇に人間に行使するわけにはいかない。


(とりあえず脱出です! 先回りして、お近づき作戦の実行するのです!)


 野球やサッカーをしている人たちの間を駆け抜け、ルスキニアは前に見えていた門から無我夢中で脱出した。

 走って走って走った。

 いつの間にか警備の人の声は聞こえなくなっていたけれど、それでもルスキニアは走り続けた。そのせいでちょっと迷子になってしまったけれど、捕まってしまうよりは良かったと思うことにした。


=======


 亡霊ファントムの名を持つ黒塗りのロールスロイスが、本来持つ走行性能の余力程度のスピードで並木道を通り過ぎていく。

 未亡人がベッドを整えるかのようだと評される田山の運転はとても丁寧で、後部座席に座る月斗にほとんど慣性を感じさせなかった。


 学校での生徒会業務を終えた月斗は迎えの車で帰途についていた。テニス部と手芸部の揉め事を仲裁した後も、休んでいた間の報告を聞いたり、イレギュラーな不審者騒ぎの対応と忙しかった。帰国直後にしては少々疲れたが、最重要案件はこれからだ。


「ラジエルの書の解読はどうなった」


 月斗はタブレット端末越しに、屋敷にいる執事の川岡に話しかけた。


「はい、コンピュータの解析では類似する文字は見つかりませんでした。画像データを送り解読を試みている欧州の研究所からも同様の回答を得ています。おそらく人類史上には、存在していない文字ではないかとのことです」


 川岡は冷静に厳しい事実のみを伝えてきた。そこには主人の苦労を慮ったり、取り繕ったりする気配は微塵もない。それはつまり各セクションが最良の行動をとったことを意味していた。だから、月斗としても落胆は毛ほどもなかった。

 せっかく手に入れたラジエルの書だが、その中身は訳の分からない文字で埋まっていた。


「やはり伝承通り天使文字か。デュナミスの目で読めないかと期待していたんだが、それも無理だったな」

『損傷時に失った記憶に存在していた可能性はありますが、その復元は絶望的です』

『ちょっと、あたしのせいみたいに言うのやめてくれない』


 デュナミスの言葉に、アスモデウスが即座に不満そうな声を上げた。


『他意はありません、ただの可能性です。それにもし私の機能が完全であったとしたら、機密事項に対する措置が働いて知識を与えることはできなかったでしょう』

『どっちにしろ役立たずじゃない』


 なぜか勝ち誇ったアスモデウスの言葉に、月斗は呆れ気味に嘆息する。


「はぁー、しかしだ、ラジエル以外が読めないということはないはずだ。伝承によればこの書を読んでいる人間がいるからな」


 画面端に映っているサファイア色の本に月斗は視線を向けた。


 ラジエルの書、あるいはセファー・ラジエルと呼ばれるS級のマジックアイテムだ。

 神の知識や全宇宙の秘密を天使ラジエルが記したという。

 楽園を追放されたアダムに授けられ、その一族に継承された。アダムの子孫であるノアはこの本から得た知識で方舟を作り、世界を滅ぼした大洪水から逃れた。

 さらには、人類史上最高の魔術士にして偉大な王ソロモンは、このラジエルの書から悪魔や精霊ジンを操る術を学び、後に数々の魔術書を記した。


「それで、アスモデウスは何か知らないのか?」


 月斗は右手に視線を向けて尋ねた。アスモデウスはソロモン72柱と呼ばれる悪魔の一柱で、かつてはソロモン王に使役されていた。


『さあ、そんな三千年も前の古臭いことほとんど憶えてないわよ。っていうか、あの人って魔法の指輪以外にも本やら巻物やら、なんかいっぱい持ってたもの。いちいち気にしてなんてないわ』


 アスモデウスは心底どうでも良さそうに答えた。


「他人事みたいに言うなよ。お前もいい加減、この最悪の三位一体をどうにかしたいだろ? ゲームも自由にできるようになるし、お前の大好きな女の子とも直接触れ合えるんだぞ」

『別にー、あたしは今の状況を楽しんでるもの。元に戻るための身体のパーツ集めなんて七面倒臭いこと、月斗ちゃんが勝手にやればいいのよ』


 機嫌を損ねると面倒なので月斗は懐柔作戦に出たが、アスモデウスはあまり興味を示さない。


「ちょっと前はあれだけ自由にさせろって喚いて煩かったのに、ったく、これだから悪魔は」


 月斗は悪魔の気まぐれに歯を軋ませた。

 悪魔は刹那的に生きている連中ばかりだ。気まぐれで意見や態度はもちろん、見た目や性別、果ては人格さえもコロコロ変える。

 例えばアスモデウスは女の子が好き過ぎて、自分自身が女性化している。存在している感覚が人間とはまるで違うのだ。


「川岡、言語学的な解読は続けるように指示しておいてくれ。俺の方でラジエルの本そのものに何らかの封印がされてないか調べて――」


 会話に意識を割いていると何の前触れもなく車が止まった。信号ではないし、屋敷を壁沿いの道だが正門まではまだ30メートルほどある。


「どうした?」


 月斗は尋ねながら、後部座席に備え付けられた収納ケースからアマツカゼを取り出した。


「人が道に倒れています」

「分かった、俺が確認する。お前は中にいろ」


 指示した月斗はスライドを引きチャンバーに弾丸を装填した。

 草薙財団の総帥として、あるいは裏の顔であるハンターとして、月斗は常に命を狙われている。だから、この手の案件はお手のものだ。

 運転手の田山に確認しにいかせるよりも、月斗自身が確認しに行った方が都合が良い。そのための防弾仕様のロールスロイスであり、アマツカゼを始めとした車載装備の数々だ。

 狙撃を警戒して月斗は屋敷の壁沿いの側にある車のサイドドアに近づき、ロックを外す。そしてアマツカゼを外に向けながら、分厚くて重いサイドドアを蹴り開けた。

 銃弾の発砲音もロケット弾が飛翔する燃焼音も聞こえない。

 姿勢を低くした月斗は、車体を盾にするようにしてフロントへ回りこんでいった。


「……女?」


 車道には白いローブを着た外国の少女が倒れていた。150センチぐらいだろうか、ゆったりとしたローブを差し引いても小柄だ。

 眠りの森の美女を気取っているのか、仰向けになって目を閉じたまま胸の前で祈るように手を組んでいる。顔はまあ可愛い方だろうが、体型が絶望的にお子様なので外国人モデルとしては働けないだろう。

 アスファルトの地面に広がった、ペルシャ絨毯の金糸のような髪だけは褒めてもいいかもしれない。


 右腕がピクリと反応する。女の子だと分かった途端、アスモデウスが興味を持ったのだ。


『あらこの娘って、さっきの……』


 言われるまでもなく月斗も分かっていた。数時間前に学園で起きた不審者騒ぎで、防犯カメラに映っていた少女だ。


 何の冗談か知らないが、月斗が通るのを狙ってこの場所に倒れいていたようだ。

 真面目に相手をするのも面倒くさいと、月斗は少女の足首を無造作に掴むと、そのまま道端に向かって引っ張り始めた。


「えっ! えっ! えっ!」


 下手くそな狸寝入りをやめた少女はハッと目を開き、リズミカルに驚きの声を上げた。

 こうして動いているところを見ると、やはり整った顔立ちというより愛嬌のある顔だ。金を掛けて着飾ったモデルや女優は様々なパーティーで見慣れているが、こういった素朴な感じの女子は学園ぐらいでしか見かけない。


「ちょっと待ってください! なんで引っ張ってるのですか?!」

「ここは眠りの森じゃないし、俺が白馬の王子さまでもないからだ」


 歩道に引っ張りあげると、少女はくりくりとした青い目をよく動かして、間抜けを絵に描いたように慌てていた。


「人が道に倒れてるのに助けてくれないのですか?!」


 端まで連れて行った月斗が手を離すと、少女は上半身を起こして当然とばかりに言い放った。


「逆に問う、なぜ俺が見ず知らずの行き倒れを助けねばならんのだ?」

「そ、それは、人として困っている人を助けるのは当然なのです!」


 確かに少女は困っているようだが、少なくとも怪我など健康的な問題ではないだろう。


「人としてというのならば、まずは自らの足で立ち上がれ」


 甘えた考えをビシっと指摘してやると、少女は白いローブの胸元をウッと押さえた。


「はぅっ……確かにそうなのです。人の善意につけ込むような行為は良くないのです」


 天からの啓示でも受けたかのように少女はパッと表情を明るくした。どんな宗教的体験をしているのか分からないが、月斗は少女のことを放置して車に向かった。


「あ、待ってください! あの――」


 少女はまだ何か言っているが、月斗は完全に無視して車に乗り込むとドアを閉めた。スモークフィルム越しに喚いているが、車は防弾だけでなく防音性能も完璧で雑音は入ってこれない。

 月斗は運転手に車を出すように命じた。少女は動き出した車に縋りつくように手を伸ばすが、体勢を崩して転んでしまう。


「まったく、毎度毎度懲りない連中だ」


 月斗が面倒臭さたっぷりに溜息をつくと、何が面白いのかアスモデウスがくすりと笑った。

天使はしつこい! 転んでもすぐ立ち上がるのだ!

次回は明日の18時頃、投稿予定です。


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