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前回のあらすじ

怒りに囚われ暴走する月斗。

ルスキニアの残滓が彼を人間として留めた。

 暗く冷たい海中で月斗は目を覚ました。

 身体の下に船底の感触はあるけれど流入した海水に周囲は満たされていた。

 船の主機関がやられたのか天井の明かりも全て消えている。水深はどれほどか分からないが、酷く静かなものだった。


 あれほど激しく赤黒い炎を吹き上げていた右腕も、脳を焼き切るような痛みを放っていた左目も、今は落ち着いている。だからといって力を失ったわけではない。

 闇雲に暴れていた2つが調和したのだ。かつてないほど、全身に力が満ち満ちているのが月斗には分かった。


「お前ら、準備はいいか?」


 月斗は語りかけ、身体を伸ばすようにぐるりと両腕を回した。


『了解した』


 デュナミスの言葉に、左の背中から光の片翼が広がった。


『しょうがないわね。今回は天使ちゃんに免じて協力してあげる』


 アスモデウスの言葉に、右の背中から闇の片翼が広がった。


「いくぞっ!」


 掛け声ととも月斗は海水を切り、両翼を羽ばたかせた。そのたったワンアクションで、月斗の身体は200ノットまで加速した。エネルギーの発散に周囲の水が気化し大量の泡が発生する。

 その泡を振り切った月斗は上部ハッチを塞ぐ氷を突き破り沈む貨物船から脱出する。さらにひと羽ばたきし250ノットに達した月斗は潜水艦から水中発射された弾道ミサイルのように高速で浮上し、海面を覆う氷を砕き、一気に空へと飛び上がった。

 引き連れてきた海水と砕いた氷の合わさったみぞれが辺りに降り注ぐ。


 飛び去ろうとするひとつの影が振り向いた。


「マサカ戻ッテクルトハ」


 宙に浮くドミニクは驚きに片眉を上げ、六枚の氷の翼を大きく広げた。


「お前の夢はここで終わりだ」


 月斗は握った拳の親指一本だけ伸ばし、地獄に落ちろと下に向けた。


「海ノ底ニ沈ムヨリ、永遠ノ氷ニ閉ザサレルコトヲ望ムカ。ヨカロウッ!」


 氷結の波動が数キロにわたって空間を駆け抜けた。水平線に向かって瞬く間に海面が凍りついていく。ルシフェルとの一体化がさらに進んだのか、すさまじいまでの魔力だ。

 凍りついた海面はビキビキと音を立てて割れ、幾億の礫となって月斗に襲いかかってきた。


「ちまちまと、しゃらくせえんだよ!」


 虫の大群のように下方から迫ってくる雹を前に、月斗は両手を素早く組み合わせ2つの印を続けて結んだ。


「暴れろ、風神雷神!」


 唸りを上げた風が月斗を中心に渦巻き、雷光を纏う竜巻となっていった。

 竜巻はドミニクの作り出した氷を飲み込み、急速にその勢力を拡大していく。取り込まれた氷礫は雷光に砕かれ、ミキサーにかけられたかのように銀雪となって周囲に撒き散らさていった。


「塩っぱいかき氷はもう十分だ」


 翼で大気を掴んだ月斗は吹き荒れる風雪と轟く稲光を物ともせず、ドミニクに向かって一直線に飛んで行く。

 迎え撃つドミニクが右手を突き出した。


「革命ハ終ワラナヌ!」


 背負っていた六枚の氷の翼が紡錘上に形を変え、ミサイルとなって月斗へ撃ち出された。一斉に六本を撃ち尽くすとさらに、氷の翼を再生させ第二射の準備を始めている。


「いけるか、デュナミス」


 不規則な軌道で突っ込んでくる氷のミサイルに対し、月斗は左の手のひらを突き出した。


『余裕です』


 自信のこもったデュナミスの返事に、月斗は左腕の波動砲を連射した。

 放たれた力線は飛来する氷のミサイルをことごとく捉え一撃で粉微塵に破壊する。

 第二射、第三射と全てのミサイルが月斗に粉砕され、明けの空に雪煙の花が咲き乱れた。


「歪ナ生命メ、ワタシガ手ヲ下シテヤルッ!」


 近距離に迫った所でドミニクは両手を揃え、氷の大剣を作り出す。長さ5メートルはあろうかという長大な刀身は、ガラスのように透き通っていた。


「やるぞ、アスモデウス」


 呼びかけながら、月斗は左腕を聖剣デュランダルへと換えた。


『うふふ、殺っちゃいましょう』


 デュランダルの白刃はくじんを赤黒い炎が包み、伸びていく。

 瞬く間に迫る会合の時、両者が同時に剣を振るった。


「ヌゥウウウウウウウウウウウウウウウン!」


 氷の剣が振り下ろされ、


「うおぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 炎の刃が一閃する。

 交差は一瞬であった。

 わずかな沈黙を経て、月斗の背後で氷河の崩れる前兆のような音が聞こえた。


「ナッ……ナゼダ……!」


 振り向くと、取り込んだラジエルの書ごと腹を切り裂かれたドミニクの姿があった。

 これまで振るった力の代価を支払うように、その肉体は氷雪となり崩れていく。


「革命ノチカラガ……ナゼ……ルシフェルヲ宿シタ……ワタシガマケルノダァ……」

「いつだって理由は簡単だ。俺がお前より強かっただけだ」

「ソンナハズガァアアアアアアアアア、ア」


 自らの叫びに耐えかねるように、ドミニクの身体は砕け散った。


泡沫うたかたと消えな」


 月斗は海風に流される氷雪を見届けると、地面に降り立った。


「さてと、もうひとつデカイのが残ってるな。どうせ、止める気はないんだろ?」


 分かりきった昼食の時刻を尋ねるように言って、月斗は天を見上げた。


『草薙月斗、世界の平穏のために貴方にはここで消えてもらいます』


 取り付く島もない答えに月斗はニヤリと笑みを浮かべ、デュランダルの剣先を次元間横断砲ラハブに向けた。リングを連ねたラハブの砲身は、準備万端と強烈な光を放っている。


「嫌なこった。消えるのはそのデカブツの方だ」


 刀身が左腕へと戻り、手のひらの発射口が音を立てて開く。


『なぜ主のご意思に逆らうのですか』

「知るか。偉そうに構えて、見下してるのが気に食わねえんだよ!」


 月斗は右手の中指を立ててから、その手で左腕を掴んだ。両足は氷上をしっかりと踏みしめ、砲台のごとく全身の関節を固める。


『消えなさい、愚かな人の子よッ!』


 高まった天界の光が月斗たった一人めがけて照射される。


「エーテル式波動砲全力発射ぁあああああ!」


 天使と悪魔の力を合わせ臨界点に達した太極炉が、その全てのエネルギーを波動砲から放つ。

 天からの光と地上からの光が空でぶつかった。

 2つの光は雲と大気を消し飛ばし、激しくせめぎ合う。


『なぜそれほどの力に耐えうるのですか、依代にすぎないただの人間が?!』


 人間を見下していた故に、予想していなかった事態にクズイアルは狼狽する。


「ただの人間じゃねえ、俺は草薙月斗だ!」


 力強く言い返す月斗だったが、今にもバラバラになりそうな左腕を、身体を必死に押さえつけている。

 徐々にであるがラハブの威力に、せめぎ合う境界が地面に近づいていた。


『人間の名に意味など無い!』


 優勢なはずのクズイアルの言葉には焦りの色が見える。

 月斗は肩を入れさらに天に向かって左腕を突き出す。その背中を誰かに押されたような気がしていた。


「ルスキニアに止められて……、俺に止められないわけがねえんだよっ! なめんじゃねええええええええええええ!」


 気合一閃、太さと力強さを増した波動砲が一気にラハブの光を押し返す。

 月斗の放った光は世界を隔てる境界面を越え砲身に直撃、中央のリングを次々に砕きながらが天界の彼方へと貫いていった。


『なんだとっ!?』


 驚愕するクズイアルの声に、ラハブの断末魔の爆音が重なった。中央のリングから周囲の歯車に爆発が広がりついには崩壊を始めた。


「天界の超兵器もたいしたことないな」


 肩が抜けたように左腕をだらりと下ろした月斗が説得力のない疲れた声で言った。実際、身体のあちこちがガタガタで、立っているのが精一杯だった。


『ここまでの力を……貴方は危険です……』


 クズイアルの苦みばしった声と共に、頭上のゲートが閉じていく。


『私の判断が間違っていなかったことを確信しました。いずれ貴方は全ての世界を破滅に導くことでしょう』


 予言めいた言葉だが、月斗には切り札を破壊されたクズイアルの負け惜しみにしか聞こえなかった。


「その時は三千世界まるごと俺が救ってやるよ」


 大爆発の閃光を漏らし、ゲートは完全に閉じていった。

 そして、虚しい静けさが訪れる。


「終わっちまったな……」


 月斗は氷上に残された聖十字架を拾い上げる。これだけではたいした役には立たない。

 得る物はなく、ただ失っただけだった。

 胸に去来する想いに浸っていると、どこからともなく拍手が聞こえてきた。


「天界をやり込めるなんて、なかなかやるじゃないか」

『こ、この声はっ?!』


 天界の超兵器と対峙しても平然としていたデュナミスの声が異常なほど動揺していた。


「人間に楽しませてもらったのは、百年ぶりぐらいかな」


 一切の予兆も気配もなく、その青年は月斗の前に立っていた。

戦いは終わった。

月斗の前に現れた青年とその目的とは?


いよいよ最終回!

18時頃に2話同時に投稿予定です。


【宣伝】講談社ラノベ文庫より、高橋右手の名義で『白き姫騎士と黒の戦略家』というファンタジー戦記小説も出しています。よろしくお願いします。

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