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暴走

前回のあらすじ。

クズイアルの罠が発動。

しかし、ルスキニアが命をかけて月斗を救う。

「全部全部ぜんぶぅうう、ぶっ壊してやるよぉおおおおおおお!!」


 突き出した右腕が、月斗の求める力のままに赤黒く肥大化し、氷結の波動を握りつぶした。


『あああっ、とっても素敵ぃいいい! これよ、これでいいのよぉおお! 真っ黒な怒りと真っ赤な憎しみがあたしを燃やすのぉおお!』


 右腕の力は炎の血となって月斗の全身に行き渡っていく。右の顔面が鋼鉄のような硬さを持ち、背中の皮膚が破れ赤黒い炎が片翼となって吹き出した。

 侵食は身体を斜めに横断し生身の左足へ達する。膝まで覆っていた氷は瞬く間に蒸発し、それでも足りないと皮膚を柘榴石のように光沢のある黒い赤に染めた。

 変質した月斗を前にしても、ドミニクは少しも怯んだ様子を見せなかった。


「ソレがキミの本気カ! イイゾ、終末ノ先駆ケニ相応シイ!」


 ごちゃごちゃとうるさいドミニクに向かって、月斗は全身を躍動させる。左足の一蹴りごとに氷が悲鳴を上げ水蒸気が立ち上った。


「喰ラエ!」


 ドミニクが右手をすっと振り下ろすと、氷面がめくり上がり巨大な礫となって月斗に殺到した。


「がああああああああ!」


 月斗は右腕一本を大鉈のように振るい、迫る氷塊群を正面から打ち砕いていく。


『壊して壊して壊してぇえええええ!』


 破片が散弾のように身体に突き刺さるが関係無い。ただ一直線に破壊を振り撒き、赤黒い炎を纏う拳

でドミニクに殴りかかった。


「死ねえええええええええええ!」

『殺せえええええええええええ!』


 力任せの拳はドミニクにあっさりと躱され、勢いそのまま氷上を殴りつける。厚さ3メートルはあろうかという氷が砕け散り、突っこんだ拳が触れた海水が水蒸気爆発を起こした。

 衝撃にふっ飛ばされた月斗は空中で体勢を立て直す。白煙と黒炎を燻らせた月斗は、飛び散る氷塊を蹴り飛ばしドミニクに接近していく。


「モハヤ突っ込むシカ脳ガナイカ」


 周囲を無秩序に舞っていた氷がドミニクの魔力に応え鋭い槍と化す。反転した氷の槍は一斉に月斗にむかって襲いかかった。

 防御という行動を完全に捨てていた月斗は、この全方位攻撃をまともに食らってしまう。魔力を帯びた鋭い氷が次々と突き刺さり、月斗の体表を針刺しのごとく閉ざしていく。


「もっとぉおおおおおおおおおお!」


 凍りつく痛みすら、月斗にとっては力を高める切っ掛けに過ぎなかった。


『ぎんもぢぃぃいいいいいいいい!』


 食い破られた皮膚から赤黒い炎が血のように吹き出し、突き刺さっていた氷を全て蒸発させ、白い煙として吹き飛ばした。


「ツラヌケッ!」


 細かいダメージでは無駄だと悟ったドミニクが、丸太ほどもある巨大な氷の槍を投げつけてくる。


「もっとだぁあああああああああああ!」


 月斗は氷の槍を抱え込むように正面から受け止める。踏ん張った氷面を足から漏れだした炎で溶かしながら、槍を粉々にぶち折った。


『足りない足りない足りないのよぉおお! もっともっともっともっと強いのちょうだぁぁあああいっ!』


 氷面が割れるほど地面を蹴り、さらに黒炎の片翼をはばたかせた月斗は、ドミニクとの距離を一瞬で詰めた。


「ヌゥッ!」


 ドミニクは空気が凝結するほど氷結障壁を強めるが、月斗は構わず右腕を叩きつけていく。魔力で生成された氷と炎が対消滅し、離れた電子が小さな放電を起こす。さらに放出された膨大なエネルギーが上昇気流となって渦巻いた。


「よこせぇえ! もっとちからよこせぇええええええ!」


 均衡を破って障壁を突破しようと月斗はさらに力を強めた。炎の勢いが強まり腕は障壁へと食いこんでいくが、同時に内側からのエネルギーに、構成素材であるヒヒイロカネが耐え切れず機械と生体の接合部分がギリギリと軋むような音を立て始めた。


『それ以上はいけません! 身体が崩壊してしまいます!』


 デュナミスがなにか喚いてるけれど、今更以外のナニモノでもない。

 限界を超えた力を発揮した月斗は右腕を障壁の内側へ捻り込み、ついにドミニクの頭を掴む。


「つかまえたぞしねぇえええええええええええ」


 力任せにドミニクを氷上に叩きつけ、そのまま鉋でもかけるように月斗は走りだした。豪雪地帯を進むラッセル車のように氷雪を撒き散らし、ドミニクの氷の鎧を削り取っていく。


『すりおろせぇえええええええええええ!』


 怒りのままに直進した月斗は、大破し氷に呑まれた貨物船の横っ腹へと突っ込んでいく。

 月斗は正面に見えるミサイルにドミニクを叩きつけた。鉄の円筒形がひしゃげ、ドミニクの身体がその中にめり込んだ。


「野獣がルシフェルを宿すワタシに勝テルと本気デ思ッタカ?」


 ドミニクの嘲笑とともに、その頭を掴んでいた月斗の右手が氷の剣に切断され宙を舞った。支えを失いバランスを崩した月斗の腹にドミニクの蹴りが突き刺さる。


「ワタシの足元にも及バナイその弱さガ、彼女ヲ殺シタノダヨ」


 落下しながら月斗は切断された手首から炎を伸ばす。着地するときには、炎が右手と手首を繋げ元通りに戻っていた。


「おまえころすぅうう、ころすころすころすぅうううううううううう!」


 まだ殺すのに力が足りないのなら、さらに燃やせばいい。

 肉も魂も全て力に。


『滅殺! 抹殺ぅう!! 殴殺ぅうう! 焼殺ぅううううううう!!』


 たった一つ残された感情のままに月斗は炎血を滾らせ、荒ぶる炎の嵐を巻き起こす。

 全てを焼きつくす赤黒い劫火に月斗の身体が、そして船体が悲鳴を上げていた。


『挑発に乗ってはいけません、草薙月斗! これは罠です。船がこれ以上沈む前に脱出してください!』


 渦巻く炎はコンテナに積まれた弾薬に引火し激しい爆発を起こす。さらに周囲を熱し続け、ついには船を支える氷までも溶かした。

 破れた船底や船腹から海水が怒涛となって押し寄せ、船は急速に沈み始めた。


「チカラがいくら強クトモ、暴レルだけナラバ無意味!」


 船底を突き破り出現した幾本もの巨大なつららが、ドミニクへの道を遮った。


「がぁあああああああああああ!」


 そんなものは問題ではないと月斗はつららに突っ込み、黒炎を叩きつける。


『ぶっころせぇええええええええ!』


 つららはあっさりと砕け散り、中から凍っていない大量の海水が放出される。

 海水は超高温の右腕に触れると瞬時に帰化し、水蒸気爆発を起こした。砕け散った氷が身体を切り裂き、さらにその破片で別のつららに穴が開く。

 新たに噴出した海水がさらに爆発を連鎖させ、月斗の身体は嵐に巻き込まれた凧のように翻弄された。


 爆発の衝撃と高まり続ける内圧に月斗の身体は壊れていく。

 動けない月斗を尻目に、ドミニクは氷の翼を羽ばたかせ、海水が流れこむ甲板ハッチへと上っていく。


「コノまま2000メートルの深海ヘ沈ンデ行クガイイ」


 ハッチを抜けるドミニクは両手を振るい氷結の波動を広げると、置き土産とばかりにハッチを凍りつかせていった。


「ころすぅううううううううううう!」


 逃げるドミニクを追おうとする月斗だったが、狂ったように力を発散し続ける右腕の所為で、再び水蒸気爆発に巻き込まれ、古い戦車に叩きつけられていた。


 沈降が加速しているのか、水圧に抗う船体が異様な音を立て始めた。

 それでも月斗は上部のハッチを目指して床を蹴る。しかし、水圧に負けた氷の一部が海水を噴出させ月斗を爆発に巻き込んだ。


『このままでは草薙月斗が…………。止められる可能性は低いですが、これよりあなたの魂に直接干渉します。最悪の場合を覚悟して下さい』


 一方的なデュナミスの宣言に続き、視界の左側が激しく点滅する。

 そして左目から全身にかけて、無数の鉄針が伸びていくような感覚があった。神経系を乗っ取っているのだ。

 針は内側から月斗の全身を拘束し、さらに絡みついた脳が沸騰させるような感覚に陥る。


「がぁっ、あっ……」

 緞帳を落としたように目の前が真っ暗になり、月斗の意識は覚醒と眠りの狭間に落ちていった。


========


 何もない暗闇の中で声だけが響いていた。


『正気を取り戻すのです、草薙月斗』


 あいつをころす。あいつをころす。あいつをころす。


『マントルまでめり込み海底火山になるつもりですか。あなたの本当の目的は別のはずです。思い出して下さい』


 そんなことよりころすのがさき。


『あはははっ、呼びかけたって無理無意味ぃ~。このまま精神が完全に壊れるまで力を使い続けるのよ』

『いいのですか、アスモデウス。依代たる草薙月斗を失えば貴方もただでは済みません』


 うしなう、うしなった、おれはあいつをうしなった。


『ま、その時はその時よね。二〇〇年ぐらいかけてゆっくり復活するわ』


 だからころす。うばったあいつをころす。


『そうはさせません。草薙月斗の復旧が困難ならば、わたしは貴女を抑えこむことに使っている力をすべて開放し、3つの魂を消滅させます』


 しょうめつさせる。けす。けす。ころして、けす。

 このおおきなちから、ひつようだった。


『あら、あなたの力で殺れるの? このあたしを?』

『はい、今からそのための最終シークエンスを実行します』


 ちから! ちから! ちからぁあああ!


『いいわよ、受けて立ってあげる。失敗したらあんたの魂まるごと喰ってあげるわ』


 せめぎあうちから、このちからがあればすくえた。

 すくえた。すくえた? なにを?


『術式封印解除、虚数次元へ接続開始……アポカリプスを確認しました。これより3ナノ秒間メギドを開放します。カウントダウン開始、5、4』

『へ~、おもしろそうじゃない。終末の天使の本気って見てみたいわ』


 あああああああ、ちからぁああああああああ。


『3』


 もっとぉおおおおおおおおおおおおおおお。


『何がもっとなのですか、月斗さん』


 あたたかなこえがきこえた。


『あら、天使ちゃん?』『緊急停止、ルスキニア?!』


 くらいなかにちいさなひかりがおりてきた。


「……るすきにあ?」


 といかけた。


『はい、そうなのです!』


 元気な声が返ってきた。


「るすきにぁ……るすきにあ……ルス…………ルスキニア!?」


 幾重にも反響を繰り返したその名前が、月斗の意識を闇雲の中から引きずりだした。


「お前、どうして……」


 目の前にルスキニアが立っていた。絶望した精神が創りだした幻覚ではない。

 陽だまりのようにのほほんとした暖かさは、間違いなくルスキニアの魂だ。


『神さまがちょっとだけ時間をくれたみたいなのです』


 自分でも分かっていないのか、ルスキニアは不思議そうに言った。理由なんてどうでもいい、いま目の前にルスキニアがいる。それだけで十分だった。


「ちょっとなんて言うな。もうどこにも行くな」


 月斗は光を掴もうと手を伸ばすが、虚しく空を切るだけだった。


『大丈夫なのです。これから先どんな困難があっても、月斗さんなら絶対に打ち勝てます』

「俺はまだ……お前に当たり散らしたことをちゃんと謝ってない……」


 なにか一つでもいいから理由が欲しかった。玩具をねだって駄々をこねる子供のように恥ずかしいことでも、月斗はルスキニアの手を離したくなかった。


『謝る必要なんてないのです。月斗さんは偉そうにしている方があっているのです』

「なんだよそれ……」


 ルスキニアのあんまりな言い草に月斗は思わず笑みをこぼした。


『きっと、めぐりめぐっていつかまた会えるのです。だから、月斗さんはまだ天国に来ないでください』


 ルスキニアは小さな腕を精一杯広げて、月斗の身体を両腕ごと抱きしめた。

 せめぎ合う力に、今にも引き裂かれそうになっていた身体がピタリと合わさり、暖かさが染み入るように馴染んでいった。


『いや~ん、天使ちゃんとハグぅうう』

『どうやら危機は脱したようですね』


 うるさい住人は喧嘩をやめて、それぞれの部屋に戻っていった。


『もう時間なのです』


 安堵の表情を浮かべたルスキニアの身体が徐々に薄れていく。


「俺は絶対に諦めないからな! 俺の身体も、お前も!」


 月斗は消えゆくルスキニアを力いっぱい抱きしめた。


『その調子なのです!』


 最後は満面の笑みを残し、ルスキニアの魂はここではない何処かへと去っていった。

儚く消えたルスキニアと正気を取り戻した月斗。

戦いは最終局面へ!

次回は明日の18時頃、投稿予定です。


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