共闘
前回のあらすじ
ルスキニアを取り戻した月斗。
しかし、ラジエルの書を手に入れたドミニクが力を開放してしまう。
「本番? 認識が違うな、すでに終末は始まっている」
瞳を爛々と輝かせたドミニクは、道端で説教を行う宣教師のようにラジエルの書を左手に持っていた。
落ち着きを払った様子をしているが、漏れ出る凄まじい魔力だけで空気中の水分が凍りつき、ダイヤモンドダストが起きている。
「まるで別人だな。どっかの神さまにでも帰依したか?」
「なに、ルシフェルを降魔させただけだ」
事実かどうか分からないが、ドミニクはそれを納得させるだけの膨大な魔力と全てを凍らす吹雪のような威圧感を放っている。
「同じ革命家として、私の魔力と相性が良いようだ」
ドミニクが軽く手をひと薙すると、その指先から船腹にむけて氷結の波動が走った。
波動に触れた戦車と重火器が一瞬で氷に包まれた。ただの氷結ではない、空間そのものを凍結してみせたのだ。
『第4ヒエラルキー程度の力があります。非常に危険です』
デュナミスの声には僅かに切迫感がこもっていた。
今までのドミニクの実力を拳銃とすると、巨大ロボットに乗り込んだほどの隔たりがある。相手にとって不足なしどころの話ではないが、月斗は挑発の笑みを浮かべた。
「思っていたよりは弱そうだな。ルシフェルの実力ってのはその程度か?」
「まだまだこの先があるのだよ。馴染むのに少しばかり時間が必要なだけでな。もっとも、それを見るまでキミは生きていられるかな?」
無造作に振られた手の先から白い波動が放たれる。
「避けろ!」
「はいなのです!」
月斗が左へ、ルスキニアが右へと横っ飛びに波動を避ける。
二人の間を駆け抜けた波動は、背後にあった大穴に達し巨大なつららを噴出させた。船底から侵入してきた海水を一瞬にして凍らせたのだ。
「ふむ、なかなか扱いが難しいな」
呟いたドミニクは手に入れたばかりの銃の照準でも試すかのように、細く絞った氷結光線を四本の指先から同時に発射した。
月斗は扇状に広がる光線の隙間に飛び込みながら、アマツカゼのトリガーを引く。
光線の残像を滑るように遡った銀の弾丸は、ドミニクの手前で運動エネルギーごと凍りつき砕け散った。
撃たれたことなど羽虫程度にしか気にしていないのか、ドミニクは指先で空間を切るようにしてを右腕を薙ぎ払う。
氷結光線が平面を塗りつぶすように広がる。
「ひあぁあああ!」
飛んでいたルスキニアは空中で光線を辛うじてかわすが余波の冷気にあおられ、わたわたと落ちてくる。
「こっちだ!」
誘導した月斗はルスキニアを両手で受け止め、走りだす。そのすぐ後ろを折り返してきた氷結光線が追いかけてくる。
追いつかれるのは時間の問題だと、月斗はミサイルを乗せた可動式発射台の後ろに滑りこむ。
間一髪、大型トラックほどの大きさがある台車の側面が極寒のブリザードに吹きつけられたかのように一瞬で凍りついてしまう。
「どうしましょう、月斗さん」
床に下ろしたルスキニアが不安そうな目で月斗を見る。このまま逃げていても、ジリ貧になり追い詰められる未来しかない。
月斗が答えに窮していると、それまで黙っていたアスモデウスが声を発した。
『うふふ、そろそろあたしの出番かしら? 月斗ちゃんのぜ~んぶを任してくれれば、あんな奴簡単に捻り潰してあげるわよ』
気軽に言ってくれるが、アスモデウスに身体の支配権を完全に渡すわけにはいかない。
しかし、奴に対抗する切り札がこいつしかないのも事実だ。
「……一発だけだ。決めの一発だけ力を使わせてやる」
「月斗さん?! だ、大丈夫なのですか??」
ルスキニアは目を丸くして驚き、不安そうに言葉を震わす。
『私が抑えこみに集中します。一発程度なら暴走のリスクは少ないはずです』
可能性が無いと言わないあたり、デュナミスの予測は信用できる。
「念のためお前もこいつをもっとけ。ヤバそうだったら、俺に打ち込めばなんとかなるはずだ」
月斗は懐から人工ソーマのカートリッジを取り出し、ルスキニアに渡す。
「……分かりました。万一の時は絶対にわたしが月斗さんを止めます」
ルスキニアは力強く頷いた。掛率の悪い保険だがないよりましだろう。
『うふふ、そうこなくっちゃ。あたしに全部もってかれないよう気をつけなさい』
アスモデウスの喜ぶ声が終わらないうちに、ドミニクから通告が飛んでくる。
「私の最終調整に付き合うつもりがないなら、さっさと死んでもらうことになるが、どうするかね?」
発射台を侵食し忍び寄っていた氷が、つららとなって飛び出し二人に牙をむく。
月斗はルスキニアの二の腕を掴んで逃げながら、その耳元で作戦を囁いた。
「――だ。いいな?」
「はいなのです!」
鐘を打ったかのような小気味いい返事に背中を押され、月斗は隠れていた発射台の後から飛び出す。
「いくぜっ!」
左のワイヤーアームを斜め上方に発射し、天井から垂れ下がるチェーンブロックを掴む。最大速度でワイヤーを引き込み身体を持ち上げると、その加速を利用してドミニクに向かって大きく跳躍した。
「頭上ならば障壁が弱いとふんだか、しかし辿り着かねば意味は無いぞ」
ドミニクは右の手刀を斜めに振り下ろし、天井から床まで達する三日月状の波動を放った。
月斗は何も持っていない右手で素早く印を切る。
「疾く、風神!」
吹きつけた強い横風がワイヤーアームにぶら下がる月斗の身体を揺らし、三日月状の氷結波動を躱す。代わりに波動を食らった船体の右舷側が大きく切り裂かれ、瞬時に凍結した。
「その行動はもう知っている」
つまらないとでも言いたげな余裕の表情でドミニクは手刀を先ほどの軌跡にクロスさせるように薙いだ。月斗が揺り返したところを狙った二段階攻撃だった。
「じゃあ、こいつはどうだっ!」
右脚の太腿を尻に引きつけるように曲げると、膝の関節が外れ、仕込まれたロケット弾をドミニクにむけて発射する。発射の反動で月斗の身体は斜めに大きく持ち上がった。二撃目の波動は左足のつま先を掠め、ギリギリの所で後方に抜けていった。
発射されたロケット弾は、三撃目を準備していたドミニクに命中。閃光のような炎がドミニクを包み爆煙を巻き上げた。
「もはや児戯に等しい」
見下すような声に爆煙は音を立てて凍りつき、無傷のドミニクが姿を表す。
しかし、ダメージを与えられないことぐらい織り込み済みだ。右膝を戻した月斗はその反動のままドミニクに向かって飛び降りていく。
「なら、楽しんでくれよっ!」
引き戻した左腕を聖剣デュランダルへと換え、ドミニクの頭上に振り下ろす。
「全てが変わったと理解するがよい」
掲げたドミニクの右手に冷気が集まり、二メートルはあろうかという巨大な氷の剣を作り出す。
氷の刃とデュランダルの刃がぶつかり、硬質な音が雪舞う中に響く。デュランダルをもってしても、強大な魔力で作られた氷の刀身は叩き折ることはできなかった。
「ぬんっ!」
氷の剣を振り抜こうとするドミニクの馬鹿力に逆らわず、むしろそのベクトル利用し月斗は身体を跳ね上げる。そのまま剣の範囲から逃れた月斗は、左手を剣から戻し、印を切りながら着地。
「打ち倒せ、雷神!」
月斗は雷の力を纏った左の拳を殴りつけるように射出する。伸びきった鼻っ柱をぶち折らんと、接近する拳に向かってドミニクは氷の剣を無造作に振る。
「ふんっ!」
氷の剣が砕け散りいくつもの雹となってワイヤーアームと激突。最初の数個こそ雷撃で破壊できたが、やがてその勢いに負け、左手は後方へと弾かれてしまう。しかし、月斗は右手一本で突っ込んでいく。
「出番だ、アスモデウス!」
『はいは~い』
職業意識の低いバイトのような軽い声とは裏腹な激しさで、月斗の右腕から赤黒い炎が燃え上がる。力を開放したことで、太極炉の中でもアスモデウスの魂が大きく膨れ上がった。
叛乱を抑えこもうとデュナミスの魂も力を増す。二つの強大な力の板挟みになっている月斗は、吹き飛びそうになる精神を必死につなぎ留め、拳を突き出した。
迫る黒炎を前にドミニクは眉をピクリと動かし、初めて身構えた。
「おらぁああああああ!」
赤黒い炎と氷雪がぶつかりあい、烈風を伴った白い水蒸気が広がった。
「たしかに強力だが届かんよ」
ドミニクの言葉通り、炎の力は氷雪と相殺され消えてしまった。
しかし、それで十分だった。
「俺じゃなっ!」
湯気に紛れて月斗は背後にふっとばされた左のワイヤーアームを最大速で巻戻していた。
「わたしの番なのですっ!」
その先はルスキニアの手を掴んでいた。すっ飛んできルスキニアはさらに背中の翼を羽ばたかせ加速、相殺された氷結障壁を越え、伸ばした指先がドミニクの持つラジエルの書に触れる。
「やったのです!」
そのままラジエルの書を掴もうとするルスキニアだったが、ドミニクが動く。
「隙を突いたつもりかっ!」
怒声と共にドミニクの全身から、サボテンのごとく氷の棘が出現する。そのうちの一本が伸ばした手ごとルスキニアを串刺しにしようとする。
「させるかよっ!」
両足で踏ん張った月斗は左のワイヤーを全力で引く。
「ひわぁあああ!」
釣り上げられた魚のようにルスキニアの身体が、浮き上がり月斗に向かって戻ってくる。
「力がっ! さらに高まっているぞ!」
顔を紅潮させたドミニクは絶頂を迎えたかのように身体を反らし、全方位に氷の棘を撃ち出した。
落下してくるルスキニアは、背後からの攻撃に気づいていなかった。
「ったくよぉおっ!」
ルスキニアは抱きとめた勢いのまま回転し、月斗は自らの身体を盾にとしてドミニクへ背中を向けた。
「ふぇっ!?」
何事かとルスキニアが目を回しているうちに、飛来した氷の棘が月斗の背中と生身の左足に突き刺さる。
「ぐがぁぁあっ!」
太腿を抉られた痛みに悶絶し、さらに背中に棘がぶち当たった衝撃に息が詰まった。どれほどドミニクが昂ぶっているのか、氷の棘は続けざまに四発、五発と月斗の背中に突き刺さった。
「月斗さんっ!」
心配する声がすぐ耳元で聞こえたが、月斗にはそれに答える余裕がなかった。突き立てられた氷の棘は体内に侵入し、サイボーグ化された器官を凍りつかせた。
すぐさま体内のエーテルを活性化させ氷結を解こうとするが、一時的に機能不全を起こした月斗はその場に崩折れるしかなった。
全包囲攻撃の被害を受けたのは月斗だけではなかった。
「ぎゃぁああああああ! あ、脚がぁああ!!」「ひがぁっ、た、大佐……なんで……」「カール!! ギュンタ!!」
悲鳴は船首の方向からも聞こえてきた。大量に放たれた氷の棘は、ドミニクの部下たちにも犠牲者を出していた。
「ドミニク様、抑えてください!!」
部下の一人が意を決して諌めるが、ドミニクは小さく首を傾げた。
「ん? なぜだ? なぜ力を? この素晴らしきチカラを抑えねばならんのダ! 私こそが『自由』であル!」
片眉を怒らせドミニクは部下を睨みつける。
「落ち着いてください! 同志たちに被害が出ています! これほど大きな力を見せなくとも、クロノハンターは倒すことが」
「なるほど心配なのダナ。よろしい、私以外の弱きニンゲンなど、もう必要ないことを見せてヤル」
一方的に言い放つと、ドミニクは全てをさらけ出すように両腕を広げ自らの身体を十字架とした。陽炎のような空間の歪みがドミニクを中心に広がり、船全体を駆け抜けた。
耳が痛くなる高音が鳴り響き、激烈な冷気が辺りを包み込む。革命のため貯めこまれた武器や車両は用済みだとばかりに凍りつき、魔力の直撃を食らった敵兵たちの半数が氷の彫像と化し砕け散った。
「世界を革命するには私ひとりで十分ナノダヨ!」
そして船自体が金属の軋む音を立て始めた。船倉から伝わった冷気が、周囲の海を凍らせているのだ。体積を増した海氷は船体を歪ませるだけではすまなかった。
ドミニクの魔力に呼応した海氷が次々と船体を突き破り、氷山を突出させた。
周囲の凍結した海氷から加わる力がその亀裂に作用し、船体自体をねじ切るように歪ませる。
「に、逃げろ! ドミニク様が錯乱された! もうこの船はおしまいだ!」
力を手にし、豹変した指導者に見切りをつけた兵士たちが我先にと階段に殺到し、崩壊する船倉から脱出していく。
「わたしたちも、一時撤退なのです!」
ルスキニアは身動きの取れない月斗の両脇を抱きかかえると、翼を広げ飛び上がった。総重量83キロの月斗と一緒では流石に早くは飛べない。
それでもなんとか、ヨタヨタと上昇していき、船体の歪みでできた荷降ろしのための甲板ハッチの隙間から外へと脱出した。
「凄いことになってしまっているのです……」
ルスキニアが圧倒されたように呟いた。
東の空が僅かに青みを強めている。今から昇ろうとするわずかな太陽の光でも分かるほどはっきりと、巨大な流氷が形成されていた。
すでに半径300メートルほどはあるだろうが、さらに海面を凍らせ極寒の領土を広げ続けている。その急激な膨張に耐えかねるように、氷に呑み込まれた貨物船が金属の悲鳴を上げていた。
「式典を放り出してドコへ行くのカネ?」
六枚の氷の翼を打ち鳴らし急上昇したドミニクが、飛び去ろうとするルスキニアと月斗の前を塞いだ。
強大な力を手に入れ暴走を始めるドミニク!
月斗とルスキニアはどう立ち向かっていくのか!?
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