船上パーティの始まり
前回までのあらすじ
ドミニクに攫われたルスキニアを助けるべく、
月斗は彼らが根城とする貨物船に乗り込む。
星の光さえ吸い込む漆黒の海を、月斗の操縦するボートが低い波をたて進んでいた。気温は高くなく風も穏やかだ。遠くに見える光は釣り船や漁船だ。
すでに深夜3時を過ぎている。あと1時間もしないうちに夏の太陽が昇り始める。それまでには全ての決着がつくはずだ。その決戦の舞台はボートの進む先で、波に身を任せ今は静かに揺蕩っていた。
貨物船ケーニヒ・ヴィルヘルム。全長229メートル、船腹32メートル、積載量82000トン、船籍はリベリアとなっている。税制面からペイパーカンパニーを置いて船籍を他国に取る方法はよくあることなので不審な点はない。実際、船籍数だけならリベリアは世界二位の商船大国だ。問題なのはこの船が実態のある貨物を運んだ形跡がないということだ。書類上では穀物などの取引に使われているが、実際の荷降ろしは行われていない。この幽霊のような貨物船を、ドミニクたちは革命運動の拠点にしていた。
月斗は船上からの明かりを避け、ボートをケーニヒ・ヴィルヘルムの船腹に寄せた。操縦席を離れた月斗は、左のワイヤーアームを頭上にむけて射出する。ワイヤーの伸びる音と、それに続く船の縁を掴む音は波にかき消されるほど小さかった。
『囚われのお姫様を救いに行く泥棒になったみたいで、ドキドキしちゃうわ』
観客気分のアスモデウスは状況を心底楽しんでいるようだ。
『ルスキニアの奪還に向かうので泥棒という表現は不適切です』
そしてデュナミスも相変わらずだった。
あと少しで昇りきるという所で、月斗はワイヤーを止めた。頭上で物音が聞こえたからだ。
動きを止めて集中すると足音だと分かった。見張りだろうか、船首から船尾へと向かって通り過ぎていく。幸いなことに船の縁を掴む左手は発見されなかったようだ。
月斗は一気にワイヤーを引きこむと、縁を掴んで身体を跳ね上げた。学ランの裾を僅かに揺らし、音もなく甲板に着地する。
見張りには気づかれていない。月斗は5メートルほどの距離を足音もなく近づく。見張りの背後に忍び寄るとその頭を両手で抱きかかえるように掴み、力まかせに捻った。
「うっ……」
骨の折れるわずかな音に、小さなうめき声が続き、男は絶命した。月斗は力の抜けた男の身体を引きずり、そっと物陰に下ろした。
お荷物なしだとスムーズに運ぶものだ。そんなことを考えていると、声が聞こえてきた。
「どうしたオットー、また船酔いか?」
からかうような声の主に向かって、月斗は床を蹴り左腕を聖剣デュランダルへと変化させる。
殴りつけるように突き出した剣先が、角を曲がって現れた男の首筋を貫いた。気道を刀身に塞がれた男は口から血を垂らし、何事か唇を動かす。
最後の一息で指先をトリガーにかけようとする男を許さず、月斗は剣先を引きぬきながら首を掻き切った。力を失い倒れる男の胸を、剣の腹で押さえてできるだけ静かに床に下ろした。
隠せそうな物陰がすでに別の死体で埋まってしまっている。こいつを海に投げ捨てようかどうか、一瞬判断に迷っていると、背後からライトが月斗を照らした。
「誰だ?!」
疑念を含んだ声だった。敵が迷っているうちに、月斗の右手はすでに印を結び終わっていた。
「疾走れ、雷神!」
月斗の握る手すりを伝わった電撃が、銃のトリガーに指をかけようとしていた男を襲った。
「がぁぁあっ!」
男は息の詰まったような悲鳴を上げると、どさりとその場に倒れむ。流石に大きな音を立ててしまった。
船上で適当に踊っていたライトの光が、月斗の潜む周囲を照らし出す。
『侵入が発覚したようです』
『ほら、ちまちま殺ってないで盛大に暴れちゃいましょう』
デュナミスの忠告とアスモデウスの助言を聞き流しながら、月斗は船尾に向かって走る。目指すは船尾の甲板から突き出た船橋楼だ。そこから船内の機関部や倉庫へ入っていける。
「右舷側の警備から連絡が途絶えた!」「すでに奴が侵入しているぞ!」
無線越しに怒鳴り合っているのか、恐怖を振り払うような大声があちこちから聞こえてくる。船橋楼はすぐそこだが、先に一手打っておく方が良さそうだ。月斗は背中に右手を回すと、バックパックの脇にあるスイッチを押した。
軽い音と共にバックパックの背面板が滑り落ちる。開いた中には拳大の手榴弾が12個、規則正しく並んでいた。
月斗は剣から戻した左手で印を切りながら、右手でバックパックから垂れ下がった紐を引っ張った。安全ピンが抜け、さらに留め具から開放された手榴弾たちがぽろぽろとこぼれ落ち始める。そのタイミングで月斗は術を開放した。
「散らせ、風神!」
猛烈な上昇気流が手榴弾たちを高く舞いあげ、船上に撒き散らした。くるくると回りながら落ちていく手榴弾の内部では、時限信管を小さな火が進んでいる。
たっぷり5秒の間に月斗は悠然とアマツカゼをホルスターから抜き、スライドを引いていた。そして、船上の12箇所で同時に爆音が鳴り響いた。
「ぐわぁああああああ!」「て、敵襲だっ!」「奴は一人じゃないのか!?」
連中の慌てようが甲板を駆けまわる靴音となって、これでもかと伝わってくる。
『んん~、いい声♪ 素敵な断末魔をもっと奏でなさい♪』
アスモデウスの思い通りになるのも癪だが、いまは敵を討ち倒し進むしかない。月斗はアマツカゼを握り、敵兵が守る船橋楼へと駆けて行く。
「や、奴が来たぞ!」
叫んだ敵兵の胸をアマツカゼの放った弾丸が撃ち抜く。そのまま銃口を左に動かす。
もう一人の男が咄嗟にMP7のトリガーを引くが、銃弾は甲板に火花を散らすだけだ。男が狙いを修正するより早く、月斗の二発目の弾丸がその心臓を貫いた。
『右奥から三人接近してきます』
月斗は左ポケットから取り出した手榴弾の安全ピンを口で引き抜くと、1秒待って流れるような動作で振りかぶる。
「いたぞ、革命の敵を撃てぇええええ」
怒鳴りながら銃を構えた男の顔面に時速150キロほどで手榴弾が激突。
「うべしッ?! はっ、はんらぁ?」
砕けた前歯と手榴弾を同時にキャッチした反射神経が完全に仇となった。わけも分からぬうちに、周囲の味方ごと爆発に巻き込まれてしまった。
「うわぁああああああああああああ!」
ひとりは砕け散った人体と一緒に壁に叩きつけられ、もうひとりは衝撃にあおられた勢のまま船の手すりを乗り越え海面へと転落していった。
『今のは得点高いわ。5ポイントあげちゃう』
「そりゃどうも」
『あと9205ポイントで地獄の旅にご招待よ、頑張ってね!』
アスモデウスが軽口を叩いている間に、月斗は船橋楼の扉を蹴り開ける。拳銃を構えた男が目の前に待ち構えていた。
「死ねぇえ!」
憎しみの篭った雄叫びと共に、男はトリガーを引いた。咄嗟に身を沈めた月斗の頭上を、髪の毛を掠るようにして銃弾が越えていく。
急激な動きに戸惑っている男の銃身を、肩で払うようにして立ち上がり、その腹に超至近距離で銃弾を叩き込んだ。
「がぁっ! フランツぅっ! うっ!」
一発、二発と銃弾に身体を震わせた男は誰かの名前をつぶやき崩折れた。
その瞬間を待っていたかのように、別の銃声が斜め上方から聞こえる。狙いを外れた跳弾が狭い廊下に金属音を響かせる。
月斗は男の死体を盾にして、銃口が見えた右の階段に向かって撃ち返す。すでに敵は身体を引っ込めていたので当たらない。
「ドミニクは船倉だな?」
『はい、そのとおりです』
確認してから月斗はブリッジに繋がる階段に足を踏み出した。とりあえず、雑魚をぶっ倒してしまうのが先と判断した。
「き、来たぞ! ブリッジを守れ」
乗っ取られるとでも勘違いしたのか、敵も死にものぐるいで応射してくる。二人を撃ち殺し、二階まで上がった所で敵は船橋への階段を銃の壁で封鎖し、籠城作戦に出た。
「こいつは面倒だな」
壁に隠れた月斗は残り1つの手榴弾の安全ピンを抜き、三秒数えるとおもむろに上階に放り投げた。
「まずい隠れ――」
手榴弾の重い炸裂音が銃声も男たちの声も塗りつぶした。
階段を駆け上がった月斗は、倒れた男たちの脳天を問答無用で撃ちぬく。窓の外から落下音が聞こえたけれど追いかけてまで始末する意味は無い。
三階部分にはブリッジ以外にも部屋があったが、とりあえず制圧完了だ。
軽くなったアマツカゼの弾倉を交換しながら、月斗はようやく階段を降り船倉への向かった。
『もうすぐ天使ちゃんに会えるわよ』
階段を下る途中で鉢合わせになった敵兵を蹴り倒し、補充したばかりの弾丸を一発消費。
降りきったところで、正面の機関室へと繋がる扉が開き大柄な男が飛び出してきた。
「うらぁあああ!」
振り下ろされる手斧を、月斗は咄嗟に右手に握ったアマツカゼの銃身で受ける。ガキンッと金属音が響いた。
「一丁200万だぞ」
踏み込んだ月斗は大柄な男の顎に強烈な左アッパーを放つ。
ヒヒイロカネ製の拳は、鈍い音と共に顎をかち割り男の巨体を宙に浮かす。さらに両足に残っていた溜めを開放し、八極拳の頂肘の要領で身体を肘を突き出し男をふっ飛ばした。
「カールがやられちまった! 撃てぇええ!」
敵はこいつで終わりではなかった。機関室の地面に倒れた男を踏み越えた5人の男たちが、狙いもつけず一斉に銃弾をばら撒いた。
「くっ!」
月斗は跳弾の飛び交う通路を嫌い、撃ち返しながら船倉に繋がる階段へ飛び込んだ。
「船倉に逃げたぞ! 大佐に辿り着く前に片付けるんだ!」
頭上を飛び越えた大音声は、月斗が進む階下から増援を呼び寄せていた。足元から突き上げるような射撃に、月斗は階段の折り返しまで退却する。
『足音と射撃音から判断して、下方の敵は7人です』
デュナミスの声を聞きながら、月斗はアマツカゼを腰のホルスターにしまう。
『ふふ、どう切り抜けるのかしら?』
試すように言うアスモデウスへ、応えとばかり月斗は右手と左手で同時に別々の印を切る。
「駆け抜けろ、風神!」
階下に突き出した右手から暴風が放たれ、狭い階段を吹き荒れる。
「なんだこの風はっ!? うわわぁあ!」
銃で手がふさがっていた敵兵たちは、踏ん張ることすらできず、ドミノのように折り重なって倒れていく。
「暴れろ、雷神!」
発射された左のワイヤーアームが、空気を切り裂く放電を纏いながら階段上の敵集団に飛び込んでいった。
「いぎゃぁあっ!」
撒き散らされる電撃を食らった兵士たちの短い悲鳴が蛙の合唱のように頭上から響いた。
カタがついた左手のワイヤーを引き戻しながら、月斗は術の切れた右手でアマツカゼを抜く。階段を飛ぶように降りながら、起き上がろうとしている敵兵たちを次々に撃ち倒していく。
4人目の胸を撃ちぬいた所で弾切れを起こしてしまう。
「ここで終わりだ!」
チャンスと見た男が立ち上がりながらトリガーを引く。しかし、月斗の姿はもうそこにはなかった。飛び上がり、引き戻した左手を刀身へと変えていた。
一閃、男の首が飛ぶ。
一歩、後ろで手榴弾を手にしていた男の腕が根本から飛ぶ。
一撃、船倉への道を塞いでいた男の心臓を刃が貫いた。
「がはぁっ!」
血を吐き出した男を蹴り倒し、自由になった左腕を刀身から元に戻す。空になった弾倉を交換し月斗は船倉へと足を踏み入れた。
船尾方向にある小さめの船倉には、兵士たちの装備が置かれていた。拳銃などの小火器や、趣味の悪いナチスドイツ風の軍服がハンガーに掛けられている。日常の生活空間も兼ねているのか、雑誌や携帯電話、アダルト雑誌も放置されている。ここで寝泊まりしている人間もいるのだろう、寝袋も転がっていた。
隠れるような場所もないので月斗は隔壁の扉をくぐり、もっとも広い中央船倉へ進んだ。
中央船倉は船首までぶち抜いたかと思えるほど、縦長の広い空間になっていた。七星学園の体育館を縦に3、4個ほど繋げたぐらいの容積があるだろうか。天井は高いが荷物運搬用のチェーンブロックがいくつも垂れ下がっている。
中央が通路になっていて、両側には様々な物品が置かれていた。バイクや車などの車両、ロケットランチャーや迫撃砲などの重火器、駆動するのか怪しい古びた戦車なんてものもある。極めつけは大型トラックほどの大きさの可動式発射台に寝かされたミサイルだ。甲板のハッチを開けて、発射するつもりだったのだろうか。
世界相手に戦争を始めようというだけあって、装備だけは揃えているらしい。ただ、そのどれも整備や訓練で実際に動かしている様子はなく、軍事倉庫というよりは戦時中を再現した歴史博物館のような雰囲気を醸し出していた。
その虚ろな兵器たちに囲まれた陰気臭い船倉の中央で、ドミニク・フーゲンベルクは背後に部下を従え待っていた。
「ようこそ、我らが革命の方舟へ!」
誇らしげな声が響く。
ついに対峙する月斗とドミニク。
極限バトルが始まる。
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