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混沌とする戦場

前回のあらすじ

ドミニクたちによる襲撃で、屋敷は戦場と化す。

 屋敷の中央棟にある執務室は、御庭番衆を統括する指揮所となっていた。

 普段は壁裏に収納されているパネルやカメラ映像のモニタが全て露わにされ、通信担当のメイドが4人その情報分析の任についている。

 先程まで役員との遠隔会議に使われていたホログラム装置も、いまは屋敷の全体図を表示していた。そこには発信機による味方部隊の正確な位置と、報告から得られた敵部隊の位置や情報がリアルタイムで表示されていた。


「奴らも慎重になったか」


 生き残っている監視カメラが送ってくる映像では、凍りついた庭の林を軍服姿の男たちが駆けていく。

 地雷も設置してあったが、この凍結で無効化されてしまっている。これは東側の映像だが、西側でも地雷が次々に無効化されているという報告があった。

 ドミニク以外にも魔術を使える奴が数人混じっているようだ。もともと敵を消耗させ多少時間稼ぎできればよいと考えていたので、設置した設備も御庭番衆も十分に役割を果たしていた。


「こちらの被害はどうだ?」


 月斗は副官を務める川岡に尋ねた。


「鹿野隊が軽症3。佐々木隊が重傷2、軽症5。KIAはともに0です」

「分かった。両隊を屋敷まで後退させ、引きつけて戦うよう伝えろ」


 月斗の命令を通信担当のメイドが各隊へと通達する。

 ホログラムの地図上でメイド部隊を表す緑色の光点の全てが屋敷へと向かい始める。


 敵の侵入と同時に建物全体が臨戦態勢に入り強固な要塞と化している。窓には鉄板のシャッターが下ろされ、敵を迎え撃つ陣地となるコンクリート防壁が屋敷の出入り口に立ち上がっている。

 他にも建物の内外に設置された無人の迎撃装置など、様々な仕掛けが作動していた。


 敵部隊を表す赤色の光点が林を抜けた所で、移動速度を増した。屋敷の異変に気づいたのだろう。

 綿密に連絡をとっているのか、敵の両翼の足並みは揃っている。


「片側ずつ確実に叩くぞ。まずは俺が西の佐々木隊へ増援に行く。鹿野部隊は、こっちが片付くまで足止めだ」


 被害を受けている西の状況を鑑みて月斗は次の指令を飛ばした。

 ドミニクは東側のようだが、大規模な術を使った後なのですぐに奴自身が突っ込んでくるようなことはないだろう。鹿野がいれば十分対処できると判断した。


「川岡、ここは任せるぞ」

「畏まりました。月斗様、お気をつけ下さい」


 アマツカゼを手にした月斗は、執事とメイドに見送られ執務室を飛び出していった。


=======


 同志たちの構えるMP7から放たれた弾丸が、吐きつけたガムのような窪みを敵の隠れたコンクリート壁に刻む。

 無駄弾になると撃ち方を止めると、すぐさま敵からの撃ち返しがある。今度はこちらが盾にしている分厚い氷壁が、ライフル弾に白い跡をつけられる番だった。


 先程からこの繰り返しが三度続いていた。敵の防御陣地からの銃撃を防ぐため、氷壁をつくりながら前進してきたので、ドミニクの魔力は底をつきかけていた。今は同志たちの銃火だけが頼りだった。

 防御陣地の守りは堅い。事前情報になかったコンクリートの防壁が立ち並び、二階三階から全ての場所へ撃ち下ろすことができるよう射線が確保されている。

 守備についている人員もそれらの役目を理解し、明らかに籠城戦を想定した動きをしている。


 敵数は30人ほどと、こちらとそれほど差がない。しかし優秀な指揮官が部隊を統率している。攻撃にメリハリが効いていて、無駄がなかった。


 これまでの行動からして、待ち伏せからロケットランチャーで一撃を加え、林の中で遅滞行動、そして素早い撤退。おそらく、草薙月斗が来るまで耐え切る防御行動だと割り切っているのだろう。足止めを食っているわけにはいかない。


「こんなところで我々は止まれるものか! 大願成就ぅううううう!」


 膠着した状況に耐え切れず血気盛んな同志が、手榴弾を片手に銃を乱射し突っ込んでいく。


「援護射撃だ!」


 咄嗟のドミニクの声に応じた同志たちが氷壁から身を晒し、一斉に銃弾を放つ。

 敵陣でも突撃を食い止めようと、銃口がこちらに向けられる。


 烈風が吹きすさぶような激しい撃ち合いとなった。

 同志たちの援護射撃は敵の狙いを惑わせたが、それも一時的なものに過ぎない。

 間隙を縫って放たれた一発の銃弾が、突撃した同志の胸を撃ちぬいた。


「ぬおおっぉおおお!」


 同志は最後の力を振り絞って肩を振った。放物線を描いた手榴弾がコンクリート壁を越え、敵陣へと落ちていく。

 慌ただしい気配があった直後、腹に響く音を鳴らし爆発が起きる。小規模であったが、コンクリート壁の一角を崩すことに成功した。

 それを見届けた直後、逆襲の一発が勇敢なる同志の額を撃ちぬいた。


 噴煙の隙間から、メイドの一人が引きずられるようにして搬送される姿が見えた。

 いかに強固な守備であろうと、一点が崩れればそこを足がかりに押し通すことができる。


「いまぞ好機! 同志がその身を犠牲に開けた突破口を無駄にするな!」


 ドミニクに鼓舞された同志たちは、敵からの応射を恐れず銃弾を放ち、隙を見て近づき手榴弾を投げ始めた。敵も簡単には突破されまいと、危険を顧みず屋敷の上階からの射撃を増やした。

 激しい銃声と爆音の中で、通信機が耳につく嫌な雑音を立てる。


『大佐! 要注意対象が出現しました!』


 切迫感のある声が聞こえてきた。

 林を進み西棟に向かった部隊からの連絡だ。草薙月斗は、被害が大きくでている仲間の応援に向かったようだ。


『そのまま引きつけておけ。倒そうなんて考えるな、時間を稼げればそれでよろしい』

『了解!』


 ドミニクは自分の指示の意味を分かっていた。

 精鋭とは言えない同志たちの力量では、5分、長くて10分ほどしか持ちこたえられないだろう。

 その間に使い果たした魔力がどれほど回復しているか。大規模な魔術を一回分がギリギリだろう。

 見た目こそ若く保っているが、回復力の面では全盛期に遠くおよばない。若い草薙月斗と正面からぶつかるのは危険だ。


 眼前の戦いに意識を向けると、銃弾の雨の中を同志たちは恐れず前進していた。建物の上階からの射撃に阻まれる者も多いが、手榴弾による防壁の破壊とその後ろの守備隊の妨害は確実に進行している。


 まず考えられる作戦は魔力が回復次第の突撃だ。敵の守備部隊を殲滅、そのまま一気に屋敷の中に入り、ラジエルの書を目指す。

 イタリアで生き残った同志の中に魔術の心得があるものがいたお陰で、ラジエルの書の波動を追うことができる。すでに強大な魔力を感じているが、もう少し近づき室内に入れば位置が特定できるはずだ。


 問題はその場所へたどり着くまでに、草薙月斗と遭遇した場合だ。西側の戦いで奴も多少は消耗するだろうが、戦って勝てる保証はない。それにこれだけ戦いの準備を整えていたのだ、屋敷の中にも厄介な仕掛けがあるだろう。


「大佐ぁああああああああ! あっ……」


 またひとり同志が革命の礎となっていった。少しでも作戦の成功率を上げるならば、すぐにでも吶喊すべきかもしれない。


(何かこの状況を決定的に打開する方法はないのか……きっかけでも……)


 突入するにしても、例えば敵の射線を強引に横切り、屋敷を回りこむというのはどうだろうか。

 そう考え、ドミニクが視線を向けた先に人影が見えた。


(敵の別働隊か!)


 緊張が走る。しかし、敵の姿は一つだけだ。

 徐々にはっきりしてくるその顔にドミニクは見覚えがあった。シリアで草薙月斗が連れていたあの少女だ。


「どうやら神は我々に味方したようだ」


 口元に笑みを浮かべたドミニクは、作戦を根本から変える指示を出した。


=======


 勢い余って屋敷を飛び出したルスキニアは、裏庭をとぼとぼと歩いていた。

 ヨーロッパ風の表の庭とは違い、こちらはポツンポツンと植えられた桜や松、大きな錦鯉が何匹も住んでいる池、畔の鄙びた屋根付きの小屋など日本の伝統的な庭のようだ。

 奥の方には木と紙で造られた背の低い別宅が見える。今は使われていないけれど、手入れは行き届いていて蔦などは絡まっていない。


 その家屋の横には三棟の古い蔵が並んでいる。幼い月斗さんが泣いて閉じ籠もったのは、この1つかもしれない。

 そんなこと考えると失った信頼の分だけ胸に穴が開いてしまったようで、とてもさびしい気持ちになった。


(……月斗さんに酷いことをしてしまったのです)


 怒られることは何度もあったけれど、いつも月斗さんは許してくれた。そんな月斗さんに甘えたから、冷たい目で諦められてしまった。


(わたしが悪いのに逃げ出すなんて、一番やってはいけないことのなのです……)


 お屋敷の方から聞こえてきた爆音が、ルスキニアの浸かる後悔の水面にさざ波をたてる。


「なんなのです?」


 音の飛んできた方向を見ても正体は分からない。

 日本の夏には、ハナビという大砲を発射する行事があるとガイドブックに書かれていた。でも、それは夜のお祭りとセットだったはずだ。


 気のせいだろうかと思っていると、また同じ大きな音がした。よりはっきりと爆発音だと分かった。

 ティーカップがひとりで割れてしまうような、とても嫌な感じにルスキニアは襲われた。


(見に行ったほうが……でも……)


 躊躇いそうになる弱い心を鼓舞しようと、ルスキニアは自分の頬を叩いた。


「もし火事とかだったら! 神聖術が少しぐらい役に立つかもしれないのです!」


 ルスキニアは自分に言い聞かせ走りだす。

 たとえ勘違いでもいい。とにかく、お屋敷に戻るきっかけが欲しかった。

 月斗さんを怒らせたのは自分だ。だったら、自分から踏み出さないと何も解決しない。


(このまま逃げたらダメなのです。もう一度、ちゃんと謝って、それでこれからもお屋敷にいさせて下さいってお願いするのです!)


 もっと嫌われることになっても、一緒に歩いていかないと絶対に後悔すると思った。

 人の気配を聞きつけた鯉たちがパクパクと口を開ける池の横を通り過ぎ、ルスキニアは林道を駆けて行く。

 お屋敷が近づいてくると、爆発音だけでなくタンタンタンと連続する音も聞こえてきた。


 覚えがある、銃の発砲音だ。


 不安な気持ちがルスキニアを焦らせた。少しでも急ごうと、背中の翼も広げぴょんぴょんと跳ぶようにして走った。一度上昇するような余裕がなかったので、足の力と羽の力を合わせたこの走り方が一番早かった。


 お屋敷を回りこむようにして林道を抜けると、東館の入り口が見えてくる。

 そこはルスキニアが知らない場所になっていた。建物の窓という窓には鉄の戸がされ、メイドの高垣さんが仕事をサボって休憩している植え込みが掘り返され、石の壁が入り口を囲むように何枚も立ち上がっている。


 その壁に小さな爆弾が投げつけられ、石と粉塵を巻き上げていた。

 崩れた石壁の後ろから姿を覗かせた鹿野さんが、大声で何か指示をしながら手にした銃を撃つ。ついさっきまで箒や雑巾を手にしていたメイド仲間が続いていた。


 狙いの先にはオリーブ色の制服を身にまとった兵隊がたくさんいて、鹿野さんたちに撃ち返していた。

 兵隊の制服と、腕に付けた鉤十字のマークには見覚えがある。

 イタリアやシリアで月斗さんが戦った人たちだ。ラジエルの書を狙って、お屋敷を襲ってきたに違いない。


 突然目の前に現れた戦場にルスキニアは戸惑った。銃なんて撃てない自分はどうすれば良いのかと迷っていると短い悲鳴が耳に届いた。

 二階から銃を向けていたメイドさんの一人が、バランスを崩したのか、敵に撃たれたのかして落下してしまった。


 見えた顔は隣部屋で同じように住み込みで働いている新庄さんだった。

 幸いにも下は植え込みになっていたけれど、身体を隠す石の防壁は崩されていた。脇腹を押さえながら新庄さんはその場にうずくまっている。銃撃が激しく動けないのだ。鹿野さんや他のメイドさんたちは、自分の持ち場で手一杯に見えた。


 ルスキニアは新庄さんが倒れる植え込みに向かって跳びだした。

 射線に割り込みながら、両手のひらを突き出し叫ぶ。


「光の盾!!」


 空中に出現した光が迫り来る凶弾の雨を遮った。


「わたしが耐えてる間に、逃げてくださいなのです!」

「ありがとう、助かった……ぐっ……」


 苦しそうな新庄さん声が後ろから聞こえてくる。

 目立つ光の盾は敵の格好の的だった。襲い来る銃弾は恐ろしかったけれど、自分が囮になっていれば新庄さんが植え込みを伝わって逃げられる。


 植え込みの枝が擦れる音が遠ざかっていく。自分もそろそろ石壁の方へ逃げよう、ルスキニアがそう思った時だ。灰色のコートの男がルスキニアに向かって走り寄ってきた。


「逃げなさい!」


 動きに気づいた鹿野さんがコートの男に銃弾を放つが、出現した氷壁に阻まれてしまう。

 慌てたルスキニアも羽ばたき下がろうとするが、コートの男の方が早かった。


「いいタイミングでした、お嬢さん(フロイライン)」


 コートの男が手を突き出し魔術を放つ。空中に逃れようとしたルスキニアの足が、足枷をされたように氷に包まれてしまった。


「ひゃぁっ、冷たいのです!」


 氷が重しとなってバランスを崩したルスキニアは、地面に墜落してしまう。


「あなたには人質として我々と一緒に来てもらいます」

「いやなのです!」


 急速に身体を這い上がってくる氷に、ルスキニアも対抗して神聖術を使おうとするが間に合わない。魔力で造られた氷はあっという間に下半身から上半身へ、そして首へと迫りルスキニアの意識をも奪っていく。


「月斗さん、ごめんなさ――」


 謝罪のつぶやきは氷にせき止められ、ルスキニアの意識は凍える寒さの中で暗闇に落ちていった。

囚われたルスキニア。

月斗は彼女を救えるのか。

次回は『月曜日』の18時頃、投稿予定です。


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