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ドミニクの襲撃

前回のあらすじ

飛び出したルスキニアを追おうとする月斗だったが、

そこに屋敷に近づく不審なトラックの報告が入る。

 静かに揺れるカーゴトラックの幌の下では、オリーブ色の軍服を身につけた若者たちが、意気軒昂たる様子で銃を手にしていた。

 世界を改革する尖兵たる彼らは、その崇高な使命に命を捧げる覚悟を持っている。それは指導者たるドミニクも同じであった。


 ドミニク・フーゲンベルクは戦後のどさくさに紛れ銃も経歴も捨て、完全な別の人間として東ドイツの片田舎で教師をしていた。

 命令とはいえ、特殊部隊で行ってきた非人道的な行為を悔い、未来を作る若者たちの力になることがその贖罪だと考えてだ。


 冷戦下の東ドイツの生活は決して楽なものではなかった。特に若者たちにとっては、賄賂でしか動かない国に未来を見出すことは難しかっただろう。教え子の中には西を目指し壁を越えようとして死んでいった者もいる。

 そんな小さな人々の無念をよそに、やがて東西ドイツが統一された。


 願っていたような、希望に満ちた資本主義社会なんてものはやってこなかった。東側が西側の食い物にされるだけだった。

 統一前にあった企業の八割近くは淘汰され、十人に一人は失業者という有様だ。仕事を求め大都市へ出ても東側への偏見は未だに根強い。


 失意のまま町へ返ってきた教え子を前にしたとき、ドミニクは自らの為すべきことを悟った。

 一度は捨てたハイリゲス・シュタッフェルの制服を身にまとい、世界を変革するために再び力を行使することを決意した。


「大佐! 間もなくです」


 運転席から緊張した声が告げた。

 意識を切り替えたドミニクが荷台の覗き窓から前方を見ると、偵察写真で確認した屋敷の外壁が近づいていた。


 不用心にも扉は開かれ、守衛の姿さえ見えない。事前に数日間張り付かせたが、夜間以外はいつもだらしなく開け放たれていた。世界一安全と言われる日本らしい、まるで危機管理のなっていない微笑ましい光景だ。


「このまま速度を緩めず突入せよ」


 ドミニクの乗る車両を先頭に、6台のトラックが正門を素通りしていく。

 さすがに監視カメラはついていたので、侵入は分かったはずだ。

 大慌てで警察に連絡をとっていることだろうが、日本の警察は初動が遅れることでも有名だ。

 応援が駆けつける頃には、ラジエルの書は我らの手中にあるはずだ。


 門の内側は林道になっていて、オークなどの緑が茂っている。路上に枝が落ちていないのは、屋敷で働く人間たちの忠誠心と勤勉さの現れだろう。

 まさにそこが奴の弱点だとドミニクは考えていた。

 クロノハンターとしての草薙月斗は確かに強い。卓越した戦闘力と不死身の機械身体マシンボディは、一個師団に匹敵するだろう。


 しかし、それはあくまで単身で、守るものなく戦っているからの強さだ。

 シリアで爆弾を前にした決断は、人間として、あるいは草薙グループの当主としては情に厚い側面があることを示していた。

 それが日本での住処を襲われればどうなるか、守るものだらけのここでは奴の戦闘能力も十分には発揮できないだろう。


 トラックがカーブを曲がると、出口が見えるところまで差し掛かった。

 その時だ。轟音とともに左側面からの衝撃がドミニクたちの乗るトラックを襲った。

 回転する視界の中で同志たちが驚きの悲鳴を上げた。トラックはそのまま横転し、何が起きたかわからない同志たちを天上に幌枠に叩きつける。


 咄嗟に車体フレームを掴んだドミニクは体勢を崩さない。すぐさまトラックの外を確認すると、道の右側に置かれていた石塔が爆発を起こしたのだと分かった。


 脳裏を大戦中の記憶が過ぎった。田園風景を横目に南進する戦車や兵隊の列、十字路を過ぎ細い林を抜けようとしたその時、先頭車両が地雷で吹き飛んだのだ。

 当然、後ろの車両は急停車を余儀なくされた。その後――。


「全員伏せろ!」


 ドミニクが無線機に叫び終わらないうちに、左右の林からの一斉射撃が車列を襲った。幌に装着したモジュラー装甲が銃弾の驟雨に激しい金属音を奏でる。


 待ち伏せだ。正門はだらしなく開けられていたのではなく、我々を油断させるため深海に潜むアンコウのようにその口を開けていたのだ。

 装甲のお陰で数人しか被害はでていないようだが、タイヤがずたずたに撃ちぬかれてしまっている。


 この射撃がただの足止めだとドミニクは戦争での経験から知っていた。

 それを証明するように、林の中から燃焼音が聞こえてきた。幌から飛びだしたドミニクは魔力を掌に集中し、地面に触れた。


「ふんっ!」


 前方から後方に向かって地中の水分が一気に凝結し、車列の両側に泥混じりの氷壁が次々に立ち上がる。

 炎の尾を引き飛来したロケット弾がその氷壁に突き刺さる。

 土と氷を撒き散らす爆発が起こった。ロケット弾は一発や二発ではない。トラック一台につき二発が放たれていた。


「はぁああああああっ!」


 ドミニクは全力で氷壁を作り出したが、ロケット弾の進行にほんの僅かだけ遅くれてしまう。

 六台目のトラックの左右に氷壁が立ち上がる前に、ロケット弾が飛び込んだ。


 恐怖の悲鳴もなく、トラックに乗っていた10人の同志が爆炎に巻かれた。

 感傷に浸っている暇はない。犠牲を払いながらも第一陣は止めることはできたが、このまま撃ち続けられればやがて魔力が尽きてしまう。ドミニクは無線機に向かって命じる。


「第二から第四隊は左の林へ! 第一、第五は私に続いて右の林へ走れっ!」


 このまま挟撃され続けるわけにはいかない。

 ドミニクは先頭に立って敵の潜む林へと突撃を敢行した。同志たちも命令に従い、ふた手に別れて木々の間へと入っていく。


 先ほどまでの銃撃が幻であったかのように辺りは静まり返っていた。地面には打ち終わったロケットランチャーが転がっている。ここで構えていたのは間違いない。

 頭上で木が揺れた。


「うぉおおおおお!」


 気の逸った一人が樹上に向かってライフル弾をばら撒いた。


「落ち着け、そんなところに敵は――」

「ぎゃぁあっ! あっ……」


 ドミニクの注意を遮り背後で悲鳴が轟く。

 黒い影が飛び上がり、その後には首を掻っ切られ苦悶の表情を浮かべた同志が倒れていた。


「ニ、ニンジャ?!」


 姿の見えない襲撃者に同士たちが怯えた声を漏らす。


「そこかっ!」


 ドミニクは気配を感じた木に向かって、雹を放った。凍結される木々の影からひらひらとしたメイド服を身にまとった女が飛び出した。

 冷たい目をした女は逃げるどころか、手にした短剣でドミニクに向かって挑みかかってくる。

 同志たちが女に向かって銃弾を放つが、その素早い動きを捉えることはできない。短剣を低く構えた女はドミニクの懐に潜り込もうと加速した。


 瞬時の判断でドミニクは氷の剣を作り出し、女の突き上げるような斬撃を弾く。

 女は反動のままに飛び上がると、ドミニクの背後にいた同志の喉元に短剣を投げつけ、そのまま木々の間に消えていった。

 短剣を躱せなかった同志は、ごぶりと血を吐き出し崩折れる。


 この林のなかこそ敵のキリング・フィールドだった。戦い続けるのは非常に危険だ。

 ドミニクは一枚カードを切ることにした。


「私を……怒らせるなっ!」


 ドミニクは全魔力を込めた氷の剣を地面に突き立てた。


 その一点を中心に氷結の波動が大地を駆け抜けていく。地面は固く凍りつき、そのこから生えている木々も氷漬けになった。

 剣を通しドミニクが氷を操作すると、木々から伸びる枝葉が叩きつけられたガラス細工のように一斉に砕け散る。

 その後ろに隠れていた敵の姿を露わにする。メイド服を着た女たちだが、恐ろしきハンターだということはすでに分かっている。油断はできない。


「撃てぇっ!」


 同志たちの反撃の銃口がメイドたちに向けられる。

 放たれた銃弾は数人を捉えたが、エプロンが防弾仕様なのか致命傷には至らない。


 それでもメイドたちに有利が崩れたと分からせるには十分だ。傷ついた仲間を抱え撤退を始める。

 気が立った同志たちがすぐに後を追おうとするが、ドミニクはそれを制した。


「追うなトラップが仕掛けられているぞ! 追撃より先に部隊を確認し、隊列を立て直すんだっ!」


 平和ぼけした日本人という認識を改め、冷静に作戦を遂行する必要があった。


「敵は一筋縄ではいかない連中だ、左翼と連携しつつ慎重に進むぞ。ここはマジノ線ではなく、ロシアのセヴァストポリ要塞だと思えっ!」


 ドミニクの掛け声に、同志たちは銃を握る手に力を込め直した。

ドミニクの襲撃に月斗はどう対処するのか。

そしてルスキニアはどこに?


次回は明日の18時頃、投稿予定です。


【宣伝】講談社ラノベ文庫より、高橋右手の名義で『白き姫騎士と黒の戦略家』というファンタジー戦記小説も出しています。よろしくお願いします。


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