月斗の想い
前回までのあらすじ
過去を見られた月斗は感情に任せ、ルスキニアを傷つけてしまう。
鈍く重い音が地下室にこだまする。
月斗が寝台を左腕で殴りつけへこませた音だ。
最初から分かりきっていたことなのに、なぜこんなにも苛々しなければいけないのか自分でもその理由が分からなかった。
5分ほど前まで月斗は執務室で草薙グループの重役会議に参加していた。
定例報告を聞き、買収した製薬会社の経営方針についていくつか意見を交わしていた時だ、管理端末から警報が聞こえてきた。
発信場所は地下ラボからだ。以前はボディの調整などを行っていた場所だが主要な設備は別に移し、現在は捨てるに捨てられない品物が放置してある倉庫になっていた。
重要なものはない。ただのエラーだと思おうとしたけれど、妙な胸騒ぎが止まらなかった。
会議を途中離席した月斗は西館へ向かった。エレベーターホールにある扉の電子ロックが解錠され、誰かが通った形跡があった。
まさかと思いながら地下への階段を下り、ラボで月斗が目にしたのは呆けた様子で床に座り込むルスキニアの姿と、蓋を開けた琥珀浄瓶だった。
一瞬頭が真っ白になった。そして二つの感情が押し寄せてきた。
ひとつはお前もかという失望だ。
天界から派遣されてきた前任者二人はともに、月斗の魂に刻まれた術の秘密を狙ってきた。
肉体とそこに宿る魂の欠片全てを取り戻した月斗が、三千世界の融合をもう一度行うのではないかと天界は危惧しているのだ。それを防ぐためなら、封印するか魂の抹消ぐらい企んでいるだろう。
そしてもうひとつの感情は認めたくないが、恥じ入る気持ちだった。
罪に塗れた過去を知られてしまい酷く動揺した。
久しく感じていなかった感情の渦に飲まれ、どうしようもない態度をとってしまった。
『ほんとヘタレね~。好きな女の子に日記帳を読まれちゃった思春期男子そのもの。ピーマンみたいな青臭さに鼻が曲がっちゃうわ』
アスモデウスの散々な煽りにも月斗は奥歯を噛み締めて耐える。言い返せば完全に奴の思う壺だ。
『恥じ入る必要はありません草薙月斗。客観的事実として、四年前の事件をあなたの力で終息させることは不可能でした。ただの不運です』
『あ、それ禁句よ』
煽られる分には我慢できるが、デュナミスの冷静な評価は万力で締め付けられるように月斗を苛んだ。
「……ああ、そうだ。身の丈も分からない大馬鹿を一族の末席にもっちまった連中が不運だったな!」
誰かに騙されたのなんて、言い訳にもならない。
「俺が大馬鹿野郎だったから、みんな死んだ! 父さんも、母さんも、兄さんも!!!」
一度吹き出した感情を操る術を月斗は忘れていた。
『ついでにあたしもよー』
『草薙月斗に責任を押し付けるのは正確ではありません。あのまま戦闘を続けていた場合、あなたは構成要素の80%以上を失っていたと予測します』
そもそも、なんだってアイツが絡むと冷静でいられないんだ。
『ハッ? あたしが負けるっていうの? 天使ごときに?』
『損耗率という観点で評価すれば、構成要素の93%を失った私の敗北でしょう。しかし、任務の遂行という観点から評価すれば、あなたを数百年無力化できたはずの私の勝利です』
さり際に見せたアイツの泣き顔が、脳裏にチラついてしょうがない。
なんでお前が泣いてんだよ。
『勝ち負けに二つの側面なんてないわよ。完全に殺るか殺られるかだけ』
「……その意見には俺も賛成だ。白黒はっきりつけないと前には進めないからな」
アスモデウスとデュナミスが言い争っている間に、月斗は深く呼吸をして息を整えた。
頭の中で渦巻くもやもやを晴らすには、もう一度アイツに会わなければいけないとようやく分かった。
『ヘコミ自己嫌悪タイムはもう終了? 意外と早かったわね』
「てめえらがうるさくて、感傷に浸ってられねえよ」
軽口が言い返せるほどに月斗は落ち着きを取り戻していた。
『お役に立てて幸いです』
デュナミスのジョークか本心か分からない様子に、月斗もアスモデウスも返す言葉がなかった。
「……まあ、それにだ。冷静になって考えれば、あのポンコツが入り口のセキュリティを破れるわけがない。となるとだ、全部見てるんだろう、ババア!」
月斗は地下室の天上に向かって怒鳴った。
「うむ、そなたの青春の滾り、しかと見ておったぞ」
ゆらりと現れたπは悪びれもせず言った。自分の思い通りに物事が運んで満足なのか、しきりに頷いている。
「アイツにくだらないもの見せやがって、なにが目的だ?」
「ババアの老婆心かのお」
πはわざとらしいしゃがれ声で答えた。
「ふざけんな!」
掴みかかった月斗の手が、πの身体をホログラムのように素通りする。
『位相がズレています。物理的な攻撃は効きません』
デュナミスが警告するように言った。
ただの映像と違い気配がはっきりしているのがまた腹立たしい。
「そう短気をおこすでない。秘密を抱えたまま付き合うのはおぬしも心苦しかろうと、世話を焼いてやったのじゃよ」
「余計なお世話だ! っていうか、付き合うとか紛らわしい言い方するんじゃねえよ!」
言い方ひとつで他人を怒らせてくるあたり、口先だけでも魔女と呼ばれるに相応しい。
むかっ腹をたてる月斗と正反対にπは満足気に煙管を吹かした。
「うむうむ、順調に回復しておるの。天界の連中もたまには役にたつこともあるものじゃ」
煙に巻かれたπは、人を喰ったような笑みを残し消えてしまった。
『反応が消失しました』
「ったく、いつもいつもはぐらかしやがって」
πと出会ってもう4年になるが、あいつは肝心な質問には何一つ答えたことがない。いつも適当なことばかり言っているが、何か目的があるのかもしれない。
『ふぅ~、ムカつくババアも消えたことだし、さっさと天使ちゃんを迎えに行きましょう。落ち込んでるところを優しく、うふふふ』
面倒くさがりのアスモデウスがやたらと積極的なこと言い出す。こういう時は間違いなく良からぬことを企んでる。
「腹が減ったら戻ってくるだろ」
『ダメよー、月斗ちゃんが当たり散らしたんだから、迎えに行くぐらいしてあげなさいよ』
こうやって正論を織り交ぜてくるのがまた嫌らしいこいつの手口だ。
「……ふん、分かったよ。まずは厨房に言って夕飯はあいつの好物にでも――」
食べ物で釣ってやろうかと考えていると、ポケットの中で携帯端末が鳴る。
面倒臭いと思いながらも、ついさっきの件があるので月斗は呼び出しに応えた。
「どうした、川岡」
「現在、怪しげなトラックが6台、屋敷に接近しています」
「ったく、空気を読まない連中だな」
月斗は地下室の階段に向かって歩き出す。
「なにか別の問題でしょうか? 月斗様がお忙しいようでしたら、わたくしと鹿野で対処いたしますがいかが致しますか?」
「いや、こっちの件は後回しで大丈夫だ。それで上空はどうだ?」
月斗は川岡に話を続けさせた。どうせアイツのことだ、屋敷のどこかでべそをかいているだろうから後で探せばいい。
それよりも『奴ら』の対処が先だ。
「機影は確認されていません。地上から正面突破し屋敷を制圧する作戦でしょう」
「なら、プランαでいくぞ。俺が直接指揮を執る。御庭番衆は?」
「壱番から拾番まですでに準備させております」
階段を上がりエレベーターホールに出ると、そこにはすでに鹿野率いる精鋭壱番隊が控えていた。
「月斗様、ご命令を」
傅く鹿野に、月斗は当主として命じる。
「ここが平和ボケした日本と舐めている連中に、千年戦い続けてきた草薙家の力を分からせてやれ」
「はい、かしこまりました」
応えは静かだが、鹿野の切れ長の目は本来の役目を果たせる充実感に冷たい光を放っていた。
次回は明日の18時頃、投稿予定です。
【宣伝】講談社ラノベ文庫より、高橋右手の名義で『白き姫騎士と黒の戦略家』というファンタジー戦記小説も出しています。よろしくお願いします。




