過去3 宴の終わり
前回までのあらすじ
月斗の過去を見るルスキニア。
両親と兄、そして一族の惨劇が悪魔ベリトによってなされたことを知る。
「やりやがって! あの糞ゴミ虫がっ!」
罵声とともに焼けただれた右腕が地面から飛び出し、月斗の喉を掴んだ。
「うぐぅっ……うぅぇえ……」
盛り上がった地面がずるりと剥けるようにして、ベリトが姿を表した。
地中に逃れたとはいえ、至近距離での猛火のダメージは凄まじく顔面の半分が抉られたように消し炭になり、全身がケロイド状に爛れていた。
「もう一度力を開放して、内側からそのふざけた封印をぶっ壊しやがれ!」
じゅくじゅくと溶けた顔面を突きつけたベリトは、月斗の首を締め付け、そのまま身体を持ち上げた。
「絶対に……いやだ……」
「やれって言ってんだ、聞き分けろガキがっ!」
焼けただれた皮膚を突き破り再生した左の爪が、月斗の視界の下方を薙ぐ。
鋭い痛みが月斗の右足を襲った。
「いぎぃいいいいいっ! あしぃいいいいい!」
足首から先が斬り落とされ、激痛とともに大量の血が地面を赤黒く染める。
その血の匂いに惹かれるように、閉じかけの裂け目から魔物たちが手を伸ばしていた。
『タマシイ、タマシィ』『ヨコセ』『クワセロ』『オデニィイイイ、ダマシィイイイ』
斬り飛ばされた足首は魂に刻まれた封印に従い、裂け目へと飲まれていった。
「いいか、オレ様が右手から力を送り込んでる限り、最後の一瞬までてめえは絶命しない。生きたまま身体を細切れにされる、気が狂うほどの痛みだけが続く」
そう言いながらベリトは吊るした牛肉でも解体するように、月斗の右膝から下を斬り落とした。
「ヒィィッ! ヒィィィっ! ああぁぁああああ!」
耐えようにも耐え切れない悲鳴が月斗の喉を割くようにして迸った。
「楽になりたかったら、封印が定着する前に力を使え」
ベリトは宣言通りに右の太腿を根本から斬り落とすと、サッカーボールでも扱うようにつま先でそれを蹴り飛ばした。
右脚一本分の重量を失った月斗の身体が、宙吊りにされたまま左に傾く。
脳は失ったはずの脚の存在を痛みと同時に捉えていて、月斗の感覚を混乱させる。
垂れ流した小便が残された左脚を伝わっていた。
「ちびんじゃねえよ、汚えな」
不快感も露わにしたベリトは、爪を月斗の左脚から遠ざけた。
「アッ、あぁ、ヒィィ……いっ、がぁ、お前なんかの……いぃいぃっ、ぐぅ……言うとおりにするもんか……がああぁあぁああ……」
まるで傷口を焼かれているような猛烈な痛みと、確実に失われていく命を引き止めるように月斗はベリトを睨みつけた。
「お前が抵抗したって結局は無駄に終わるんだ。術の核の部分が刻まれた魂の欠片だけ持ち帰って、そいつをいじり倒して封印を解いてやるからな」
ベリトは抵抗の意志を折るために言ったのかもしれないが、月斗にとってその言葉は僥倖だった。
少なくともすぐには封印は解かれない。自分さえ耐えれば、両親や兄の死が無意味ではなくなるのだ。
自らの死に意味を見出し、それを受け入れた月斗は不屈の笑みを浮かべる。
それを見たベリトは無言で月斗の右腕を斬り刻み始めた。
「イィッ! ヒッ! ひがあぁっ! はぁっ、ヒィィ、ヒィィ! アァっ! んぎィイイイイッ!」
指一本ずつを丁寧に落とし手首を斬り離すと、そこから腕を尺骨と橈骨に割くようにして縦に裂く。右腕が斬り分けられる激痛と極度の緊張に、顔の筋肉がピクピクと痙攣す。
右腕を肩まで斬り終わると、ベリトは月斗の首をつかむ手を右から左に持ち替えた。そして面倒くさそうに月斗の左腕を、手首、肘、肩の三等分に斬り分ける。
「ぎいぃ! ヒィっ! あああっ! ヒィ! ああああああああ!」
痛みに耐えることはおろか、その場所を判別することすらもう困難で、月斗は電極を差し込まれた蛙のように新たな刺激を与えられる度に、口から血の混じった泡を吹き身体をビクビクと震わせる。
「おいおい、いい加減にしろよ。無駄に苦しみを引き延ばしてどうする」
ベリトの人差し指がぐるりと円を描くと、鋭い爪がメスのように月斗の腹を裂き、その内臓を露わにした。
臓器はかろうじて動いていたが、大量の出血のせいで不自然なまでの白さになっていた。
ベリトは爪を引っ込めると、無造作に月斗の腹に開いた穴に手を突む。内臓そのものにほとんど痛覚は無くても、それを包む筋肉や粘膜、その間を走る腺は刺激を感じてしまう。
無数の針を打ち込まれるような痛みと腹の中で内臓をいじくりまわされる気持ち悪さは、四肢を切断される痛みとは別だ。
気が狂ったのではないかという恐怖が月斗の身体を包む。
「ああ、こんなに血の気を失っちまって……」
哀れみ混じりの言葉を吐きながら、ベリトの手は月斗の腸を掻き出し、肝臓や胃を無造作に千切り捨てていった。
「ヒィ、ヒィ、ヒィ、ヒィ! いぃぃっ! ぎぃぃっ! あは、あははっ……ぎひっひぃぃっ」
熱の塊が失われていく感覚に月斗は笑った。
痛みに頭がおかしくなったのかもしれないと自分を疑ったが、漏れる喘ぎと震える声は止まらなかった。
「これをとっちまったら、もう笑えねえぞ」
ベリトは月斗の腹の中に突っこんだ手をそのまま上にすべらせる。内側から爪を伸ばし肋骨を切り飛ばすと、肺と心臓を一緒くたにえぐりだし、地面にぶちまけた。
呼吸が止まり血の巡りもなくなるが、月斗の脳は痛みを感じ続け、その痛みを糧に意識を保ち続けた。
宇宙空間に放り出されたかのような息苦しさと共に、目の前が急速に暗くなっていく。
「いいかげん楽になれよ。オレ様たち友達だろ?」
優しく語りかけてくるベリトの顔面に向かって、月斗は口の中に残っていた空気でつばを吐きかけようとした。唇が震え、粒子ほどの小さな白いつばが飛んだ。
「はっ、たいした根性だ。いつも屋敷の倉の端っこでべそべそ泣いてるヘタレ弱虫のくせによ」
ベリトの右の指先が月斗の左目に触れる。
閉じようとするまぶたを押し込みながら、指が眼窩に埋まっていった。指先が眼球の裏まで食い込んだ所で、ベリトはおもむろに右手を引いた。
視神経ごと眼球が引きぬかれ、デジカメの電源が落ちたかのように左半分が見えなくなった。
月斗は唇を金魚みたいにパクパクと動かすしか、痛みを表す術を持っていなかった。
「このまま奥まで指を突っ込んで、脳みそぐちゃぐちゃにして――」
人差し指と中指が鉗子のように頭蓋骨の中へと侵入してきた時だ。
頭上から耳を劈く轟音と共に、二人分の声が降ってきた。
『ゲートもなくなったのに、しつこーーーーーーーーーい!』
『報告、機能の93%喪失しました。これより最後の一撃を敢行します。主のご加護を。アーメン』
「なっ?!」
ベリトが驚愕に口を開き、月斗は自暴自棄に笑った。
白い光と黒い炎が世界を包み込む。
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「あっ……」
チカチカと点滅する砂嵐のような視界から戻ったルスキニアは、ハッとして周囲を見回した。
そこには凄惨な遺体もなければ、恐ろしい悪魔の姿もない。無機質な地面と床の地下室にペタンと座り込んでいた。
「この後、狭間を漂っていたあやつらを、我が拾ってやったのじゃ」
πは得意気に言って胸を張った。
「月斗さんが……あの……えっと、悪魔は……」
何か聞かなければという思いでルスキニアは口を開いたけれど、具体的な言葉が出てこなかった。
飛び込んできた情報が多すぎて頭の中が、猫に弄ばれた毛糸玉みたいにこんがらがってしまっていた。
その問にもならない言葉に対して、背後から冷たい声が聞こえてきた。
「俺がどうしたって?」
振り向くとそこに月斗さんの姿があった。
蔑みの込められた視線に、ルスキニアは声をつまらせる。
「ここで、なにをしている?」
静かに問いながら月斗さんが近づいてくる。静寂に響く足音は閉会を宣言する小槌のようであった。
「あ、あの! カーペットを探していて、あ、案内をっ!」
しどろもどろになりながら、ルスキニアは横を指差すがπの姿はどこにもない。壺の中から漏れ出た幻影であったかのように消えてしまっていた。
「下手くそな言い訳はいい。なぜ壺を開けた?」
詰め寄った月門さんは左手で、メイド服の襟を掴むとルスキニアの喉元を締めあげた。
ルスキニアの足は床を離れ、さっき見たばかりの過去のヴィジョンに重なった。
「うぅ……」
「答えられないならもういい。質問を変えてやる。俺の過去をのぞき見た感想は? 愚かな道化の愉快なアトラクションショーはどうだった?」
月門さんは自分を傷つけるような冷笑を見せてから、ルスキニアの襟を掴んでいた左手を離した。息苦しさから開放されたルスキニアは、よろよろと後ろに下がる。
「ごめんなさいです……」
惨劇の日から月斗さんは自分のことをずっと罰し続けているに違いない。その傷口は深く、今も血が流れ続けている。
泥を塗るようなことをすれば膿んでしまうのに、自分のせいで愉快だなんて心にもないことを言わせてしまった。
「……所詮はお前も天界からのスパイだったってことだ。狙いは俺の魂か。四年前の惨劇を繰り返さないために、消し去るつもりなんだろ?」
「そ、それはっ!」
否定すれば嘘になってしまう。
いまの月斗さんに嘘をついてはいけないと思った。
「その通りなのです……もし危険な時は月斗さんを……殺すように言われてきたのです。で、でも――」
「分かったもういい、失せろ」
全てに興味を失い拒絶するかのような声が、ルスキニアの心に突き刺さる。
「あ…………っ」
処理しきれない感情が涙となって溢れてしまう。
向けられた月斗さんの冷ややかな視線に耐え切れず、ルスキニアは逃げ出してしまった。
地下室を飛び出し、階段を駆け上がったところでルスキニアは足を緩めた。
戻らなくちゃいけない。
任務なんて関係なしに月斗さんの側にいなくちゃいけない。
分かっているのだけれど、その勇気は涙に沈んでしまっていた。
信頼を裏切られたと思った月斗。
彼のとる行動は?
次回は明日の18時頃、投稿予定です。
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