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ルスキニアの報告書

シリアでの冒険を終えて帰国した月斗とルスキニア。

二人の仲は微妙なままで――。

 7月3日、はれ。

 日本に戻ってから月斗さんはずっと忙しそうにしています。学校では夏休みにむけて生徒会の人たちとお仕事をしたり、先生たちの会議に出て学園の運営についてお話をしたりしていました。

 お屋敷では執事の川岡さんから報告を聞いたり、メイド長の鹿野さんに何か頻繁に指示を出したりしています。他にも月斗さんが持っている会社のお仕事をしたり、書斎で難しそうな本を読んで作業をしたりしています。

 あまり寝ていないようなので心配です。

 ラジエルの書もずっとお屋敷にあります。引き続き月斗さんの監視を――。


 最後の一文で手を止めたルスキニアは、ミカン箱の上の報告書から逃げるように、ダンボールの地面へ背中から倒れ込んだ。


「はぁうぅぅぅ……」


 誰かに答えを求めるように溜息をつくけれど、お屋敷の庭に作られた小さなテントにいるのはルスキニアただひとりだった。


「本当にこれでいいのでしょうか」


 城塞で別れたあの女性と子供たちの姿が頭から離れない。規範を破ってでも、報告書に彼らを救ってくださるように嘆願するべきなのではないか。そもそも、もっと自分にもできることがあったのではないか。

 そんな益体もない考えにルスキニアはとり憑かれていた。


 任務に従い悪魔を監視すること、

 月斗さんの身体をもとに戻すこと、

 辛い境遇に置かれた人たちを助けること、


 どれが一番重要なのだろう。


(月斗さんはとても強い力を持っているのです)


 自らを傷つけようとする月斗さんを見ていられなくて、ルスキニアは思わず飛び出した。

 突きつけられた黒い炎を纏う拳に触れた時のことは思い出すと今でも身体が震えてしまう。


 手の皮が剥がされるような痛みと、一瞬で身体が燃えカスになるような恐怖は、これまで天界では感じたことのないものだった。きっとそれですらあの大悪魔の持つ力の一端だ。

 同時に、その力を常に抑え込んでいる月斗さんの精神力の強さも分かった。


(そんな強い月斗さんがあの時、とてもつらそうな目をして……。何かとても深い事情があって苦しんでいるみたいなのです……)



 はたして落ちこぼれの自分が、月門さんの力になれるのだろうか。

 ルスキニアよりも遥かに大きな力を持つ、力天使であるデュナミスさんが手助けしているのに、暴走しかけたのだ。未熟な神聖術ぐらいでは何もできない。


「……聖なる弓よ」


 ルスキニアがつぶやくと、空中にひと張りの弓が現れた。全長は140センチほどで、翼を広げた大鷲を思わせる攻撃的な形をしている。


 魔を滅する〈神弓トリニティ〉。


 もしものときはこれで月斗さんを討つようにとクズイアル様から授かったものだ。

 たった一度しか矢を放てない代償として、その強大な力はどんな悪魔でも滅することができると仰っていた。


(この弓を使えばあの悪魔も……でも、月斗さんの生命が……そんなの絶対にダメなのです!)


 ルスキニアは未練を断ち切るようかのように強く手を振り、トリニティを消した。


(わたしにもっと力があったら……ううん、無い物ねだりをしてもしかたがないのです。月斗さんのためには、別のもっと力の強い天使が側にいたほうが……、それでわたしはあの女の人や子供たちのように不幸な人を手助けするために……)


 衝動のままに行動したくなるけれど、ろくな結果にならないことぐらいこれまでの経験で身にしみている。

 ただ思考だけが頭の中をぐるぐるぐるぐると回り続けていた。


「神さま、わたしはどうしたらいいのですか?」


 答えの代わりに、ルスキニアのお腹がぐ~~と情けない音をたてる。足りない頭の使いすぎだとバカにしているようだ。

 天界ではほとんどお腹が減らなかったのに、一日三回ちゃんと空腹を訴えてくる。


 もしかしたら煉獄で魂が浄化された時に消えた人間の記憶が少しだけ残っていて、それを思い出しているのかもしれない。

 お腹が二度目の催促を始めた。今日は朝から何も食べていないので腹の虫がしつこいようだ。普段なら食堂に行って、シェフの松内さんにパンやハムを分けてもらうのだけれど、もう夕食の時間は過ぎている。片付けてしまった後では、流石に気が引けるというものだ。

 住み着いた初日のように、庭の木になっている果物を探した方がいい。


 三度目のぐ~~~という音に背中を押され、ルスキニアが起き上がろうとしていると、テントの入口に気配があった。


「お腹が減るのは、頑張っている証拠ですな」


 ゆったりと響く声は執事の川岡さんのものだ。

 お腹の音を聞かれてしまった恥ずかしさに、ルスキニアは慌てて身を起こした。


「入ってもよろしいですかな?」

「は、はい!」


 ルスキニアはテントの入口を向くと、曲げた膝を揃えて座った。天界のガイドブックに書いてあった『セイザ』という、日本古来からある来客を迎えるための座り方だ。


「失礼します」


 白い手袋に包まれた手がそっとシートを広げると、丁寧なお辞儀をして川岡さんがテントの中に入ってくる。ピッチリと撫でつけられたロマンスグレーの髪の毛が低い天上に擦りそうだ。

 長身の川岡さんには、ルスキニアサイズのテントは狭そうに見えた。


「今日はお見かけしないので、お風邪を召したのかと心配しておりました。夕飯はまだですかな? 簡単なものですが用意してまいりました、よければ食べて頂けませんか」


 そう言って川岡さんは手にしていた布の包みを開いた。透明ラップにくるまれたライスボールが三つと、水筒が入っていた。


「ありがとうございます!」


 ルスキニアは本で読んだ通り、『ドゲザ』という最も尊い方法で感謝を伝えた。


「松内シェフほど上手くはないので、味はあまり期待しないでくださいね」

「もしかして、川岡さんがつくったのですか?」


 川岡さんは謙遜して言ったけれど、受け取った三角系のライスボールはお米一つ一つがピカピカしていて美味しそうに見えた。


「はい、その通りです。久しぶりに握っていて、月斗さまが幼き頃を思い出しました。蔵で泣いている月斗さまに、こうしておにぎりを差し入れしたものです」


 昔を懐かしむように言って、川岡さんは優しく微笑んだ。


「月斗さんにも小さい頃があったのですか?!」


 言われてみれば当たり前の事実だが、ルスキニアには大きな衝撃だった。

 いつも自信満々で、実際にそれを実行してしまう知恵も力も全てを持っている月斗さんの子供時代、ましてや泣いている姿なんて想像もつかなかった。

 ルスキニアの言葉を聞いた川岡さんは、一度不思議そうな顔を浮かべてから、すぐに破顔した。


「はっはっはっ、そうです。あの月斗さまにも幼き頃がございましたよ。それはもう愛らしいお子でした」

「愛らしい……?」


 日本人がよく使う婉曲表現なのかと思いルスキニアは頭をひねった。少なくとも今の月斗さんに愛らしさは微塵もない。


「優秀なお兄さまに追いつこうと毎日、陰陽術の勉強や鍛錬に励んでおられました」


 月斗さんに兄弟がいるとは知らなかった。まだ知り合って間もないけれど、月斗さんの家族を見ていない。それどころか、まるで存在していないかのように写真の一枚もお屋敷には飾っていなかった。


「陰陽術って月斗さんが使っている、フウジンとかライジンの?」

「はい、左様でございます。草薙家は何十代も続く陰陽師の家系です。神鏡みかがみ玉守たまもりと合わせ御三家として、古くからその力をもって日本の財政界に関わってきました。月斗さまも家名に恥じないようにと、幼き心にもしっかりとしたお考えで修練を積んでおられました」


 月斗さんがとんでもないお金持ちな理由がようやく分かった。


「ただ……素養のないわたくしには、分かりかねることですが、霊的な能力は努力ではどうにもならない面もあるようで、とてもご苦労なされていました」

「えっ? 苦労?」


 川岡さんの意外な言葉にルスキニアは思わず聞き返した。


「先ほど申しました蔵で泣いていたのも、ままならない苛立ちと悔しさからでした」

「月斗さんは最初から何でもできるすごい大天才だと思ってたのです……」


 自信に満ち溢れた月斗さんの態度から、天界の学校で落ちこぼれだった自分とは正反対だと勝手に思い込んでいた。


「あの……それで、ご両親とお兄さまは……」


 なんとなく察していたけれど、ルスキニアは聞かずにはいられなかった。


「四年前に事故で亡くなられました」

「そうなのですか……」


 城塞で月斗さんが口にした憎悪に満ちた言葉が、ルスキニアの脳裏に蘇った。川岡さんの口から直接言えない、何か大変なことがあったのだろう。。


「あの日から、月斗さまはさらに自分に厳しくなられました。他人を寄せ付けず、何もかも自分でなさろうとしています。本当は他人にはお優しい方なのですが、それを表に出すのが少々苦手です」


 我が子を心配するかのように、川岡さんの表情は憂いを帯びていた。


「川岡さん……」

「ですが、ルスキニアさまには少々油断されているようですよ」


 物陰に隠れてルスキニアが監視していても、すぐに気づかれてしまうのは油断と正反対のように思えた。危ない爆弾として見張られている気さえする。


「う~ん、そうなのですか? いくら川岡さんの言葉でも、それはちょっと信じられないのです」

「そうですね、普段の月斗さまは『お仕事』が終わった後のことには頓着されませんが、今回は違いました。シリアで救出した女性と子どもたちに便宜を図るよう、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に要請していました。きっとルスキニアさまの影響でしょう」


 川岡さんはいたずらをこっそり告げるようニッコリと笑う。

 ルスキニアも驚きと嬉しさで目をこれでもかと見開いた。


「やっぱり月斗さんはいい人なのです!!!」


 胸の中のもやもやが全部吹き飛んだ気分だった。

 溢れるやる気に立ち上がろうとすると、足がジンジンとしびれて転んでしまう。


「ルスキニアさま、どうか月斗さまにお力をお貸しください」


 深々と頭を下げる川岡さんに、ルスキニアは元気いっぱいに返事をした。


「はいなのです! あ、でも、わたしが月斗さんにできることって何でしょうか?」

「ぜひ月斗さまと友だちになってください」


 川岡さんは優しい笑みを浮かべて言った。


「うー、わたしも月斗さんと友だちになりたいのです……でも、あまり上手くいかないのです。いつも怒らせてばかりで……」


 下界に降りてきた初日から、月斗さんと友だちになろう作戦は何度か実行していたけれど、なんの成果も得られないでいた。


「そうですね……でしたら、わたくしめが秘策を授けましょう」

「秘策っ?!」


 力強い言葉の響きにルスキニアの胸が高鳴った。


「日本には古来より、特別仲良くなるための場所があります。そこに二人で入れば、たちまちのうちに親愛の情が芽生えることでしょう」

「すごいのです! 日本にはそんなパワースポットがあるのですね! それで、どこなのですか! 遠いのですか?」


 ルスキニアは身を乗り出して尋ねた。


「どこのご家庭にもあります。そうですね、ちょうど今頃は月斗さまもそこにいらっしゃることでしょう」


 勿体つけた川岡さんの口から、ついにその秘密の場所が明かされる。

執事の川岡がルスキニアに授けた、仲良くなるための秘策とは?!

次回は明日の18時頃、投稿予定です。


【宣伝】講談社ラノベ文庫より、高橋右手の名義で『白き姫騎士と黒の戦略家』というファンタジー戦記小説も出しています。よろしくお願いします。

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