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クラック・デ・シュバリエ5

前回のあらすじ。

礼拝堂に仕掛けられた爆弾。

ドミニクを倒すか、ルスキニアと人々を救うか、月斗は決断を迫られる。

 追い詰めたはずのドミニクが不敵に笑う。


「随分と悠長だな。あと3分しかないんだぞ」

「3分? お前の寿命の話か?」

「礼拝堂に仕掛けた爆弾が吹っ飛ぶまでの時間だ」


 ドミニクの言葉に月斗は眉をひそめる。内心の動揺を悟られまいとするが遅かった。


「キミはガールフレンドを巻き込まないよう、礼拝堂から離れたがっていたが、それは私の方も同じだったのだよ」

「はったりだなっ!」


 自分に言い聞かせるように月斗は吠えた。


「判断するのはキミだ。しかし、老婆心ながら忠告してあげよう。後悔して生きるには、人生は長いぞ」


 楽しむような口ぶりに苛ついた月斗は、ドミニクに向かってアマツカゼのトリガーを引く。

 狙いも定かではない銃弾は、無意味に氷の壁に阻まれてしまう。


『別にどっちだっていいじゃない。とりあえず、こいつを殺したほうがスッキリするわよ』


 悪魔が芳醇な酒精のような言葉で月斗の思いを代弁した。


『ドミニク・フーゲンベルクは草薙月斗の到着を予想していた節があります。爆弾が真実である可能性は高いでしょう』


 天使が脳みそを針でさすかのようにジクジクと月斗の理性を刺激した。


「天国まであと2分だ。決めたかね?」


 ドミニクはバスの停留所で時間を確かめるように、腕時計に視線を落とす。


「……くそがっ」


 言い捨て踵を返した月斗は、靴を地面に叩きつけるような気分で崩れた壁面から主塔を飛び出した。


「ハハハハッ、走れ若者よ。キミの判断は正しい!」


 背後から響くドミニクの高笑いが、爆弾の存在を月斗に確信させた。

 落下傘降下の失敗でぶち抜いた開廊の穴を飛び越え、月斗は狭い中庭に着地する。勢いそのままに右側に見える礼拝堂へ転がるようにして飛び込んでいった。


「月斗さん?! どうしたのですか??」


 主塔が崩壊する音に外の様子が気になったのか、ルスキニアや開放された女子供が礼拝堂の入口付近に集まっていた。


「爆弾が仕掛けられている! 全員ここから逃げろ!」


 月斗は恫喝と間違われても仕方ない大声で叫び、礼拝堂の外を指差した。


「爆弾?! こ、子どもたちがまだ奥の部屋にいるのです!」


 外が危険かもしれないと幼い子どもたちを残していたのだろう。


『残り33秒』

『あらあら夕飯は子羊のローストかしら』


 子どもたちを脱出させている余裕はない。


「なにか怪しい物はないか!」


 全員を救うためにすべきことは1つだった。


「怪しい物、怪しい物……あっ、その説教台のところにかばんが置いてあったのです!」


 思い出したルスキニアがハッとした表情で、礼拝堂の中央に設置された階段状の説教台を指差した。

 説教台に駆け寄ると、そこには黒いアタッシュケースがぽつんと置かれていた。

 思い出すとドミニクが腰掛けていた場所だ。あの時、背後に隠し月斗の視線を遮っていたのだ。


『残り20秒』


 中身を確かめている暇なんてない。月斗はアタッシュケースの取っ手を掴むと、つい先程、礼拝堂の北東に開けられたばかりの穴を目指して走った。


『19、18、17……』


 穴からとびだすギリギリの所で踏みとどまった月斗は、ケースの取っ手を掴む右腕を振りかぶる。


「うぉおおおおお!」


 身体ごと持っていかれそうになるぐらい全力で、アタッシュケースを放り投げる。


『14、13……』


 くるくると回転しながらアタッシュケースは放物線を描く。城塞は高台にあり、そのまま飛んでいけばアタッシュケースは麓の街へと落ちていくことになってしまう。


「デュナミス! 狙いをつけろ!」

『了解しました』


 月斗は左腕を突き出し右腕で固定、飛んで行くアタッシュケースに掌を向けた。復活したばかりの左目が月斗の意志とは無関係に動き、アタッシュケースをロックオンする。

 目とシンクロしていたサイボーグ腕が自動的に微調整を行い、距離に合わせて発射口が細く絞られた。


「ぶっとべぇえええええ!」


 流れ星を思わせる一筋の閃光が闇夜を貫いた。麓に広がる街の上空で爆発の大華が咲く。


 比較対象がないので正確には分からないが、半径30メートルはあろうかという大爆発だ。もしここで起爆していたら、礼拝堂どころか内郭の南側を崩壊させていたことだろう。遅れてやってきた轟音が月斗の推測を裏付けていた。


 ルスキニアと女達、それに何事かと顔を出した子どもたちは唖然とした様子でその爆発に見とれている。

 月斗には悠長に花火を楽しんでいる余裕はなかった。


「デュナミス、あいつの魔力は覚えたな! 追うぞ」

『残念ながらそれは不可能です。すでにドミニク・フーゲンベルクは索敵範囲を離脱しています』


 昂ぶった精神の行き場を失った月斗は、白煙をあげる放出口を握りつぶすように左拳を作った。

 そんなクソみたいな気分を盛り上げるかのように、ルスキニアが満面の笑みで駆け寄ってきた。


「さすが、月斗さんなのです! みんなを救って――」

「なにやってんだ俺はよぉおおおお!」


 月斗は怒りに任せ左拳を壁に叩きつける。経年劣化に耐えてきた石材も、直接的な暴力には耐えられなかった。重い打撃音と共に壁が崩れ、となり部屋への大穴が開いてしまう。

 開いた穴に子どもたちが怯え、散っていった。


「月斗さん?! どうしたのです!?」


 ルスキニアが何か言っているが無視し、月斗はさらに力を込めて壁に拳を叩きつける。


「止めて下さい、月門さんの手が壊れちゃうのです!」

「うるさい! こんなことで、この身体が壊れるかよっ!」


 証拠だと言わんばかりに、左の裏拳が石柱を砕く。


『だから言ったじゃない、殺っちゃってスッキリしましょうって』


 月斗は怒りに右の拳を握りしめる。アスモデウスがあざ笑うかのように、黒い炎が腕にまとわりついていた。


「黙りやがれぇえええ!!」


 左手だけでは不十分だと、月斗は振りかぶった右の拳を石壁に向かって――。


「ダメなのです!」


 何を考えているのか、ルスキニアが正面に飛び出してきた。勢いの乗った拳は止めきれない。

 すんでの所で踏み込んだ左足を曲げ軌道を逸らしたが十分ではなかった。親指の付け根がルスキニアの頬を掠ってしまう。


 いつもヘラヘラ笑っている頬が切れ、血の線が浮かぶ。


『あらあら~、意外ね』


 アスモデウスが感嘆の声を漏らす。月斗も声にこそ出さなかったが驚いていた。

 ヘタレのくせにルスキニアは悲鳴ひとつ上げなかった。それどころか、まばたき一つせず正面から月斗を見据えた。

 風圧で広がった錦糸のような髪が、拳から漏れる赤黒い炎に飲まれるがルスキニアは眉も動かさない。


「なんだ! 何が言いたい!」


 拳を引くことも出来ず、月斗はルスキニアと顔をつき合わせる。

 宝石のような碧眼は悲しみと憂いに揺れていた。


「正しいことをしたのに後悔しないでください! 腕が痛くなくても月斗さんの心が! 魂が傷つくのです!」


 掠れるほど声を絞り出したルスキニアは、おもむろに手を上げた。

 何をする気なのかと怪訝な表情を浮かべる月斗の前で、ルスキニアは躊躇なく炎を纏う右腕に触れる。


「バカ、なにしてる!」

「月斗さんの魂が、うぐっ……傷つかないようにしているのです……」


 生命そのものを焼く悪魔の炎だ、天使にとってはこれ以上ない苦痛のはずだ。

 ルスキニアは顔を歪ませながらも、小さな唇を引き結び悲鳴を上げなかった。


「知った風な口を利くな!」


 我に返った月斗は右手にとりつくルスキニアを振り払った。


「あっ!」


 瓦礫と化した石壁に背中を打ち付けたルスキニアを前に、月斗は学ランの襟に手をかける。


「見せてやるよ、その『魂』ってやつをなっ!」


 内側のシャツごと学ランのボタンを引きちぎり、月斗はその胸をさらけ出す。

 胸骨にあたるつなぎ目が蒸気を噴き出しながら開く。戦いの余韻を冷却するために活発に脈動する異形の臓器と、その中心に据えられた球状の太極炉が露わになった。


「天使のおまえになら分かるだろ? 今にもこいつらに飲み込まれそうな俺の魂の欠片がな!」


 均衡が崩れ黒い光の強まった太極炉を掴んだ月斗は、チューブを伸ばしルスキニアの鼻先につきつける。


「これが月斗さんの魂……」


 太極炉に映し出されたルスキニアの顔には怯えとも驚きともつかない表情が浮かんでいた。


「すき好んでこんな身体になったとでも思っていたか? 俺の身体と魂は神魔どもに奪われ、三千世界に散りぢりになっちまった! そいつを取り戻すためにも、ラジエルの書の力が必要なんだよ!」


 このポンコツに何か言ったからといって、現状が変わるわけでもない。

 それでも月斗は怒鳴らずにはいられなかった。


「……月斗さんが大変な苦難に立ち向かっていることは分かりました。それでも、誰かを救う選択は間違ってなかったのです! わ、わたしじゃ頼りないかもしれないけど、身体と魂を探すお手伝いをします! させてほしいのです!」


 向けられるまっすぐな瞳に、月斗は歯ぎしりしながらいびつな笑み返した。


「そのゴミクズなポジティブさで、なんでも解決できると思うなよ。1つの身体に人間と悪魔と天使を押し込めるなんて無茶がいつまで続くと思う? 明日か? 来年か? 十年後か? 徐々に、確実に俺の魂はすり減って、こいつらに食われていってる」


 ただでさえ強力な悪魔と力天使の魂だ。完全でない月斗の魂は、揺れる天秤が作り出すギリギリの均衡の上で生かされている。


『それについては補足があります。アスモデウスの力を抑えつけるためには、天使の力を常に放出し続ける必要があります。つまり不可抗力です』


 天使の矜持でもあるのかデュナミスがルスキニアに説明する。


『あたしはいいのよ、混じりあってひとつになっても。うふふ、それも気持ちよさそうでしょ?』


 アスモデウスはちょっと自転車でも借りるような調子で言った。明確な自我に固執していないから、万事がこの調子だ。


「分かっただろ、俺には時間も選択権もないんだよ!」

「それでも! 誰かを救って後悔するなんて間違っているのです! 善行はちゃんと神さまがみていてくれるのです! 絶対に報われるのです!!」


 この信念だけは退けないと、ルスキニアもムキになって言い返してきた。


「俺は神なんてものには頼らない! 俺は俺のままで、この手で、あいつを三千世界から消し去る!」

「消し去る? なにを言っているのです、月斗さん?」


 高ぶりのままに吐き出した言葉に、ルスキニアが困惑していた。


「そうだ、あいつを消し去るまでは、なにがあっても止まれないんだよぉおお!」


 あの日から何度も繰り返した言葉、ずっと増殖し続けた憎しみが太極炉を黒く染めていく。


『んん~、とってもキモチイイ。月斗ちゃんの後悔と怒り……、ブランデーたっぷりのチョコレートケーキみたいに素敵よ』


 陶然としたアスモデウスの力が漏れ出し、太極炉を握る手が完全に赤黒い炎に包まれた。


『いけない、落ち着くのです草薙月斗。目的を果たしたいのなら、貴方は貴方でいなければなりません』


 熱しすぎた鍋に水を注ぐようにデュナミスが月斗を制止する。その程度で感情の昂ぶりがおさまりはしないが、埋もれようとしていた月斗の冷静さを呼び起こす助けにはなった。


「ああ、そうだ……こいつに呑み込まれるわけにはいかないな」

『でも怒りは捨てられないのでしょ? 遅かれ早かれ月斗ちゃんは――』

「少し黙ってろ」


 月斗は懐から白い筒状のカートリッジを取り出し、それを右腕に打ち込んだ。


『あん、イイトコだったのにぃ~。あたしを酔わせてぇ、うふふ、どうすんのよぉ~』


 高濃度の人工ソーマは急速に吸収され、酔っ払ったアスモデウスの影響力が消えていく。

 月斗の中に湧き上がった暗い感情は薄れないが、右腕の赤黒い炎は霧散する。太極炉で渦巻く三種の光が均衡を取り戻したこと確かめた月斗は、それを胸中に埋め戻した。


「あの、月斗さん……身体を取り戻すには、その、別の目的があるのですか?」


 おずおずと尋ねるルスキニアを、胸部を閉じながら月斗は一瞥する。


「なんでこんなポンコツに……俺は……」


 答えではなく、不可解な自分への苛立ちを口にしていた。そんなくだらない理由を考えても仕方ないと、月斗は踵を返し礼拝堂の入り口に歩き出す。


「え、どこへいくのですか?」

「帰るに決まってるだろ。もうここに用はないからな」


 ドミニクはこちらの正体を知っていた。奴の率いるハイリゲン・シュタッフェルは必ずラジエルの書を奪いにやってくる。次の戦いに備えなければならない。


「この人達をこのまま置いていくのですか?!」


 ルスキニアの背後では二人のやり取りに怯えた女子供が、おっかなびっくりこちらの様子を伺っていた。


「ああ、そうだ。もう俺には何の関係もないからな」

「で、でも小さな子供や女の人なのです。どうにかしないと……」


 拐われてきた連中の不幸な境遇に同情したのか、ルスキニアは苦しそうに言葉を詰まらせる。


「どうしようもない。それぞれで生きてくしかないないんだよ。身体を売るか、物乞いでもなんでもしてな。これが人間の世界だ」

「そんなの! そんなの……」


 言いかけた声を飲み込みルスキニアはがっくりと肩を落とす。

 都合よく草薙グループの力で面倒を見てもらえると、淡い期待でも抱いていたのだろう。救えないほど愚かな奴だ。


「そんなに救ってもらいたいなら、神様にでも祈るんだな」


 月斗は試すように言ってルスキニアの反応を待った。


「……分かったのです。わたしを地上に派遣した主天使さまが見ているはずなのです」


 涙を拭ったルスキニアは手を合わせ、天を仰いだ。


「クズイアル様、ルスキニアなのです! 任務の途中で悪漢に捕らわれていた人たちを助けました! この人達は行くところもなく困っています。どうかクズイアル様のお力で救ってください!」


 懇願する声が夕闇に沈む礼拝堂に響き、岩壁に溶けていく。爆発や騒乱が夢であったかのような静寂だけが返答だった。


「クズイアル様? クズイアル様ぁーーーーー!」


 ルスキニアは必死に呼びかけるが、天上から眩い光が差し込むこともなければ、心を揺さぶるような厳かな鐘が鳴ることもなかった。

 それでもルスキニアは呼びかけ続けたが、次第にその声は小さくなっていった。


「クズイアル様……どうしてなのです……」

「天界は地上のことなんて魂の牧場ぐらいにしか思ってないんだよ」


 萎れたルスキニアにわざわざ近づき、月斗は勝ち誇るが、その態度とは裏腹に胸の中はまるでスッキリせず、むしろ焼け爛れているかのように気分が悪かった。

 ルスキニアの願いを完全に断ち切るためか、遠くからヘリコプターのローター音が聞こえてきた。


「シリア軍がお出ましだ。面倒なことになる前に退散するぞ」


 輸送機を手配した段階で話は通してあった。たった一人で砦を落とすなんて話は半信半疑だったのだろうが、念の為に街の近くに兵士を待機させていたようだ。先ほどの街上空での爆発に、ようやく重い腰を上げテロリスト掃討に乗り出したに違いない。


「この人達はどうなるのですか……」


 うつむいたままのルスキニアが絞りだすように言った。


「運がよければ生まれ故郷に帰れるかもな。その後のことは知らん。責任の取れない他人の人生に深入りするな」


 それ以上の会話は不要と月斗は歩き出す。迷う様子を見せたルスキニアも、結局は後をついてきた。

 女子供のに何か言っていたが、神のご加護をとかそんなとこだろう。もし故郷に帰れたとしてもハッピーエンドが待っている保証なんてない。真逆の可能性があることを、ルスキニアも分かっているようだ。


「どいつもこいつも救えないな」


 月斗は理由の分からない苛つきを抱え、クラック・デ・シュバリエを後にした。

シリアでの冒険は終わり、舞台は再び日本に戻ります。

月斗とルスキニアの仲はどうなってしまうのか?

お楽しみに!


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