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サン・フランチェスコ聖堂2

「懐古趣味のバカどもが相手か」


 吐き出すように言った月斗に応え、向けられた銃口が一斉に火を吹く。しかし、バイクの速度を緩めなかった月斗はすでに着弾点にはいない。5メートルと進まないうちに、左側にいたテロリスト2人の胸を撃ちぬいていた。貫通弾や血しぶきに気をつけて撃ったのだが、銃弾を食らった当人は月斗の思惑など知らない。倒れ込みながら美麗なフレスコ画に血を吐きかけていた。


『質実剛健な建物とか言ってた割に内装は派手ね。鬱陶しいぐらい壁画だらけじゃない』


 健在だった右側のテロリストからの銃撃が、月斗のヘルメットに立て続けにヒットする。一発目は曲線に沿って掠めていったが、二発目がバイザーの留め具を砕き、三発目が顎の部分を砕いた。弾丸はプラスチックが砕ける衝撃でどこかに逸れたが、細かい破片が首元にチクチクと纏わりついた。


『これらのフレスコ画は、聖堂の完成後に描かれたもので意味合いが少し違います。右奥から始まり』


 月斗の撃ち返した銀の弾丸が右側に陣取っていたテロリストを続けざまに2人仕留める。飛び散った血で、フレスコ画の中の教皇インノケンティウスが真っ赤に染まってしまう。


『左奥までの28枚で聖フランチェスコの生涯とその偉業を伝えています。文字が読めない人のために描かれたものです』


 腕を振って月斗はトリガーを引いた。人質を取ろうとしていた男の頭に血の花が咲いた。跳ねた血で壁画の中のフランチェスコの頬に朱が入った。安らかに天に召される場面が台無しだ。


『いま血に汚れた20枚目の壁画には悪魔が隠れて描かれています』

「た、助けてくれぇええ!」


 デュナミスの場違いなアナウンス音声に、切迫した声が被さった。

 人質にされていた若い男が長椅子を乗り越え、正面から走ってきた。混乱に乗じて入り口から逃げようと言うのだ。本人としては勇気を振り絞って行動なのかもしれないが、射線を塞ぐだけ邪魔だ。さらに突発的な動きに反応して、テロリストたちの銃口をも惹きつけてしまっていた。


「邪魔だ、伏して祈ってろ」


 月斗はスロットルを緩めると、すれ違いざまに男の鼻先に裏拳をかましてやった。白目をむいて倒れる男の髪の毛を銃弾が掠めていった。鼻の骨が折れた感触があったが、死ぬよりはマシだろう。

 バイクの速度が落ちたことで、テロリストたちの狙いが正確になり銃弾が月斗に集中してしまう。ヘルメットのバイザーが完全に砕け散り、さらに脇腹や肩にも銃弾がぶち当たる。しかし月斗の走らせるバイクはふらつきすらしない。一着300万円する防弾仕様の特殊呪印学ランは伊達ではない。左右の長椅子が射線を遮っているのでタイヤも無傷だ。


「狙いを俺から外すなよ。ここの修復にはうちの会社からも寄付してるんだからな!」


 文句代わりとばかりに月斗は銀の銃弾をテロリストたちに叩き込んでいった。防弾性能に気づいた敵は、顔面を執拗に狙ってくるが、距離が近づけば近づくほど銃を大きく振らなければならない。狙いがつけづらいMP7では小さな的にそうそう当たらない。


『お金持ちなんだから細かいこと気にしなくて良いじゃない』


『草薙月斗が言っているのは、今回の銃撃戦ではなく1997年のことだと推測します。地震で聖堂の一部、ちょうどこの上あたりが崩落しました』


 上聖堂の奥、翼廊が左右に広がっている所までやってくると、銃弾が当たらないことに痺れを切らしたテロリストたちが集まってきていた。至近弾で蜂の巣にしようというのだ。


『崩落ねー。また天界お得意の神の試練と奇跡ってやつで誤魔化したの?』


 月斗は右にハンドルをきると、スロットルを一気に絞った。祭壇の前のツルツルに磨かれた床を、グリップを越えた後輪が耳障りな音を立てて滑る。床に突き出した右足を軸にしながら、感覚を頼りに右手のスロットルで遠心力を操る。


『ごまかしではありません。解釈です』


 ぐるりとアクセルターンを決めながら、月斗は四方八方から迫り来るテロリストを銀の弾丸を一人一発撃ちぬいていく。最後に、背後から襲おうとしていたテロリストが驚きの悲鳴をあげて地面に倒れた。


 キュッと鳴き声のような音を立ててバイクを止めると、長椅子に隠れていた人々が恐る恐る顔を覗かせていた。

 月斗は聖堂の入口を指差すと、再びスロットルを回す。祭壇前の張り出した右の翼廊から、外へと続く階段を進んだ。


『三千世界最大の詐欺集団はさすがね』


 両手と両足を柔軟に使い細かい振動を殺しながら、月斗の操るバイクは石造りの白い階段を降りていく。階段の下は中庭を囲むロの字型をしたテラスになっている。ここから下の聖堂へと入っていける。

 階段を降りきろうとしたところで、左側から多数の発砲音。手すりの石材が砕け白い粉を飛ばした。下堂の入り口を塞ぐように、テロリストたちが銃の壁を作っていた。上堂での異変を聞きつけ準備していたのだ。


『詐欺とは心外です。主の御心を推し量ることができないゆえに、そのように思われるだけです』

『悪どいやりくち。そうやって人間の魂を集めまくってるのね』


 横殴りの銃弾の中でターンするわけにはいかず、月斗はバイクを直進させ、ロの字型のテラスを回りこんでいく。その間も左腕とヘルメットに銃弾を食らってしまう。防弾仕様の呪印学ランは無事だったが、不格好に壊れたヘルメットが鬱陶しかった。


「うざったい」


 月斗は強引にヘルメットを脱ぎ捨てた。風通しと視界が良好になった。テラスを回り込んだところで、右手をハンドルから離し素早くアマツカゼのマガジンを交換。すぐさま左腕を振って、30メートルほど離れたテロリストたちに向けてトリガーを引く。


 銀の弾丸はテラスのひさしを支える石柱の間を潜り、無闇矢鱈と銃弾を撒き散らすテロリストの喉を貫いた。そこそこ訓練されているのか、あるいは何か覚悟や思想があるのか、一人殺られたぐらいではここの敵たちも怯まない。鋭さを増す銃撃をバイクの速度で振り切り、月斗はさらに2人を撃ち倒す。


 その後も次々に敵を仕留めていく。中庭を見下ろすテラスをバイクが一周して戻ってくる頃には、テロリストたちは3人に減っていた。一人は恐怖か混乱か、思考を止め祈るように銃弾を撃ち続けている。

 彼の願いを届けるように、月斗は頭に銃弾を叩き込んでやる。ついでにもう一人は胸を撃ち抜き、立ちふさがる最後の一人は腹に一発かまし、そのままバイクで跳ね飛ばした。文化遺産を気にせず色々とぶち撒けられるのは楽でいい。

 テラスを一周した月斗は、そのまま下の聖堂へと続く狭い出入り口を車幅いっぱいでくぐり抜けた。


『こっちも壁画だらけね』


 下堂に入ってすぐ正面、キリストの磔刑図が月斗を出迎えた。下堂と上堂は同じラテン十字の形をしているが、縦長の身廊の脇には幾つもの小礼拝堂がついている。月斗が飛び込んだのは、突き出た横木の左側にあたる主祭壇の横だった。


『ただの壁画ではありません。ピエトロ・ロレンツェッティ、チマブーエ、シモーネ・マルティーニなど美術史的に見ても重要な画家の競演です。この下堂だけでも小さな美術館に匹敵する作品群です』


 2メートル四方ほどの踊り場を曲がり、バイクは短い階段から祭壇の前へと降りていく。

 下堂ではテロリストの第三陣が今や遅しと待ち構えていた。右半身を向ける形で乗り込んでしまったので、月斗が銃口を向けるよりも早くテロリストたちが一斉射撃を開始する。


『いつも思うけど、魔女のサバトより教会のミサの方がお金かかってるわよね』


 月斗はハンドルを左に切ると、水平に殺到する銃弾をくぐるようにバイクを無理やり横に倒した。傾斜は限界を超え、バイクは月斗を放り出して横滑りを始める。

 タンクとステップが硬い地面に擦り火花を散らしながら、バイクはテロリストたちの隊列へと突っ込んでいった。

 銃撃に集中していたテロリストたちの反応が送れる。バイクはボーリング球がピンを倒すように、テロリストたちの足元を見事に薙ぎ払った。


『芸術は金銭の問題ではありません。それに壁画だけでなく、聖堂を構成するアーチに描かれた幾何学模様も見どころです』


 先に立ち上がった月斗はボーリングごっこを逃れたテロリストに銀の弾丸を叩き込みながら、自身も敵中に走りこんでいく。

 迎え撃つように、大柄なテロリストが低い体勢でタックルしてくるが、月斗は右足で前蹴りを食らわした。超硬質の足の甲がテロリストの顎を砕き、その巨体は弾かれたように一回転しぶっ飛ぶ。巨体はバリケード代わりに積まれた長椅子に突っ込み、盛大な音を立てた。


『壁画だけでもお腹いっぱいなのに幾何学模様まであって、統一感がないわね。あんたのとこの派閥争いみたい。どれもこれも主張しすぎよ』


 右脇の小礼拝堂に隠れたテロリストを仕留めると、別のテロリストが大型ナイフを手にし左側から襲いかかってくる。銃口を向けたのでは間に合わない。

 月斗は左肘を突き出すようにして、ナイフを打ち払う。金属と金属がぶつかる甲高い音がし、大型ナイフが宙を舞った。


「肉じゃないっ?!」


 人体と接触したのとは明らかに違う感触にテロリストが一瞬の戸惑いを見せた。月斗はその隙を見逃さず右のフックをテロリストの顎に叩き込む。脳震盪を起こして倒れこんだそいつの腹に、銀の銃弾を一発叩き込んでとどめを刺した。


『主のご威光はただ一つです。しかし、それを受け止める杯はいくつもあり、形も様々ということです』


 月斗は左足を軸に左肩を入れ込むようにして全力で回転、そのエネルギーを右足の踵一点に伝え、刀のごとく背後へと振りぬく。

 死角から襲いかかってきたテロリストの首に後ろ回し蹴りが突き刺さる。骨が折れる小気味いい音が鳴り響いた。残っていた膂力を全て腰へと伝えきると、浮いた男の身体が小礼拝堂へとぶっ飛んでいく。べちゃりと張り付いた男は、生け贄とばかりに祭壇へ濁った血を吐き出した。


『欲望で満たされた杯でド突きあうの間違いでしょ』


 小礼拝堂に隠れていた観光客が耳をつんざく悲鳴をあげた。その声に過剰反応したのかテロリストの一人が、同士討ちも構わないとばかりにMP7のトリガーを目一杯握りしめ、4.6mm弾を周囲にばらまき始めた。月斗は銃口が振られるよりも早く左に回り込む。


『節度ある欲望は人間にとって有用だと考えます』


 案の定、乱射の巻き添えを食らったテロリストたちが首筋や脳天に弾丸を受けて盛大に倒れていく。

 弾着の追跡を背にした月斗は地面を蹴って宙に逃れると、天井から吊り下がる照明器具に手をかけた。

 振り子運動で銃撃を躱すと、勢いそのままに飛翔し空中で一回転、慌てて銃口を向けようとするテロリストの脳天に、右踵を打ち下ろす。

 踵はヘパイストスの鉄槌のごとく頭蓋骨を砕き、スイカを叩く音をさらに鈍くしたような音が響いた。踵落としの衝撃を受けきれなかったテロリストは潰れるように、足から崩れて動かなくなった。


『欲望が暴走するからこそ人間って楽しいんじゃない。節度なんて筋張った肉はグールにでも食わせとけば良いのよ』


 片付いたと思ったそばから、テロリストの増援が地下墓所へと続く左右の2つの階段を駆け上ってきた。

 月斗は落ちていたMP7を右手で拾い上げると、両方の階段へ同時に銃口を向けトリガーを引く。MP7が細かい振動とともに連続して弾丸を吐き出す。一方で、左手に握るアマツカゼは重々しい一発一発をテロリストに叩き込んでいく。


『節度とは概念であるためグールの食物とはならないと認識しています。それとも、概念そのものをエネルギーとするほどの上位種が存在するのですか? 事実ならば発言を訂正します』


 右の階段が制圧し終わると、月斗は残党を倒しきるべく左の階段へ進む。段差に隠れ様子を伺っていたテロリストを頭上から一発で仕留め、階下の連中に向かって蹴り倒す。


『そーそー、とっても怖い奴がいるのよー』


 狭い階段で上から人間が倒れてきたのだ、後ろで待機していたテロリストたちの視界が塞がった。そこを月斗は両手の銃で撃ちまくる。

 短い悲鳴と鮮血が墓所へと繋がる古びた石段を彩った。月斗は弾の切れたMP7を投げ捨てると、邪魔くさいテロリストたちの死体を飛び越えて階段を降りていった。


『なるほど、それほど貪欲なグールが存在していたとは知りませんでした。貴重な情報の提供を感謝します』


 こじんまりとした地下墓所は外界から隔絶されたような静謐さを湛えていた。

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