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クラック・デ・シュバリエ3

城塞を占拠するテロリストを倒した月斗たち。

その奥では女性と子供が囚われていた。

「人身売買だよ」


 20畳ほどの部屋の片隅で、女子供が尋常ではなく怯えた様子で身を寄せあっていた。

 小学生にも満たないような幼児から、最年長でも二〇歳には満たないだろう。人間の尊厳を奪うかのようにハメられた首輪から鎖が伸び、石壁に打ち込まれたフックにかけられている。首輪だけでなく手枷をつけられている者もいた。


「こんな……酷い……」


 世界の悲劇を端的に表した光景を前に、ルスキニアは肩を震わせる。怒りなのか、悲しみなのか、天使の胸中なんてものを理解する気にはなれない。


「立派なお題目を掲げちゃいるが、やってることは欲望の押し付けだ」


 アマツカゼをおろした月斗が無遠慮に近づくと、小さな子供を守るように年長の女達が覆いかぶさった。

 震える彼女たちは耳も心も閉ざしている。声をかけても逆効果だろう。

 月斗は刀身に変えた左腕を一閃、壁から伸びる十数本の鉄鎖を一斉に断ち斬る。響いた金属音に女達はさらに身体を強張らせた。


「もう大丈夫なのです! 怖いことは終わったのです!」


 こちらを見ようとしない女達にルスキニアが、はっきりとした口調で声をかけた。

 霊的な素養のある者の言葉は、例え言語が違ってもその意志は通じる。だからこそ、神魔とも会話をすることができるのだ。

 ルスキニアの呼びかけに最初に反応したのは、庇われていた5歳ぐらいの小さな子どもだった。根気強く呼びかけるルスキニアに向かって手を伸ばしたのだ。


「月斗さんが助けてくれたのです」


 屈みこんだルスキニアは子どもと目線を合わせると、そっと手を包み込んだ。繋がった手とルスキニアの顔を交互に見比べた子供の目からぽろりと涙が零れた。

 手を介して感情が伝わったかのかルスキニアも涙を流し子供を抱きしめた。


「もう悪い夢は終わりなのです……」


 日の入りを告げる鳥のように二人の泣き声が響いた。それをきっかけにして、他の女子供にも安堵の泣き声が広がった。


 ようやく自分たちが助かったのだと、理解したようだ。手枷を外すために月斗が近づいても、逃げようとはしなかった。

 月斗は女達の手を封じていた鉄の枷をデュランダルの刃先で破壊した。自由になった手首は酷く擦れ膿んでいた。水で洗うことも許されなかったのだろう。


「えっぐ……なんでこんなことを……」


 子どもと離れ少し落ち着いたルスキニアが、女達が外した首輪に目を落として言った。


「神様が誰も救わないからだろ」


 最後の手枷を破壊し終わった月斗は、左腕をもとに戻しながら答えた。


「それは! ……違うのです、神さまは人間の生活じゃなくて、魂を救済してくださるのです……」

「ま、そうだな。神魔にとって必要なのは魂だけだもんな。むしろ容れ物が不幸になればなるほど、魂は救済を求める。過酷な環境に置かれたトマトの方が甘いってって話だ」


 全員を開放した月斗は視線を部屋の隅にあるもうひとつの布幕の仕切りへと向けていた。デュナミスの話によると、この先は礼拝堂へと続いているはずだ。しかし、薄布越しに伝わってくるのは神聖さではなく、冷たい緊張感だ。


「魂だけが必要なんて、そんなことはないのです! 神さまはきっと全てを救いたいはずだから! でも、わたしたち天使が力不足だから……こんな不幸が起きてしまうのです……」

「それはお前らの都合だ。こいつらには関係ない。もちろん、俺にもな」


 油断なくアマツカゼを構えた月斗は、気配を探りながら礼拝堂へと続く布幕に近づいた。


「月斗さんどこへいくのです?」


 この人達を放っておいてと、責めるような少し棘のある口調だった。


「お前はこいつらを見ていろ。どうやら先方は俺をお待ちかねのようだ」


 薄布を払い、月斗は狭い出入り口をくぐる。

 質素な礼拝堂だった。城塞の他の部分と同じ全面が石造りで15×5メートルほどの縦長をしている。天井近くの採光窓と、城壁側の南東に大きな窓があるだけでかなり暗い。


 キリスト教の教会として建てられたが、後にイスラム教のモスクに改修されたという経緯を持つ。そのためメッカの方向を示す窪み(ミフラーブ)が後から作られていた。


 そんな殺風景なところに唯一、石造りの階段状説教台ミンバルが礼拝堂の中ほどに置かれている。その階段にコート姿の人影が腰掛けていた。


『気をつけてください』


 デュナミスに言われるまでもない。ただならぬ気配を感じていた月斗は、警告も躊躇もなく人影に向かってアマツカゼの引き金を引いた。


「挨拶は苦手かね?」


 突然の発砲に対して責めるでもなく、男はベテラン教師が生徒を諭すような穏やかな口調で言った。

 頭部を狙った銃弾は、男にたどり着く前に空中で停止していた。まるでそこに防弾ガラスでもあるかのように、銃弾の周囲に亀裂が走っている。


「意外と人見知りするもんでな。だからパーティは苦手だ」


 月斗の構える銃が目に入っていないのか、男はふっと笑みをこぼした。


「なるほど、それでガールフレンドを連れて来たのかね、クロノハンター草薙月斗。しかし、同伴が天使というのはあまりキミに似合わないな」


 軽く言って男は立ち上がった。三十代後半に見える白人だ。

 制帽からのぞく銀色の髪にグレイの瞳、身長は180センチ近くあるだろう。スラリとした体型をしているが貧弱な印象は皆無だ。月斗自身と通ずる無機質な強靭さが、灰色のオーバーコートの上からでも分かる。


「ドミニク・フーゲンベルクだな」

「いかにも」

「そういうお前は、氷結ゲフーリンって二つ名がよく似合ってるな」


 銃弾を受け止めていた透明な板がヒビに耐えかね割れる。地面に落ち砕けた氷の破片は溶け、砂埃に馴染むようにして消えた。

 情報はすでに調べてある。


 氷の魔術士ドミニク・フーゲンベルク。もとナチスドイツの将校で、秘密部隊ハイリゲス・シュタッフェルを率いて、魔術道具の収集の任務にあたっていた。


 戦時中は同盟国のよしみで、日本とドイツは他の分野と同様に魔術関連でも技術交流を行っていた。

 陰陽師として有数の力を持つ草薙家も当時は軍役についていたので、この秘密部隊についての情報が残されていたのだ。


「全てを持っている草薙グループの御曹司が、これ以上なにを欲するというのだ?」


 突きつけられた銃口をまるで恐れず、ドミニクは悠然と立ち上がる。


「さらなる金か? 圧倒的な力か? それとも永遠の命か?」

「大戦期から生きてるお前に言われたくないね。ジジイは大人しく茶でも飲んでろ」


 魔術と薬で若さを保っているのだろうが、実際には百歳近い。老練な雰囲気を持っているのも当然だ。

 ハイリゲン・シュタッフェルにしても、戦後に解体され歴史の闇に葬られている。それを復活させたのだから、何か明確な目的があるのだろう。


「若者にはまだ分からんかもしれんが、人間長く生きれば1つぐらい大きなことを成してみようと思うもの。邪魔を……しないでもらおうかっ!」


 ドミニクが右の踵を床に打ちつける。乾いた音と共に、隠されていた魔法陣が床に広がった。月斗も反射的に引き金を引く。

 魔法陣から直径3メートルほどの氷の柱が出現、アマツカゼから放たれた銃弾を飲み込み、急速に月斗に迫る。強力な設置型の魔術トラップだ。


 躱せないと判断した月斗はとっさに胸の前で両腕を合わせ防御姿勢をとる。

 そこに破城槌もかくやという、力強さで氷の柱がぶつかってきた。


「ぐがぁっ!」


 衝撃に耐え切れなかった月斗の身体は、柱の先端に張り付いたまま礼拝堂の南東にある窓へと突っ込んでいく。

 壁と氷に挟まれた月斗のヒヒイロカネ製の背骨が軋む。狭い窓では足りないとばかりに氷の柱は、壁を破壊しさらに伸びていく。周囲の石壁に巻き込みながら、月斗の身体が内郭の外へと叩きだされた。


「やってくれるぜ!」


 空中でくるりと体勢を立て直した月斗は、内壁と外壁の間にある堀に着地する。石床になっている城内とは違い、小石の転がる山肌そのもので所々に下草も生えていた。


「不死身の噂がどの程度か試してやろう」


 城塞に開いた穴から飛び降りたドミニクは偉そうな物言いと共に右手を突き出し、氷の飛礫を放つ。数は5つ、ラグビーボールサイズで先が尖っていた。


『触媒を使っている形跡が無ありません。強力な術者だと推定します』


 デュナミスの分析を聞き流しながら、月斗は大地を蹴る。怪我した左脚が痛んだが、かばっている余裕はない。


 一瞬前まで月斗がいた地面に氷の飛礫が突き刺さる。地面に触れた飛礫は爆ぜ、周囲を瞬間的に凍りつかせた。足に食らえば、氷漬けにされ身動きが取れなくなってしまうだろう。

 ルーン文字のHは雹を意味する。コートの襟からのぞくHSの刺繍は伊達ではないようだ。


「砂漠で雪合戦とはシャレがきいてるな!」


 月斗はアマツカゼを突き出し三発続きで撃ち返す。二発は躱され、最後の一発は氷の壁に阻まれてしまう。


『氷の盾発動まで一呼吸タイミングがあります』


 ありがたいデュナミスからの情報だ。

 遠距離からヒットさせるのが難しいと判断した月斗は接近を試みる。

 右側から回りこむように近づこうとする月斗に対して、そうはさせまいとドミニクも走りだす。


「他人を試す前に自分をかえりみるんだな。ヒトラーの亡霊ゲシュペンストになろうってのか?」


 礼拝堂から距離を取りたい月斗としては、悪くない展開だ。

 互いに銃弾と雹で散発的な射撃を行い、並走する形で城塞の北側を回りこんでいく。


「ヒトラーだと? あんなくだらん男のようになる必要がどこにある」


 一笑に付したドミニクは右手を振りぬき、細かい氷の飛礫を散弾状に放つ。

 広範囲の攻撃はとっさに避けようがない。左半身に多数の飛礫が突き刺さる。防弾仕様のお陰でダメージは殆どないが、学ランの表面が急速に凍りつき始めた。

 一発の威力は無視できるが、喰らい続けるのはまずい。


「疾く、風神!」


 動けなくなる前に印を切った月斗は風の力で、纏わりついた氷とドミニクの放った第二波をまとめて吹き飛ばした。


 砕かれた氷片が夕日に輝き、ダイヤモンドダストさながらの光景をつくりだした。

ついに姿を表した氷の魔術士ドミニク・フーゲンベルク。

彼の目的とは?


次回更新は『月曜日』の18時頃の予定です。

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