クラック・デ・シュバリエ1
前回のあらすじ
クラック・デ・シュバリエに到着した月斗は空からの侵入を試みるが、ルスキニアまでついてきてしまい――。
「ひぁあぁぁああああああああああ!」
パラシュートに揺られる月斗のすぐ横を、手足をジタバタさせた影が高速で通り過ぎていった。
『あらあら、天使ちゃんが堕ちちゃったわね』
「あのスーパーまぬけ天使めっ!」
暢気なアスモデウスの声を横に月斗は左腕を聖剣デュランダルへと形態変化させ、パラシュートを身体に繋いでいるハーネスの紐を切り裂いた。
するりとハーネスから抜け出した月斗は、回転して頭を下に向けると、両手をピタリと身体にくっつけて空気抵抗を減らした。
ぐるぐるじたばたしながら落ちていくルスキニアを追うが、一度減速していたせいで距離がなかなか縮まらない。
『彼女を救うにはエーテル式波動砲を推進に使う必要があります』
「ったく……」
月斗の意志に反応した刀身はほころぶようにして左腕へと戻っていく。
できるだけ噴出口と重心に合わせようと、左腕を身体の正面に持ってきてさらに右手でガッチリと固定する。
「とんだ無駄撃ちだっ!」
出力最大の波動砲が夕空に向かって放たれた。肩が腕ごと外れてしまうのではないかと錯覚する程の衝撃的な加速度が月斗を襲う。
月斗は左腕からエーテルの粒子を盛大に吐き出し、空対空ミサイルのごとく目標へと接近していく。
「かみさまぁあああああああ!」
通り過ぎ様に右腕を伸ばし、絶叫するルスキニアの背中をひっつかむ。
ほぼ同時に推進に使っていたエーテルが枯渇し、左手から放たれていた光が消えてしまう。
あと数秒判断が遅れていたら、月斗の手は空を切っていただろう。
「なについてきてんだ、特大バカ!」
月斗は怒鳴りつけながら、不安定な姿勢のルスキニアを強引に右脇に抱え込んだ。
「ご、ごめんなさい。か、かんし、しなくちゃと思って慌てて飛び出したら、えっぐ、凄い風が吹いて、ぐるぐるまわっちゃったのですぅうう」
涙と鼻水を風圧になびかせたぐしゃぐしゃの顔でルスキニアは謝った。あまりにもブサイクな顔に、怒るのが馬鹿らしくなったほどだ。
『よしよし、怖かったわよね。さあ、あたしの腕で泣きなさい』
口では優しいことを言っているアスモデウスだが、どさくさに紛れて右腕の制御を乗っ取り、ルスキニアのお腹の辺りをねちっこい手つきで愛撫していた。
いつもなら速攻で制御を奪い返すのだが、いまはそんな余裕はない。
「うえぇえええん、げっどさんまでまぎごんでぇ、ごめんなざいぃい!」
「黙ってろ。舌噛むぞ」
眼下に迫るクラック・デ・シュバリエで光が踊っていた。
波動砲の放射を軍の空爆とでも思ったのか、城塞を根城にするテロリストたちがサーチライトを上空に向けたのだ。
人知れず潜入するはずが、どこぞのアメコミヒーローのような盛大な突入作戦になってしまった。
「考えうる限り最悪のパターンだな」
毒づいているうちにも、物理的に堅牢な城塞が迫っている。パラシュートは既にない。
『草薙月斗の生身である左脚、及びルスキニアの肉体は衝撃に耐えられないと推測します』
「ったく!」
破れかぶれの雄叫びをあげた月斗は、感覚の戻った左手を素早く動かし印を切る。地面はすぐそこで、集まってきたテロリストどもが上空に銃を向けるのがはっきりと見える。
「疾く、風神!」
力ある言葉が式神の力を呼び起こす。身体に叩きつけてくる風が猛烈な勢いで渦を巻き始めた。
「んっ!? んんんんん!」
ルスキニアは必死に目と口を閉じ、くぐもった悲鳴をあげている。旋風を束ねたような上昇気流が二人の落下速度を殺し、さらに巻き上がった砂塵が銃を構えたテロリストたちの目を潰した。
「突っ込むからしっかり掴まってろよ!」
月斗は着地に備え右足を前に出した。風の渦を通りぬけかなり減速したが、それでもまだ速度エネルギーは十分以上だ。
「おらぁああああ!」
脳天まで突き抜けるような衝撃とともに、グッと突き出した右足が建物の屋根を砕く。
掩蔽壕破壊弾のごとき様相で、月斗は粉砕の轟音と瓦礫を撒き散らし城塞の内部へと突っ込んでいった。
「ひゃぁあああ!」
抱きかかえたルスキニアの悲鳴に頭が痛くなる。
月斗は最後に残された運動エネルギーを回転へと変え、極太の柱が立ち並ぶ開廊を弾むように転がった。身体中を石床に打ちつけ、最終的には壁にぶつかりようやく止まる。
「め、めがぁ、ほわぁっ! ぐるぐるなのですぅぅ~」
立ち上がる月斗に放り出されたルスキニアが、ふらふらと地面に倒れ込んだ。
「最初から役立たずのアホな行動込みで作戦を立てるべきだったな」
自分の予測の甘さを呪いながら、月斗は右手を背中に回しホルスターからアマツカゼを抜く。
『空襲』の混乱から立ち直ったテロリストたちが、怒号を飛ばし近づいてきていた。
へばっているルスキニアを柱の影に引っ張りこむと、間髪入れずに着弾と銃声が続いた。
月斗は柱から身を乗り出すと、たいした警戒もせず無防備にこちらに銃を向けていた褐色肌の男に狙いを定め引き金を引く。
暗がりを駆けた銃弾が男の右胸に命中。薄汚れたTシャツを血に染めた男は、目を見開き倒れる。
反撃されたと分かった後続の男たちが、声を荒げ柱の影に隠れた。
『ふふふ、パーティは派手にしなくちゃね』
血煙を目にしたアスモデウスが、極上のワインの香りでも嗅ぐような上機嫌さで言った。
「一度ぐらい全部が全部、俺の計画通りにいってくれよ!」
月斗は運命へ当てつけるように、近づいているテロリストの肩を撃ちぬく。10mmオート弾の衝撃に人影がもつれるように倒れた。
「じゅ、銃をおろして下さい! 話し合いで――」
気を取り直したルスキニアが場違いなことを叫ぶが、当然のように誰も聞いていない。むしろ、こちらに女がいると分かって敵が強気になったのか、飛んでくる銃弾が激しさを増した。
月斗は柱に身を隠しながら応戦するが、いかんせん敵の数も配置も分からない。立ち並ぶ太い石柱は身を隠せても、石柱の数が多すぎて敵の接近に利があった。
ルスキニアを連れてこの場を持ち堪えるのは不可能だ。
銃撃の手を止め周囲を見回すと、壁に奥へと続く隙間があった。次前に調べた城塞の見取り図からして、おそらく西側の広い通路に続いているはずだ。
「こっちだ!」
月斗はルスキニアの肩を掴むと、無理やり隙間に向かって歩かせた。
「はっ、はい!」
返事を背中で聞きながら、月斗は石柱から身を晒して敵の注意を集めた。
敵の無駄な銃撃の合間をぬって、アマツカゼの銃弾が左から回り込もうとしていた男の頭を撃ち抜く。一人撃ち倒しても、テロリストは勢いと数を増していく。
「きゃぁあっ!」
ルスキニアの短い悲鳴が聞こえた。
「どうした、敵か?!」
月斗は牽制を放棄すると、奥の隙間へと飛び込んだ。そこには地面に倒れ込むルスキニアの姿があった。
「うぅ……痛かったのです。あ、月斗さんもそこの穴に気をつけてください」
そう言ってルスキニアは月斗の足元を指差した。採光も照明もなく酷く暗いが、直径1メートルほどの穴が開いている。
雨水が溜まっているので井戸のようだ。横にカマドも設置されている。逃げ込んだのは内郭南西の角にあるキッチンだった。
「……ああ、そうだな」
苛立ちに任せそうになる言葉を飲み込み、月斗は適当に相槌を打った。月斗の左目は『特別製』なので暗くても問題なく見えるが、ルスキニアにまでそれを求めてもしかたない。
月斗は井戸に足を突っ込まないよう気をつけながら、背後の隙間からテロリストたちの様子を伺う。
こちらの牽制射撃がなくなったことで、敵は警戒しながらも距離を詰めてきている。
「あの、やっぱり話し合いで……」
ルスキニアはおずおずと月斗の学ランの裾をつまむ。その直後、ばら撒かれた銃弾の一発が隙間を抜け、答えとばかりに壁を削った。
「この状況で、暢気に話し合いなんてできると思うか?」
すぐさま撃ち返す月斗だったが、無駄弾となってしまう。敵からのお返しはその数十倍、銃弾の雨となって二人が身を隠す壁を削った。
「あぅぅ、絶対無理なのです……」
うなだれるルスキニアの足元に、隙間から投げ込まれた野球ボールサイズの物体が転がった。
「なんでしょうか?」
かがみ込もうとするルスキニアに向かって、月斗も全力で手を伸ばしていた。
『これは手榴弾です』
デュナミスの英語の例文のような解説を残し、月斗はルスキニアを引っ張り通路の角に向かって倒れこんだ。
「ふべっ?! 月斗さん?!」
動転するルスキニアに月斗が覆いかぶさった直後、背後で手榴弾が爆ぜた。
風圧が人工鼓膜を押し込み、衝撃を受けたキッチンと開廊を隔てる壁が崩れる。野外とは違い、爆音が幾重にも反響し月斗たちが飛び込んだ通路を抜けていった。
「テロリストって連中は世界遺産をなんだと思ってるんだ」
愚痴を吐き出しながら月斗は、ルスキニアの手をとり強引に立ち上がらせる。
「進むぞ」
「は、はい!」
そのままルスキニアの手を引っ張り、月斗は広い通路を進んでいく。頭上の採光穴と所々に設置された照明のお陰で周囲は明るい。
「月斗さん、どこへ行くのですか?」
「知るか! とりあえず、突っ込むぞ!」
成り行き任せだと、月斗は自信をもって宣言した。
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「政府軍の爆撃か!?」
マフムードと名乗った原理主義グループのリーダーは、一瞬みせた怯えたような表情を隠すように声を荒げた。
慌てるマフムードと対照的に、灰色のオーバーコートの男は事態を冷静に分析していた。
隕石でも落ちてきたような轟音は城塞の北に位置する礼拝堂まで届いたが、ヘリや航空機の通過音が聞こえない。
単純な軍事行動ではない可能性が高いと判断できる。
「い、いえ、それが敵は二人です!」
報告を受けたマフムードは信じがたいといった表情を浮かべていたが、コートの男はある確信を強めていた。
「二人だと? 特殊工作員か、場所はどこだ?」
「……南の監視塔付近で交戦中です」
伝令は何かを確認するような溜めを見せてから、マフムードに告げた。
「全力で北側に追い込め! 絶対に塔へは行かせるな!」
「はっ! はい!」
怒鳴り散らすマフムードに怯えながら伝令は礼拝堂を飛び出していく。
「侵入者には心当たりがある。我々もイタリアで出し抜かれた手強い相手だ。協力してやろうか?」
お前らの手には余ると、コートの男はほのめかしているようだった。侮られたと感じたマフムードの鼻息が荒くなる。
「ふん、たった二人に恐れをなすなどありえん。我々は軟弱な西洋人とは違うのだ」
マフムードの言葉からは、相手を下に見て自尊心を満たしたいという浅はかな欲望が、ケーニヒス湖の水面のごとく透けていた。
「そうか、もし侵入者を倒せたとしたら、言い値の二倍払おうじゃないか」
コートの男は無理難題をつきつけたつもりだったが、マフムードは厚ぼったい瞼を大きく上げ破顔した。
「ほう、そいつは剛気だな。口約束だと言い逃れはさせんぞ」
交渉に飽いていたのだろうマフムードは、欲望むき出しで提案に飛びついた。
どこまでも愚かな奴らだと、コートの男は内心で嘲っていた。
軍事複合体パラベラムの仲介で事前に話は通していたはずなのに、交渉の段階になってさらに金をよこせとゴネだした。その怠惰な強欲さが厄災を招き入れてしまったのだ。責任をとってもらうしかないだろう。
そんなコートの男の思惑も知らず、マフムードは小銃を手にとる。
「おいお前ら、隣部屋の『商品』の警備に二人残して、後は俺について来い」
ならず者たちを従えたマフムードは、楽な密猟にでもいくような気軽な足取りで礼拝堂を出て行った。
この愚か者のくさい息をもう二度と感じずにすむと思うと『侵入者』へ感謝しても良いだろうとコートの男は思った。
「大佐、我々は独自にクロノハンターを迎え撃つ準備をすればいいのですか?」
部下の青年将校が伸びた背筋を弾くようにして、コートの男に尋ねた。
「必要ない。奴もラジエルの書は持ってきていまい。私が時間稼ぎしている間に。諸君らは聖十字架を確保し、この城塞から退却せよ」
マフムードたちには足止めさえ期待できない。
自分がここに残り奴を迎え撃たねばならぬ。多少危険な賭けだが、勝利への道筋は見えている。
「大佐には聖十字架の場所がお分かりなのですか!」
「ああ、奴らの口ぶりでな。南の塔だ。速やかにプランBを実行せよ」
「ハッ!」
部下たちは胸の前で水平に構えた右手を前方に突き出す『ローマ式の敬礼』で応えた。小銃を手にした彼らは勇ましく胸を張り、栄光に向かって礼拝堂を飛び出していった。
コートの男は自分よりはるかに年若い部下たちの勇気と忠誠に応えるべく、準備を始めた。
「全て終わるのに20分といったところか」
独りごちた男は、手にしていたトランクケースを開けタイマーをセットした。
次回、コートの男の正体が明らかに!
明日の18時頃、投稿予定です。
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