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玻璃一族シリーズ

ハンドリング・クライム

作者: 川里隼生

川里隼生小説八十作記念

「今度は探偵らしい依頼が来たね」

 珍しく娘の歩美あゆみから話しかけられた。もう二階の寝室に行ったはずだが、どうやら降りてきたらしい。

「皮肉か?」

「励ましの言葉だよ。いっつも人の後ろをこそこそ歩いてたり、興信所で個人情報を勝手に見たりする人に、いよいよヒーローみたいな仕事が舞い込んだ」

 やっぱり皮肉じゃないか。


「もう十一時だぞ。明日は月曜日なんだ。早く寝なさい」

 失踪した夫の行方を捜してほしい、という依頼書から視線を外さないまま忠告する。

「……ねえ、誘拐の罰ってどれくらい?」

 どうやらまだ寝る気はないらしい。


「営利目的なら一年以上十年以下、身代金目的なら無期か三年以上の懲役だ。でも、この依頼が誘拐事件とは限らないぞ」

「わかってるよ」

 歩美は不機嫌そうに言った。お節介な台詞だったらしい。これが反抗期というものなのだろうか。できれば、今は亡き妻の苗子なえこに慰めてほしい。


「ねえ」

 ホットココアを飲み始めた歩美がまた口を開いた。

「なんだ。そろそろ戻らないと元太げんたが寂しがるぞ」

「元太ならもう寝たよ。だから僕が退屈して降りてきたんじゃないか。……ねえ、その条文は、長い懲役と引き換えなら人を誘拐して良いってこと?」


 歩美には俺が奇妙に見えただろう。その質問に「そんなわけないだろう」と即答できず、沈黙した。中学生の頃を思い出したからだ。あれは確か、ちょうど今の歩美と同じ、三年生の夏のことだった。全校応援で観戦したサッカー部の試合。俺たち新吉塚中学校は相手に一点をリードされていた。しかし後半、試合時間は残り五分というところでフォワードを五人に増やし、カウンター覚悟の猛攻を仕掛ける。


 ゴール前までボールを運んだ。ディフェンダーの間から右隅に向かってシュート。しかしゴールキーパーが左手で弾き、フィールドに戻る。そのボールを味方が拾って、今度は左隅に向かって強いシュートを放った。体勢が崩れているゴールキーパーは確実に間に合わない。決まった、同点だ! スタンドの誰もがそう思った。


 だが、ボールはネットを揺らすことはなかった。相手のディフェンダーが手でボールを押さえつけたのだ。主審の右手にはレッドカード。その選手は退場処分を言い渡され、ペナルティキックで試合が再開された。しっかり準備を整えた相手ゴールキーパーに、ストライカーである指宿いぶすきのシュートは簡単に止められた。相手は選手を一人退場させることで、一度だけ手を使う権利を手に入れたのだ。俺たちは結局負けた。


 果たして、法律の解釈にも同じことが言えるのだろうか。懲役を受ければ人を誘拐し、殺し、強盗を行うことを、日本は許可しているのか。

「……もう寝るね。お線香上げてくる」

 答えを待たず、歩美は仏間に行ってしまった。俺の妻を殺した男は今夜、刑務所でどんな夢を見ているのだろう。失踪した夫を待つ妻は、眠れているだろうか。俺は哲学者じゃなくて探偵だ。無用な考えはやめ、再び依頼人から提供された情報の整理にとりかかった。

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