魔王が倒れた。
魔王が倒れた。
ちょうど一年前、女神からのお告げによって魔王の復活が明らかになり、世界が混乱に陥った。混乱した世界では魔物の被害よりも先に物資の奪い合いによる死者が多発し、秩序は崩壊した。
しかしその数年前の神託によって選ばれた勇者によって魔王は力なきうちに葬られ、結果的に魔王による被害はほとんど0という結果に終わった。
しかし人間同士の疑心による同士討ちは免れず、スラム街の人々はほぼ全滅、一般市民にも死亡者が多数発生する事態となった。
「勇者よ、お前には褒美として1億ガロンを進呈する。良き戦いであった。」
そう言い残し早々に自室に戻る国王。一億ガロンは中流階級市民の生涯賃金の三分の一に相当する大金だったが、国王はそれをあっさり引き渡し、何事もなかったかのような顔で立ち去った。
戦いはあっさり終わり、全くのドラマや感動のないままに終わった。なにせ神託を受けたのは魔王復活の3年前、場所も大体の時間も分かった上での戦いだ。
トラップは仕掛け放題、相手は丸腰、必要な仲間も大量に集め、道具はオーダーメードで作らせる時間だってあった。
その環境で出てくる魔王はまだ経験値0。いくら初期能力が高かろうとも数千の罠と数十人の猛攻に敵うはずもなくリンチ状態であっさりと倒すことができた。
勇者はほくそ笑む。これで俺は富と名声を手に入れた。ここ数年の努力は報われた、と。
一億ガロン。確かに大金だ。魔王討伐の経費は別枠ですべて落ちたため、これら全てが自分の3年の報酬であった。
しかし途方もない金額ではない。相当な節約をしなければ一生は食いつなげず、豪遊すれば10年ほどで消えてしまう金額。自分の期待程ではない金額だった。
そして名声に関しては悲惨だった。なにせ魔王による実害がほぼ0の状態で討伐されたのだ。人々に危機感や焦燥が沸き起こる前、同士討ちしている間に終わった出来事となれば彼らの意見はおおよそ一つにまとまった。
「魔王って大したことなかったよね。勇者は1億ガロンももらえてうらやましいなぁ。」
宝くじが当たったくらいの物言い、そこに尊敬は無かった。良くて羨望、悪ければ侮蔑だった。当然ながら宝くじ1位当選者程度の扱いである勇者が一週間以上話題に上ることは無く、一月後には過去の人物として記憶の底に封じ込められた。事件は有名だが顔は思い出せず、名前は数十人に一人が知る程度の人に成り下がった。
そんな中勇者は歩く。首都郊外の中規模の街を。フードを被り、素性を隠しながら。
「なんか面白いことでも起こんねえかな~。」
「それこそ魔王が支配してたら面白かったかもな!俺が倒してきて一攫千金のチャンスだったのによぉ。」
街角から聞こえる会話を耳が勝手に拾う。まるで魔王退治が簡単なことのように、一人で何の準備もせず行えるかのように。
「ウレーキって俺の同級生だったよ、俺あいつに剣術の授業で勝ってたわ~。大したことない奴だったけど運だけは人一倍だったみたいだな~。」
ウレーキ、俺の苗字だ。
俺はあいつに剣術で歯が立たなかった。いや、クラスの半数以上に負けていた。おそらく今も一対一で戦ったら当時とほとんど同じ結果だろう。
「勇者って魔王相手に一対一で挑まなかった臆病者だろ。俺なら正々堂々サシで勝負したね!」
意気揚々と話す八百屋の親父。客を笑わせる冗談のつもりか。客も適当に笑いながら相槌をうち、晩飯の大根をどう値切ろうか考えていることだろう。
こんなものなのか。俺が3年掛けて得たものはこんなものなのか。確かに俺は弱かった。だが策を練った。
俺が3年間策を練り、それを成功させるために駆けずり回り、その上で得た勝利で世界を救った。
俺のその勝利は周りからネタにされる程度の、人を笑わす程度のピエロの踊りでしかなかったのか。
裏通りに入ると俺と同じようにフードを被りながら教えを説く、布教者のようなやつがいた。
「勇者のおかげでこの世界は救われた。彼を敬うべきなのだ。」
あいつは俺の作戦に参加した数十名の一人、魔王を倒した名誉ある戦士の一人だ。あいつにも1000万ガロンは支払われたはずだ。
周りはそれをちらっと見て、苦笑いしながら視線を不自然に前に戻す。
今ではあいつもただのキチガイ。その辺の浮浪者と同程度に成り下がった。
そのキチガイ布教者を横目に見ながら前へと進む。次の現実へと目を向けた。
「実は魔王なんていなかったんじゃねえか!?」
ある若者がそう声高々に主張する。ここは表通りの中心部、よくレジスタンスや教祖の演説の行われる場所。目に光の灯る者と灯らぬもの、半々の中でその若者はこう続ける。
「俺ら平民に勇者が魔王を倒したことを反逆心のはけ口にさせて、レジスタンスを懐柔するのが王家の目的なんだ!民衆よ、騙されるな!魔王も勇者もいない!いるのは欲望に塗れた王家だけだ!!」
高々に主張する若者を横目にその場を去る。俺と、俺のすべてを掛けた好敵手を勝手に歴史上から消し去ったホラ吹き男に掛ける言葉も見つからなければ、喧嘩腰に反論する勇気もどこにも見つからなかった。
俺は歩く。街を出て。
俺は歩く。草原を歩き。
俺は歩く。荒野を抜け。
俺は歩く。砂漠を踏破し。
俺は歩く。墓場を踏みしめ。
俺は歩く。森を抜けだし。
俺は歩く。城の頂上へと。
そこには魔王の生まれた椅子が鎮座している。そしてその椅子の裏は地下の宝物庫へとつながっていることを、俺だけが知っている。これは王にも、仲間たちにも隠し通した秘密だ。
地下の宝物庫、その最奥。一振りの剣が置かれている。魔王の持つはずだった最強の剣、いや魔王が持つ最強の剣だ。魔王の全ての力の根源である剣。
俺はそれを持って地上への階段を昇る右手を握りしめ、左手を胸に当てる。
あいつらに知らしめる。俺の力を。
あいつらを後悔させる。彼らの選択を。
俺は決意し、階段を昇った。次の目標へ向かって。