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昔物語6 -喧嘩の結末-

 戦いは、彼女の先攻で始まった。

 やはり遠くから見ているのと、間近で感じるのとは大違いだ。

 圧倒的瞬発力。超人的加速力。そしてブレーキ&ターン。

 どれをとっても、俺は彼女に遠く及ばない。目が彼女を見失う。

 視線で追うのは間に合わない。身体もついて行かない。なら、

「――――!!」

 俺は長年の経験と勘から、彼女の攻撃軌道を推測し、大剣を突き出した。

 果たしてそれは的中し、幅広の刃に鈍く重い衝撃。打撃か。

 彼女は反作用に硬化ゴムの反動を上乗せして、遠く背後に着地する。

 そして、俺に向かって一直線にダッシュ。速い。

 振られた長剣を、反射的に腰を落とすことで回避。髪が数本持って行かれる。

 心中に膨れ上がる恐怖心を振り払い、逆袈裟を放つ。

 大剣は重量がある分振りにくいが、当たった時の衝撃はデカい。

 跳躍し、身を前に倒した彼女の腹側からの攻撃。これは避けられないだろう。

 物心ついたときから、女性の顔と腹は殴らないという信念の元やり合って惨敗してきたが、今回ばかりは別だ。躊躇していたら意識が刈り飛ばされる。

 と、彼女が空中で身を縮める。何をする気かと思えば、後ろに伸ばしていた脚を前へ持ってきて――

「――は!?」

 大剣に足裏を着いた。

 途端に俺の腕にかかる負荷が増す。普通に考えて振り上げられる刀身を足場にするなど不可能だが、今の彼女は普通じゃないので、このくらいは造作も無いのだ。

 膝を曲げ、クッションとする。右腕が後ろに振り抜かれた。

 ここで大剣を落とすか下げるかすれば、間違いなく顎を叩かれる。かと言って手放せば、それこそ瞬殺だ。

 俺は無理やり跳ね上げた。腕の筋肉が悲鳴を上げる。

 彼女の身は上昇し、膝がさらに深く曲がる。が、それだけでダメージは無い。

 こちらの頭上を長剣が通過。こちらもノーダメージだ。

 すると彼女は、足下の大剣を思い切り踏みつけた。

「ッ!!」

 さすがに支えきれない。両肩への思わぬ衝撃に、彼女ごと大剣がガクンと落ちる。

 腕をやられてはひとたまりもない。今回は落下に任せ、身を右にズラす。

 肩に鋭い風が当たる。彼女が獲物を上から下へ振り下ろしたのだ。

 脳天(のうてん)でもカチ割る気かこの女。

 仮にも幼なじみである俺に対する、あまりにも無遠慮で理不尽な威力を誇る攻撃に、思わず舌打ちが漏れてしまった。

 しかし、現状俺が不利なのは変わらない。

 幸いにして、恥も外聞も無く逃げ回り、何度かギリギリの攻撃をかわしたことで、俺の目は速度に慣れつつあった。

 このまま大剣が地面に着けば、間違いなく彼女はそれを踏む。

 全体重を乗せて押さえつければ、俺はそれを手放すか、彼女の攻撃をマトモに食らうかの二択を迫られるからだ。

 それは避けたい。故に、俺は不慣れな接近戦を仕掛けることにした。

 俺は男だが、殴る蹴るは彼女の方が圧倒的に得意。にもかかわらずそれを繰り出すことで、彼女の意表を突こうという目論(もくろ)みもある。

 この作戦は、半分成功したが半分失敗した。

 大剣を握っていた右手を離し、彼女に向けてパンチを放つ。

 これが失敗で、彼女は読んでいたのか左手でそれを受け止めた。

 どうせ出すなら左手にするべきだった。彼女の右手は長剣を握っているため、こちらの左パンチは防御しにくいからだ。

 成功したことは、その一撃によって彼女の動きが一瞬制限されたことだ。

 それにより、引きずるように大剣を外に振ることで、最悪の事態を回避する。

 足場を失ったにもかかわらず、彼女はさしてバランスを崩さない。

 距離を取ろうとした時、俺はこの作戦が最終的に失敗だったことを悟った。

 彼女が俺の手を離さず、思い切り引き寄せたのだ。

 後ろへ行こうとする身体は、情けないことに彼女の膂力に負け、たたらを踏んで前へのめる。

 至近に彼女の赤い瞳。至って真剣で、強さと柔軟さを兼ね備えた瞳。

 それが弧を描いたと思うと、俺の世界は暗転した。



  * * *



 結局、彼女に勝てた者は一人としていなかった。

 あの白髪の青年と少女の姿は、医務室にもどこにも見当たらない。

 激しい接戦の末に負けたことを嘆き、そのまま帰ってしまったのだろうか。

 少なくとも、俺の見た希望者では彼女に()いで強かった。

 俺は第一競技場の床に座り、頭に巻かれた包帯を気にしながら、冷却符を腕周りに張り付けていた。

 筋肉がじんわりと冷えていくのを感じる。回復魔法も付与されているようで、痛みがみるみる引いていった。

 疲労感と脱力感で眠気が襲ってくる。と、

「ご苦労だったな」

 聞き覚えのある低い声。

 見上げると、最初に彼女との手合わせを申し込んだ大男だった。

「隣に座っても構わんか?」

 俺が許可を出すと、豪快に腰を据える。

「我も予想外だった。まさか、嬢ちゃんが一人で全員打ち負かしてしまうとは、な」

「ああ……俺も、あいつが特待生としてギルドに入るなんて、まだ信じられないです」

 彼女はこの入所試験に向かう道中、晴れて合格し、そして卒業したら、一緒にギルドに入ろうと言っていたのだ。

 それが冒険者になるための近道だから、と。

 何年かかるかもわからないその話を、俺は半分笑い飛ばして聞いていたのだが、よもやこんな結末になろうとは。

「『リンカーギルド』、か……。凄いタイミングで来たもんだな……」

 セトが噂を聞かなかったら。もしくは、何らかの原因で到着が遅れていたら、彼女は普通に合格し、首席で卒業。それからギルドを探すという手順を辿って冒険者になったはずだったのだ。

 彼女の運の良さに半ば呆れていると、大男が、

「ああ、それは我だ」

「………へ?」

 間抜けな声を出した俺に、磊落に笑いながら説明してくれる。

「嬢ちゃんに手合わせを頼んだのは良いが、一撃でやられてしまってなあ。その才能、是非我らがギルドで開花させたいと思い、我がセト様に一報入れたのだ」

「我らがギルドって……」

 そう言うと、大男は白い歯を見せながら、胸の円盤を指し示した。

「コルンバだ。冒険者の証明アイテム。……ここに書いてある文字を読んでみよ」

 言われるがままに口に出す。

「“名前:サイモン・クレイグ。種族:ヒューマン。年齢:四十六歳――」

 そして、

「――所属:リンカーギルド。”」

 思わず大男――クレイグの顔を見る。

 クレイグはからからと笑い、日に焼けた手で自分を指さした。

「我もリンカーギルドに所属する冒険者だ。まだ現役だぞ。……もっとも、若い(もん)には負けてしまったがな」

 リンカーギルドの人が、どうして育成所に? という俺の疑問に、クレイグは一度頷いて答える。

「この育成所は、貴殿も知っての通り、我が国ではかなり有名だ。卒業生の中には、我らがリンカーギルドに入会する者も少なからずいる。故に、定期的にメンバーを入所希望者として派遣し、将来有望な若者がいないかを調査しているのだ。ぼんやりして、他のギルドに取られてしまっては困るからな」

 なるほど、納得した。

「まあ、貴殿ももっと精進して、いつかリンカーギルドに来ると良い。録画映像を見させてもらったが、嬢ちゃんほどではないにしろ、貴殿もなかなか良い動きをしていた。可能性はある」

 満足そうに立ち去ろうとするクレイグに、俺は、これからどうするのかを訊ねる。

「まだ身体が動けるうちに、一度トバル荒野の真ん中にあるダンジョンに潜ろうと思う。未だ攻略者が出ていないという情報があるからな」

 貴殿も達者でな、という言葉を残し、クレイグは歩いて行ってしまった。




 それから、疲れた俺は少しの間まどろんだ。



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