昔物語5 -止まらない-
確実に彼女の動きが良くなっている。
一つ一つの動作が、より強く、より素早く、よりしなやかに、よりキレのあるものに。
学習能力にしては、あまりに急激な成長。
どういうことだろう。
* * *
身体が軽い。
緩急の激しさに、誰も付いてこられない。
全身の筋肉が、意識とぴったり同調している。
力が湧くというより、膨れ上がって爆発しそうだ。
それを理性で、押し止めるのではなく上手く操って、一挙一動を繰り出していく。
まるでゲームだ。私の脳はコントローラーとなり、身体はプレイヤーとなって、眼前の敵をなぎ倒した。
気持ちがいい。
己の身体と一振りの剣のみで、無数とも思われる敵を斬り伏せる。
魔法もスキルも必要ない、ただただ純粋な勝負。
それだけに、力量の差は火を見るより明らかだ。
一人殴った。威力が増す。
一人蹴った。速度が増す。
一人斬った。技術が増す。
一人倒れた。経験が増す
相手に斬撃と殴打を叩き付けるたびに、自分が鍛えられる。
必要以上の怪我をさせないためにも精神が研ぎ澄まされ、結果キレも増す。
すると、相手を倒すスピードが上がる。
相手を倒すスピードが上がれば、それだけ早く次の目標に取り掛かれる。
早く次の目標に取り掛かれれば、単位時間あたりに闘う回数が多くなる。
単位時間あたりに闘う回数が多くなれば、どんどん自分が高まっていく。
そして、どんどん自分が高まっていけば、相手を倒すスピードが上がる。
無限ループによって私の勢いは増長され、身体が熱を帯び始める。
けれど、熱さは感じない。動いているせいもあるだろうが、
……“これ”の加護かな。
胸で淡く光る円盤。
一見メダルのようにも見えるそれは、セトから貰ったものだ。
『冒険者の証』。
コルンバと呼ばれるそれには、文字が幾行か刻まれている。
私の名前。種族。年齢。所属ギルド。
職業のところには“長剣使い”と彫られている。
“Lv”の二文字の後に、“8”という数字。
貰った時は“1”だったが、一定数敵を倒すごとに増えていく。
後は、こまごまとしたデータが小さく刻印されている。
噂は聞いていたけど、これが本物のコルンバ……!!
その名の通り、冒険者なら必ず持っている、いわば身分証明書だ。
これを持っていると何かと優遇措置を受けるが、持たずにモンスターなどを狩りに行くと、非合法冒険者として処罰の対象となってしまう。
それだけではなく、このコルンバ自体にも冒険者のための機能が幾つか付与してあり、各種加護に状態異常耐性、一種の倉庫のような機能まで付いている。
今私には、クールダウン用の冷却加護が掛かっているのだろう。肌の熱が冷めていって心地いい。
十六人ほど床に転がしたところで、数字が“9”に増えた。
すると視界の流れが速くなる。拳が一段と重くなる。
レベルアップだ。
さらに加速した私は、群衆から出てくる人々を待ちきれず、その中心に踊り込んだ。
悲鳴と驚嘆、魔法、銃弾、投擲武器が一斉に舞い上がり、応酬が始まる。
手近な人から倒す。倒して倒して倒す。
そうして自分を精錬していく。
* * *
彼女が飛び込んできた時は、さすがに心臓が止まるかと思った。
彼女の戦闘能力は、もはや一戦目のそれを遥かに超えている。小型の台風が突っ込んできたようなものだ。
踏み込む素振りを見せた時に、さっさと背を向けて退避して正解だった。
着地点から半径一メートルの人々が吹っ飛ばされる。ドミノ倒しのように十数人が巻き込まれた。
重なり合ってもがく人々に、彼女は正確に剣を打ち込んでいく。えげつない。
白目を剥いて泡を吹く人々を見て群衆が怖気づくが、人混みが邪魔をして上手く逃げられない。
それを彼女が片端から昏倒させていく。
訓練とか入会試験とかいう内容だったはずだが、地獄絵図になりつつあるこの状況で笑っているのは、彼女とセト、それに希望者たちの膝だけだった。
セトは、この超小型台風を前にしても、余裕で笑みを浮かべていられるほどの実力の持ち主だということだろうか。
リンカーギルドのギルドマスターという肩書は、伊達ではないらしい。
震えかけた脚を無理やり動かして、台風の進路から離れる。
一気に三人が宙を舞った。恐ろしい破壊力だ。
暴風域から離れたところで、彼女を見る。
蹴って殴って殴って斬って蹴って飛来した銃弾をかわし続く動きで二人を蹴り飛ばし長剣の柄で殴り殴って斬って殴って蹴って火炎弾を斬って蹴ってハイキックで四人を伸して殴って襲い掛かる男性を背負い投げ二人ほど巻き込んで飛ばし走り殴って蹴って蹴って蹴って斬って殴って跳んで着地点の七人が倒れ走って走って斬って殴って斬って殴って蹴って長剣の一回転で六人を吹き飛ばし走って斬って斬った。
安全地域はどこにもないだろう。
この広大な競技場全てが、危険区域だ。
彼女に疲労の色は無い。
むしろ、時間が経つごとにバイタリティーに溢れているように見える。というか、そうとしか思えない。
医務室送りにされた人数が、全希望者の半数を超えた。
この場にいる人々も、四分の一は倒れている。
残っているのは、逃げ回る事しか出来ないヘタレと、弱点分析をしているうちに彼女に時間を与えてしまった二流策士と、当たり所が良くて復活しただけの生誕直後の小鹿だ。
俺はそのうちのヘタレに属し、時折流れ弾を防ぎながら壁沿いに走って逃げていた。
背中の武器が重い。
破壊力重視という観点から、俺は大剣を選んでいた。
これはまだ小型な方だが、それでも身長の三分の二はある代物。重量もそうだが、背中の鞘が足に当たって走りづらいことこの上ない。完全に選択ミスだった。
ゴム製でこの重さなら、実物を得た時に果たして戦えるのだろうか。不安になるが、射撃よりも確実な攻撃手段として、俺は、冒険者になったときはこれで行こうと決めていたのだ。
しかし、時たま防ぎきれなかったゴム弾や死角からの魔法攻撃が、背中の鞘に当たって弾けていくのを見ると、攻撃よりもむしろ防御特化なのではと疑ってしまう。
そうこうしているうちに、遂に動く者は、俺と負傷者を運び出す医務室員だけになってしまった。
まさか全員駆逐してしまうとは。彼女のレベルが今どれほどになっているのか、想像しただけで目眩がする。
俺が残ったのは、奇跡か偶然か、または彼女が意図的に避けていてくれたのだろう。
動かないが立っているセトは、腕を組んで、口元に指を添えている。何やら考え込んでいるようだ。
そして、彼女はゆっくりとこちらに近づいてくる。
正直、怖い。
こんな気持ちになったのは、一番最近でも二年前に彼女のプリンを黙って食ってしまった時以来だ。
あの時はヤバかった。ちょうど今のように、一歩一歩を着実に歩んでくるときの、逃れられない恐怖心。もはやトラウマなので、記憶はフィルターを通したようにはっきりとしない。
唯一鮮明に覚えているのは、彼女の右ストレートから一時間分記憶の欠落した俺が、泣いて土下座するまで許してくれなかったことだけだ。
軽い過去回想にほろ苦いカラメル味の思い出と共に浸っていると、彼女の足音が止んだ。
上を向いていた顔を正面に戻すと、あの頃より若干大人びた彼女がいる。
「……お前、少し前に俺がプリン食った時のこと覚えてるか?」
「え? なに、急に」
そう言ってくすくすと笑う。死屍累々(ししるいるい)たる戦場においても、この笑顔だけは、消える事は無いだろう。
「もちろん覚えてるよ。今思うと凄く馬鹿馬鹿しいのに、あの頃は必死になってさ」
「俺はあの日以来プリンを見るたびにトラウマが蘇るんだ」
「冗談でしょ? ふふ……ごめんね」
当然、冗談だ。しばらく食べていないのは事実だが。
そして目を合わせる。
俺は背から剣を抜いた。両手で持つ。
彼女は右手の長剣を、ゆるりと掲げた。
それをクロスさせる。そのまま制止。
空気が張り詰めるのがわかる。悪くは無い。
身が引き締まるような緊迫感の中、俺と彼女は同時に動いた。
久しぶりの喧嘩だ。