昔物語4 -思わぬ来客-
一斉にその場の注目が、入ってきた者たちに集まった。人数は五人。
若い男を先頭として、秘書風の女性が一人と、壮年の男性が二人。それに執事風の初老の男性が一人といった面子。
背筋を伸ばして歩く先頭の男は、割れた人混みを躊躇なく進み、人の輪の中心で止まった。
遅れて、慌てた様子で男性が一人入ってくる。
『監督者:第三戦』の腕章。そういえば時間はとっくに過ぎてしまっている。
息を切らして男性の隣に屈んだ彼は、すぐに立ち上がって大声で叫ぶ。
「じゅ、重要事項です! り、『リンカーギルド』の方が、いらっしゃいましたぁ!!」
瞬時にどよめきが走る。
波のように波紋状に広がるそれは、次の一言でさらに加速することになる。
「期待の新人がいるとの、う、うう噂を聞いて……! 急きょ駆け付けて下さったそうで!! そ、 それに伴い、入所試験の内容を、一部変更します!!」
期待の新人、という言葉と同時に、彼女へ視線の集中砲火が浴びせられる。
当の本人は、一瞬肩をすくませ、恥ずかしそうに目線を二、三度泳がせたものの、すぐに顔を引き締めて更なる言葉を待った。
「ぐ、具体的には――」
「いや、俺から話させてもらおう」
汗を拭きつつ話す監督者の言葉を遮って、若い男が口を切った。
「どうも、初めまして。勇猛果敢なる希望者諸君。――俺は、『リンカーギルド』第七代目“ギルドマスター”だ。本名は訳あって明かせないが、セトと呼んでくれ」
監督者の補足によると、『リンカーギルド』のギルドマスターは、代々『セト』という名を貰い受けるのだそう。
人混みから、口々に、聞いたことある、だの、お会いできて光栄です、だのという声が漏れる。
確かに、『リンカーギルド』という名は、しばしばテレビや新聞でも取り上げられる。が、実際何が どれほど凄いのか、俺はイマイチ理解出来ていなかった。
彼女をふと見やると、今までに無いくらい呆けた顔をしている。これには俺も驚いた。
いつも自信に溢れ、セトの言葉を借りるなら、まさしく“勇猛果敢”な彼女が、目を見開いて口を半分開けている。
その表情から事の重大さをようやく悟った俺の耳に、新たな言葉が入ってきた。
「さて、早速本題だが……。そこの君」
指された相手――彼女は、一瞬硬直し、首を何度も振った後、恐る恐ると言った感じで自分の鼻先に人差し指を向けた。
「そう、君だ。――君を、我が『リンカーギルド』の特待生として迎え入れたい」
今までで一番大きな喧騒が生まれた。
ほとんど掻き消されて聞こえないが、監督者によれば、特待生は膨大な会員費を全額免除される上、トップクラスの英才教育と、実戦形式で戦闘のイロハを学べるらしい。
さらに遠征、平たく言えば修学旅行のノリで、世界各地のダンジョンで経験も積めるというのだ。
ダンジョンは、そこらの魔物出没地帯と違い、熟練した冒険者たちが、手強いモンスターに己の限界を反映させて戦う魔窟だ。手に入るアイテムも貴重だが、常に死の影が付きまとう。
そんなところに遠征? どれだけの費用と人員が要るのか、俺には見当もつかなかった。
彼女は酸欠の鯉のように口をぱくぱくさせ、やっとの事で一言を搾り出す。
「で、でも私、そんな、特待生なん、て……」
「心配いらない。君の才能と潜在能力は、十二分に我がギルドの基準値に達している」
セトはきっぱりと言い放った後、ただし、と前置きした。
その一言で静まりかえった場内に、彼の声が響く。
「俺はまだ、噂を聞いて、送って貰った記録映像を少し拝見しただけだ。是非この目で実際に見て、そして他の希望者たちの能力も確かめたい。せっかく来たのだからな」
セトが群衆を見渡すと、皆一様に息巻いた。上手くいけば、自分も特待生として勧誘されるかもしれないのだ。
「そこで、先程こちらから提案させて貰った。――“そこの彼女と対戦して、彼女に勝った者を、そして誰も勝てなければ彼女を、特待生として迎え入れる”、と」
三度視線が集中する。彼女は、慣れてはきたものの、尊敬やねぎらいといった先刻とは明らかに異なる、敵意を持った眼差しに少々たじろいだ。
「なんか……サーペントに睨まれたトバルフロッグの気分です…………」
「無理もないだろう。自分で言うのもなんだが、我がギルドは国一番の規模と実績を誇る。その特待生とは、超一流の冒険者になる最も確実かつ手っ取り早い手段だからな」
普通にヘビとカエルって言えよ。ツッコめよ。具体的すぎんだよ。
だが、その言葉でますます群衆に火が付いた。少なくとも彼女は、外見だけなら、目をつぶって石を投げても当たるくらい、普通の十五歳の少女なのだ。
ただ、その中身は、百戦錬磨の強者も裸足で逃げだす戦闘の才能を秘めているということを、その発露をついさっき目の当たりにした人々でさえも、綺麗さっぱり失念していた。
「この提案は受理され、既に第一競技場の希望者にも伝えてある。皆快諾し、今こちらに向かっているだろう」
か弱い少女一人を倒せば、『リンカーギルド』に特待生として入会出来る。こんなに虫のいい、美味しい話があれば誰だって飛びつくに違いない。
無論、彼女の恐ろしさを身に染みて理解している俺は、百歩や二百歩譲っても、首を縦に振ることはまず無いだろうが。
と、ドアが勢いよく開け放たれ、百十数人ほどの希望者がそこから覗く。
書類に何やら走り書きをしていた第三戦監督者が、それを見て、
「ちょ、ちょっと人数が多すぎますね……。特別競技場を使う許可を貰ってきます。すいません、通してください……」
人波を掻き分け、廊下の奥へ消えていった。部屋は既に倍近い人で埋まっている。この人数なら無理もないだろう。
しばらく経つと、さっきとは違う男性が現れ、腕章を掲げる。
『管理人:特別競技場』の文字。声が届かないので、彼は腕を振って先導していく。
気付いたものから付いて行き、人が流れ、俺も後に続いた。立ち止まっていては踏まれかねない。
セトが彼女に近づき、二言三言話した後に、何か小さくて平べったい物を手渡した。
そして、その細い背を軽く押して歩き出す。
言いようも無いモヤッとした気持ちが湧き上がるが、イケメンに嫉妬してもいいことは何一つ無いので押し止めた。
そのまま階段を幾つか降り、やけに長い廊下を渡り、曲がり角を何回か曲がった。
重厚な鉄扉の前に着いた俺たちは、管理人が暗証番号と指紋認証、顔認証を済ませるのを待ち、部屋の中へ案内された。
第一競技場と比べても、とても広い部屋だった。野球場くらいの面積はあるだろう。
無機質なコンクリートが四方を囲い、天井にはパイプが張り巡らされている。
窓は一つも無いが、天井付近に並べられた巨大な正方形のパネルが、部屋全体をまんべんなく照らしていた。
換気口も見当たらない。にもかかわらず、空気は澄んでいる。
せわしなく首を動かす俺と希望者たちをよそに、管理人はセトに一礼して出て行った。
「さて……着いて早々で悪いけど、始めてもいいかな? 生憎急いで来たものだから、この後予定がたくさん入っていてね」
「あ、私は大丈夫です。どうぞかかって来て下さい」
さらりと物騒なことを言う彼女。だが、既に長剣は引き抜かれ、部屋の真ん中に堂々として立っている。
肝が据わっているのか、単なるアホなのか。たまに判別がつきかねてしまう。
セトはそんな彼女を見て満足そうにしている。冒険者に相応しい勇敢さだ、とでも思っているのだろう。
やる気満々な彼女を見て、戸惑いを隠せない希望者たち。
しかしそれもつかの間、すぐに獲物を振りかざして、大の男三人が飛びかかった。
それを皮切りに、ダッシュで駆け寄る者、ゴム弾を装填する者、グリモアを開く者、短剣を投擲する者など、希望者たちは思い思いの方法で、次々に彼女に襲いかかる。
クッション性の高いグローブを嵌めた男が殴り掛かった瞬間、彼女の姿を見失った。
彼女は、男の大股に開いた足の隙間に潜り込み、彼の背後へ抜ける。
そのまま跳躍すると同時にスピン、鋭い一撃を後頸部に叩き込んだ。
男が倒れる間もなく、後続の二人が衝撃を受けて仰け反る。
回転の勢いを消さずに、一振りで顎を打ち抜いた結果だった。
一回転半した彼女は、平然と立ち上がり髪を払う。
柔らかな金の煌めきに我を忘れそうになるが、正気に帰ると身震いが襲う。
こいつ……こんなに強かったか……?
俺の視界の中心で、彼女はふと思い出したように、胸に手をやった。
左手に収まっているのは、手のひら大の丸く平べったい何か。先程セトが渡していたものだろう。
遠目では何かわからなかったが、彼女はそれを見て、とても嬉しそうに元あった位置に付け直した。
その隙を突こうと四、五人が突撃を仕掛けるも、ことごとく返り討ちに遭った。
それも瞬間的な出来事。当人たちでさえも何をされたのか理解出来ないだろう。
動揺と困惑が広がるが、続く者は後を絶たない。
気絶と特待生では比べるまでも無いのだった。
その気絶や負傷も医務室員が治療してくれるので、挑戦するだけしても損は無いだろう。痛いだけで。
そうして、彼女の度重なる激闘は、苛烈さを増していくのだ。
だが、
…………明らかに、強くなってる?