昔物語3 -好敵手-
今まで優勢を誇ってきた彼女の動作に陰りが見られていた。
原因は、あの銃使いの黒ローブだ。身長は俺より少し高いくらいか。
その場から一歩も動かずに彼女を制圧する射撃の腕。無駄な動きが一切ない、洗練された射撃動作。
三人目の犠牲者も銃使いだったが、明らかに別格。次元が違うという言葉がしっくりくる。
弾が避けられても動じない。次の一手がすぐに来る。細部を少しも疎かにしない。最後の最後まで念を入れる。
まだ被弾こそしていないものの、状況はかなり切迫していた。
そして今、三発の銃弾が彼女を狙う。
対し彼女は――
* * *
左右と上。下は地面。迫り来る弾丸。
私は頭を必死で動かし、対策を模索していた。
確かにこの黒ローブ、強い。
強いが――
「――アレンの方が、もっと強いね」
刹那。
三発の弾丸は、誰もいない空間を通り抜けて行った。
回避したのだ。
……危なかった。
内心冷や汗だが、確かにかわした。
方法は至って単純。
後ろに倒れ、少し横を向いたのだ。
正確には、倒れたというより反ったという方が正しい。あまり後ろにいっては、斜め上からの一撃が当たる可能性があるからだ。
現に、倒れていたら頭があったであろう場所からゴムの着弾音が聞こえる。
剣を持った右手は後ろについている。左の弾丸が腰に当たらぬよう、体を傾けるためだ。
しかし、この姿勢ではすぐに長剣を振るうことが出来ない。右足が上がっているので左に傾けるのは少し辛いという理由からだが、心配はいらない。
さっき撃った弾丸で、計六発。
相手は弾切れだ。
いくら強くても武器が無ければ戦えない。前に一度銃を試してみた事があったが、弾の切れた銃は、押し花の重しか鈍器にしかならないのだ。
……アレンに言ったら「酷い偏見だ」と呆れられたので、ちょっとグリップで殴ったらこれは鈍器としてかなり優秀かもしれないという結論になったけど。
三発目が発射されてから銃弾全てを回避するまで、時間にして一秒の半分を優に切る。
何が起きたのか理解出来た者は、ほとんどいなかった。
無論、彼女とて平静ではない。
……こんな芸当が出来たのも、“この世界”だからこそ、だよね。
だが、眼前の黒ローブは、この状況を前にしても、さほど驚いてはいないようだった。
まさか避けることまで想定していたのだろうか。いずれにせよ、弾倉を交換される前にケリを付けなくてはならない。
上体を勢いよく跳ね上げ、立ち上がる。
地を蹴り、間合いを詰めた。
長剣を振り上げる。狙いは顎。
少ないダメージで脳震盪を起こさせ、戦意を削ぐには格好の的だ。
銀に塗られた切っ先が閃き、相手の首下に迫る。
まさに命中しようとしたその時、
「――――」
黒ローブが後ろに倒れた。
仰け反り、そのまま重力に従って背から落ちる。切っ先が空を切った。
舞い上がった剣風でフードが脱げる。
露わになったのは、雪のような白髪に、琥珀色の瞳。精悍な顔立ち。
青年だ。歳はそんなに違わない。
何より気になるのは、長めの髪から覗く耳だった。
耳の上部、耳輪と呼ばれる部位が山なりに尖っている。
ゴーレムだ。
全八種族のうち、第六級種族であるゴーレム。第八級、すなわち最下級種族である私たち、ヒューマンと比べると、身体能力はケタ違いだ。
物理法則すら無視しかねない膂力と、一日中走り続けても疲労しない強靭な肉体。指の一、二本なら数分のうちに再生する驚異的な回復能力。
あくまで血の濃度に左右されるものの、近年人権に関する様々な法律が確立されるまで、その特性ゆえに奴隷として使役されていた人種。
相手がどの程度色濃く血を受けているのかは知らないが、その気になれば一人で、しかも素手で競技場の一つや二つ半壊に追い込めるに違いない。
それが、何故武器に頼るのだろう。
疑問を振り払うように、黒ローブが動いた。
隠れていた左腰。そこから流れるような動作で、
「――――!!」
銃を抜いた。
二丁拳銃使い。
もしかして、さっき六発も撃ったのは、私に残弾が無いと思わせ油断させるため――!?
引き金が引かれた。
鉛色の硬化ゴム弾が射出される。
倒れ込む身体から真っ直ぐに伸ばされた腕。握られた拳銃は、私の胸の中心に、正確に照準を定めていた。
対するこちらは、長剣を振り上げた直後。踏み込みも相まって、前面がガラ空きだ。
防御不能・回避不能のゼロ距離射撃。軽鎧を纏っているとはいえ、胸に衝撃を食らって全くの無事でいられる自信は無い。
唯一幸いなのは、この刹那的にして暴力的な攻防に圧倒され、参戦する者が一人もいないという事実だけだ。
私は、覚悟を決めた。
* * *
いつの間にか群衆の最前面に押し出されていた俺には、彼女の姿は実によく見えた。
視界の中で、彼女は身を捻る。
避けようとしてではない。被弾覚悟の行動だ。
いや、むしろ、被弾するからこその行動だった。
彼女は正面からではなく、斜め前からの被弾を選んだのだ。
胸の鎧に着弾したゴム弾は、鎧を擦って滑り、弾けて彼女の背後へと飛び去った。
そして彼女は、一瞬の間に逆手に持ち直した長剣を、両手で握りしめて、
「――――――――!!!」
一突きに振り下ろした。
* * *
白髪を縫い止めるように地面に突き立ち、ゴムゆえの柔軟さによって少したわんだ長剣。
鈍い銀の色を横目で見る琥珀の瞳は、私へと視線を移した。
ゆっくりと彼の口が開く。
「……何で止めを刺さなかったんだ」
私は少し悩んだ後、長剣を鞘に納め、右手を差し出す。
「いや、いろいろ聞きたかったし。……弾が当たった時点で、私の負けだから」
青年は身体を起こすも、眉根を寄せ、訝しげに言う。
「これは訓練だぞ。生死にかかわる戦闘じゃない。先に倒れた方が負けだ。……この勝負で勝ったのはお前だ」
「……そっか」
ここで否定しては、彼に失礼だ。私は素直にその言葉を認めることにした。
差し出したままの右手を見て、彼は吐き捨てるように付け足す。
「勝者が敗者に手を貸す義理は無い」
「敗者が勝者に粋がる必要も無いよね?」
無理やり青年の手を取って立たせる。彼は、気に食わない、といった目を私に向けていたが、それを笑って誤魔化した。
群衆から拍手が湧く。何だか映画のヒロインにでもなったような気分がして、照れくさくて頭を掻いた。
それが徐々に鳴りやむ中、一人の少女が進み出てきた。
私と同い年くらいだろうか。しきりに親指の爪を噛みながら、悠然と歩いてくる。
青いメッシュが入った、青年と同じく白い髪をツインテールに纏めた少女。
兄妹かな、と目星を付けるも、そんな雰囲気は感じない。耳も尖っていない。
強いて言うなら、親子とか師弟といった感じなのだ。しかも、少女の方が、立場が上のような――。
と、少女がその赤い瞳を私に向けた。
ねっとりと絡み付くような視線。それも、媚びや情欲ではなく、品定めとか侮蔑とか、そういう類の視線だった。
背筋に悪寒が走る。
しかし、少女はそれきり私から目を逸らし、青年に話しかけた。
「……アレックス。どうだった? ……満足したかい?」
青年の名はアレックスというらしい。
私はそれよりも、その外見に不釣り合いな声色が酷く気になった。
だが、アレックスは少女に頷きを返すと、そのまま踵を返して、人混みに入って 行ってしまった。
少女も後に続こうとして――
「――――」
私に、ある表情を見せた。
ハの字に下がった眉。歪んだ口元。一見すると笑っているように見えるだろう。
けれど、目が笑っていない。細められただけで、その赤は微塵も私自身を見ていないのだ。
私が息を詰まらせた隙に、少女の姿は人に紛れて消えた。
「…………」
* * *
彼女の様子が、何となくおかしい。
今しがた俺の横を通った二人と話していたようだが、何か関係があるのだろうか。
意を決して彼女に話しかけようとした時、
「――邪魔するぞ!!」
低い声が響いた。