表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

昔物語2 -好転と窮地-

 俺が第二競技場に到着した時、すでに廊下は人で埋まっていた。

 人々の隙間から戦いを覗いて去っていく者もいるが、掻き分けて室内まで入る度胸(どきょう)のある野次馬はいないらしい。まあ、競技場に入るということは、問答無用で彼女と手合わせをすることになるのだから、当然と言えば当然だ。

 子どもじみた好奇心にすがって生きていけるほど、冒険者は甘くないからな。

 腕を組んで観戦する者、冷静に分析し弱点を見出そうと苦心する者、ぶつぶつと何かを(つぶや)きながら眉根を寄せる者、余裕をかましている者、我先(われさき)にと彼女へ飛びかかる者――。

 皆一様に、真っ直ぐに、その視線を余すことなく彼女へ注いでいる。

 大注目の的は、たった今蹴り倒した男二人を群衆の中へ放り出し、代わりに飛び出した青年の拳を避けながら華麗なる輪舞(りんぶ)を踊っていた。

 荒削り(ゆえ)、決して綺麗(きれい)な戦い方ではない。

 綺麗ではないが、その燃えるような闘志。烈火(れっか)の如き攻撃。しなやかな防御。流れるような回避動作。

 そして、純粋な勝負への期待。己の限界を試すことへの、背徳的な悦楽(えつらく)

 それらが相まって、彼女から、彼女の、心まで燃やして灰すらも残さない、燃え(さか)る美しさから、目を離すことが出来ないでいた。

 長い髪が()を描いて奔る。白い四肢が躍動(やくどう)する。赤い目がめまぐるしく動く。

 スカートが(ひるがえ)る。ブーツの(かかと)が鳴る。照明を反射して軽鎧(けいがい)(きら)めく。

 魅惑的な、あまりに暴力的な円舞(ワルツ)は、観客に等しく手を伸ばし、付いてこられなかった者を拒絶する。

 ――物理的に。

「ぐげあああああああああッ!!」

 拳を回避され、バランスを崩したところに(どう)()ぎを食らった青年が拒絶された。

 軽く数メートルほど吹っ飛んで気絶した彼を、『医務室員』の腕章を付けた女性たちが担架(たんか)に乗せて運んで行く。

 そして、新たな踊り手が加わる。

 彼女を中心とする舞踏は、もはやワン・オン・ワンではない。一対多数の中でも、いや、だからこそ、彼女の攻撃は激しさと華麗さを増していた。

 血気(けっき)盛んなものから跳びかかっていって、次々に玉砕(ぎょくさい)していく。

 俺はその光景に、ただただ呆然として見惚(みと)れていた。


  * * *


 背後から迫り来る男を、逆手(さかて)に持った長剣で殴打(おうだ)する。

 続く動作で左前の青年にハイキック。歯が何本か折れた。


 構わない。私は止まらない。


 二人の敗北を見届ける間もなく、短弓(たんきゅう)に矢をつがえた女性が、人混(ひとご)みから姿を現した。

 矢が放たれる。もうその手の攻撃は何度も経験した。

 払うように叩き落とす。(やじり)の代わりに黒い硬化ゴムを取り付けた矢が、がらがらと音を立てて転がった。

 それを少し剣の先端でつついて、自分の右へ押しやった。左手を伸ばし、女性の腕を引いて誘い込む。

 そのまま反時計回りに百八十度回転した後、遠心力を利用して、女性を人混みへ放り投げて返した。

 入れ替わるように出てきたのは、年端(としは)もいかない少年。


 けど、そろそろ来る頃だと思ってた。

 さっきから私の方をじっと見てたもんね。


 緊張と恐れの入り混じった表情で、私に短剣を突き出そうとする。

 その瞳は、しっかりと私を捉えていた。

 開かれた瞳孔に、強い意思が宿っている。


 敵を見ることは大事だ。

 でも、ちゃんと敵以外も見ないとダメだよ。

 戦場では、少しの隙が命取りになるんだから。


 少年の足が、私がさっき転がした矢を思い切り踏みつけた。

 掻き消えた勇気が、一瞬で驚愕に埋もれる。

 丸い木製の(じく)は、少年の足を滑らせ、その身体を後ろに傾けた。

 彼の姿勢を見る限り、受け身が取れていない。このままでは後頭部を(したた)かにぶつけるだろう。

 短剣を握る右手。その手首を握り、引き寄せ、そのまま対称線上に突き飛ばす。

 もはや少年に戦意は無い。無用な戦いは不要だ。

 群衆に受け止められた少年を一瞥すると、両斜め背後から気配。

 すぐさま少年の右手から短剣を奪い取り、逆手に持ち替える。

「――あッ!?」

 少年がワンテンポ遅れて声を上げるが、その時にはもう私の攻撃は終わっていた。

 (つか)で喉仏の下を強打された二人は、息を詰まらせ崩れ落ちる。

 振り向きざまに短刀を投擲すると、銃を構えた手に当たる。

 (うめ)き声を上げながら短髪の女性が手を押さえた。跳ねた短剣を持ち主へ投げ返す。

 スナップを利かせた短剣は、僅かに少年の右側にズレ、飛来した火炎弾を食らって彼の足元に落ちた。

 視界の隅で動く影。魔法を防がれた敵が、追随(ついずい)を恐れて身を隠したのだ。

 すぐに仕掛けては来ないだろう。それよりも、短剣の少年を支えていたうちの一人が、腰に手を伸ばした。

 黒く長いローブの隙間、そこにホルスターが見える。拳銃だ。

 そして瞬く間に抜き打ち。約六メートル先から、ゴム弾が私の胸を狙う。

 フードを深く被っているため、視線から射線をあらかじめ特定するのが難しい。厄介だ。

 タメが必要な回避動作は間に合わない。強引に右手の長剣で、外側に打ち払った。

 硬音がして弾丸があらぬ方向に飛ぶ。人混みの中に突入し、鈍い音がした。

 続いて小さな悲鳴と倒れる音。誰かに弾が当たったようだ。悲鳴は現場近くにいた女性のものだろう。

 私には誰に当たったかわかっていた。いや、狙って当てたのだ。

 担架で担ぎ出される青年。その手には、予想通りグリモアが携えられている。

 さっき私を狙った火炎弾の主だ。まさか当たるとは思っていなかったが。


 ……運が良かったのかな。


 ともかく一発目は防いだ。後は距離を詰め、頭に一撃叩きこめば済むだろう。

 一気に接近しようとした瞬間、二発目の銃声。

 右手は無理やり振った反動で戻せない。駆け出すために前傾姿勢になった今、左右への回避も難しい。

 おまけに、悪いことには、背後で足音がした。恐らく新手の剣使いが攻撃を仕掛けようとしているのだろう。軽いヒール音からして、多分女性。


 困った。

 困った、が、悩んでいる暇も無い。


 私は体を丸め、初速の勢いに任せて床を転がった。

 頭上をゴム弾が通過する。後ろで剣を振りかざしていた女性が、慌てて身を捻った。

 髪や服が乱れるが、構っている時間は無い。

 姿勢を立て直すべく、右足を立てて止まる。両足を付いてしまうと、とっさに立ち上がりにくいからだ。

 相手との距離は後三メートルほど。

 二発目も当たらなかったとみるや、黒ローブはすぐに三発目を放つ。

 至近で人を撃つことに躊躇(ちゅうちょ)は無い。射線もしっかりと調整されている。

 手練(てだ)れだ。

 一方、こちらは座った姿勢。先ほどよりも更に都合が悪い。

 斜め上から発射された弾丸。狙いは少し左にズレている。

 右足を立てた状態で左右どちらかに回避しようとすると、左側の方が動きやすい。それを見越した上での左狙い。

 ここで左に跳べなくもないが、そうすると足に着弾する。まだ挑戦者が山ほどいるのに、足をやられてはその後の情勢が圧倒的不利になる。


 …………強い。


 正直な感想だった。

 もっと言えば、是非お近づきになって共に鍛錬(たんれん)に励みたいレベル。


 ライバルがいた方が燃えるし……って違う。そんなこと考えてる場合じゃない。


 左狙いとはいっても、避けなければ確実に腰に当たる。

 しかし、相手は更に追い打ちとして、


 ……二発追加!?


 右と頭上に一発ずつ。ほぼ同じタイミングで撃ってきた。

 だが左の弾丸とのタイムラグはある。ひょっとしたら右に少し動いて左を避け、通り抜けた瞬間に左にかわして右と上を避ける、という(はな)(わざ)も、可能性として無いわけではないが……


 ……いくら本物の銃より速度が落ちてるとはいえ、この時間差じゃ、ちょっと厳しいかな。


 (ちから)メインに小技で押す自分と違い、純然(じゅんぜん)たる技術で織り成された戦闘方法。

 多少羨ましくもなるが、これから熟練していけばいい。

 今は目の前のことに集中する時だ。


  * * *




 俺は、絶体絶命とも思える窮地の中、彼女が動くのを確かに見た。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ