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魔獣召喚

「さて、後は茹でるだけか……」

背後でぶう垂れるルリに完全無視を決め込んだ俺は、肉棒もとい生ソーセージを前にして一息を吐いた。

すると、自分の担当する料理の盛り付けを終えたスペルが俺に言う。

「後は俺がやります。アレンさんは休んでてください」

「いいのか?」

「はい。手伝って頂いただけでも助かりましたから……」

好意を受け取らないのも悪いと思った俺は、了承の意を伝える。

万が一何かあって料理が失敗し、スペルにライの怒りの矛先が向かうのも悪いので諸注意を告げた。

「多分煮込みが良い感じだから、それを盛って、空いた鍋にソーセージ入れてくれ。お湯は七十度くらいをキープして、途中で軽く上下ひっくり返してムラなく茹でる。落とし蓋があったらそれ使うといいぞ。茹で時間は……三十分くらいかな。頼んだ」

「頼まれました。」

早速煮込みを盛り付け始めたスペルを見て、俺は自分のテントに戻ろうかとゴム手袋を外して歩を進め、

「あ、そうだアレン!」

ルリに遮られた。

「手が空いたのなら、ちょっとお願いがあるんだけど……」

「キスは拒否だ」

ルリは、違うわよぉ、と首を振り、

「あれ、運ぶの手伝ってほしいのよ」

指さした方を見ると、ベルの覗き込む肉片の山だ。

「どこに運ぶんだ? 捨てるならベルに食わせた方が早いしエコだろ。既にちょっと頂かれてるが」

「捨てないわ。私の可愛いペットたちのご飯にするの」

山の傍らに立ったルリは、そう言いながらベルを摘まみ上げ、手招きする。

「ペットって? 人間か?」

「アレン私を何だと思ってるの? 変態?」

よくわかったな。

一応そばに行くと、物凄い腐敗臭と血の臭いがする。量も結構多い。

「……この時点で鼻がやられそうなんだが、本当に手伝わないと駄目か?」

「女性にこの量運べとか言わないわよね? ね? お願い~~~~~~」

眉尻を下げ、青い瞳で懇願してくる。こいつなら、本気を出せば片手でヒョイヒョイと運んでしまえそうな気もするが、断るとこれまた面倒臭いので、しぶしぶ手伝ってやることにした。

「じゃ、アレンはこのくらい、ベルはこれだけ持ってねぇ」

「んぇ? 私も運ぶのん??」

「食べた分仕事しなさい」

笑顔で諭されたベルは、ほいほい、と言いつつ肉片を抱え上げる。

もう一度手袋を装着した俺も、臭気に耐えつつ持ち上げた。

まあ、水入れて貰ったり、諸々の恩があるしな……。


 * * *


「ここでいいわよー。ありがと!」

俺が赤黒い悪魔から解放されたのは、調理場から少し離れたルリのテントだった。

入り口付近ではなく、脇に寄せるようにして肉片を置く。

テントの側面には、五メートル四方の黒い壁いっぱいに、白いペンキで奇怪な紋章が描かれていた。中心には梯子が立てかけられている。

豪快に見えて、繊細で緻密な細い線がびっしりと線と線の隙間を縫っている。外周の丸い白線の内部は、指の先程も布地が見えない

「ペット……?」

俺が首を傾げている間に、ルリは梯子を上って紋章の中央付近に到達。

そして中心に手のひらを置き、

「ご飯よ」

笑みと共に告げる。刹那、彼女の全身から莫大なMPが放出されていくのを感じた。

大気の揺らぎを伴う程に圧縮された魔力は、煙のように揺らめき、龍のようにくねり、咆哮にも似た唸りを以て、紋章に吸い込まれていく。

三秒程供給が続いたかと思えば、ルリの魔力は急激に収束し、数瞬の後に掻き消えた。

あれだけの魔力を注いでもなお変化の見られないルリの表情。

MP値も凄いが、そのコントロールも抜群だ。勢いよく水を流した水道の栓を閉めてもすぐには止まらないように、普通なら魔力を一気に放出すると、せき止めるのにいくらか間がある。

得も言われぬ畏怖を感じていると、突如として紋章の外円が発光し、ルリの手が触れている中心から、輝きが伝播(でんぱ)していく。

さながら心臓より送り出された血液が血管に満ちるように、全体に光が巡り、全てが等しく輝き始めた時、鼓動が聞こえた。

「これは…………」

 この直接体内に響くような鼓動。大気を震わす拍動。徐々に高まる心音。

 俺には覚えがあった。

「召喚魔法……!!」

 召喚魔法は、ごく限られた者だけが使える特殊な魔法だ。

 その名の通り、異空間や異世界から人や物を呼び出す魔法で、消費MPが馬鹿にならない上に、呼び出した者または物が存在する間も相当量のMPを消費する。

「そだよん。ルリは魔法得意だからねぇ。テント建てようって話もあったんだけど、使いきりの資材より、MPの方が回復するからって」

「……Ⅰ《いち》型? Ⅱ《に》型?」

「Ⅱ――」

 召喚魔法には、異空間からこちらに呼び出すⅠ型と、こちらから異空間に収納するⅡ型がある。規模にも左右されるが、基本的には“この世に存在しない物”を無理やり顕現させるⅠ型のほうが負担が大きい。

 Ⅱ型は、自分たちが存在する空間とは別の空間を人工的に作り出し、そこに収納するタイプだ。ルリの使用したのはこちららしい。

 スペースを取らない上、魔法の発動さえ出来ればいつでもどこでも召喚可能というメリットがあるため、最近は汎用化して倉庫などに利用しようという話もあるようだが、それでも研究段階。現時点では超上級魔法の部類に入る。使えるだけでもかなりのものだ。

 まして、Ⅱ型とはいえこの規模で展開。ここまでの魔導師だったとは。

 鼓動がピークに達し、濁音がほとんど繋がって聞こえるまでになる。

 そして赤い唇が動いた。


「――召喚魔法『淫魔の胎内《リリス・ウテルス》』」


 一打ち、内側から突き破るように呼応したかと思えば、紋章の外円、その中に描きこまれた幾条ものラインが、まるで引き千切れるように吸い込まれた。

 と、瞬きする間もなく、黒に戻った壁面から湧き上がる、膨大な魔の気配。

 人が使いこなせるように洗練され、清められた魔力ではなく、純粋な、混沌と神秘を孕んだ、まさに悪魔の力。

 とめどなく漏れ出るそれに混じるように、あるいは闇のように黒く、あるいは深海のように(あお)く、あるいは劇薬のように紫紺(しこん)の、色彩を伴った濃煙が噴き出した。

 ルリの周りはたちまちのうちに濃霧に包まれ、俺とベルの足元も冷気に浸る。

 紋章があった壁、その奥に輝く七つの光を見つけた時、俺は声を出すことすらままならなかった。

 臆病や恐怖ではない。仮にも冒険者だ。この輝きよりももっと脅威を感じる存在に出会ったことも一度や二度ではないし、なにより俺のこの瞳は、人生で最も恐れていた彼女の死を焼きつけたのだ。

 俺が見入った最大の理由は、その光があまりに高潔であったことと、目の前で展開されている大魔法が持つ霊妙(れいみょう)性に惹かれたからに他ならない。

 それらが一際大きく光ったかと思うと、一拍の間をおいて、

「――――――――――――――――――――――――」

 瞳から閃光を引き、煙を突き破り、空を引き裂き、大気を壊さんばかりの咆哮を上げながら、二体の魔獣が召喚された。


  * * *


「アレンは初めましてよね? 紹介するわ! この子がライラ、こっちがリムよ!!」

 突然の衝撃波に体勢を崩して倒れ、頭痛と耳鳴りがガンガンに効いた身を起こした俺に満面の笑みでルリが言う。

 回復魔法であるヒールを自分にかけ、ようやく立ち上がった俺は、改めて二体を見据えた。

 慣れているのか、襲いかかることなく、しかし気高い雰囲気と警戒心は微塵も崩さない魔獣。

 ライラと呼ばれた方は、五つの燃えるような赤い目を持ち、長い銀の毛に覆われた耳と後ろ足が大きい。短い尻尾も相まって、どことなく兎に似ている。無論、あの可愛らしさは片鱗も見当たらない。

 リムと呼ばれた方は、二つの凍りつくような青い目、黒くふさふさとした毛、湾曲した巨大な角に逆鱗のような毛が顎の下に生えていて、こちらは山羊をイメージさせる。

 が、リムの下半身は煙のようになっていて、その形状は魚の尾のようだった。以前本で見た山羊座に近い。何とも不思議な生物だ。

「ライラとリムか。……珍しいな。ダンジョンは数多く見てきたつもりだったが、こいつらみたいなのは見たことがない」

「魔獣は魔物と違って、どちらかといえば神聖な存在なの。薄暗くて湿ったダンジョンの中より、標高が高くて空気が澄んだ山の頂上で、単独や家族単位で暮らすことが多いのよ」

「なるほど」

「さらに言えば、彼らは人を嫌うの。自然を破壊するし空気を汚すから。で、五感も優れているから人間が来るとすぐに立ち去ってしまうのね。それで、魔獣については未だに不明な事が多々あるわ」

 世界中を転々とする中で、様々な場所に立ち寄ったつもりだったが、こいつらを見たことが無かったのはそういうことか。書物にもほとんど書かれていなかったしな。

「じゃあ何でお前には懐いてるんだ?」

「懐いてる訳じゃないわ。魔獣は自尊心も高く、人に媚びたりなんてしないから。……私とこの子たちは、もっと深い絆で結ばれてるのよ」

 そういって愛おしそうに二体の頭を撫でる。




 これ以上聞くのも野暮だと思った俺は、本用に移ることにした。



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