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調理再開

 9号室を後にした俺は、少しの好奇心に駆られて6号室を覗こうとしたが、小窓には小さな鍵がかかっており、俺は諦めてそのまま退出した。

 空の色を見ると、思ったより時間は経っていないようだった。

 遠くに小さく見える本部へ足を向けると、ベルがこちらへ走ってくる。手ぶらだ。ベリルの一部は、スペルにでも預けてきたのだろう。

「あ――! いた!! アレン!! 勝手にどこ行ってるのー!!」

 置いて行った奴がよく言うよ。

 無駄に速い足が俺の前でブレーキをかける。砂埃が舞った。

「ちゃんとついてこないとダメじゃん!」

「ちゃんと俺の面倒見なきゃダメだろ」

「私がリティアにどんだけ怒られたと思ってるのさ!!」

「リティアそうそう怒らないだろ」

 返す言葉の無くなったベルは頬を膨らませ口をつぐんだ。勝った。

「……いや、アレンもいい年なんだからさぁ、こう、私が言わなくても、こう、ついてくるとかさぁ」

「一緒に来る? って言ったのお前だろ責任持てよ」

 ベルが前頭部に何か衝撃を受けたように仰け反った。完全勝利した。

 そして、がくん、と身体を戻す。余りの勢いに少しびっくりした俺に、ベルは何事も無かったかのように言う。

「まぁ、それは置いておいて」

 置いとくのかよ。

「晩ごはん早く作らないとスペルが困るよ?」

 誰のせいだと思ってんだ。

「じゃ、私先に行ってるからね!! 今度こそ早く来てね!!」

 だから置いて行ったのどこのどいつだよ。目の前のお前だろうが。

 一言ごとに一匹苦虫を噛み潰す俺を無視し、ベルは素早く踵を返すと、再び走って行った。速い。

 走る気はないが、無関係のスペルに迷惑をかけるのもはばかられる俺は、早足で本部へと戻った。


  * * *


「アーレーンんっ! 遅かったじゃなーい? 何してたのぉ? お姉さんがキスしてあげよっかぁ??」

「やかましいこのキス魔。少し衝撃的な出来事に遭遇しただけだ」

「え!? 何!? 第二食物庫でそんなアハーンでウフーンなことしてたのアレン!? 混ぜてよ!!」

「今のお前の発言の方がよっぽど衝撃的だよ」

 どうしてこの変態は脳内変換がアッチ系なんだよ。

「私そんな子に育てた覚えないんだけど!!?」

「俺はお前の子になった覚えはねえよ」

 あからさまにしょぼくれるルリにガン無視をキメた俺は、何がツボに入ったのか気に障る高笑いを上げるライの横を通って、スペルの元へ向かった。

「よお。待たせて悪いな」

「あ、いや、気にしないでください。もともと俺の当番なんですから……」

 包丁娘(ベル)食物青年(ベリル)変態(ルリ)暴君(ライ)と、こうも立て続けに遭遇すると、スペルがまるで清涼剤のように感じられる。

「何か手伝うことあるか?」

 見た感じ、下処理はあらかた終わっていた。腕や脚は適当な大きさに切り分けられている。

 ここまで処理されると、市場で売っている普通の肉と変わらない。ヒトの形さえ留めていなければ、サバイバル経験と調理スキルを持つ俺にとって、調理はさほど難しくはない。

「じゃあ、すいません、これを……」

 差し出された肉塊を受け取る。ずっしりと肩に来る重み。

「煮込んでおいてください。味付けは任せますので……」

「わかった」

 肉を適当な大きさに切り分け、少し取っておく。後で使うためだ。

 大鍋を引っ張り出し、肉塊を放り込み、煮込む。決して種類は多くない調味料の山から手当たり次第に選び抜き、これも投入。

 ゆっくりかき混ぜつつ、臭いを嗅ぐ。

 人肉食に抵抗のある、もとい生理的に受け付けない俺は味見が出来ないため、味覚以外の五感でそれを補うしかない。

 スキルの恩恵で失敗したことは無いが、もし不味(まず)かったらライに挽肉(ひきにく)にされそうなので、慎重に調理していく。

 他の誰かに味見して貰えばよいのだが、ベルは何でも食うし、スペルは忙しいし、リティアはケディの世話があるし、ウィンディは話しかけづらいというか自室に籠っているので、どうしようもない。

 ルリ? 含ませた途端に口移ししようとしてきた前科がある。論外だ。

 このままいけば大丈夫そうなので、煮込みとは別にもう一品作る。

 無言でスペルへ手を差し出すと、望んだ通りのものが載せられた。

 小腸だ。もちろん人間の。

 一面に塩がびっしりと白くこびりついていて、かなり小さい塊。本日の獲物ではなく、少し前に塩漬けにして保存していたものだ。第一食物庫から取ってきた。

 スペルはそれを渡してしまうと、エプロンをつけたままテント群へ走っていった。何か足りない道具でもあったのだろう。

 ともかく、これから俺が作ろうとしているのはソーセージだが、腸はまず塩抜きをしなければ使えない。

 ボウルを取り出し、水を入れようとする。が、言うまでもなく、こんな荒野のど真ん中に水道設備などない。

 本部テント内には、魔力による水の生成魔法装置があるが、そこまで汲みに行くのも面倒くさい。スペルに頼んでおくべきだった。

 さて、どうするか。

 ごく簡単だ。水魔法を使えば手っ取り早い。が、俺は水魔法(それ)が使えない。

 だから、水魔法が使える奴に頼めばいい。

「…………ルリ」

 名前を呼ぶと、わかりやすく地面にしゃがみ込み小石でへのへのもへじを書いていた金髪が勢いよく振り向いた。

「なにアレン!? お姉さんと――」

「キスしないぞ。水、入れてくれ」

 ボウルを突き出すと、への字に口を曲げる。さすが作者だ。よく似ている。

 しかし、すぐにいつもの表情に戻ると、ボウルを受け取ったルリは赤い爪を突き出した。

 ボウルの底に紋様を描いていく。淡く青白い光が、指を追って尾を引いた。

 魔法陣だ。

 魔法の発動方法は、詠唱と、魔法陣による召喚の、大きく二つに分けられる。ルリが今行っているのは後者だ。

 どちらもやれば、より大きな効果が得られる。逆に、何もしないで発動することも出来ないわけではないが、それが可能なのは熟練した腕を持つ者のみだ。当然、効果も小さい。

 詠唱は、魔法名を声に出して言う方法で、素早く発動できるというメリットがある。デメリットとしては、狙いが定まりにくいため、今回のように水を溜める必要がある場合、コントロールをしっかりしていないと零れてしまう。

 その点、魔法陣を描く方法は、発動速度よりも安定性を取る。複雑で高等な魔法になるほど時間はかかるし、設置式ともいえるためスピードの速い敵を倒すのには向かないが、魔力を無駄にしなくて済むのだ。

 描き終えた指がパチンと鳴る。発動の合図だ。

 魔法陣から水が染み出て、みるみるうちにかさを増し、小さな渦を作って、満ちる前にそれも収まった。

「はぁい、入れたわよん」

 水が零れないようにして、ボウルを俺に返す。

 ルリは、四大魔法と呼ばれる炎、水、地、風の魔法がすべて使える。無論、個々はずば抜けて強いと言えるほどではないが、多くの属性が使えるほど、戦略の幅は増す。

「お・だ・い・は、お姉さんのほっぺにちゅーしてくれたら、それでいいわよー」

「自分でやれ」

 口唇を突き出してひねり始めたルリをよそに、俺は小腸を水に入れた。

 軽く洗って水を捨て、ひょっとこ顔の変態に無言で突き出す。

 何も言わずにもう一度入れてくれるので優しい奴だということはわかるのだが、唇をそのままに迫ってきたので、塩を摘まんで擦り付けてやった。

 ルリを撃退した俺は、小腸をゆっくりと浸し、続いて中身の挽肉の調理に取り掛かる。

 その時、ちょうどスペルが帰ってくるのが見えた。

「スペル、まだ肉余ってるか?」

「はい。どうぞ」

 手のひらに伝わるのは、重みと冷たさ。

 冷やしておいてくれたのだろうか。いや、先程取りに行ったのはこれだったのだろう。とても気が利いている。

「ルリ。お前、氷魔法は使えるか?」

 振り向くと、新しいボウルに水を張っていたルリが、唇に指を当てて考え込む。

 彼女も用意周到だ。暇なのか? 何にせよ、手伝ってくれる分には有り難いが。

「んん……。最近研究してるけど、私はまだ無理ねぇ。アラレくらいなら頑張れば出来るかもしれないけれど、氷塊を作れるのはウィンディとメリアくらいじゃないかしら?」

 あいつらか……。

 氷点下の感情と表情筋を持つ少女に、蛇のような不気味さと狡猾さを有するリーダー格。

 どちらも親しくなれるかといえば悪い意味でどっこいどっこいだが、ウィンディよりかは、今日行動を共にしたメリアのほうが、話しかけやすさはある。

「どう? 何ならお姉さんが呼んできてあげてもいいわよん」

「ああ、そうしてもらえると助かる――」

「キス二回ね」

「自分で行く」

 肉塊を押し付け、ゴム手袋をはずして歩き出す。

 一ヶ月にもなるのだから、少しくらい話しておいてもいいだろうという心持もあった。




 まあ、今後もよろしくすることになるかは、今晩の呼び出し次第だが。



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